11 テイマーとお買い物 再び
目的の店には歩いて5分くらいで到着した。『ミグレッド魔道商店』。奇しくもアーシェが装備を整えた場所でもあった。
「この店、私が装備買ったところなんだけど……」
「まぁそうかなぁとは思ってたんだけどね、とにかく入ってみようよ」
迷いなく店の扉を開け放つシュウに続いてアーシェも入店する。
前回シュウが入った商店よりも遥かに広く、余裕のあるレイアウトで恐らく高級品であろう装備品や魔導書(購入することでスキルポイントを増やせる)等が綺麗に陳列されていた。店員と思しき男性もどこかの執事を思わせる装いで、庶民お断り感が半端ないなとシュウは感じていた。
「これはこれはアーシェリア様!先日はありがとうございました……本日はどのようなものがご入用で?」
「あ~、今日は私じゃなくてこっちの――」
「アーシェに合う『翡翠の魔道帽』、『深紅のブーツ』、『漆の杖』、そして『水晶のペンダント』をお願いします。
「ちょ、シュウ!」
間髪入れずに注文を告げるシュウにアーシェは焦った。精々装飾品でも買うのかと思っていたら、まさか装備一式全て替えることになるとは思いもしなかったからである。
「それは構いませんが……失礼ですがお連れ様は一体?」
「アーシェとパーティを組ませてもらってる、しがないテイマーです……こちらからも質問をしても?」
「なんでございましょうか」
「アーシェの今の装備、見繕ったのはあなたですか?」
「そうでございますが、それが何か?」
「いえ、何でもありません。それでは先ほどの注文をお願いします」
疑問符を浮かべながらも準備に取り掛かる店員を尻目に、そんなことだろうとシュウは思った。
現在アーシェが装備しているものは全て高級品ではあるが、ソーサラーとして考えた場合最適装備とはとても言えないものであった。何せどの装備にも『MP』に関係する追加効果を持つものが無いのである。ソーサラーの特性を理解していないことは明白で、とにかく高い商品を押し付けられたであろうこともまた火を見るよりも明らかであった。
無論アーシェの側にも過失はあるだろうが、何も知らない新米冒険者を食い物にするようなやり口にシュウは憤りさえ感じていた。恐らく自分はこれっきり二度と利用することはないだろうが、アーシェにも後でそれとなく注意しておかねばならないと思った。
と、考えていたシュウであったが、これは半分正解半分間違いであった。そもそもソーサラーがマイナーなため、店員も、そしてアーシェ自身もどのような装備が良いのかわからなかったのだ。結果的に無難に強い装備を選び続けた結果、最高級品で固まってしまったというのが事の真相である。
ふと振り返ると不安そうにするアーシェを見てシュウは平静を取り戻した。流石に騙されたとまでは言えないためどうフォローするか悩んでしまうが、先にアーシェの方が口火を切った。
「ねぇシュウ、さっきはああ言っていたけど、もしかして私の装備って何か問題があるの?」
「ええと、まぁ今の装備でも十分強いんだけどね、でも今後のことを考えるとこれが一番理想的な装備にしてしまった方が良いかなと思って。ほら、ソーサラーってMPの伸びが悪いからそれを補強する装備の方が良いかなって」
「ほらって言われてもそんなの初耳なんだけど……」
そう、ソーサラーは他の魔法職に比べて遥かにMPが少ないことで有名である。例えばウィザードは初期の時点でMPが150あるが、ソーサラーは80しか無いのである。両者ともに使える『ファイアボール』の消費MPが5であることを考えるとかなりの差があることが分かってもらえるだろうか。特に序盤はMPを回復するポーションは入手性に難があり、1分間に1の自動回復があるとはいえ、ウィザードの半分ほどの時間でMP切れを起こすのは明らかなディスアドバンテージだった、こういった部分もこちらではソーサラーが不遇であるとされる要因の1つでもあった。
さらに初期のMPが少ないだけでなく、レベルアップでのMPの伸びが少ないことも問題であった。ウィザードはレベルアップで増えるMPの量は平均で5~6程度であるが、これもまたソーサラーの場合は半分である。レベル100時点では消費MP200程度の強力な魔法を使えるようになるが、その時点でMPが400ちょっとしかないのでは話にならなかった。
そこで考案されたのが装備でMPを補強するという単純明快な発想である。その手段については進み具合に応じて多様に変化するが、最序盤は『翡翠の魔道帽』『紅のブーツ』『漆の杖』の3種の神器をそろえるのが鉄板とされていた。3つともそれぞれ『モンスターを倒した際にその最大HPの1/10をMPに変換する』という追加効果を持っているが、この効果はなんと重複する。
つまり魔物を倒す度にそのHPの3/10を回復出来るようになるわけだが、例えば一番体力の低い魔物である『病気のゴブリン』の最大HPは30である。仮にファイアボール1発で倒した場合消費MP5に対して回復量9になるわけである。簡単無限機構の完成であった。
最も耐久力は相応に低くなってしまうが、そもそもソーサラーは攻撃を受けないように立ち回るのが基本になるためデメリットにはなりにくい。流石にずっとこの装備のままというわけにはいかないが、長期に渡ってお世話になったソーサラーは数知れない。
