3-6
「奥様、そろそろ……」
「えー、まだもうちょっといいんじゃ無い?」
「いえ、さすがにそう言うわけには」
「むう」
エリーゼさんの側仕えがお茶会の終了を告げた。やはり元々予定していた地元の貴族とのお茶会はキャンセルできなかったらしい。
「あ、そうだ。一緒にレオナちゃんも」
「無理です」
「はう……そうよねぇ……」
シュンとするエリーゼさん。そんなに私とのお茶が楽しかったのだろうか?うーん、ここはきっちりフォローしておきましょう、年長者として。
「エリーゼさん」
「何かしら?」
「また、お茶してください。楽しみに待ってます」
「ええ、もちろん!」
抱きついて顔を見上げながらこう言うだけで満面の笑顔になって、側仕え他数名と屋敷へ入っていった。もしかしたらと思うんだけど、侯爵家の人ってチョロいのかしら?
さて、私はどうしようか……と思っていたら、すぐ横にマリアンナさんが!
「レオナちゃん、お部屋へ行きましょう」
ヒョイッと抱っこされた。……いつの間にここに来たのでしょうか。あと、自分で歩けるのに……ま、いいか。
部屋に戻ると、机の上に数冊の本が置かれていた。この国の歴史とか地理とかを学べる、貴族の子供向けの本らしい。
要するに仕事が忙しすぎて私の相手が出来ないと言うこと。まあ、突然現れた居候ですからね、別に文句はありませんし、こう言うのを読んでおくのも大事でしょう。本のお礼をしてから机に座って、パラパラと読み始める。
うん、何て言うか……日本書紀とか古事記とかそう言う感じの本だこれ。神話と実話が入り交じってる感じに読める……まあ、魔法が実在するような世界だからどこまでが本当なのかわかりづらいけど。
「それで、結果は?」
「全部で九種類の薬草を採取していて、全て状態がA。薬師ギルドでは大騒ぎになっているそうです」
リリィが手渡してきた書類にざっと目を通して、ファーガスは考え込む。
「領都周辺にこんなに薬草があったとはな……」
「私も驚きましたよ。それにレオナが言うには『今は採取の時期じゃない薬草がたくさんある』『一緒に採取できない薬草がいくつかある。今回は諦める』と」
「山に入ってすぐの場所だよな?」
「ええ。街道から見える位置だと都合が悪いと思い、少しだけ入りましたが……」
「と言うことは何か?領都の周辺は薬草だらけか?」
「可能性は充分にありそうですね」
「だが、住んでいた村ではそれほど薬草が採れていなかったんじゃないのか?」
「その辺りは詳しく聞いていませんのでこれは推測ですが……」
そう前置きして続けた。
「あの村にいた時のレオナは痩せて体力の無い少女でしたから、長時間、たくさんの薬草を集めるのは難しかった。それだけだと思います」
「そうか……」
ファーガスは書類を「処理済み」のラベルの付いた箱に放り込む。
「できるだけ早い内にレオナに聞いてみよう」
「そうですね」
ファーガスが別の書類を手にする。
「で、次のこれだ」
「はい」
「村を襲ったのはゴブリンの集団」
「よくある話ですね」
「数は……百近くか……」
「やや多いですが、そのくらいはまだ珍しいことではないでしょう?」
「そうだな……それで」
「C級ハンター四名が討伐に向かい、全員死亡」
「そこまでも、まだよくある話だな」
「そうですね」
「……ゴブリンジェネラルの死体を確認と」
「群れの規模的に上位種がいるのは確実ですし、そのくらいの規模なら、ホブゴブリンやゴブリンリーダーではなく、ジェネラルがいても不思議ではないでしょう」
「そうだな。不思議ではない。だが……なぜ死体だったんだ?」
「そこが全く。しかもアゴを砕かれ、首の折れた死体です」
「村人はレオナ以外は全員死亡。火災により死体の判別は難しい状況だが、人数は確認できているから間違いない。そしてハンターだが、レオナが見たと言う話に嘘があるとは思えん。C級というランクに、それまでの経験から見てもゴブリンジェネラルに秒殺されるのは不思議でも何でも無い」
「ジェネラルともなると、B級ハンターが数名で討伐する相手ですからね」
もちろん騎士団が対応する場合、ベテラン十数名で周りを取り囲んでと言う対応が普通だ。リリィ達副隊長クラスならタイマンでも勝てるが。
「何が何だかさっぱりわからんな」
