3-5
「ありがとうございました」
グランバルドさんを乗せた馬車が門を出るまで見送る。さて、どうしよう。振り返りたくないんですけど!すっごく視線を感じるんですけど!
それでも仕方なく恐る恐る振り返るとそこには、素敵な感じに目をつり上げたリリィさんがいた。笑顔だけと笑ってない顔ってすごいと思う、うん。
「レオナちゃん?ちょっとお話よろしいかしら?」
「いえ、ちょっと野暮用がありまして」
「それほど時間は取らせないわ。素直に話をしてくれたら」
「いやあ、私の話なんてつまらないですよ」
「いいえ、とっても興味深いお話だと思いますわ」
「ははは……」
昼食は、サンドイッチとスープにヨーグルトが並んだ。サンドイッチに挟まれた野菜がシャキシャキでおいしい。スープは……ヴィシソワーズね。ジャガイモの風味がいい感じでおいしかったです。
食事を終えると、侯爵夫妻とリリィさんに何があったかを仔細に話した。もちろん時間感覚操作は除いて。
「お父様、どう思われますか?」
「うむ……」
話題は当然、裏庭の惨状について。魔法の勉強の許可は出したが、まさか水をためた大穴が出来るとは思っていなかったので、その辺りについてだ。
「まあ、いいだろ」
「いいんですか?」
軽い感じのファーガスさんに対し、それはどうなんだと言う雰囲気のリリィさん。
「これからの季節にはアレだが、泳げる大きさだ。夏になったら水中戦とかそう言う訓練にちょうどいい」
「そう言う物ではないでしょう?」
「あら、リリィちゃん、それなら……あの池の周りをちょっと綺麗にすれば、お茶を楽しむいい場所になるわよ?」
「お母様まで……」
「それにリリィ」
「はい」
「レオナちゃんは悪気があってやったわけじゃない。作り出してしまった巨大な水が引き起こす被害を最小限に食い止めるために穴を掘ったんだ。むしろここは褒めるべきだ」
「えーと……」
「レオナちゃん、こっちにおいで」
ファーガスさんに手招きされたが、目の前をスルーしてエリーゼさんのところにダイブ。
「あらあら、甘えんぼさんね」
「今の、俺の所に来る流れだよね?」
いや、飛びついた時に柔らかそうな方を選んだんですよ。ファーガスさんだと筋肉鎧が硬そうで。
「リリィ」
「はい、わかっています」
リリィさんも、私を咎めるつもりは毛頭無いという。ただ、私がやったことは王国の中でも随一の力を持つオルステッド家にとって非常に重要な意味を持つ。魔法を初めて使ってあれだけのことが出来ると言うことは、今後どこまで成長するのか。そしてそれは王国にとってどんな影響を及ぼすのか。諸々を見極め、決断していかなければならない。出来るだけたくさんの情報を引き出し、分析しなければならないという使命感からやや強い口調になってしまっていただけだと、謝罪された。
「リリィさん」
「な、何だろうか」
てててっと駆けていき、ぎゅっと抱きつく。
「私、リリィさんのこと大好きです」
「う……」
「だから、その……」
抱きつくと同時に仮面は外しているので、そっと見上げる。
「ああ!もう!」
抱き上げられる。
「私もレオナのことが大好きだ!」
「はい!」
お互いにぎゅっと抱き合う。そしてそこにエリーゼさんが加わる。ファーガスさんは……エリーゼさんが絶妙にブロックしていて近づかせない。
「ねえ、俺の扱いひどくない?ねえ?」
ファーガスさんご愁傷様。
とは言え、やはり私の魔法はかなり強力なことは確か。制御が出来ないとどんな被害が出るかわからないので、当面の間は魔力制御訓練のための小さな魔法の練習にするよう言われた。私としても、自分の魔法で街が消し飛びましたとかはゴメンなので快諾する。
「さて、レオナちゃん」
「はい?」
「私と一緒にお茶しましょう」
「はい!喜んで!」
エリーゼさんと共に裏庭へ。この空気からの脱出成功!リリィさんはまだファーガスさんと仕事があるらしいので残念ながらここまでです。ああ、もうそんな悲しそうな顔をしないでください!
