13 テイマーは女の子
活動報告を更新しました、お時間があればお付き合いください。
「もぅまぢむり、リスカしょ……」
「り、リスカ? とにかく、何度も謝ってるじゃない! いい加減シャキッとしなさいよ!」
翌日。2人はブルンネンの森に出向いていた。昨日決めたように魔物狩りと並行してヒーリ草を集めるためであるが、いつもは元気溌溂なシュウの背中には哀愁が漂っていた。無論昨日の件が原因なのは確定的に明らかである。
「いいもん、アーシェと違ってお胸が無いのが悪いんだもん……でも村から出てきてもまだ勘違いされるなんて思わなかったもん……ぶつぶつぶつ~……」
「あ~もう、どうしたら元気出してくれるのよ~……」
ぶつぶつ呟きながらヒーリ草を引っこ抜き虚空に収納していくシュウの姿に、アーシェはどうすればよいのかわからなかった、なまじ悪気が無かったとはいえ自分が傷つけてしまったため腫れ物に触るような気分であった。
そう、シュウは紛う事無き女子である。ちなみに前世も女子である。女の子100%。
一人称が『僕』であり、年齢の割に出るべきところが全く出ず、見た目や行動が無駄にボーイッシュな所為もあって、村に居る時から行商人等に間違えられることが多かった。むしろ坊主呼ばわりされたことの方が多かったかもしれない。そのため本人なりに頑張ってお洒落に気を使ったこともあったが、素材が良い割にセンスが皆無であったため実の両親から「致命的に似合わないからやめろ」と言われ心が折れたのがもはや懐かしい。ちょうどその頃に例の『ポッカ村モンスター事件』が起きたこともあり、お洒落よりも冒険者にお熱になったのもまた間の悪いことであった。
ちなみに一人称はゲーム時代の癖がそのまま残った形である。というのも当時は男性キャラのシーフで遊んでいたため、フレーバーを重視するために男性のような口調を使っていた、謂わば『ネナベ』である。もっとも音声通信が基本だったため周りにはバレバレだった上、一日のほとんどを『僕』で過ごしていたため私生活にまで進行してしまったこともまた不幸であった。
とはいえ実のところテイマーは女性しかなることのできない職業であった。もちろんギルドから支給された冒険者用の制服も女性用のものである。しかし初期装備のゆったりとした『フード付きパーカー』が制服の上半身を隠し、辛うじて体形がわかる部位がハーフパンツから下だけであったことも災いしたし、何よりマイナー職であるテイマーが女性専用なんてことをアーシェが知る由もなかったのである。
しかしちゃんと見れば長い睫毛に細い手足、声変わり前の少年にしては高すぎる声、それ以外にもそれを匂わすサインは多々あったためいくらでも推察できたのは疑いようのない事実であった。実際初日に受付を担当したチネットは初見で女子だと気づいていたため言い訳はできない、森に来る前にギルドでそれを聞いたアーシェはかなり落ち込んだし、シュウはその倍は落ち込んだ。
「ま、まぁその、ね? これから成長する可能性が無いわけではないんだし、自信もって良いと思うわ!」
「優しさで人を傷つけるのはやめてください……ああ、あの木の陰に隠れてる『フォレストベア』は氷の方が効くのでアイスランスお願いします……」
ことフォローに関してアーシェはポンコツだった。今まで蝶よ花よと育てられた箱入り娘であったため、自分が下手に出て慰めたりすることは不得手と言わざるを得なかった。
とはいえ落ち込みつつもきちっと仕事はこなしているため、アーシェはフォローを諦め自分の役割に集中することに決めた。現在の分担はシュウがヒーリ草を集めながら魔物を見つけ次第アーシェの魔法で蹴散らしていくという方針で固まっている。事実シュウが何かする暇なく魔物は溶けていくため、この方が効率が良いと判断したからだ。
