0 テイマーとはじまり
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帝国領南西部に位置するポッカ村。
時折近場にモンスターが出現するくらいの至って平和なその村では今日、いつもと違う少しだけ特別な一日を迎えようとしていた。
ポッカ村に住む冒険者を目指す1人の若者シュウ、その朝は冒険者上がりの母クララに叩き起こされるところから始まる。。
「シュウ!いい加減起きてお父さんの手伝いに行きなさいな!」
「ん〜……あと5分、いや10分だけ……」
「5分前も10分前も同じこと言っていたでしょ! もう、今日は託宣の日だから絶対早起きするって言ってたじゃない」
「んあ〜……あっ! そうだった! やばいやばいやばい!!」
そう叫んだシュウはベッドから飛び起きるとテキパキと身支度を整え始める、その光景にさっきまでテコでも動かなかったくせにとクララはため息を吐きつつも苦笑いを浮かべた。
託宣の儀。それは14歳を迎え、冒険者になることを許された少年少女が受ける儀式のことである。
内容としては、教会に所属する神父によって数100程度存在する『ジョブ』の中から3つの選択肢を与えられ、その中から1つを選び自分のジョブとするものである。
どのジョブが選択肢に現れるかどうかは女神の気まぐれであるとされており、その上当たり外れが激しく、人によっては『外れ』しか与えられず、泣く泣く冒険者を諦めてしまうものも少なからず存在する。また、ジョブは一度決めると二度と変えることは出来ないため、この託宣が一生を左右すると言っても過言ではないだろう。
本来であればシュウも14歳になったタイミングで託宣を受けられるはずであったが、帝都から遠く離れた田舎であるポッカ村には神父どころか教会も存在しなかったため、一番近くの町であるブルンネンから派遣してもらうことになった。
何故か人一倍冒険者への関心が強かったシュウは1日でも早く託宣を受けるため自らブルンネンに赴こうと考えていたが、偶然にも街道沿いに比較的強いはぐれのモンスターが出現したため断念。更に冒険者に退治してもらうまで時間がかかってしまった結果、1ヶ月もタイムラグが発生することになってしまった。
しかし運よく冒険者経由で状況を知った教会側が、それならばと神父を派遣してくれることになったのである。ブルンネンまでの旅費もかからないため、シュウにとっては不幸中の幸いとなった。
「それではお母様! 今日も元気に行ってまいります!!」
「はいはい、あんまり浮かれて怪我しないようにね……」
いつもの2倍速で着替えを終え、朝食を掻っ込むように平らげるとシュウは家を飛び出し、今頃羊を追いかけているであろう父の所へと走り出した。
(まったく、一体誰に似たのかしら)
クララは走り去る村一番の冒険者狂いの背中を見つめながら物思いに耽る。
シュウはクララと夫が冒険者を辞め、紆余曲折あってポッカ村に移住した後直ぐにその生を受けた。運良く強面な夫ではなく比較的整っていると自負している自分に似た金髪碧眼、中世的な顔立ち。朝には弱いが夫の仕事や家の手伝いも積極的に行い、時々どこから湧き出したのかわからないアイディアで村のピンチを救ったこともある、両親自慢の子どもである。しかし唯一ともいえる欠点があった。
それは冒険者への強い憧れ、いや、あれは狂信的であると言っても過言ではないだろう。
自分や夫的には冒険者は辛いことが多く、村で静かに暮らしてくれることに期待していた。幼い頃はシュウも冒険者への関心が少なかったため、夫共々この村で一生を終えるのではないか、そんな風に考えていた。
しかしある日、具体的にはモンスターが村に侵入する事件が起きた日を境に、毎日のように冒険者になると言って憚らないようになった、夫かあるいは村の誰かが何かしら誑かしたのではと考えたがそうでもない様子で、結局諦めさせることは出来ずにこの日を迎えてしまった。
(いっそのこと、託宣が全部『外れ』になってくれれば、諦めてくれるかもしれないけど)
