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冒険がしたくって  作者: trustsounds
第二章
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好餌(2)

 セノディアの頬に青白い拳の跡が残る。殴った男はわざとらしく両手をぶらつかせた。


「おっとっと、顔は殴っちゃいけねぇや……。あのお方はお前の顔と黒髪を痛く気に入ってよぉ。一目惚れだってよ。温情で、お前を生け捕りにして差し出すなら昨日の分はチャラにしてくれるんだ」

「そ、そりゃ器の広い雇い主だな……。お、俺だったら役立たずで足手まといはすぐ切り捨て――――ッ!」


 軽口を叩くセノディアの腹に膝蹴りが入った。前屈みになりかけるが、髪の毛を掴まれてるため倒れることすら許されない。


「口には気をつけろっつったばかりだろ。えぇ? そういやお前、昨日は斧のスキルを一つも使わなかったな。《アックスマスタリー》じゃなさそうだが……弓矢も持ってたな。本当の《マスタリー》は何だ?」

「内通者から、聞いたんじゃないのか……?」

「ハッ、内通者! そんなのが俺達にいたとは驚きだ!」

「な、に……?」


 セノディアはここにきて自分の勘違いに気づいた。男の口ぶりから察するに、自分の身辺に内通者はいないらしい。となると街中に情報網を張っていたか若しくは情報屋のような人物でもいたのだろう。横の繋がりを、特に裏の人間ともなれば憶測だけで元を辿るのは不可能に近い。

 しかし男はセノディアを捕らえたことで余程機嫌が良く、また一目に付かない場所であり見張りも多く配置しているためかつらつらと語り出した。


「あの空飛ぶペットについて情報屋に説明したらよぉ、『ワケの分からない言い訳をするな。そんなモンスターは知らない』の一点張りさ。アイツ、俺達が《組織》末端の《組員》だからって舐めてんだ……。あー、ムカツク――――なぁッ!?」

「グアァッ――――!!」


 苛立ちに身を任せた男は、躊躇なくセノディアの脇腹をナイフで刺した。殺さないように、しかし時間の許す限りいたぶり続けるつもりだ。


「あーもう面倒くせぇな。もう騒ぐな」


 男はセノディアのシャツの裾を切り取り、それを丸めて口に含ませ、ズボンからベルトを切り取ると猿ぐつわの代わりにして噛ませた。


(《組員》……《組織》……?)


 だがセノディアは強靱的な精神力で、断片的に聞き取れた情報を、焼けるような痛みでクラクラしつつも脳みそを必死に揺さぶり起こし反芻する。

 《組織》というのが彼らの所属する犯罪シンジケートの名称なのか、それともただボカしているだけなのか。ただ《組員》のワードだけは過去にどこかで聞いたことのあるなと記憶を辿った。

 王様に呼ばれるよりも前、スヴェンやクロエと戦うよりも前、まだリンハンスで宿を見つけたばかりの頃――――。


『ハッ、いいや意味ならあるぜ。お前、俺が『組員』だって知ってワザとやっただろう』


(あーアレか……)


 酒場兼宿屋の『グルーガスの酒場』で暴れていた大男が、確かそう声を荒げていたなと思い出す。意外なところで繋がりがあるんだなと思いつつも、大人しくモンスターと戦う冒険者稼業を続けたいセノディアは、もう二度と自分達に関わらないでくださいと切に願った。


「チッ……遅ぇな……。そろそろ迎えが来る頃だっつーのに」


 男は苛立ちながらも、セノディアから目を離すことはしなかった。ここで逃がしたらもう二度と娑婆の空気は味わえないだろう。二度目の失敗は死を意味するからだ。


「あーあ、イライラすんなぁ」


 男は再三、拳を振り上げてセノディアを殴ろうとした。


「ッ!」


 セノディアは襲いかかる痛みに耐えるため歯を食いしばった。


「――――そこまでだ」


 しかし、男の拳が振り下ろされることは無かった――――。


「な……い、いつの間に……!」


 振り下ろそうとした男の首に抜き身の刃が添えられている。男の身動きは完全に封じられた。


「手を組んで頭の上に乗せろ。妙な動きをすれば……分かるな?」


 刃は既に血管にまで食い込んでおり、ツーと一筋の血が首筋を伝う。男は一か八か反転を狙いナイフを握り締め直したが、オレンジのマントがバサリと音を立てて翻るのを視界の端に見つけると、それすら敵わない相手だと悟った。

