奇妙な視線
時は少し遡り、アトリアとモミジが赤狐を仕留めている間、少し離れた所で農村出身のセノディアも赤狐相手に戦っていた。
「ハァッ!」
そう、たった一人で。
武器は初心者でも楽々振れるライトアックス一丁に、腰のホルダーにぶら下げられたナイフ。それ以外に武器は見あたらないし、彼には《ソード》のようなマスタリー補正がない。
しかし補正こそないものの、普段から農業で鋤や鍬を使っているからか、新米冒険者にしてはアトリアに劣るものの充分に武器を振るえていた。
相手は小柄で低ランクながらも、魔力で凶暴化し身体能力の上がっている《モンスター》だ。我々の世界の狸や猪などの害獣とは違う。
故に、アトリアのようにセンスある一撃や、モミジのように便利なスキルを持っていないセノディアに苦戦は必至――――。
「キュイイィ!!」
「っとぉ!」
――――の、ハズだった。
突進を繰り出す赤狐を、サッと身を翻し避け――――
「はいそこォ!」
「キュウン!」
すれ違いざまに回し蹴りを叩き込んだ。斧を使わないその様はトンファーキックを彷彿とさせるが、それはそれとして吹き飛ばされた赤狐は大木に叩きつけられて落下していく。
「っし、今のは急所に入ったべ!」
セノディアは確かな手応えを感じると回し蹴りから一転、即座に斧を地面に突き立てて置き去りにし、走りやすいフォームでダッシュして腰のホルダーからナイフを抜き取ると、木に叩きつけられたショックで動きの鈍った赤狐の首元を刺した。
最後まで斧は使わなかったが、斧だと振り遅れて赤狐が起きあがり避けてしまうだけの猶予を与えてしまうからだ。こればかりは、彼が選んだ武器とモンスターの相性が悪いとしか言えない。
「キッ――――!」
首に刺したナイフが致命傷となり、赤狐は小さな断末魔を残して絶命した。
「っし、楽勝だな」
モミジの杞憂もどこ吹く風。明らかにセノディアは、アトリアやモミジよりも戦いに慣れていた。
実はセノディア、農機で体を鍛えているからモンスターと同等に戦えているわけではない。勿論、筋肉が普通の人よりあるのでそれも戦えてる理由の一つとしてあるが、『戦いに慣れている』理由にはならないだろう。
しかし彼は、つい先ほど冒険者になったばかりで『戦い慣れ』しているのは少々不自然だ。では何故、たった一人でモンスターと渡り合えるのかというと、これには彼の出身地が関係していた。
と言うのも、遡ること500年。勇者が魔王を討伐してからはモンスターの数は減少の一途を辿り、民衆にある程度の自由と平和が保障されるまでには平穏が戻りつつあった。
しかし、それは都市部に近い一部の地域に過ぎない。500年経った今でも、兵士などが見回りをしている主要都市から離れた田舎では、上級モンスターに住処を追いやられた下級モンスターなどが村に出没しては、作物を荒らしたり村を襲ったりし、最悪死者も出るケースがある。
そんな時は村長が代表して冒険者に討伐を頼むのだが、火急の要件で冒険者が不足していたり、或いは冒険者の到着を待てなかった場合、やむを得ず村人が武器を持って戦うことがしばしばあった。
そもそも、冒険者と呼ばれるモンスター退治専門家の集団ができたのは勇者がマスタリーを発見した500年前からであって、それ以前は稲を植える百姓から、日常生活に欠かせない布を織る機織り職人まで、村人が村を守るためにモンスターと戦うことはさほど珍しくなかった。
セノディアの村も過酷な戦火を生き抜いてきた戦闘民族が守り続けてきた村であり、今でも自分達で戦える程度のモンスターならば自分達で狩るという、当時の風習が残っている。
ここまで言えばもうお分かりだろう。
つまりセノディアは、畑を耕す農耕民でありながら、モンスターを狩る狩猟民の側面もあったという訳だ。赤狐くらいならマスタリーが無くとも戦い方次第でどうとでもなるだろうと踏んで、彼は赤狐を探索する効率を重視して一人で狩ると言い出したのだ。現に、彼の目論見通り二手に分かれた事が功を奏し二匹狩れている。
アトリアとモミジが赤狐を仕留めていることを知らないセノディアからすれば、目標達成まで残り二匹だ。ひとまず赤狐の死体をアトリアの持っている麻袋に入れるべく、二人との合流を視野に入れてその場を後にしようとした――――。
(……ん?)
