ホロゾーン家の騎士、トルン
入って来たのは長い顔に生真面目そうな細い目の知的な顔の男だった。腰に下げた剣は柄の飾り紐が美しいが実用的で、弧を描く赤塗りの鞘を差し、甲冑の革は上等な鞣しで、甲冑を繋ぐ紐は細く鋼が入っているが色の美しい組飾りになっている。装飾を意識した上品なこしらえだった。
しかし、上背があり、扉を片手で開けて押さえ、上から睥睨する顔は厳しく、何ものをも見逃さないような鋭さがあった。その目が中央の背の無い椅子に腰かけたサテンに向かう。
血の乗った白いシーツの傍らに、半分腰を掛けるようにして座るサテンは、中央にいるせいか、その独特の雰囲気のせいか、まるでその部屋の主の様にも見えた。騎士を見返す顔は無表情で、下から見上げているはずなのに、騎士は一瞬、上から見降ろされているように感じた。そのせいか、
「竜神信仰の信者がいると聞いて参った」
と言う騎士の言葉はサテンへ向かった。
ランレルを始め、ギャベットやトチ医師は、思わずサテンを振り返る。竜王自身が、竜神信仰の信者だと言われて、虚を突かれ過ぎて笑うような余裕も無かった。振り返ってみているとサテンは、座ったまま、騎士を見上げて、
「無関係だな」
とだけ答える。騎士はその堂に入った答え方に、何か引っかかりを感じたのか、
「名を名乗れ。どこから来たのか所在と職業を明らかにせよ」
居丈高な言い方だったが、強引に理由をつけて、確認もせずに犯人呼ばわりするようなつもりは無さそうだった。しかし、その目は、疑っていた。
サテンは黙ったまま答えない。ただ、口の端を上げて見せただけだ。それを見て、慌ててギャベットが、
「我らハーレーン商会の者です」
と答え、その脇から、ランレルが、
「サテンさまとおっしゃいます」
と言い添えた。すると、初めて、騎士は、この部屋にサテン以外もいるのだと気づいたような顔をした。入って来て睥睨して見せた顔からは、そんな事は無いはずなのだが、初めてその存在に気が付いた、と言うような顔をして、
「ハーレーン商家の出店の一つか。それぞれ名を名乗れ」
と告げたのだった。
「ギャベットと申します。ハーレーン商会の外商をしております」
「ランレルと申します。ハーレーン商会の店番をしております」
「医師のトチです。ここロンラレソルの治療所の者です」
と言ったところで声が止まった。アヤノ皇子は名乗るつもりはないし、サテンはすでにギャベットとランレルが名乗っている。騎士がサテンを見た後、アヤノ皇子に目を向けた。すると、ギャベットが慌てたように、
「そちらの若者もハーレーン商会の者です。東の店舗へ赴くところ、ここロンラレソルで立ち往生しております」
「名は」
と聞かれて、ランレルが計ったように、
「アヤさんです」
と素早く答えた。
騎士はじっと五人を見渡して、すぐ脇のアヤノ皇子まで視線を動かしそこで止めると、
「お前が夕刻、ゼーン楼で騒いでいた男だろう」
と言って、言い終わる前に半歩踏み出し、ドア脇にいたアヤノ皇子の腕を掴んだ。そして、それから顔を上からのぞき込むようにして見ると、
「お前は信者だ。そう証言している者もいる。して、お前が連れて来た、他の信者は、お前がありがたい身分の信者が来ると訴えていたと言う、その者はこの中の誰だ」
と聞いた。アヤノ皇子は腕を掴まれるに任せて、ついっと顎を見上げて騎士を見ると、そのまま、
「まずは、その方から名乗りを上げよ。無礼者」
と短く言った。
ひゅぅっと言う音を出して、驚きの息を吸ったのはランレルだったのだが、他の者も同じように息を吸いたかったに違いない。ギャベットはぐっと顎を引いて表情を消して、トチ医師は驚いたように目を見開いたまま固まった。言われた騎士は目を見張ったのだが、その顔を見上げたままのアヤノ皇子は、
「まず、なぜ竜神信仰の信者が犯罪者として扱われねばならぬのか、つまびらかにせよ。また、なぜ、我らがその信者であると断定したのか話すが良い。もし話し、謝罪と共に、我にその方の名を告げるならば、許しを与えぬでもない」
と言った。身じろぎ一つしなかった。視線を上げたまま、まつ毛一つ動かさずに言う姿は、冷ややかとも侮蔑しているとも取れ気品さえ感じられるのだが、その正面に立つ騎士の背から怒気が上がったのが見えた、と思ったランレルは、思わず大声を上げていた。