こちらに気づく間もなくフォレストベアは飛んできた鋭利な氷に串刺しにされ、悲鳴を上げる間もなく倒れ、消えた。それからも魔物を殲滅しながら森の奥へと進んでいると、前回ウッドゴーレムと遭遇した広場にやってきた、残念ながら今回はその姿はない。前回派手にやられているだけにアーシェはこっそり心を撫で下ろした。予定ではこの後はもう町まで引き返すことになっている。
「シュウ、ウッドゴーレムは居ないみたいだし今日はもう帰りましょうか、ヒーリ草は集まってるかしら」
「そだねー……数え間違いなければ丁度400本あるしねー……もう帰ろう、か!?」
そのときシュウの身体に電流走る。別に雷魔法を受けたわけではないが、それくらいの衝撃を感じた。目の前に夢にまで見た超激レアモンスターが居たのだ。先程まで虚ろであった目には光を取り戻し、身体中に活力が漲っていた。
「ヒーりん! ヒーりんじゃないか! 生きていたのか!!」
「ひ、ヒーりん? え、何どういうこと?」
シュウが鋭い眼光を放つ方向に目を向けると、そこにはプルプルと震えるピンク色をした液状のモンスターが居た。アーシェ的には何も感じないが、こと【レッドダイアモンド】のプレイヤー、特にテイマーが見ればシュウと全く同じ反応を示しただろう。
――『ヒールスライム』。スライム系最弱であり、ブルンネンの森に生息する超稀少モンスターである。ユニークモンスターではないが大変出現率が低く、1ヵ月森に籠っても出会えないことがあるのは有名な話。見た目がキモ可愛く、向こうからこちらを攻撃してくることはないためか、熱狂的な愛好家も多い(攻略WIKIより抜粋)。
「なんだかよくわかんないけど倒せばいいのかしら、ファイアボールで良い?」
「はぁ!? 倒す!? ば、馬鹿野郎アーシェおまえ、おま、馬鹿野郎!!」
「はぁい深呼吸しましょうね~」
ついに扱いに慣れてきたアーシェは興奮するシュウをなだめる。顔を真っ赤にしていたが、深呼吸をして少し落ち着いたのかシュウはゆっくり語り始めた。
「良い? ヒーりんはテイマーが仲間にしたいモンスターランキング堂々の3年連続1位! それが今目の前でひなたぼっこしてるの! あの子は女神より遣わされし天使なの!! 殺すなんてとんでもない!!」
「どうどう、また興奮してきてるわよ……つまり仲間にしたいってこと?」
「まぁ平たく言えばそういうことです」
どこのランキングなんだとかそもそもランキングってなんだとかいろいろツッコミたいアーシェであったが、とりあえずシュウが元気になったので良しとした。考えるのを止めたわけではない、決して。
ちなみに現在のシュウのレベルは8、ヒールスライムは7のため仲間にすることが可能である。もし今より低いレベルで遭遇していたらシュウは吐いていたかもしれない。マジで。
「というわけで仲間にして参ります! なぁに僕の木の棒にかかれば一撃ですよ、ひっひっひっひ」
「ガンバッテネー」
ひたひたと気持ちの悪い笑顔を浮かべながらヒーりん(予定)に近づいていくシュウと、感情を捨てて送り出すアーシェであった。
そういえばテイマーはどうやって魔物を仲間にするのだろうか、仲間に出来るという情報だけは知っているがその内容についてはアーシェは一切の情報を得ていなかった。どうやら口ぶりからするに木の棒を使って何かするようだが、恐らく見る機会はそう多くなさそうなので、子どもを見守る保護者の気分でシュウを眺めていた。
怪しい足取りでヒールスライムの目の前に立つとシュウは木の棒を頭の上に掲げた、日本人的に言うならスイカ割りのポーズと言えなくもないだろう。
そしてそのまま、渾身の力を籠め、振り下ろした。
「仲間になれオラァァァァ!!」
(えええええええええええええ!?)
