表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

02. 双子の恋

 家族さえ見分けられないマルキオン家の姉妹、それが私とオリヴィエラだ。大抵の双子は、注意深く確認すると、顔立ちの違いに気付く。けれど、私たち姉妹は同じ人間のようにそっくりだった。


 私たちを見分けられるのは、優しかった祖母と、幼馴染みのイヴァノ・ジャンネッリだけ。区別するための目印に、姉は青いリボンを、私は白いリボンを白金の髪に飾る。


「知恵を備えた女の子が危機を乗り越えるお話は、オリヴィエラに。心優しい女の子が愛する人を助けるお話は、フランチェスカに。どちらも、魅力的な女の子が、幸せになる物語よ」


 そう言って、祖母は私たちへ一冊ずつ童話の本を贈ってくれた。根本的な考え方は似ていても、私たちは好みが違ったから。ほとんど同じで、少しだけ違っている。ありのままの私たちを認めて貰えて、嬉しかった。


 □


 私たち姉妹の婚約が決まったのは五年前、十三歳の春だった。きっかけは、コルツァーニ公爵家で開かれた園遊会。一つ年下のジルベルトは、大人びた美しい少年で、たくさんの令嬢に囲まれていた。


 かくいう私も、舞い上がった令嬢の一人だ。おとぎ話から脱け出したかのような麗しい貴公子に、一目で心奪われて、遠巻きに見惚れていた。


「ねえ、オリヴィエラ。あの黄金の髪の見事さには、うっとりしてしまうわね。ジルベルト卿って、本当に素敵だわ」

「そう? わたしは落ち着いた髪色のほうが好きだし、年下には興味がないの。せっかく来たんだし、皆さんと一緒に話しかけてきたら? お近づきになれるかもしれないわよ」

「うーん、どうしよう……」

「迷うくらいなら、行ってきなさいよ。わたしは、あちらでケーキをいただいているわね。健闘を祈るわ、フランチェスカ」


 オリヴィエラが、私を置いて歩き出す。心細くなり、どちらへ行こうかためらっていると、ふいに強い風が吹いた。


 風に注意を引かれて、ジルベルトが振り返る。私と彼の目が合った。


「あっ」


 驚きの表情で目を見張ったジルベルトは、食い入るように、私を見つめた。


 胸の高鳴りと戸惑い。どうすればいいのか混乱した。高揚と同時に、おそれを感じる。初めての情動にたじろいだ私は、誤魔化すように、ジルベルトへ微笑みかけた。


「君は……」

「し、失礼しました」


 せっかく声をかけてくれたのに、顔が熱くて、慌ててジルベルトに背を向ける。急にヘラヘラ笑うなんて、馬鹿だと思われたかもしれない。そんなふうに、私は内心、身悶えていた。

 あまりの気恥ずかしさに、たまらず逃げ出し、姉の背中を追いかける。


「待って、オリヴィエラ。私もケーキにするわ」

「じゃあ一緒に行きましょうか、フランチェスカ」


 手を繋いだ私たちは、元気に走り出す。あの短い出会いが、人生の転機になるとは思いもよらずに。


 数日後、コルツァーニ公爵家から、嫡男ジルベルトとの縁談が舞い込んだ。先方の希望は、白いリボンの女の子。見初められたと家族に言われても、実感がわいてこなかった。ぼうっとのぼせているうちに、ジルベルトとの婚約が結ばれていた。


 元々、父マルキオン伯爵は私たち姉妹のどちらかを、ジャンネッリ子爵家へ嫁がせるつもりでいた。私とジルベルトの婚約が成立したため、子爵家との縁談は、姉オリヴィエラで進められた。


「正直に答えて欲しいのよ、フランチェスカ」


 子爵家との婚約がまとまる前に、オリヴィエラから真剣に尋ねられた。


「あなた、イヴァノをどう思ってる?」


 二つ年上のイヴァノは、ジャンネッリ子爵の嫡男だ。我が家と子爵家は親交が深く、両親に連れられて、互いの家をよく行き来していた。素直で快活な彼は、物心ついた頃には友人だった。


「突然、どうしたの。私たちの大切な幼馴染みでしょう?」

「そっ、それはそうなんだけど、そうじゃなくて……」

「え?」

「イヴァノは家族みたいなものだと言って、フランチェスカ! いい人だけど、男性の魅力は感じないって!」


 オリヴィエラは必死で懇願した。顔を真っ赤にし、泣きそうな目をしていた。姉の気持ちを、ようやく悟る。栗色の髪をした年上の幼馴染みを、オリヴィエラは心から慕っているのだと。


「あなたの言う通り、親戚みたいな感覚よ。特別な人だけど、恋愛対象として見たことは一度もないわ。あなたたちの婚約が上手くいくよう祈ってる」

「うう、良かった……。ありがとう、フランチェスカ!」


 私とジルベルトの婚約が決まるまで、姉妹のどちらがイヴァノへ嫁ぐか未定だった。オリヴィエラは、彼への想いを胸に秘めていたという。


 両家の話し合いは順調に進み、オリヴィエラとイヴァノの婚約も、つつがなく結ばれた。


 大貴族との婚約に、親交ある子爵家との婚約。二つの慶事に、両親と兄は大喜び。ジルベルトへ淡い想いを抱いていた私も、イヴァノへの恋が報われるオリヴィエラも、夢見心地で幸せな未来を想い描いた。