ちなみに『水晶のペンダント』は単純に最大MPを30増やす装飾品である。こちらもほぼ必須の品だが、見た目があまりかっこよくないドクロをあしらった形状になっているため、ビジュアルを重視するプレイヤーには大分不評であった。ちなみにシュウはフレーバー重視しているプレイヤーだったため、もしゲーム時代にソーサラーだったら絶対に着けていなかっただろう。
「まぁそういうわけで、ガス欠回避のためにさっき言った装備でやってって欲しいわけです。オッケー?」
「ガス欠が何なのかはわからないけど、そういうことなら従うわ、ちょっと勿体なかったけど」
「まぁ今の装備も後々使い道が出てくるし、無駄になるわけじゃないからそこは安心して良いよ」
できるだけ分かりやすいようにと説明していたシュウだったが、アーシェの飲み込みが予想以上に早くて助かった。最悪今の装備が良いと駄々を捏ねられるのではないかとさえ考えていたのでこの結果は嬉しい誤算であった。
アーシェはというと、ここまで既にシュウの異常性を何度も目の当たりにしているが、意味のないことはしないだろうという信頼があった。なんなら今すぐその装備を売却しろと言われても従ったであろう。洗脳は順調に進行中の様だ。
ちなみに今の装備の使い道があるという話だが。これもまた事実である……が、それこそ相当な未来の話なので、やっぱり半分嘘であると言ってもいいかもしれない。アーシェ自身も傷つけないようにフォローしてくれたのだろうと感じていた。
そうこうしているうちに店員が戻ってくる。どうやら準備が整ったようだ。
「それではアーシェリア様、試着の準備が整いましたので、こちらへ……」
「わかりました、それじゃあシュウ、言ってくるわね」
「うん、ゆっくり選んできてね」
ゲームでは購入すればそれで終わりだったが、実際はサイズの問題がある。試着に向かったアーシェを待っている間にいくつかの魔導書を物色したが、手持ちと相談した結果見送ることに決定した。そもそも今回の装備の購入でシュウのお財布は本日の宿代を除いてすっからかんになる予定なので、余分な買い物は出来ないというさもしい事情もあった。
「お待たせしたわね。どう、結構似合ってると思うけど」
「お、おおおお! ……お?」
それから数分で試着を終えたアーシェが戻ってくる、可愛らしい緑の帽子、衣服はギルドに支給された魔法使い用の制服だが、そこに紅い留め金のブーツが良いアクセントを醸していた。杖も黒を基調としたシンプルなデザインでいぶし銀の活躍をしている。美人は何を着ても似合うという話を聞いたことがあるが、それにしたってキマりすぎていた。コーデを重視したわけでもないのにこの着こなし、美人は得だなぁとシュウは嘆息した。
が、その反面ちょっとした違和感に気づく、本来首元にあるはずの『水晶のペンダント』が見当たらないのだ。その代わりに【レッドダイアモンド】ではなかなかお目にかかれないレアなアミュレットを下げていた。
「すっごい似合ってる! ――けど、そのアミュレットは?」
「……これは冒険者になる前にある人から貰ったものなの、シュウにとってはあのネックレスの方が良いとわかってはいるんだけど、これを外す気にはなれないのよ、だから、ごめんなさい」
「ううん! そっちの方が似合ってるし全然気にしなくていいよ! それに『虹のアミュレット』を持ってるなら先に言ってくれればよかったのに、全ステータス10アップに隠し効果で状態異常全無効の装飾品だよね?」
「っ!? え、ええ、そうだけど――」
「うわぁいいなぁ! 状態異常対策系は珍しいからすっごい羨ましい……僕も早くレアな装飾品欲しいなぁ」
まぁ廃鉱をクリアするまではぎせペンにお世話になるんだけどね~、と続けたシュウだがアーシェにはもうその声が届いていなかった。
――何故、虹のアミュレットの詳細を知っているのか。
虹のアミュレットはアーシェの実家が100年もの間封印していた装飾品である、その効果はアーシェの家族でさえ知らない者の方が多い。むしろアーシェでさえその手に取って初めて効果を知ったのである。それを何故知っているのか、疑問は尽きない。
ちなみに『隠し効果』は【レッドダイアモンド】においてテキストには表示されないが実際には保持している効果のことである。基本的にはNPCが装備している装備品にのみ適用されているので存在すら知らない人も多数存在した。シュウの場合は偶然攻略サイトで虹のアミュレットを見たことがあったため、記憶の片隅に残り続けていたのである、もっとも『誰』が装備していたのかまでは忘れてしまったが。
もちろんそんなことは知らないアーシェは思考の沼にどっぷり浸かっていた。何故既にこの世で自分以外に知らないはずの効果を知っているのか、そもそもシュウは一体何者なのか、考えても分かるはずのないことが頭の中を延々と駆け巡る。
結局そのままアーシェは店を後にするまで心ここにあらずのままであった――
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