が、ふと、違和感からセノディアは足を止めた。
(……誰かに見られている気がする)
鳥の囀りが響く穏やかな森の中で、動物やモンスターのそれとは違う知性を兼ね備えた生命体の視線を感じ取っていた。そこまで対象を特定できたのはセノディア自身不思議だったが、それでも視線は感知した。一体どこから、誰が、何の目的で観察を続けているのか迄は分からないが、一方で敵意や殺意のような害を及ぼす意思は感じられない。
「……気味悪ぃな」
それでも一方的に見られている、というのは少々不気味だ。セノディアは地面に横たわった赤狐を抱え、そそくさと足早にその場を立ち去った。
◇
「ふぅーむ……。ほうほうほう……」
受付嬢のフェリシーはいつものクエストカウンターではなく、ギルドの入り口から見て左側の、長机が均等に並べられた奥行きのある空間で、机の上に置かれた獲物をなめ回すように、時には角度をかえて、時には持ち上げて、赤狐の状態をチェックしている。
ここはモンスターの素材や鉱石等の売買が行われる場所として解放されている一画で、狩猟クエストや収集クエストの成果を、受付嬢が見定める場所としても運用されている。
新米パーティ一行は赤狐のクエストを終えてギルドに戻り、フェリシーに受注した内容に沿えたかの確認作業をしてもらっている最中だ。ちなみに、アトリアとモミジの二名は初めてのモンスター討伐でぐったりと疲れており、現在はギルドの右半分を占めている酒場で昼食を取っている最中だ。
フェリシーの眺めている獲物とはお察しの通り、新米パーティが悪戦苦闘――――はしていないが、半日という少なくない時間を費やして狩った赤狐三匹である。フェリシーは、四肢欠損など肉体の損傷は激しくないか、血抜きはされているか、などの項目を羽根ペンを走らせ、書類に状態の善し悪しを書き込んでいく。
しばらくして、フェリシーは満足そうに頷いてカウンターに戻っていった。
「首尾は上々、初めてのクエストで完璧に近い形で終えられましたね。それでは赤狐三匹、我々の方で買い取らせていただきます。報酬をお渡ししますね」
報酬金額は300G。カウンターの引き出しから三枚の銀貨を取り出してセノディアに手渡した。
「貴方達の今後の活躍に期待していますよ」
「ありがとうございます。褒められて伸びるタイプなんで、そういうの大歓迎ッスよ」
パーティの代表としてクエストの完了報告に来たセノディアは、軽く会釈して銀貨を三枚受け取る。
300G程度なら一人分の食費だけでも三日で使い切ってしまう金額だ。宿に泊まったり、装備を調えたり、道具を買い込んでいたりすれば一日持つかどうかも怪しい。
時給換算にしても日給換算にしても、少なすぎる報酬だ。
しかし初めてのクエスト報酬であることに変わりはない。一人につき100G、銀貨がたったの一枚、されど一枚。
セノディアは、完遂した初めての報酬の重みをしっかりと握りしめた――――。
「あぁ……それにしても、初めての狩りでこのペースは早かったですね」
普段は受付嬢として必要以上の会話をしないフェリシーだったが、銀貨を手に握りしめて感慨に浸るセノディアに思う節があったのか、微笑ましく見つめながら、珍しく自分から会話を紡ぎ出した。
「そうですか?」
「はい。赤狐は下級モンスターの中でも動きが素早く力もありますから、慣れてない人が狩ろうとすると致命傷を与えられず直ぐに逃がしてしまい、時間を多く費やしてしまうんです。他にも、最初から逃がさないように脚部を狙って攻撃して、そのせいで四肢が欠損してしまい評価が下がる、なんてケースも初心者さんには多いんですよ」