本人には申し訳ないが、冒険者時代の『良いこと』に相当する出来事が最愛の夫との出会いくらいしかないクララにとっては、確率が相当低いことだと理解していても、そう願わずにはいられなかった。
結果的にこの願いは部分的に叶うことになるのだが、この時はまだ何も知らないクララは走りゆく背中が見えなくなると同時に家事を再開するのであった。
「お父様!! おはようございます!!」
「うおっ!? なんだシュウか、今日は2倍増し元気……ってそうか今日だったな、託宣」
丁度羊の放牧を終えたシュウの父、ピーターはシュウの笑顔でその日が来たことを思い出した。クララほどではないが冒険者を目指すことに消極的だったため心中複雑である。
「今日は何から手伝えばよろしいでしょうか!!」
「その無駄に大きい声と気持ち悪い敬語はやめなさい……それと今日は何もしなくて良い。神父様がいらっしゃるまでゆっくりしてなさい」
「え、それはさすがに悪いよ、まだまだ時間もあるし」
「自分ではわからんかもしれんがお前、相当浮かれてるからな、怪我でもされたら構わん」
「うぐ、母さんだけじゃなくて父さんまで……」
実際のところ、羊飼いの朝は猫の手を借りたいぐらいの忙しさがある。シュウもそれを理解しているからこその手伝いの申し出だが、今日くらいは静かに夢に思いを馳せても良いだろうという父の思いやりを優先させる形となった。
なお怪我をされたら困るというのも事実だった。金がかかる。
「それに村を見て回りたいなら今日が最後のチャンスかもしれないぞ?明日、出るんだろ」
そう、シュウは今日の託宣を受けた後、明日の早朝村を出発する予定の乗り合い馬車で冒険者ギルドのあるブルンネンを目指すことになっている。すでに料金も支払ってあり、よっぽどのことがない限りは予定の変更はない。
何故このような日程になったかと言えば簡単な話で、次に馬車が返ってくるのがこれまた1ヵ月後になってしまうのだ、既に1ヵ月もお預けを食らっている身としては、到底耐えられるものではなかった。
「俺もこれが今生の別れになるとはこれっぽっちも思っていない、いないが……狭く何もない村だがお前が14年間過ごした場所だ、最後の日くらい思い出作りに使っても罰は当たらんだろうよ」
冒険者は、良く死ぬ。確率的に冒険者を引退するときの半分は死亡した時であるとされている、妻共々五体満足で円満に冒険者を引退できたピーターは相当に幸運だったと思っていたし、それ故に最悪のケースを考えずにもいられなかった。
「――えっと、それじゃあお言葉に甘えて、神父さんが来るまで村の皆に挨拶回りしてこようかな!」
両親の冒険者時代の苦労話を耳にタコができるくらい聞かされたシュウは、ピーターの言わんとしていることを理解していた。そのためお世話になった村の住人への最後になるかもしれない顔見せに行くことにした。
もっとも、本人はそんなことにはならないという絶対の自信があったが、ピーターの気心を優先させてもらうことにした。
「おう、確か到着は昼くらいの予定だったよな?その頃にはこっちも一段落するから、俺も一生に一度の大舞台を拝みに行かせてもらうぜ」
「大舞台って、神父さんの前で跪いて目を瞑っているだけなんでしょ?見てても楽しくないと思うけど」
「そりゃ楽しくはないかもしれんが正直な話、お前が何のジョブを賜るのか気になってしょうがねぇからな」
「それは元冒険者としての興味?」
「馬鹿野郎、親としての興味に決まってんだろ」
コツっとシュウの頭を小突くピーターと「痛っ!」と返すシュウ、いつも通りのやり取りの中に、ちょっとだけ寂しさが滲んでいた。
シュウが村人総勢50人に挨拶回りを終えてすぐ、丁度太陽が真上に差し迫った頃に、村の中央広場に神父と護衛騎士一行が到着した。転移魔法を使った突然の登場だったため一瞬騒然としたが、村長が皆を制して一行に近づいていく。
「これはこれは神父様、このような何もない場所までご足労をおかけしまして――」
「いいえ、我らは帝国の民の為ならばいかなる努力も惜しみません故……それより、託宣を受ける御仁はどなたかな」
「あ、そ、それはですね」
