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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第一章
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初めての戦い

 ファンタジーを題材にしたゲームの醍醐味と言えば、そう、モンスターとの戦闘だろう。

 ステータス、武器、スキル、仲間、システム上のありとあらゆる要素をつぎ込んでモンスターと戦うそれは、レベルアップや強力な武器にステップアップできる成長に繋がるからこそ遊びとして成立し、やっている側は楽しいものだ。

 しかし、もしもこれがゲームではなく現実世界のものとなったら、楽しむだけでは生きていけない世の中になったら、喜び勇んで戦いに行けるのだろうか。

 我先にと死地に飛び込もうとする者は恐らく、危険や恐怖を顧みない戦闘狂か、或いは――――。







「たああァ!」


 滞りなく適正マスタリーを入手した三人は臨時のパーティを組み、初日からの宿代やら食費やらを稼ぐために、リンハンス周辺で完了できる簡単なクエストをこなしている真っ最中。

 まずは初歩中の初歩からという事で、リンハンス周辺で多く報告が上げられるモンスター《赤狐あかぎつね》を狩猟するクエストを選択した。内容を簡潔に述べると、「赤狐を三匹持ってこい」という依頼である。それも生死問わず、だ。

 この世界には、人間・魔族・亜人族の他に、《モンスター》と呼ばれる生命体が跋扈している。

 姿形は我々のよく知る獣や人間などに近かったり、或いは異形とも呼ばれる存在である。共通して凶暴性が強く、身体機能なども普通の獣より高い。

 モンスターは各国によって『S~Gランク』付けされ、上に行くに従って強さや知能が増していく。

 今回狩猟する赤狐はFランクの魔物だ。微量ながらも魔力を保有しているため、その影響で体毛が赤く逆立っておるのが特徴的だ。10歳前後の若者の腕力ならば素手でも難なく倒せる程度の強さしかないが、非常に動きが素早く、またズル賢いことで知られている。

 しかし、赤狐の肉は下級モンスターの肉の中では脂が乗っていて肉質がよく、噛み堪えも柔らかく食べやすいと好評で、田舎町の食堂から貴族御用達の料亭まで、皆一様に欲しがる食用肉だ。

 また毛皮も、魔力が含まれているので寒暖両用に使えるコートの生地にも採用されているなど、幅広い層に常に需要があり余す所のない下級モンスターとして有名である。

 そのため、このモンスターを狩るクエストはギルドから直接の依頼という形で掲示板に張り出されている。肉と毛皮が丸々残った赤狐をギルドが買い取り、そこからギルド側が解体して然るべき施設に売るのだ。

 更に見た目や生態が獣とさほど変わらないモンスターなだけあって、これから狂暴なモンスターと戦うであろう初心者御用達のクエストとしても名が高い。

 こうして三人はフェリシーにオススメされるがまま、リンハンスから徒歩30分にある雑木林で赤狐を補足し、戦闘を繰り広げていた。


「ハアアァ!!」

「キュイィ」


 アトリアは、細身に似付かわしくない長剣を右手で振り回し、空いた左手にはショートソードを持った二刀流のスタイルで、飛び跳ね襲いかかってくる赤狐と戦闘を繰り広げていた。細身の彼が優々と二本の剣を振り回せているのは、《ソードマスタリー》の恩恵による力だ。

 もしこれが斧や槍だと、地面から数センチ持ち上げるだけで力尽きるというのだから不思議だが、マスタリーは昔からそういうものだと、林檎が木から落ちるのを不思議と思わないのと同様、誰も疑問を持たずに使ってる。


「もう、ちょこまか動いて……!」

「アトリアさん、その、スキルを使ってみては……?」

「そうだね……よーしそれじゃあ――――《二双紋》!」


 二度、三度と剣戟を避け続ける赤狐に業を煮やしたアトリアは、モミジのアドバイスもあり、二本の剣を上段から同時に振り下ろす《二双紋》という《スキル》を使った。

 《スキル》というのは、魔力を使う技を指す。スキルの発動自体はさほど難しくなく、発動に必要な魔力さえあれば、マスタリーを取得していなくても頭の中でそのスキルを正しくイメージできていれば使える、非常に便利なシステムだ。これは勇者と魔王の戦いよりも昔からこの世界に根付いていた常識である。