「すいません。その子はちょっと頭が緩いんです。思い込みで生きていて、竜神信仰って言うのが何かも知らないくらいで、ハーレーン商会で保護しなきゃならない秘匿のお子なんです」
と声を張った。騎士が驚いてランレルを見る。
それこそ、今まさに治療が終わったところ、と言う風にしか見えないランレルを見て、騎士は初めて溜息をついて、気を許した。と言うか、人らしい穏やかな声音で話し始めた。
「警邏であり、ホロゾーン家の騎士である。名をトルン。王都所属。黒髪の若者が、怪我人を手当てする医師を探しながら、『竜王の指示に従う事は、身に余る光栄である』と言ったと聞く。その若者はこの店に入ったと言う話だ」
そう言って、腕をひねり上げるようにしているアヤノ皇子を見下ろした。ひねり上げる様子は、どう見ても痛いだろうに、アヤノ皇子は涼しい目で正面の騎士を見つめている。騎士は、その顔を見降ろしながら、でも、声はランレルに向かっていた。
「その若者が愚かだとは思えない。その証拠に、医師を呼び留め、仲間をきちんと治療させる為、ゼーン楼から出ないだろうと思われた医師をここへ連れ出し、働かせている。これが愚かな子供の所業と思う者はいない」
そう言って、腕を持ちあげたまま、前のめりになりそうな姿勢で捕まられ続けるアヤノ皇子を見た。アヤノ皇子の目が細められ、口の端がくっと上がった、と思うと、
「ならば、それ相応の物の尋ね方があるであろう。我を誰と心得る」
と言った。これに対してギャベットが、
「アヤ様!」
と声を上げ、サテンが面白そうに目を細めた。ランレルはきょとんとした顔をしたのだが、すぐに、慌てたように、
「アヤさん。ハーレーン商会はそれこそ大陸中に名をはせているお店ですけど、騎士様に向かって訴えられるほどの地位ではないんですよ。貴族と言うわけではないんです」
と諭すように訴えた。アヤノ皇子は、それこそ、虚をつかれたような顔をして見せたのだが、穏やかな表情を浮かべた。それこそ、アヤノ皇子を知っている者が見たら驚くような人らしい表情だったのだが、あいにくサテンくらいしか見知っていないし、そのサテンは、少々アヤノ皇子の振る舞いが変わろうが気にしない。しかし、そのアヤノ皇子が、ランレルを見ると生真面目な声で、
「我は、竜王陛下の家臣である。竜神信仰の信者と間違われるなどもっての外」
と悠々と言ってのけたのだった。
その表情は妄信していると言うよりも、面白がっているようにも見えて、ギャベットが驚いたような顔をした。つい先ほど、と言っても、ギャベットには随分昔のような気もするのだが、手術前、ゼーン楼や酒場でアヤノ皇子が見せた、狂信者のような、必死さや妄信者のような異常を感じた、あの切羽詰まったような雰囲気が消えていた。
騎士もおやっと言うような顔をした。どうどうと言ってのけた内容に驚いたと言うよりも、何か事前に聞いていた内容と違っていたのだろう。腕の力を緩めたようだ。アヤノ皇子はするりと騎士から腕を取り戻し、左手で右手の手首をしっかり押さえて、取られないように保護すると、再び騎士に視線を向けた。そして、
「して、なぜ、竜神信仰の信者が犯罪を犯しているとなるのである?」
と聞いて、さらに、
「竜王陛下にご迷惑をおかけして何とする」
と諭すように言ったのだった。
騎士は扉を、ここでゆっくりと閉めた。片手で押し開いたまま、踏み出してアヤノ皇子を捉えていたのだが、振り返りもせず、大きな腕の動きだけで、扉を捉えると、軽く引っ張るようにして扉を閉めた。閉まる寸前、大通りには松明が掲げられ、行きかう兵士の姿が見えた。ざわめきは、大通りの店舗に伝わり、騒然とした雰囲気になっていたのだが、扉を閉めた途端に、静かになった。ここだけ、どこか切り離したような、別世界の様に変わってしまった。そして、
「問題は、信仰ではない。問題は、信仰を楯に侵略をしている事にある」
と静かに言った。見回す顔はランプの光が下から照らすせいで額が暗く、表情が見えない。声は低く用心しているように聞こえた。
「ペルシール地方の山岳民は、その独立独歩の気性から不可侵の民、と呼ばれていた。それは平原に生きるワイルラー王国の我らからの敬意の表れでもあった」
と言って、一歩下がる。背後に手を伸ばして、扉を片手で押さえ、しっかりと閉じているのを確かめる。そして、さらに、
「国の無い民は、山が彼らの土地であり、自由に生きる民でもあった。中央大陸に住むとも言えるし、我らワイルラー王国に住むとも言える人々だった。それが、突然、豹変した」