いかにも公明正大といった様子の神父だが村長と野次馬が圧されている、言葉は柔らかだがどこか力強さを感じる声色がそうさせたのだろうか、背後に立つ仮面を付けて表情を察することのできない護衛騎士二名の存在もその一片を担っているようだ。
「はいは〜い! 僕です! 本日付で冒険者になる予定です!!」
若干の重苦しささえ覚える空気を払拭したのは、村一番の変わり者であった。
「ああ、あなたが今回1ヵ月」遅れになってしまった方ですね、不慮の事案が原因とは言え、申し訳ないことをしましたね」
「いえいえ! むしろ神父様自ら出向いていただき、えっとその、恐悦至極にございます!」
「ははは、もっと砕けた口調で大丈夫ですよ……では、早速ですが行いましょうか」
託宣を。
「え、そんなにすぐ出来ちゃうんですか?」
「もちろんです、神の声をお伝えするのに時も場所も関係ありません。貴方は既に資格を得ています故……もし心の準備が必要であれば少し時間を置いて」
「いえ! 今すぐ! 今すぐやりましょう!! もう心の準備はとっくに終わってます!!」
両親から話を聞く限り、託宣の前に長ったらしい前口上があったり良くわからない巫女の踊りがあると聞いていたが、よくよく考えなくても巫女に相当する人物が居なかった。
最も2人の場合は大きな町で偶然同日に行ったと言っていたので、こんな田舎で、それもたった1人なら省略するのかな、などとシュウが邪推している間に神父はこれまた何処からか青い宝石を先端に取り付けた杖を取り出していた。
「では貴方、そういえば名前を伺っていませんでしたね」
「僕ですか?シュウです!」
「そうですか、ではシュウ君、私の前で跪き、目を瞑ってください」
「はい!よろしくお願いします!」
嬉々として言われた通り行動するシュウ、一方少し遠く離れたところで成り行きを見守っていたシュウの両親は不安気だ。
「ねぇ、なんか私たちの時に比べてその、適当じゃない?」
「そうだな……巫女様もいない様だし、だがあの杖は私たちの時と同様の物だろうし、あくまで形式を省略しただけじゃないのか?」
「そうなら良いんだけど、なにか嫌な予感がするの」
「お前の予感は当たるから怖いな、とはいえ俺たちに出来ることは見守ってやることくらいだろ?」
「そうね、何事もなく終わってくれればいいんだけど」
最初は『運悪く』外れだけを引いてくれることを願っていた二人であったが、今ではこの託宣が無事に終了することに願いが変わっている事にも気づくことはなかった、それくらい今回の託宣は『異様』であった。
「それでは……サイモン・ユーダの名において、一切の偽りなく、彼の者に、女神の代理として託宣を告げることを誓う」
シュウが目を瞑って数刻、神父が宣誓を始めた。さっきまでの人の好さが完全に消え、どこか神聖さを醸し出している。まるでこの場に神と呼ばれるものが出現したような、そんな錯覚さえ覚える者が出る始末。
「まず1つ……テイマー」
神父の声に野次馬から悲壮の声と歓喜の声が上がった、前者はシュウが冒険者になることを応援していた者、後者は冒険者になることに反対していた者だ。
テイマー。それは数100あるジョブの中でも最上級の『外れ』であるとされるジョブだ。
モンスターを仲間に出来るという唯一の特性を持つが、それ以外のスキルやステータスが余りにも貧弱であるためだ。
その虎の子のモンスターも自身のレベル以下のモンスターしか仲間に出来ないとあって、冒険者なら余程の変わり者で無ければ最弱のジョブであると断言してしまうだろう。
この結果を聞いてシュウの両親もほっと一息ついた、この調子で残りも外れを引いてくれればあの冒険者ジャンキーも諦めてくれるのではないかと、申し訳なくも期待してしまう。
「よりによってテイマーを一番最初に引くとはな、あいつは結構運が良い方だと思っていたがな」
今にして思えば、お遊びの賭け事でシュウが負けているところを見たことがないことにピーターは気づいた。
初めての遊戯であってもまるで何かセオリーでもあるかのように確実に勝利するため、いつからか無意識のうちにシュウとの勝負を避けていたようにも覚える。