 だが、誰でもどんなスキルを使えるからと言って、バンバン使えるかと言えばそうではない。

 例えば、スキル発動に際し正しいマスタリーを保持していれば、スキル名を唱えるだけで即座に発動が可能となる。スキルを使うのに必要な詠唱や触媒や想像力なども必要としない。

 また、スキルは発動させる際に魔力を大きく消耗するのも特徴の一つで、難易度の高いスキルになればなるほどそれだけに威力が高くなっていくが、それに見合った魔力も削れていく。しかし、マスタリーさえ適正であれば、その魔力が大幅にカットされる特典まである。

 今回で言えば、アトリアは自身の適正マスタリーである《ソード》が得意としているスキルの一つ《二双紋》を、少ない魔力で即座に発動した。

 初心者向けで扱いやすいとされるこのスキルにより振り下ろされた二本の剣は、常人では目に終えない速度で穿たれた――――。


「キュイッ!」


 しかし、大して疲弊していない赤狐からすれば、戦闘慣れしていないアトリアの動きは簡単に読めたため、スルリと滑らかな動きで躱してしまった。それだけでなく、二本の剣を思い切り振り下ろしたせいで勢いを制御できず、そのまま剣は地面に深く刺さってしまった。


「あ、待て……っとと!」

「キュッ!!」

「ヒッ、ヤバイ!」


 いくら《ソードマスタリー》の恩恵を受けているとはいえ、マスタリー任せの無茶苦茶な剣捌きによって逆に自ら追い込まれてしまう。これは、スキルを気楽に使えるようになった初心者に見られがちな失敗の一つだ。

 しかし、相手が戦い慣れしていない初心者だからと言って、その隙を見逃すほどモンスターは甘くない。赤狐は踵を返し、すぐさま体勢を崩したアトリアの喉元目掛けて跳躍した。一撃の下に、屠るつもりらしい。


「《ウォーターボール》!」


 あわや噛み付かれる寸前という所で、赤狐の胴体に水しぶきを帯びた青色の球体が命中する。そう遠くない木陰からゴスロリ幼女、もといモミジが魔法で援護射撃でアトリアの支援をしていた。


「ありがとモミジちゃん!」

「お怪我は……?」

「うん、大丈夫。――――そうだ、モミジちゃん、今度は赤狐の顔面に撃ってみてくれるかな」

「わ、分かりました……。《ウォーターボール》」


 モミジは体内に秘めたる魔力を、杖という媒体を通して魔法名を唱える。すると、振りかざした杖の先端から水しぶきと共に青色の弾が、再び赤狐目掛けて射出された。狙いは正しく赤狐の顔面目掛けて飛んでいった。

 しかし、やはりと言うべきか、赤狐は見え見えの水球をサイドステップで易々と避けてしまう。先ほどは不意を突かれたから当たったものの、《二双紋》をかわしたモンスターからしてみれば、見てから避けるなど造作もないのだろう。


「そこッ!!」


 しかし、待ってましたと言わんばかりに、アトリアは追撃の一手を刺した。

 どうやら、《ウォーターボール》は回避行動を意図的に誘い出すための布石のようで、《二双紋》を避けた赤狐の動きを正しく記憶していたアトリアは、サイドステップで避けた赤狐が着地するポイント目掛けて左手に持っていたショートソードを投擲したのだ。

 空を切るショートソードに、赤狐は顔を動かすことで反応を示したが、体はまだ宙に浮いたままで自由が効かない。


「ギュッ――――!」


 果たして、赤狐の着地と共にショートソードは吸い込まれるようにして躰を貫いた。


「やったやった! ナイスアシストモミジちゃん!」

「お、お見事でした……。まさかこうも簡単に狩れてしまうなんて……」

「いやー運が良かっただけだって。あそうだ、剣と赤狐を回収しないと」


 二人は、初めての共同作業によってモンスターを容易く狩れたことに喜び、はしゃいだ。アトリアは運が良かっただけと言うが、《ソードマスタリー》を抜きにしても、初戦からモンスターを一撃で仕留めるというセンス抜群の戦闘には、眼を見張るものがある。