 何故ならそのマントは、王から騎士の最上位にのみ賜られる贈り物で、汚い路地裏には似付かわしくない来訪者だったからだ。


「何でこんなとこに近衛兵がッ……! クソッ、ついてねぇ……!」


 昨日はアジトの全容を黒髪の少年に見つかり、今日は今日で近衛兵に少年をいたぶる状況を一部始終見られる。運も尽きたなと悪態を吐いて、男はナイフを手放して大人しく手を組んで頭の上に乗せる――――ハズもなかった。


「こんな所で捕まって堪るかァ!」


 セノディアを蹴飛ばしてナイフをがむしゃらに振り回す。ナイフは投擲にも使われるため消耗品という認識が強い。そのため、このナイフは鉄で作られた量産品なため殺傷能力は低いが、当たれたセノディアのように簡単に瀕死にまで追い込めるには違いない。

 が、今回ばかりは相手が悪かった。何せ対象は全身鎧で身を包んだ磐石の近衛兵なのだから――――。


「ふっ――――」


 数回剣先を交わしただけで、糸も容易くナイフは剣ではじき飛ばされてしまった。


「しまっ――――」

「……スキルを使うまでもないな」


 呆れたように近衛兵は一閃、男の肩を優しく薙いだ。それだけで男の肩から血が噴き出す。男は蹌踉めいて体勢を完全に崩した。


「今だ、かかれ!」


 近衛兵の一声で甲冑の兵士が複数現れ、あっという間に男を簀巻きにし、どこかへと連行されていった。少なくとも太陽を拝める場所では無さそうだ。


「うぁッ……グッ……」

「しっかりしろ、今治してやる」


 近衛兵は倒れ伏すセノディアの側に駆け寄り、猿ぐつわを外して仰向けに寝かせる。そして刺された脇腹を中心に、高級そうな意匠の掘られた瓶に詰められた赤い液体――――《上級赤ポーション》を振り掛けた。上級なだけあって即効性が高く、幾分か気持ちが和らいだセノディアは自分を助けてくれた近衛兵に安堵の笑顔を向ける。


「お、遅いッスよメーラさん……歳ッスか……?」


 近衛兵――――シュゼット・メーラは兜の奥で笑いながら、空になった《上級赤ポーション》の瓶を仕舞い、セノディアの上体を起こして硬質な膝当ての上に頭を乗せる。そして新たな《上級赤ポーション》の蓋を開けて傾けた。経口からも摂取させるつもりだ。


「『鋼鉄の処女』と揶揄されたことはあるが、年齢で詰られるのは初めてだ。……遅れたことは侘びよう、すまなかった。君たちの後ろにいた取り巻きが思いの外強くてな」

「ゴクゴク……プハァ。あぁ……《マスタリー》持ちっぽいのが3~4人くらい俺をマークしてましたもんね……。男と女と色々――――いつつつ……」

「まだ安静にしていろ」

「そうも言っていられませんよ、例のアジトがどうなったかを聞くまではね……」

「君を『囮』にするよりも早く尖兵を向かわせていたから、そろそろ戻るハズなんだが……」


 そう、これまでのセノディアの動きは全て『囮』だった。

 自分自身を餌に見立てて街の東側を中心に歩き回り、怪しいと思われる人物が接触してくるのを待つ。そして接触してきたらセノディアを遠巻きに監視していた私服の兵士がシュゼットに報告。あとは流れで

 シュゼットが言い終わるや否や、男を連行していった兵士とは別に、比較的軽装な兵士がドタドタと駆け足で袋小路にやってきた。彼らがその尖兵なのだろう。

 彼らは息も整えぬままシュゼットに報告を始めた。


「――――報告します! アジトはもぬけの殻でした!」


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