 園遊会では、余裕のある笑みを浮かべて、たくさんの少女たちを侍らせていたジルベルト。彼は私に対してだけ、無愛想だった。けれど、当時の彼には攻撃性など見当たらず、不快には感じなかった。


 目が合えば顔を背けられる。だけど、うろたえているだけだと分かった。無口なジルベルトからは、何か言おうとする焦りが伝わってきた。

 私を見つめる、熱のこもった眼差し。わずかな言葉にこめられた思慕の情。どんな話題でも、遮らずに聞いてくれた。


「ええと、その……また、来るから」

「はい!」


 たびたび会いに来てくれるのが、嬉しかった。不器用に差し出されるジルベルトの想いに、私の胸は満たされた。幼い初恋は愛情へと、温かく育まれていった。




 私とジルベルト、オリヴィエラとイヴァノ。私たちは違う人と恋をして、彼らもまた誠実な愛情を返してくれた。

 お芝居に出てくる双子のように、一人の男性を奪い合ったわけじゃない。けれど、婚約して三年がたった頃、揺らぐことはないと信じていた幸福に、思いがけない影がさした。私たち姉妹が、双子だったばかりに……。



 幼馴染みのイヴァノは、昔から直感的に私たちを見分ける。祖母が亡くなると、目印無しで双子の区別がつく、唯一の存在だ。


「君たちを見分けるコツだって? なんとなく、雰囲気かな。我が強いのがオリヴィエラで、ぽけーっとしてるのがフランチェスカさ」

「わたしが可愛く無いって言いたいわけ!?」

「私、そんなにぼんやり、してないもん!」

「ははは、服を引っ張るなって。ごめん、ごめん」


 そうやって三人で駆け回り、私たちは大きくなった。貴族が負った義務のもと、オリヴィエラとイヴァノは、お互いの想いを胸に秘めた。どんな結果になったとしても関係を崩さぬよう、恋慕を静かにつのらせて。


 私がジルベルトに恋をして、公爵家から縁談を申し込まれたとき、オリヴィエラとイヴァノがどれだけ安堵したか分からない。晴れて婚約者になれた姉とイヴァノは、婚約から三年たっても、喜びに輝いていた。


「オリヴィエラ!」


 天気のいい昼下がり。庭にブランケットを敷いて、くつろいでいた私たち姉妹の元へ、イヴァノが訪ねてきた。ハーフアップにしていた私たちのリボンは、背を向けないと見えない位置についていた。

 笑顔で駆け寄ってきたイヴァノは、一瞬さえ迷わない。当然のように愛するオリヴィエラへ手を伸ばし、たくましい腕でサッと抱き上げる。


「聞いてくれ、領地で鉱脈が見つかったんだ!」

「まあ! やったわね、イヴァノ!」

「俺たちが結婚するまでに、軌道に乗せるぞ。予定より豪勢なハネムーンにできるかもしれない。子供の頃から、知らない土地へ旅してみたいって言ってただろ?」

「ただの夢よ、無理しないで。あと、そんなに振り回さないでよ! 落としちゃ嫌だからね!」


 オリヴィエラを横抱きにして、はしゃぐイヴァノ。焦りながら、オリヴィエラも嬉しそうに笑っていた。二人の笑顔に、私も歓声をあげて手を叩く。


「旅行なんて素敵ね。お土産は期待していいでしょ、イヴァノ義兄さん?」

「義兄さんだって!?」

「ちょっと、フランチェスカ。ま、まだ気が早いわよ……」

「そうかしら。三年なんて、すぐじゃない」


 ここ、ミラノス王国の成人年齢は、男性が十八歳で女性が十五歳だ。ジルベルトの成人を待ち、私が十九歳になったら結婚する予定になっている。


 この時、私とオリヴィエラは十六歳。すでに成人をむかえた姉とイヴァノは結婚できる状況だったが、ジャンネッリ子爵が公爵家へ配慮していた。

 結婚前に、私の身に不幸があった場合、公爵家が姉を欲しがる可能性を考えてのことだろう。私たちは恋をしていたけれど、貴族である以上、家同士の繋がりを無視できない。


 二人の結婚は、私とジルベルトの婚姻後と定められた。愛する人と結ばれる日を、私たちは指折り数えて待っていた。


「いつか、私たち姉妹に子供ができたら、一緒に遊ばせましょうね。兄弟みたいに仲良くなれるように」

「子供だって!?」

「だから、気が早いったら……」


 赤くなるイヴァノとオリヴィエラ。大好きな二人を祝福する私。明るい陽射しの下で、満たされていた。


 この時、マルキオン伯爵家には、ジルベルトがいた。所用で近くまで来た彼は、私に会おうと立ち寄ってくれたらしい。


 もし、私の隣へジルベルトが加わってくれていたら、他に何もいらなかった。四人で笑うことが出来ていたら、わずかな不足も余剰もなく、必要なものは全て揃っていた気がする。


 だけど、庭にいる私たちを見た彼は、真っ青になり、声もかけずに帰ってしまったという。


 黙って立ち去ったジルベルトに芽生えた感情が、全てを歪ませていったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