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朝食を終えて私はどうするかというと……部屋でゴロゴロである。
外出は「控えてくれ」と言われたし、さすがに王都の一等地にあるような敷地内で魔法の練習をするわけにも行かないし。
とりあえずシーナさんに頼んで、色々と本を持ってきてもらった。貴族の子供向けの本というのは実にいろいろな種類があって、王国の歴史、社会制度、地理だけでなく、文学作品をわかりやすくまとめた本まであったので実に読み応えがある。
と言うか、積み上げると一メートル以上になる山が五つも並んだ。イヤここまで積まなくても……一月くらいはこれで潰せそうだね。
昼過ぎにレイモンドさんが戻ってきて、昨夜の件について質問攻めに遭った。特に盗賊をどうやって片付けたかで。「適当にボコりました」と言うわけに行かず、かといって本当のことも言いづらい。ダメ元で「乙女の秘密です」と言ったら「そうか」と納得してまた出掛けていった。手元のメモにもそうやって書いているみたいだけど、いいのかそれで。
夕食の時間になっても仕事やら社交やらで誰も帰らず、一人で夕食。広い部屋の大きなテーブルに一人で座り、数名のメイドさんが並ぶ中で食べる。視線が気になって、味どころではなかった。おいしかったけど。
夕食を終え、風呂も済ませて部屋に引き上げた頃、マーガレットさんが子供たちを連れて帰宅。子供たちはもう寝てしまっていて、メイドさんたちに抱っこされながらそれぞれ連れて行かれた。エリーゼさんたちが到着するまではこんな感じの日が続くらしい。大変だろうけど、これが貴族として生きると言うことなんだな。私には無理だ。
部屋の明かりを消し、窓を開けて外を眺める。この世界でも月があって、地球と同じように三十日かけて満ち欠けを繰り返している。今日は三日月のように細い月で、外はとても暗い。
かすかな星と月明かりに照らされた街並みはとても幻想的で、それこそ空をピー○ーパンが飛んでいても……って何かマップに反応がある。窓を開けて身を乗り出していたから王都全体がマップで見えるのだが、赤い点が五つ、南から北へ動いている。
それぞれの位置はかなり離れているが、ある一点を目指しているような動き。目指している一点は……王都でもっとも大きな建物。城だ。
城を目指して移動している赤い点。しかも結構速い。イヤな予感しかしない。
「コール!」
ヴィジョンを窓の外に呼び出して飛びつき、一番近い南西、街のほぼ中央を北上しつつあるにある赤い点へ向かう。
外に出た瞬間に、何かイヤな空気を感じる。赤い点が発する気配とかそう言うのだろうか。
「急いで」という私の言葉にヴィジョンが頷き、速度が上がる。赤い点の主に出会うまでわずかに数秒だ。
「ほう、何か来たかと思ったら、こんな小娘か」
赤黒く、厳つい鎧に身を固めた男がいた。ごく当たり前のように宙に浮いて。
「へえ、言葉が通じるんだ」
「そのようだな」
「一応聞くけど、ここには何のために?観光目的なら夜が明けてからでお願いしたいんだけど」
「ハッ、知れたこと。あの城に、この国の王がいるんだろ?そいつをぶっ殺しに来たのさ」
「そう……名を聞いても?」
「冥土の土産に聞いておけ。魔王様直属の五旗星が一人、シャークだ」
魔王の直属の配下?これが魔族か。いろいろ聞きたいことがあるけど、今は時間が無い。
「そう……なら、シャーク。これ以上は進ませないわ」
「ほう?貴様程度でグェッ」
ドゴン!
無造作に近づいていきなり拳を振り下ろしてやったら、なかなか派手な音をさせながら地面へ。いや、近づくのに反応しろよと言いたい。
石畳を粉砕した土煙の中、立ち上がる気配があったので、ヴィジョンの足裏に私の足裏を合わせて、互いにジャンプする要領で一気に加速しながら落下。そのまま土煙の中の影に拳を突き立てた。
ドムッと派手な音を立てて地面がクレーターのようにヘコむ。
シャークとか言う男は……身長が十センチくらいに圧縮されていた。ついでにまわりに色々飛び散っていてかなりスプラッタになってしまった。
「んー、道路がえらいことになっちゃったけど……仕方ないよね!」
気を取り直してヴィジョンの元へ。さて他の赤い点は……二つが合流しているのが一番近いのでそっちへ行こう。
ヴィジョンの飛行速度はなかなかのもので、空を飛ぶ二つの影にすぐに追いついた。そのまま、追い越して正面に回り込む。
「む?シャークの所に行ったと思ったが……」
「片付けたわ。一応聞くけどあなたたちも五旗星とか言うの?」
「フ……どうせすぐに死ぬお前が聞いても無駄だと思うが教えてやろう。五旗星の一角、セスだ」
「同じく、ジュリア」
マントにちょっとカッコいい感じの服装の……男女、かな。顔立ち、髪型、体型。さっきのシャーク同様、人間によく似ているが、体格は一回り大きいし、角があるし、コウモリのような羽が生えている。何かわかりやすいくらいに『魔族』って感じだな。
二人は手にした短い棒――先端に宝石が付いている――を掲げる。先端の宝石が光り始める。問答無用で魔法攻撃か。
のんきに呪文詠唱に集中しているようなので、火のレベル二、炎の槍を二発、それぞれに向けて放つ。
「「え?」」
二人とも胸から上が消し飛んだ。なんか言いかけてたみたいだけど、気のせいだ。
槍がはるか彼方まで飛んでいった……大丈夫だと祈ろう。
さて次……って、マズい。赤い点が一つ、城にいる。
「急いで!」
グングン加速する中、城の様子を見ると、中庭のようなところでシャークよりも一回り大きな鎧を纏った魔族が騎士を殴り飛ばし、蹴り飛ばしている。
死人が出ていてもおかしくない状況。
さらに加速。もう一つの点は……まだ少し離れているな。このまま一気に行こう。
「あいつに向けて私を全力投球!」
ヴィジョンが私を両手で抱え、ブンッと投げる。
「うぉぉぉぉぉ!」
私の声に気づいたのか、鎧の魔族がこちらを振り向く。が、止まるつもりは無い。このまま体当たりだ。
「魔族絶対殺すキーーーック」
体勢をくるっと変えて突き出した足は鎧男のみぞおちに突き刺さり、そのまま城壁まで。
なお、技の名前についての苦情は受け付けません。
ドガッと派手な音と共に激突し、城壁がガラガラと崩れ落ちてくるので慌てて逃げる。マップからは鎧男の反応は消えた。
中庭には二十名ほどの騎士がいたが、立っているのは数名で、あとは皆、倒れている。
血まみれでも、うめき声を上げているならまだしも、どう見ても……と言う者まで。
治癒魔法は練習していないけど使える。多分助けられるはず、と近づこうとしたところで、真横から来た衝撃に吹き飛ばされた。