ちなみにエリーゼさん、午後に予定していた地元の貴族との社交はキャンセルしたらしい。大丈夫かと心配になるが、大丈夫らしい。
花を植えた鉢で少し飾った感じの池――そう、これは池なんだ――のほとりでエリーゼさんとお茶をする。お茶請けはニンジンの入ったパウンドケーキ。香りも良く、ニンジンの自然な甘みが紅茶によく合う。こうして味わってみると、村で自分が作ったニンジンが何だったのかとどうしても疑問に思い、思わずまじまじとケーキ生地の中のニンジンのカケラを見つめてしまう。
「あら、どうしたのかしら?」
「いえ、その……ニンジンですよね、これ?」
「そうね」
「ニンジンって、こんなにおいしいんだなって」
「え?」
「私、村でニンジン作ったことがあるんですけど、全然おいしくなくて」
そう言うと、エリーゼさんは「ああ」と合点がいった顔をし、近くのメイドに何かを指示した。すぐにメイドが早足で屋敷に向かい、この家の料理長、バトーさんを連れて戻ってきた。ニンジンを一本持って。料理長に会うのは初めてだが、顔が真っ青だ。
まあ、そうだろう。こうした貴族の料理人は、基本的に主人達と顔を合わせることはないと本に書いてあった。来客があるとか、急に出掛けると言ったような人数の増減、メニューの調整は執事が詳細を把握して料理長に指示を出す。出された料理の感想も基本的には執事を通じて聞くことになる……基本的に貴族は料理の感想なんて言わないけど。つまり、主人達から直接呼ばれるというのは、よほどの不手際があった時……要するにクビを言い渡す時、と考えて良いのだ。それも、場合によっては物理的にと言うこともあり得る。しかも間の悪いことにバトーさん、この家に勤め始めて五年ほどだが、料理長を前任者から引き継いだのは半年前。ちょうど今が秋から冬への季節変わり目。食材の選択を誤ったか、はたまたこの季節に合わない味付けや調理をしてしまったのか。しかも私という来客がいる時に。そんなときに呼び出されたりしたら、心中穏やかでいられる人なんていないだろうな。
「バトー、レオナちゃんの質問に答えて」
「は……はい?」
本来なら失礼極まりない返事をしてしまうのも仕方の無いことかも知れなかった。
「質問ですか?」
「ええ。さ、レオナちゃん?」
「あ、はい。あのですね……」
私が村でニンジンを作って食べたこと。とんでもなくマズかったこと。だけど、この家で食べたニンジン――サラダにも入っていた――はとてもおいしかったこと。そもそもニンジンが違うんだろうけど、と付け加えてみた。
「そう言うことでしたか」
ホッと胸をなで下ろしたバトーさんは手にしたニンジンをこちらに差し出してきた。
「先端を少し折って、食べてみてください」
「はあ……」
言われるままに少しだけポキリと折り、口に入れた。口の中に広がる……泥臭さと変な甘苦さ。
「う゛……」
「まあそうなりますよね」
わかってたのか!って言うかこれ、私が作ったニンジンと大差ない味だ。
「では続いて、失礼します……コール」
手を一振りして包丁を手にして、ニンジンをスッとひとかけら切り落とし、私の手の平に。
「どうぞ、ご賞味ください」
「……」
「大丈夫よ、レオナちゃん」
「はあ……」
苦手な野菜を食べさせられている子供のように目をつぶって思い切って口の中へ……アレ?
「ほんのり甘くて……おいしい?」
「おわかりいただけましたか?」
「その……包丁で切ると、おいしくなる?」
「その通りです」
ヴィジョンに対する私の理解が足りなかった。全員がそうではないのだが、例えば包丁のヴィジョンの場合、食材を一撫でするだけでも、味が良くなるヴィジョンもある。他の調理器具、鍋やお玉のヴィジョンでも多少はその効果があるらしいが、下処理段階から使用する包丁はその効果が非常に大きく、『味が良くなる包丁のヴィジョン』を持つ者は、それだけで最低でも大きな商家、うまく行くと王宮の料理人の道が開けるという。
似たようなことは他にもある。例えば、鍬のヴィジョン。私の理解では固い地面でも耕せる、と言う程度だったのだが、強いヴィジョンになると、その鍬で耕した後に蒔いた種は必ず芽吹くし、収穫量も増えるという。
他にも、薬草をすりつぶす乳鉢のヴィジョンの場合、薬草の質が多少悪くても、量が少し足りなくても質の良い薬が作れるというし、金槌のヴィジョンで打った釘は決して抜けず、折れなくなるという。
魔道具、という言葉が思い浮かぶ。正確なところはわからないが、それこそ村長が書いて街まで飛んでいった手紙とかもヴィジョンの可能性がある。あの街で姿を隠していた商人も。もちろん、マリアンナさんの……はなんか違う気がする。
これじゃ、文明が発達するわけがない。何か困ったことになりそうな時でも、それを何とか出来るヴィジョン持ちがいればその人に任せれば良いのだ。農作物の品種改良は不要だし、薬の効能を高める努力もしなくて良いし、建築物を丈夫にするための設計技法も発達しない。そしてもちろん、専門の職人が使うような精密な道具なんて作る必要性がない。発明とか創意工夫とか、そう言うのが不要な世界なのだ、ここは。