「ほーん」
フェリシーはお世辞を抜きに褒める。赤狐は、幾ら初心者向けとは言え魔力を内に秘めたモンスターだ。ちょっとやそっとの攻撃などひょいひょいと躱せるだけの身体能力は備えている。
また、その生態も相まって厄介極まっており、少しでも赤狐が傷を負うとそっぽを向いて逃げ出し、傷口が治癒するまで姿を隠してしまうのだ。
赤狐を倒すには強力な一撃をお見舞いするか、脚に攻撃を集中して逃げられないように動きを封じるしかない。そうなった場合は脚部が欠損してしまうので、クエストの報酬が通常より少なくなってしまうデメリットが生まれてしまうのだが。
これに関してはビギナーズラックで上手いこと運んだ意味合いが大きい。
アトリアは着地狩りを狙った《ソードスロー》によって一撃で葬り去り、セノディアも普段から狩りには慣れていたお陰でカウンターの回し蹴りから素早くトドメまで持って行けた。モミジは氷雪系の魔法で動きを完封したのが完璧に型に嵌っていたのも功績に数えられるだろう。
まぁ終わりよければ全て良し、だ。
それにクエストのクリアタイムも早いのも高評価である。
クエストを受領したのは今朝方の11時で現在の時刻は14時。町の門から狩り場までの移動に徒歩で10分はかかるとして往復で20分は使うだろうから、赤狐の補足から討伐までに費やした時間は2時間と40分くらいだろうか。
これは前述した通り、半端な傷を負わせると逃げてしまう赤狐を相手に初心者としては非常に早いペース。将来有望の枠に入るだろう。
しかし、セノディアは手放しに褒められたにも関わらず渋い顔をした。
「……というか、そーゆーの終わった後に教えてくれるんスね。最初から教えてくれればいいのに」
「ふふっ、初心者さんは経験しなければ覚えませんから」
「うーん……なるほど」
皮肉混じりに詰るセノディアにフェリシーは営業スマイルで返す。ギルド側からしてみれば、こんな初歩的なクエストに失敗して怒るような短気はいらないと、そう捉えられかねないような発言だ。
「それで本日はどうしますか? まだクエストを?」
時刻は14時、昼過ぎを回り太陽は天上高くに差し掛かっている。これから赤狐のクエストをもう一度受託するとして、先ほどのペースを参考にしても17時は越えてしまう。おまけに初めてのクエストという事で疲労が溜まっているから間違いなくそれ以上はかかる。
太陽が傾いて地平線に沈み、月と星がこんばんはと顔を覗かせる時間がお迎えにやって来てしまえば、街に帰るのが困難になって最悪野宿だ。
それは勘弁願いたいので、セノディアは赤狐討伐以上に他に簡単なクエストが無いかと聞いた。フェリシー曰く、一応有るには有るが、郊外の畑を荒らす害虫の駆除だとか街の清掃だとか、モンスター討伐系統のクエストだと赤狐以上に手頃なのは無いらしい。
セノディアは少し悩んだ後、今日は止めておくが念のため二人と相談しますとだけ告げた。
「あぁそうだ――――フェリシーさん」
「はい」
「もしお暇なら、もう少しだけお話よろしいでしょうか」
「私とですか? クエスト受領者が来るまででしたら構いませんが……。あらあら、もしかしてナンパですか?」
「は? ンなワケ無いでしょ」
いつも真面目な対応を心がけているフェリシーにしては珍しく、初心な新米冒険者を軽くからかってやろうというイタズラ心だったが、虚しく一蹴されてしまい少し恥じらいを感じて端麗な顔に朱が入ってしまった。