 アトリアは喜ぶのもそこそこに、赤狐に刺さった剣を抜き、そのまま絶命した赤狐の首筋と前足の動脈を切って血抜きを行う。血抜きも初めてなため辿々しいが、手順は正しく行われており、しばらくして血が流れなくなると、死骸を《エンバンスの麻袋》に仕舞い込んだ。

 この《エンバンスの麻袋》は内部空間に遅延の魔法がかけられており、鮮度を保ったままアイテムの保存ができるという優れたアイテムである。それも冷凍庫のように低温で保存するのではなく、内部は常に一定の常温で保たれるため、炊き立てのおにぎりを入れた場合、いつ取り出しても暖かいままだ。

 ちなみに麻袋はギルドの支給品で、血抜きの方法もフェリシーから懇切丁寧に教えてもらっている。流石は質の高いギルドなだけあって、新米冒険者への待遇は惜しまないようだ。


「ふぅ……これで良しと。ねぇねぇモミジちゃん、初めての共同狩りにしては僕たち良いコンビじゃない?」 

「わ、私なんてそんな……。こそこそ隠れてただけですしアトリアさんの指示あってこそですよ……。トドメを刺したのもアトリアさんですし……」

「いやいや。僕なんてスキル空振りしたし、あのタイミングでのウォーターボールは本当に助かったって。狙いも正確だったし文句無しだよ!」

「そ、そうですか……? えへへ……お役に立てて良かったです……」

「あーもう可愛いなああぁぁ」


 アトリアは血の付いたグローブをバッグに仕舞い、褒められてフードの裾をギュッと被って照れるモミジのホッペタを素手で擦りたおした。モミジは嬉し恥ずかしそうにそれを受け入れる。


「それで、その、本当に、良かったん、でしょうか……?」


 ホッペタを揉まれながらモミジは一言ずつ紡ぐ。視線は、自分達が点けてきた轍と逆の方向に注がれている。


「あぁ、セノの事?」


 アトリアはモミジのもちもちしたホッペタを揉みながら従兄弟の事かと推知した。モミジは正解だと言わんばかりに小動物のようにコクコクと頷く。その姿が可愛らしくてアトリアは頭を撫でながら答えた。

 実は、二人が赤狐と戦闘を始める前に、別の赤狐を一匹見つけていたのだが、セノディアが「自分の実力を確かめる」と言い残してたった一人で逃げ回る赤狐を追いかけて森の奥へと侵入したのだ。


「セノが一人でやってみたいって言ったんだから、僕たちが邪魔したら怒られちゃうよ」

「えぇ……」


 戦闘職のマスタリー持ちが二人がかりで挑んでどっこいの勝負をした赤狐相手に、そんな悠長な事を言っていていいのかとモミジは心配した。しかし、セノディアの身を案じるモミジに庇護欲を擽られたアトリアは更に頭をナデナデさせるだけだった。そうしてモミジは悟る、アトリアはセノディアを心の底から信頼しているのだと。セノディアが「やる」と言ったらそれを信じて疑わないのだ。


(……いいなぁ)


 モミジは頬をモミモミされながら、二人の信頼関係に少しばかり羨んだ。故郷を含め、心を許せる存在など家族と極少数の友人以外にいなかったからだ。この街にたどりつくまでは一人だけ、彼女が信用の置ける、仲間と呼べるまでに信頼関係を築いた冒険者もいたが、その人物はとある町で別れてしまっている。


「あーお肌もちもちでいいなぁ……」


 さて、アトリアは一通り揉んだ後、満足したのか手を離した。


「さ、僕たちのノルマは二匹だから、あと一匹頑張って狩ろう! エイエイオー!」

「オ、オー!」


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