それはピーターだけでなく、村の同年代の子どもたちも同じように感じていたことだった。
「そうね、でも流石に残り二つ共外れということはないでしょう、むしろギリギリ外れと言えないくらいのジョブを引いてしまったらと考えると――」
「まぁ最後まで聞こう、少なくともテイマーは論外として、ウィザードやパニッシャーを与えられたなら、俺たちも快く送り出すことが出来るし、本人の夢も叶う。村に居てくれるのが一番だが、あの変わり者を縛り続けることが、正直ここ最近、苦しくて仕方ないんだ」
そう、ピーターの希望はもちろんシュウに冒険者を諦めてもらうことだが、一緒に仕事をしている時に冒険者時代の話をせがまれたとき、または偶然立ち寄った冒険者から話を引き出そうとしているとき、シュウの目がこれでもかというほどに輝いていたことに今まで目を瞑ってきたのであった。
冒険者業は上手く行けば巨万の富とまでは言わずとも、それなりの収入に様々な『おまけ』が付いてくる夢の職業である、誰もが一度は夢見て、挑み、そして挫折を味わう。
冒険中の仲間の死がトリガーとなり、若くして引退を決断したピーターだからこそ、夢の裏には醜い真実が待ち構えていることも知っていた。そのため冒険者になるのならば可能な限り生存率の高いジョブを選んでほしいとも考えていた。
実際のところ、自分たちがどれだけ反対しようとも、あの子を止めることは出来ないであろうと薄々察していたクララも、何も言わず静かに目を伏せた、冒険者時代からの渋々同意するときの癖だ。
ちなみにウィザードは高威力魔法攻撃に特化した後衛職、パニッシャーは対アンデッド最強の後衛でかつ回復魔法も扱うことが出来る、どちらも前衛に比べて生存率が高く、人気も高い。
反対にテイマーは前衛、中衛、後衛、どのポジションでも役に立たないとされている。可哀相に。
閑話休題。誰もが神父の次の託宣を告げる時を心待ちにしていたが、ここで事件が起きる。
「――以上である。これをもって託宣の儀を終了する」
場が凍り付いたように静かになる、誰もが神父の発言を理解できていなかった。
――今、なんと言ったか?
「ま、待ってください! まだ2つ残っているはずではありませんか!」
これにはピーターも口を挟まずにはいられなかった、一世一代の託宣がこのような結果で終わっていいはずがないと。
「聞こえませんでしたか? 託宣は以上です。それとも……我らが女神を信じられないと?」
「そ、そうは言いません、しかしっ!」
――よりによって、テイマーなどと。
言葉には出なかったがピーターだけでなく、誰もが女神の悪戯に胸を痛めずにはいられなかった。応援していた者たちはもちろん、反対していた者たちにまでその余波は広がっていった。
特に、テイマーを宣告されてからずっと、小さく震えているシュウの背中に気づいた者には特にその色が強い。
(女神様も、残酷なことをする……もはや、冒険者として生きていくことは、不可能だろう)
横を見れば、クララも信じられない物を見たとでも言わんばかりに目を大きく広げ、口を両手で押さえ固まっていた。そこには喜びの顔はなく、心のどこかでは息子が冒険者になることを信じていたことを物語っていた。
誰よりも冒険者になることを願っていた若者の夢は、始まる前から終わってしまったのである。
と、誰もが悲痛な面持ちで沈み込んでいる一方、当の託宣を受けた本人はといえば。
(やった、やったやったやった!! ウィザードやパニッシャーしか引けなかったらどうしようなんて考えてたけど、テイマーになれるだなんて! ああ女神様!! この世界に生み落としてくれて、ありがとうございます!!!)
一番欲しかったジョブを手に入れ、あまりの嬉しさに震えが止まっていなかったことなど、誰一人気づいてはいなかった。
そしてこの浮かれぽんちが、後世まで名を残す伝説のテイマーになることを、この時はまだ誰も知らない。
聖歴201年、帝国南西部の小さな村で、伝説が産声を上げた――
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