6-3
パリ、ポリ……と、手にしたそれを口にするが、三口ほどで無くなってしまった。私の全財産の銅貨で買えたのは薄焼きせんべいみたいなものが一枚だけ。ほんのりと甘い香りがするが、味はほとんど無し。
「むなしい」
「申し訳ありません」
「え?」
「レオナの水の販売許可がまだ取れませんでして。それがあればもう少し良いものが食べられたのでしょうけど」
「それは取らなくていいからね!」
「そうですか」
すごく残念そうな口調だけど、私に言わせればあなたの方が残念な感じです。
「って、あの水、捨てたよね?」
「瓶に詰めた分は全て保管してありますが」
いつの間に?!
屋敷に戻ったらすぐに捨てるように言うとやや不満げに「わかりました」と答えたのでとりあえず信用し、街の散策を再開。
うん、何も買えないから全くもってつまらない。
だいたい、結構良い物を着ているくせにただ歩いているだけなんて、どの店も歓迎しないだろう。
冷やかしでも「もしかしたら買うかも」という空気を纏っていれば、店側もそれなりの対応をするが、私の纏う空気は「ザ・無一文」である。それなりに目端の利く商人なら、すぐに気づいて、そっと距離をおいていったり、それとなく「買う可能性ゼロなら帰れ」という空気を発してくる。
「はあ……」
「どうかされましたか?」
「帰る」
「まだ街に出て一時間ほどですが」
「……帰る」
「はい」
やるせなさを感じつつ侯爵家に帰ると、レイモンドさんの執務室に来るようにとのことだったので、そのまま訪れると……こちらに来ている全員が揃っていた。
「何だ、もう帰ってきたのか?」
「あんなに楽しみにしていたのに?」
「もしかして何か忘れ物でも?」
色々言われたが、そうだよ。忘れ物だよ……とは……言った方がいいか。
「いえ、その……まあ、はい……なんというか……お金がなくて」
曖昧に答えつつ、レイモンドさんの正面に座る。
「お金が?」
「はい」
四人が互いに顔を見合わせる。
「あなた……まさかと思いますが」
「え?俺?イヤ、なんというか……レイモンド……」
「父上かリリィが出しているもと思っていましたが」
「まさか……?」
オルステッド家は侯爵家であり、国内でも有数の貴族。日本では考えられないくらいのお金持ちだ。だが、金銭感覚はしっかりしており、私くらいの年頃の少女が持ち歩く金額というのはわきまえている。そのため、「レオナ、お小遣いをやろう」を四人がやってしまうと多すぎる……と全員が考え、「誰かが小遣いをやっているだろう」と思い込んでいた。そんな感じのようだ。いつもなら「誰かレオナに小遣いをやったか?」と確認していただろうけど、ここんとこ地獄の忙しさだったようだし、仕方ないか。
ちなみにタチアナはきちんと手持ちの現金はあるのだが、それはオルステッド家の財産であり、買い物を言いつけられたときなどに使うためのもので、彼女が勝手に私のために使うことは出来ない……のだそうだ。
うん、仕方ないよね。
「すまなかった」
「いえ。何も言わなかった私も悪いので。それで……何か御用があるとか?」
「ああ」
そう言って、お盆を一つ私の前に差し出してくる。二つに折られた紙と、小さな袋が一つ。
「ん?」
折りたたまれた紙を開くと……
「盗賊捕縛、王都の魔族討伐報償金……ん?」
「そのままの意味だ。盗賊の捕縛と移送、王都に出てきた魔族討伐の報酬だ。ダンジョンの件と王都防衛についてはまだ少し時間がかかる」
「あ、ありがとうございます」
小さな袋を手にする。意外に軽い?中身は……
「えっと……大金貨?」
「ああ」
大金貨二枚。
村にいた頃は銅貨しか見たことが無かったのだが、銅貨が百枚で銀貨になる。銀貨が百枚で大銀貨に。大銀貨百枚で金貨に。金貨百枚で大金貨。
貨幣価値が日本のそれと完全に一致するわけでは無いのだが、金貨が一枚あると四人家族が一月楽に暮らせる、らしい。「楽に」というのは結構贅沢な暮らしが出来るらしいけど、詳しくはわからないので割愛。
つまり私が手に入れたのは向こう十年の間、リッチに暮らせるくらいの額だ。
いやあ、何て言うか、やっとこう……異世界転生したチートな主人公がお金持ちになっていくパートに入ったって感じですねぇ。と、感慨に耽っていたらレイモンドさんが退室を促してきた。
「すまないが、この後また全員で城に行かねばならない。何かあったらタチアナかセインに」
「あ、はい」
失礼します、と部屋を辞して自室へ戻る。結構な額のお金が手に入った。今日はもう時間が微妙だから出掛けないけど、明日はまともに街で買い物……アレ?
今日の私の買い物(笑)で、支払ったのは銅貨。他にもいくつかの店や屋台を見たけど、値段はだいたい銅貨。高めの物になると銀貨。
待て待て……と、脳内でシミュレーション。
「おじさん、この串焼き頂戴!」
「あいよ、銅貨十枚だ」
「はい、これ」
手渡される大金貨。
ダメでしょこれ。お釣りとかどうなるのよ。
「あう~~」
頭を抱えてしまった私を冷めた感じでタチアナが見ている。そうよね、貴方は気楽よね……って、そうか。
「タチアナ」
「はい」
「これを」
「これ?」
「さっきもらった報償金」
「はい」
「お財布に!」
「畏まりました」
よし、これで解決……出来るといいな。
「解決」と表現したが、これは二つの意味を持つ。
一つ目はもちろん、街を散策するときの資金。大金貨二枚ということは、それこそ店を丸ごと買ってもお釣りが来るかも知れない金額だ。さすがに店を丸ごと買おうとは思わないけどね。とにかくこれで、異世界の定番、露店で謎の肉の串焼きを買って食べる、が出来る。
だが、同時にもう一つの問題。私に付いている、非常識が申し訳程度に服を着て常識人のフリをしている変態メイドを解任できる可能性が出来た。
明日はこんな感じになるだろう。
「おっちゃん!串焼き一本頂戴!」
「あいよ!銅貨十枚だ」
「わかったわ。タチアナ、お金を」
「こちらに」
手渡される大金貨。
「おっちゃん、これで」
「オイオイ嬢ちゃん、冗談はやめてくれ。こんなの、お釣りを用意できるわけ無いだろう?」
「そ、そんな……」
「金を持ってないならあっちへ行ってくれ、商売の邪魔だ」
こうして、傷心のまま屋敷に戻る。
「ファーガスさん、タチアナのせいで私、街で買い物も出来ません」
「何だと?!」
「レオナちゃん、何があったの?」
「実は……」
「何と!それはけしからん!タチアナ!」
「はい」
「どういうことだ?!何があったか説明しろ!」
こうして糾弾されたタチアナは私付きという立場を解任され、侯爵家のメイドもクビ。めでたく私には常識のあるメイドが付くことになりました。めでたしめでたし。
……完璧な筋書きだね。
翌朝、朝食を少なめにした私は早速出かける旨をタチアナに伝える。
「畏まりました」
昨日は眺めることしか出来なかった串焼き屋台目指して歩く。
何の肉を焼いているのかわからないけど、香辛料にも工夫をしているらしく、いい香りが漂う屋台の前に立つ。
「おっちゃん!串焼き一本頂戴!」
「あいよ!銅貨十枚だ」
BGMははじめてのお○かいで。




