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嗤いながら少年共に疑問をぶつける。
俺の視線を受けると、少年共は鼻白んだようにうろたえた。
「あ、あたりまえだろうが!こいつの親はな、人間なんだぞ!」
「…ほぉ?」
親は人間、か。
この言葉からするに、俺のような転生者ではなく普通に人間の親なのだろう。
それならば普通黒髪の鬼牙族のなかで金髪である理由も理解できる。
…尤も、一番の不明なことは、なぜ人間の子供がこの村にいるのか、なのだが。
「………で?」
だからどうしたというのだろうか。
人殺しというならば人間を殺したことがあるという親父もそれに当てはまると思うが。
「だから、えーと!」
「ゼノ!こいつの言うことなんて聞く必要ねぇよ!だって女だぞ!」
「そうだ!殴ればおとなしくなるに決まってる!」
…ふむ。
ギージは全然男尊女卑を感じさせなかったのだが。
どちらかというと、メイを守ろうとしている傾向が強かった。
守るというために喧嘩になったりすることはあっても、理不尽なことを強要したりはなかった。
となると、少年共のこの考えは鬼牙族の考えではなく、この少女の生まれと鬼牙族の思想をこの歳ならではの過激な考えに置き換えた結果なのだろうな。
ゼノ、という少年は周りの少年に言われてほだされておるようだし。
「この女!黙ってろ!」
と、考えていたらゼノの周りの少年が(俺は今ゼノに掴まれている)俺に殴りかかってくる。
…さてさて。
少し、大人として灸を添えてやるとしようか。
―――俺にかかっている力の流れを”見切る”。
腕。
俺の腕よりも少々太い腕から発せられている力。
腕は俺の首に回され、簡単には抜けないようになっている。
…が、数か所、首に回しているからこそ発生している力の矛盾点を発見した。
流れが見えていれば簡単な話だ。
流れが見える、ということは放たれた弓の辿る道筋を捕えられるということ。
いかに矢が速かろうが、進行方向が割れていれば避けることはたやすい。
トンっとゼノの肘をついてやる。
俺の力ではびくともしないが、突いた箇所は力の矛盾点。
ほんの一瞬、力の流れが途切れる。
その一瞬の間に、この身体の軟体性を活かしてゼノの首に足を掛ける。
そのまま腕から頭を抜き、殴る寸前の少年二人の腕を軽く触る。
「面倒だからな。少し眠っておるがいい」
見切った力の流れを誘導し、増幅させて互いに隣の少年に当てる。
名も知らない少年二人は、俺の目の前でダブルノックアウトをしてばたりと倒れ込んだ。
「ふむ」
ぱっぱと手を払い、後ろのゼノへと振り返る。
見ると、ゼノは腰が抜けて座り込んでいた。
「な、なんなんだよ。お前?!」
へたり込んだまま、しかし威勢だけはよく、俺に問うゼノ。
俺が何、か。
そんなことは俺が知りたいのだが。
人間の勇者だったがはずが、いつの間にか鬼牙族に転生していて。
しかも鬼牙族のことを何も知らなくて、女として生まれてしまっている。
非力なうえに、目的も使命も果たすべきなのかすらわからない。
――だが。
一つだけわかったことがある。
奇しくも、それをわからせてくれたのはそこで伸びてる少年共とこのゼノ、そして隅でふるえているお嬢さんだが。
「俺が何か、か?」
そう。
そんなのは簡単なことなのだ。
目的も使命も不明だったとしても。
姿かたちが変わっていても。
まだ、己の生に迷っていても。
俺が何者なのかだけは変わらない。
俺は――
「…俺は。”征王”リリーだ!」
***
なにが起こったのか分からなかった。
確かに目の前で、俺の腕でこの女を捕まえていたはずなのに、気づいたら脱出されていて。
そして、俺の兄貴分の二人が一瞬で倒されていた。
――強い。
あまりにも強すぎる…!
「な、なんなんだよ、お前?!」
鬼牙族は、男と女の生態や姿が全く異なる種族なんだって父さんと母さんから聞いた。
男は戦い、生き残るために力強く、強靭な肉体を持ち。
女は子孫を残すために、どのような種族とでも子を成せる高い生殖能力と、相手の情を引くことができるように非力で、美しく可憐な体をもつのだと。
だから、男は女より強い。
それが鬼牙族の”当たり前”のはずなのに。
こいつはそれを一瞬で覆した……!
そして、目の前の圧倒的強者は答える。
「…俺は。”征王”リリーだ!」
”征王”と”リリー”。
ゼノという少年は、その名を未来永劫死ぬまで忘れることができなくなり、
そしてかかわり続けることになるということをまだ知らなかった――。
***
目の前で、わたしより年下の少女がもっと身体が強い相手を倒していた。
鬼牙族の女の子は、男よりもずっと体が弱いんだって聞いていた。
わたしは、まだ半分人間の血が混じっているから、普通の鬼牙族の女の子よりも体は強いけど、それでも鬼牙族の男の人には勝てるとは全然思わなかった。
それなのに。
純血の鬼牙族の女の子っていう、わたしよりも非力なはずの女の子が身体的に優れている男を倒している。
この光景を見て。
わたしは。
わくわくした。
「わたしも…こんな風に強くなれるのかな?」
そうしたら。
……そうしたら私もかわれると思った。
いや、こういう風に思っただけでもう変わったんだと思う。
「…俺は。”征王”リリーだ!」
リリー……。
この女の子の名前……。
この少女もまた、リリーという少女と長く強い絆を築くことになるとは、まだ知らなかったのである。