9 テイマーとソーサラー
シュウはパニクっていた。前世と合計して30年近い人生の中でも最大のパニクり具合である。何せ昨日勧誘に失敗した女の子が何故かボッコボコにされて倒れていたのだ、いや状況的にウッドゴーレムにやられたであろうことは間違いないが、何故こんな状況に陥っているのか全く理解できなかった。
そもそもウッドゴーレムは非常に弱い魔物である。病気のコボルトほどではないがそれでもブルンネンの森の中では強さ順で下から数えてすぐに名前が挙がるくらい弱い。力は強く身のこなしも速いが弱点部位が大きいうえに体力が極端に少ない。そのためテイマーの非力な攻撃でも弱点に刺されば一撃で倒せるし、ソーサラーであれば適当に放つアイスランスでワンパンのはずである。加えてこちらから攻撃しなければ向こうからは一切手を出してこないので不意打ちし放題。負ける要素が一切感じられなかった。(※元廃人級プレイヤーの感想です)
慌てふためきながらもなんとか少女にポーションを使用する。恐らくHPが0になっていることは火を見るよりも明らかだった。スモールポーションを使う直前までは辛うじて息があったが、使った瞬間琴切れるように眠ってしまったため、一瞬間に合わなかったかと思ったが、しばらく待つと傷が癒え、安らかな寝息が聞こえてきたためシュウはほっと心を撫で下ろした。
しかし困った状況は続いていた。既にヒーリ草を粗方集め終え、さて帰ろうとしたところ、超高効率の経験値を持ち、どのドロップアイテムも高値で売ることが出来ることに定評のあるウッドゴーレムの背中が見えたため、帰りの駄賃にと不意打ちを決めたが、まさか女の子が倒れているなどとは微塵も思っていなかったためこれをどうするかという悩みが残ってしまった。
流石にここに置いていくという選択肢はないとしても、眠った女の子を連れながら無事に街に帰る自信もなかった。なるべく魔物に出会わないようにヒーリ草を探していたことで時間がかかってしまったため、既に昼時はとっくに過ぎ、仮に一直線で森を抜けたとしてもその頃には日が傾いてしまっているだろう、そうなれば夜道を帰る羽目になる。
ブルンネン周辺はかなり治安の良いことで有名であるが、夜盗が出ないとも限らない。ある意味で魔物より質の悪い人間を相手にするのはさすがに憚られた。
そして何より、少女をなるべく安全なところで休ませてあげたいという思いが強かった。
(仕方ないけど、今日はキャンプで一泊かなぁ……ちゃんと買っておいて良かった)
そう決めるとシュウは少女を背負い、魔物のポップしない『安全地帯』を目指して歩き始めた。安全地帯は各種狩場に複数設けられている休憩スペースである。ギルド曰く自然結界なる物の力が働いているとのことだが、シュウはゲームから連なる世界の『仕様』であると確信していた。
記憶が正しければ今いる場所からそう遠くない場所にあるはずである。出来ることならば辿り着くまで魔物には遭遇しないことを祈りながら歩みを続けた――
「あ、れ? ここは……」
「お、意外と早かったね、体の方は大丈夫?」
アーシェリアは目を覚ますと自分が何かに包まれていることに気づく、それはシュウが自分用に用意していた寝袋であった。テントの中であるが流石に硬い地べたに寝かせるわけにはいかないので苦肉の策である。ちなみにこの寝袋、何の素材でできているかわからないが、キチンとチャックも完備されており、なかなかに暖かである。
さて、無事に安全地帯に着き、テキパキとテントを設営して少女を眠らせ、様子を見ながら今日採取したヒーリ草の数を1時間ほどで数え終えると同時に少女が目を覚ました。このまま目を覚まさなかったらなどと不吉な予感が過ぎっていたためシュウは激しく安堵した。
「私、どうして――」
ここがどこなのか、そもそも自分はどうなったのか、何もわからずアーシェリアは困惑していた、ウッドゴーレムの攻撃を受け、間違いなく自分は死ぬはずであったが、今は先ほどまで感じていた身体中の激痛や倦怠感を一切感じず、もはや違和感さえ覚えてしまった。
「あ~無理しなくていいよ、今夕食の準備してるから、ゆっくりしてて」
非常食だけどね、と語尾につなげた声は意識が途絶える直前の物と一緒であった。どうやら自分は助かったのだと気が付いたがそれと同時に疑問も覚える。まだうまく働かない頭でなんとか言葉を紡いだ。
「どうして、私を助けたの?」
アーシェリアは不思議だった。お互い知り合いとも言えない関係、名前も知らず、知っているのは顔くらいのものだ。それなのに、魔法の効かなかったあの凶悪な魔物の近くに倒れていた自分を助けた意味が分からないのだ。少なくとももし自分が同じ立場だったとして、助けることは出来なかったかもしれない。
