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視界がぼやけてきたので、頭を抱えている場合じゃ無いな。準備をしないと。
「またすぐ来るから!」
「頑張ってね」
「言われなくても」
フッと五感が戻る感覚。薄目を開けて周囲を確認すると、そこら中が――私自身も含めて――光り輝いていて、集まっていた貴族たちがざわついている声が聞こえる。
よし。
重力魔法レベル三、浮遊。
その名の通り、重力を操作し、自分自身を浮かせる魔法だ。ただ、浮かせるだけで、自由自在に飛ぶ用途には向かない。
続いて、幻覚魔法レベル五、腹話術。
腹話術というと、人形を抱えて会話する芸を思い浮かべるが、この魔法は任意の場所から声を聞かせることが出来る魔法だ。今回声を発するのは上にある女神像に設定。
さて、私がフワリと浮かんだことでまたざわつきはじめた。よしよし、いい感じ……だと思う。
あとはあらかじめ神様と相談してまとめた台詞を、腹話術を通して読み上げるだけ。
「私の愛しき子らよ」
ピタリ、とざわつきが止まる。
「世界に危機が迫っています。南……遥かな頂きの連なる向こうに新たな危機が訪れます」
少しザワついて、すぐに静かになる。
「この者に、私の力の一部を貸し与えました。詳しい場所も伝えてあります。共に手を取り、困難を乗り越えるのです」
アイテムボックスから場所を描いた紙を出してはらりと舞わせ、魔法終了っと。
周囲の光も消え始める中、ゆっくりと私の体が降りていく。もう少しで足が着くと言うところで、唐突に現れたエリーゼさんに抱きとめられた。
「お帰りなさいませ」
タチアナに迎えられてそのまま部屋に。今日はもう遅いから詳しい話は明日に、と言うことなのだが……
「また何かやったんですね?」
「そういう決めつけ、よくないよ?」
「では、何も無かったと?それならなぜ、侯爵家の方々がすぐに出かけるのでしょうか?」
「返す言葉もございません」
巨大な爆弾を放り込んじゃったからな。また色々と話し合いがあるんだろう。それに比べればタチアナにいじられるくらいは我慢しよう。
「とりあえず、いきなり全員の前で脱いだりはしなかったようで、安心です」
「タチアナ、私をどういう目で見てるの?」
「こういう目ですが」
ずらりと並ぶ小型ドローン。もうやだ、こんなやりとり。
「では行ってきます」
そう声をかけてから、屋敷を出て、門も出る。徒歩で。タチアナを連れて。
今朝、侯爵に呼び出され「とりあえず、街に出てもいいぞ。ただし、タチアナを常に連れて行くように」と言われた。
徹夜の会議の場で、私を屋敷に閉じ込めておく方がマズいのでは無いかという意見が出たのだ。女神が力の一部を貸し与え、その声を届けるような相手を閉じ込めておいたら、そのうち神罰が下るのでは、と。
そんなもの無いんだけど、まあそこは黙っておく。何よりも、転生してから初めて、街を自由に歩けるのだから、余計なことは言わないでおこう。
タチアナがついてくる理由はいろいろだ。
私のお目付役というのは勿論だが、街で何かを買う、というときの財布もタチアナが持っているし、王都の地理も詳しくて「○○の店はどこにある?」というのもすぐにわかる。そして、私の着ている服には無いがタチアナの服にはオルステッド家の紋章が付いている。つまり、私が侯爵家の関係者だと言うことを暗に示すことが出来るのでトラブル対策にもなるのだ。
私の格好はと言うと、以前も使っていたつばの広い帽子を被り、仮面も付けたまま。着ている物も帽子も高価なので、それなりの身分の人物に見えるはず。かなり怪しい見た目だけど。
「ところで、どちらに向かわれるのでしょうか?」
「そうねえ」
色々と候補は考えたので一つずつ上げていくと、タチアナがややうんざりした顔になってきた。目を隠しているのにジト目で見られている感じがする。
「それ、全部回ろうとしたら三日や四日では終わりませんよ?」
「も、もちろんわかってるわよ!」
と言うことで、とりあえず今日は二箇所回ってみることにした。もちろん、時間がかかりすぎたら一箇所で切り上げるけどね。
「おお、結構賑やかねえ」
「そうですね」
王都の人口は約二十万人だそうで、広さもさることながら商店の並ぶ通りも広くて長い。そしていい匂いをさせている屋台や、地面に無造作に品物を並べている露店もある。典型的な異世界の賑やかな商店街と言った感じかな。
「よし、まずアレにするわ!」
「どれでしょうか?」
私の指さす先は何かの肉の串焼き屋台。街の屋台で串焼きの肉というのは、定番と言えば定番だよね。
「そうですか……どうぞ」
「え?」
「どうぞ」
「あ、あの……」
「旦那様たちからここには行かないようにと言われている場所がいくつかありますが、あの屋台はそれに該当しませんので」
「いや、そうじゃなくて」
「安全面という意味で申し上げますと、人混みではありますが、仮に悪意を持った人物がいたとしてもレオナ様を害することなど不可能でしょうから、問題ありませんよ?」
「えーとね」
はい、と手のひらをタチアナに見せる。暫し逡巡した後、その手を取るタチアナ。
「……こうでしょうか?」
「イヤ、おかしいでしょ」
「ではどうしろと?」
「お金」
「はい?」
「串焼きを買って食べたいからお金」
「有りませんよ?」
「え?」
おかしいな。
「えっと……タチアナに財布を持たせてあるって聞いていたんだけど」
「ええ、確かに財布は持っています」
「なら」
「中身はありませんが」
「はい?」
どゆこと?
「中身の無い財布って、ただの袋?」
「まあ、そうとも言いますね」
「……えーと、どうして中身が無いのでしょうか?」
「え?」
「え?って、中身は……」
はあ、と短くため息をついてタチアナが告げた。
「レオナ様、オルステッド家は衣食住の面倒を見ておりますが、お小遣いの用意まではしておりません」
「えーと……つまり、それは……」
そっと、アイテムボックスから銅貨を数枚取りだしてタチアナの前に差し出すと、そのまま受け取って、袋に入れた。
「……一つ聞いていい?」
「何でしょうか?」
「その銅貨で、食べられるものとか、ある?」
「そうですね……」




