アダムとティアマト
ニンマーはシムティと名付けられた、ラボに隣接した出産施設の分娩室にいた。
成功への期待、失敗だったらという恐怖、様々な感情に包まれながら、配下である看護師、助産師に囲まれ、胎児が産まれるのを待っていた。
1※陣痛が始まり、無事胎児が助産師の手によって取り出された。
胎児は産声をあげた。
男の子だった。
助産師は男の子をニンマーに手渡した。
疲弊しながらも彼女は両手で抱き上げ、抱えあげた。
「ついに…やったわ……」
科学班は、すぐさま胎児の健康状態、容姿、特徴を調べた。
ニンマーはその様子を静養しながら傍らで眺めていた。
「私たちはついに成功したのね」
頭髪は黒く、体毛が薄く、暗褐色の肌をしていた。
肌の滑らかさはまるでアヌンナキのようであった。
「名はなんという?」
エンキはニンマーの傍らに立ち、肩に手を置いた。
「アダム、そう名付けるわ」
2※地球の粘土、そう名付けられた3※アダムは、皆から祝福され、希望の象徴となった。
ニンマーとエンキ、そしてニンギシュジッダが中心となって、ようやくルル・アメルを誕生させた。
実験に携わったアヌンナキたち総出でその誕生を祝い、祝杯をあげた。
ルル・アメルであるアダムは、アヌンナキと比べると成長が遅く、言語を発達させる能力がないことがすぐに明らになった。
アダムの観察と研究を続けつつも、更なる改良が必要だと分かった彼らは、再び実験を再開した。
ニンマーは再び自分が産むと訴えた。
使命感からか、達成感からか、執拗なまでの執着があり、他の者には任せられないと言って聞かなかった。
その様子を、エンキは訝しげに眺めていた。
初めはエンキ自身が望んでいたはずにも関わらず、ニンマーの様子に違和感を覚えたエンキは、
「ダムキナにやってもらおう」
「それはだめです兄上。この実験は責任が伴います。私は身をもってそれを証明しました。私が実験を成功に導きます」
と、ニンマーは答えた。
エンキは何も言わず、かつて自分が惹かれていた彼女を重ねながら彼女を抱き寄せた。
ニンマーが身を挺して産んだ子、アダムの元になった精子はエンキのものを使用していた。
よって、アダムはエンキと原生生物の精子を掛け合わせ、原生生物の卵子で結合し、ニンマーの子宮で、結合しながら育てられ産まれたということになる。
つまりエンキは自身のDNAを継ぐ存在をニンマーに産ませたということになる。
エンキは計らずしてニンマーとの念願であった男系の子孫を残すことになった。
それがまさに人類の祖であり、右葉曲折はあるが我々の血に今も受け継がれている。
偉業を成し遂げたニンマーは、”人類の母”の称号、ニンティという名を授かった。
ラボの学者たちによって、アダムの研究が始まった。
その子の姿は、アヌンナキの青みがかる肌とは違い、茶褐色で、彼の血液もまたアヌンナキの青い血液とは違い、濃い真紅をしていた。
アダムが泣きじゃくると、ニンマーは彼を抱き上げあやした。
その姿はまさに母であり、ニンマー自身も自身の子のように慈愛を持って接していた。
その姿を見たニンギシュジッダは、アダムの大量生産を試みるのか、もしくはより改良を加えるか、エンキの判断を待っていた。
すでに、新しく採掘場に派遣されたアヌンナキたちからの反発が抑えられなくなっていた。
一刻も早くプロジェクトを成功させる必要があった。
ようやく会議が召集され、各地から要人が集まり、今後の方針を話し合いが始まった。
まずニンマーが、配下である看護婦を何名か、代理母として出産に推薦しようと提案した。
ニンマーの様子を見ていた何人かの看護婦は、少なからず苦難を共にし、プロジェクトに従事してきた。
そして、奇跡とも言える所業をニンマー自身の手で掴み取り、実子に対する母のようにアダムに寄り添う様子は女神のように見えた。
決して楽な任務ではなかった。
だが必然的にその憧れと羨望とともに立候補者が上がってきていた。
ニンマーの意見は受け入れられ、シムシティには、立候補者のニニマ、シュジアンナ、ニンマダ、ニンバラ、ニンムグ、ムサルドゥ、ニングンナと計7名のアヌンナキ女性が派遣された。
ニンギシュジッタはこのプロジェクトを行うにあたり、アダムのDNAを厳重に保管し、携わる人員の名簿、詳細を記録した。
アダムのDNAを活用した精子と卵子を受精させ、7人の子宮に、卵子は挿入された。
そして無事7人の正常な男児が誕生した。
アダムの実験は成功だったと裏付けがとれた。
しかしこの方法は過酷で時間も掛かりすぎる。
そこでエンキは雌を創ることを提案した。
…ルル・アメル同士で生殖させてはどうか?…と。
エンキはダムキナに相談してみた。
連続での出産となるニンマーには負担が大きいと考えたのは表向きであり、母体、さらに種族の違う場合はどうなるかと、科学者、研究者としての好奇心から試してみたいというのが本音であった。
ダムキナにはアヌ一族の血と、蛇族の血が混ざっている。
ニンマーとは違う結果となると踏んだのだった。
ダムキナの子宮に卵子が挿入され、無事受胎したが、4※10ヶ月目を過ぎても陣痛が起こらなかった為、帝王切開をし、赤子を取り上げると、女の子が誕生した。
彼らは新生児の健康状態を調べ、異常な点がないかを調べたが問題はなさそうであった。
ダムキナは、その腕元で抱かれた、滑らかな砂のような髪を生やし、滑らかな黄身を帯びた白い肌の女の子を、かつて生命の母と呼ばれ、太陽系で豊かに育まれていた星に因み5※”ティアマト”と名付けた。
1※ あくまでも伝承によると、アヌンナキの妊娠期間は地球時間で9日間とされる。
それが早いと捉えるか否かは、地球の人間のように9カ月間に近い周期で考えていいものかは難しい。
2※ 世界中の神話や伝承で、人は土から作られたとある。これはシュメール神話において、神の”血”が地上の粘土と混ぜ合わさることによって人が産まれたということにもつながり、”血”とは遺伝子、精子を表している。アッカド語で粘土を”ティト”と呼び、その同義語で、湿地を意味する”ベサ、ビサ”があり、卵の意味もある二重語義である。つまり土とは卵子を表している。
3※ 旧約聖書でも登場してくる人類の祖とされる存在。神は人を自分の容姿に似せたとあるように、アヌンナキも、見た目は現代人に近い容姿をしていたのではないかと考察できる。人間の創造はシュメールを起源に聖書にも書かれてる。”神は土をこねてヒトを造った” だが、この土のことこそアダムへと繋がる。
4※ それ以来邪悪な宿命の月と呼ばれている。
5※ 旧約聖書のイブともされる。