ちなみに意識が朦朧としていたこともあって、アーシェリアはあの時シュウが何と言っていたのかほとんど記憶していなかった。
「なんでってそれは、ただ目の前で死んでほしくなかったからだけど?」
まるで人間なら当然だろと言わんばかりに答えるシュウを見てアーシェリアは目を丸くし、同時に自分の見る目の無さを嘆いた、もし昨日の時点で彼の勧誘を真剣に聞いていれば、少なくとも命を危険に晒すことはなかっただろう、そう考えると羞恥に身を焼かれるような思いであった。
実際のところは奇跡的に見つけたソーサラーの卵をこんなところで失いたくないという気持ちが先行していたが故の行動であったため、アーシェリアが思うほどには人間が出来ていない事には気づけなかった。
最も仮にそうでなくとも助けはしただろうが、最悪ポーションを使った後、置いてきぼりくらいにはしたかもしれない。もし安全地帯にたどり着くまでに強めの魔物に遭遇していたら荷物を抱えて局面を切り抜けなければならなかったことを考えればあながち非情だとも言い切れない。比較的情に厚い方だと自負しているシュウであるが、無償で人助けをして自分の命を危険に晒せるほどのお人よしでもなかった。
それからしばらくして十分に休みを取ったアーシェリアとシュウは夕食を取り始めた。当初これ以上の好意は受けられないと辞退しようとしたアーシェリアだったが、直後にお腹が鳴るという可愛らしい理由で何も言わず食卓(切り株)を囲んでいた。
「それじゃああの魔物には氷魔法を使うべきだったのね」
「そうだね、ウッドゴーレムはあの見た目で炎は一切効かないから、多分アイスランスなら一撃だったと思うよ」
「不覚だったわ、まさかあんなに強い魔物が出るなんて、何も考えずに魔法を使っていてはだめね」
「いや、そもそもウッドゴーレムはそんなに強い魔物じゃないんだけどね……」
そもそも量の多くない非常食を2人で分けたため食事はすぐに終わってしまった。そうすると情報の整理のために2人で先ほどの件について話し合っていた。会話の中でアーシェリアはシュウがウッドゴーレムを一撃で屠ったと聞いて驚愕していた。同時に自分では手も足も出なかった魔物について何でもないように語る少年にどこか尊敬めいた念すら感じ始めていた。もしアーシェリアにちゃんとした知識があれば芽生えなかったはずの感情であることを考えると少々気の毒である。
その後はこの周辺の魔物について暇を持て余したシュウ先生のレクチャーが始まった。いったいどこから仕入れたんだと言わんばかりの詳しい情報にアーシェリアの頭はパンク寸前だが、先ほどの醜態を思い出し、1つの漏れも許さないとばかりに自分に叩き込んだ。
そうしてもはや夜更けと言ってもいい時間に差し掛かった頃、一通りのレクチャーが終わり一息ついたところで、突然シュウが切り出した。
「さてと……前置きはあんまり好きじゃないから、単刀直入に言うね」
「っ! な、何?」
一応聞いては見たが、間違いなく勧誘の件であろう。実はまだお互いに自己紹介すら済ませていないが、このためにあえて今まで引き延ばしていたのだろうとアーシェリアは考えていた。
そして勧誘を受けることもまた決定事項だった。結局未だに何のジョブなのかはわからないが、ギルドであれだけ辱められた自分のジョブを聞いても尚勧誘してくれる奇特な人間は二度と現れないだろうという冷静な理由と、冒険初心者とは思えないくらいに豊富な知識と凶悪な魔物(とアーシェリアは未だに信じている)に向かっていく胆力を併せ持つ彼に興味が湧いてしまったという感情的な理由が合わさった結果であった。
さぁ誘って来いと身構えるアーシェリアだが、当のシュウはどこ吹く風であった。
「今日は色々あってもうすんごい眠いから、寝てる間見張りお願いしてもいい?」
「え、ああはい、どうぞ……?」
「よかった~、まぁ安置だしキャンプに魔よけの効果もあるから大丈夫だとは思うけどね、君も眠くなっちゃったら遠慮せず叩き起こしてね」
それじゃおやすみ~と告げるとシュウはささっと先ほどまでアーシェリアが使用していた寝袋に潜り込んでいく。完全に入り込むと眠気に逆らわず、数秒で寝息を立ててしまった。
「……え~」
必要のなかった覚悟を決めた少女の悶々とした夜は、まだ始まったばかり――
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