「同感です」
リリィは改めて報告書類を確認するが……自分で書いたものでありながら良くわからない、と言う感想しか出てこない。
「間違いなく言えるのは、レオナには何かがある、ということか」
「ええ」
「ゴブリンジェネラルを単独で……しかもおそらく一撃で倒せるほどの力か」
「ただ、一つ言えることは」
「ん?何だ?」
「レオナには悪意が無い」
「ほう?」
「詳しい事情はわかりませんが、何らかの理由で強大な力を得ている……そしてそれをどう扱っていいかわからない。だけど、誰かを傷つけるとかそういった意図は無いようです」
「そう言い切れる根拠は?」
「カンです」
「女の勘というヤツか」
「そう言われると元も子もないですが、実際にここ数日間一緒に過ごしてきたからこそわかるとしか」
「ほほう?」
「あの子の生い立ちは色々と大変なものがありますが、それを辛いとか苦しいとか思っている様子がありません。何というか『そういうものだから』と達観して受け止めているような、そんな感じです」
「あんな子供が?」
「そして、目の前のいろいろなことに興味を持ち、色々と学び取ろうとしている。知識が豊富なようでそうでもないような……そしてそのことを自覚している節もある」
「常に前向きで、好奇心旺盛だが、どこか一歩引いているような感じか」
「安心できる材料としては、私たち家族に対して、いや、家族だけで無くその周りも含めて、好意を持って接しています」
「それは……そうだな。だが、俺に対する扱いが若干雑に感じるが」
「顔が怖いからでは?」
「これ、生まれつきだよ?!」
「クスッ……でも、嫌われてるわけでは無いようですよ?何となく、反応を見て楽しんでいるような、そんな感じがします」
「俺に対してもっと優しく接してもらうのが今後の「諦めてください」
「ひどくない?!」
「そして、あの魔法……」
「う、うむ」
オルステッド家は代々、武に秀でた家系であるが、魔法については素人同然の家系でもある。
魔法自体が血筋に由来する要素が多いらしく、オルステッド家の者は代々魔法がほとんど使えないと言うだけであり、魔法については最低限の知識を持っている。だから、レオナの使った魔法がどのようなレベルなのかは一目見ただけで十分理解していた。
「規格外とか、常識外れとか、超人的とか、いろいろな表現はあるが」
「あれはなんと評すればいいでしょうかね?」
「神レベル?」
「いや、それは何か違うような気がします」
「うーむ」
二人して考え込むが、リリィがポンと手を打つ。
「これならどうでしょうか?」
「うん?」
「レオナレベル……レオナなら仕方ない、とか」
「そのまんまだが……それでいいか」
「レオナのすることなら仕方ない、と言うことで」
「そうだな」
こうして、レオナのあずかり知らぬところで、ひどい表現が生まれていたのであった。
地理について書かれた本を読んで初めて知ったこと。
この国は周囲を三千メートル級の山が数十キロにわたり連なる山脈に囲まれていて、山脈を超えるだけでも命がけという事情があり、他国との交流はほとんど無い。
山脈を抜ける道は、あるにはある。但し、けもの道が舗装道路に見えるレベルの道で、馬を連れて進むことは不可能な道が続くため、自分の足で歩くしかないという過酷な道。数年に一度、山脈を通って行き来する事があるらしいが、五十人前後で行軍して生存率七割を切るほどの難所だらけで、まともに往復できる者は多くない。
そう、この国、外交というものがほとんど出来ない国だったのだ。
だが、これは色々と問題だ。
私はこの世界のために転生している。この国だけのためでは無い。だが、この状況では他の国に魔王が現れてもそのことが伝わってこない。今後のためにも山を切り拓いて道を造るとかした方がいいのだろうか。まあ、やらかす一環としては有りだと思うけど。
そして、歴史についての本を読むと、オルステッド家のことも色々と書かれていた。
勇猛果敢な家系。
王国の守護騎士。
王に絶対の忠誠を誓い、民のために剣を振るう。
様々な表現がされている。
そのどれもが正々堂々、清廉潔白な姿勢を表し、賞賛している。一族の教育方針とか躾が行き届いていると言うことなのだろう。ま、見方によっては確かに正しいね。