これには見ていたアーシェもドン引きである。自分には殺してはいけないとか宣っておきながら本人はどう見ても殺る気マンマンである。
すると棒を叩きつけられたヒールスライムから光が発せられる、それは魔物が死んだ際に発生する光に似ていたが、ヒールスライムに消える気配は感じられなかった。しばらく待つと光は消えたがヒールスライムはその場に残り続けた。
「ヤッタアアアアア! 一発だあああああああ!! ははははは!! 天の神様ァ!!」
完全に壊れているシュウを見るにどうやら仲間に出来たようである。その印にかヒーりん(多分)がシュウの脚にすり寄っていた。なるほどさっきまでキモい魔物と感じていたが、こう見るとちょっと可愛らしいなと感じるアーシェであった。
「お~い、仲間に出来たんなら戻ってきなさいよ~」
「はっ!? これはこれは、お見苦しいところを……」
我に返るとシュウはヒーりんを両手で抱えアーシェの元まで戻ってきた。恐らく今まで一緒にいた中で一番機嫌が良さそうだとアーシェは感じていた。その足取りは軽く、今にも飛んで行ってしまいそうだからだ。
「それでそいつってどうなの? 強いの?」
「そいつじゃなくてヒーりんです!」
「はいはいそれはわかったから、で、どうなの?」
「うーんざっくり言っちゃうと、ヒーりんのおかげでしばらくの間、うちのパーティに後衛の回復役は必要なくなりました」
「……いやいや、流石にそれは冗談でしょう?」
「残念ながら本当なのです、この子を信じてください……まぁ細かいことは帰りながらでも追々話すね」
そう、残念なことでもなんでもなく事実であった。
【レッドダイアモンド】には通称四天王と呼ばれる回復役が存在した。超耐久と高効率の回復スキルを備えた『パラディン』、莫大な保有MPで広範囲回復魔法を連発できる『プリースト』、運が絡むが理論値最高の回復量の魔法が使える上、尋常ではない範囲に爆撃を降らすことが可能な攻撃役も兼任できる『フォーチュンテラー』、そして可愛さ全一の仲間モンスター『ヒールスライム』である。
もちろん可愛いだけではない、仲間モンスターの中では圧倒的に多いMP、比較的早い段階で覚える体力完全回復魔法『フルヒール』に広範囲回復魔法『レンジヒール』等は非常に重宝する。かなり早い段階で仲間に出来ることもあって、実はテイマーの覚醒が発見されるまではテイマーが後衛の役割を持てるようになる、唯一の生命線であるとされたくらいには有名であった。
では何故それでもなおテイマーが不遇とされたかと言えば、ヒールスライムはAIで動いているためであった。ある程度指示できるとはいえ、いざという時に回復が間に合わない、もしくは無駄に回復を吐いてガス欠を起こすことがしばしばあったからである。さらにヒールスライムの出現率が異常なまでに低いこともあってテイマーを回復役に据えるのは現実的ではないとされていたわけである。
しかしそれらを加味してもシュウ並びにアーシェにとっては幸運であった、何せ今現在2人と組んでくれる回復役はこの世に存在しないのだ。シュウは相当に長い期間を回復はポーション便りになるため金策に相当悩まされることを覚悟していたが、ここに来て全て解決してしまったと言っても過言ではない。
最もヒーりんが自分の思い通りに回復してくれる保証はないわけだが、そこは自分のプレイングで誤魔化せばいいと楽観的であった。少なくともヒーりんの有無で現状攻略不可能だと思っていたダンジョンにクリアの兆しが見えたのだから、十分である。
思わぬ拾い物を手に入れ、上機嫌に前を歩くシュウへおもむろにアーシェが語り始めた。
「ねぇシュウ、はっきり言うんだけどね」
「ん? どうしたん?」
「本当に女の子に見られたいなら、さっきみたいのは封印したほうがいいわよ」
「……はい、ごもっともです」
そうやってしおらしくしてるときはどう見ても女の子に見えるのに、とアーシェはため息を1つ溢したのであった――
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