騎士はすっと顎を上げて前を見る。正面のサテンに向かって視線を置くと、表情が動くかどうか探しているかのように言葉をつづけた。
「数週間程前の事だ。彼らの一部が大河の支流を下り平原へと下りて来た。冬を前に、弱い者が遠縁に身を寄せている、そう思うような動きに見えた。それが、続いた。数週間前から、ほぼ毎日の様に人が山を下り始めて、気が付くと、大河の向こうは山沿いに彼らの村ができていた」
そう言って首を左右に振って言い換える。
「村と言うには大げさだが、ショールをまとって顔を覆う山岳の民が、山から、森から、平原の低木から、手に入る全ての木々を使って、小屋を作り始めたのが始まりだった。山裾の農村は、通りが小屋で埋まりだし、切り倒した木を引く大地に道ができ、いつの間にか冬の畑が道へと変わって、慌て始めた」
騎士はじっとサテンを見つめる。
「争った者達もいる。中には木こりの斧や、畑で使う鍬を持って彼らに立ち向かっていったものもいたらしい。しかし、次から次へと山から下る人々の波に、村の少ない男の数では抗えず、村人たちが村から河へと逃げ出した。その人々で、河が船であふれだし、追うように増える山の人々で、河岸が丸太の小屋で埋もれだす。たった数週間の事だった、と言う」
そう言って男は周囲を見回した。
静かに話し始めた男の顔を、ギャベットもランレルも、何事かと言うような顔で見つめている。トチ医師は苦しそうな顔をして、何かを思いだしたのか、顔をそむける。サテンはと言うと興味を無くしたのか、騎士を見ていた視線がぐるりと彷徨い始めていた。アヤノ皇子はじっとサテンを見つめている。まるで、気の効く従者のようにサテンの動きを探っている。
そんな彼らの真ん中で騎士が言った。
「河へ下った村人たちは海へと向かい、河向こうでは、村どころか町と言う町が山岳の民に侵略された」
そして、騎士はサテンへ言った。
「竜神を信仰していれば向こうでは自由に過ごせる。彼らが奪った村々の蓄えを貰えるようになる。食料を配られ、燃料を与えられて、小屋へ籠って冬を過ごせるように手当を貰える。それは価値ある家具であったり、装身具であったり、物々交換と言うよりも、後の換金用にと渡されている。お蔭で、信仰してさえいれば配られる、と言う噂が生まれて、今、王国中の町や村で、竜神信仰のにわか信者達が家を捨て、畑を捨てて、河へと押し寄せ始めている」
そして言った。
「と言う噂を聞く」
「噂?」
と驚いたように声を出したのはランレルだった。今まさに、侵略が始まっていて、ぞっとするような気配を感じていたと言うのに、肩すかしだ、と思った。しかし、騎士は苦い声で、
「実際に、竜神信仰で東に向かう者がいる。そして、大河を下る山岳民もいれば、平原に砦を作って東からの侵入に備えようとする町々もある」
「それなら噂じゃなくて、本当の侵略なのではないでしょうか」
と最後の部分は小さな声になる。ランレルの声を抑え込むような視線を騎士が向け、
「しかし、平原の向こうに行けなくなった。信者でないなら行けない、と言う部分が本当の事になった。このロンラレソルの町に足止めを食らった人々のように」
と言った。
「幻覚だ。そう見えているだけだろう」
サテンが何でもない事のようにつぶやいた。
「バカな。あれが幻覚であるはずがない!」
「王宮に竜の幻が現れた。幻ではないと思った人間はいまい。それと同じだ。山岳の民は幻覚を扱う民でもある」
「なら! あの河向こうから上る竈の煙も、支流から流れ着いた民が次々の家を作り、村を作り始めているのも、あれも幻覚だと言うのか! 河を渡る風には炉の炭の香りもするんだぞ!」
「見るだけが幻覚ではない。触れるように感じるものもあるだろう」
騎士は茫然とした顔をした。そして、低く、
「王都から逃げた信者を追え、と言う指示が出た。捕縛した後、奴らの村へと追い返せ。と言うのが王都の長からの指示で、同じく、警邏の長からは捕縛した後、必ず王都へ連れ戻せ、と言う指示も出た。お前たちがその信者である、と言う声がある」
そう言った後、サテンを見て、そして、その脇に立つランレルを、ギャベットを、そして、騎士の脇に立つアヤノ皇子を見てから低く、
「お前たちは何者だ?」
と再び聞いた。用心深い声で、探るように、身体の向きがやや斜めになる。そこに、アヤノ皇子が良く響く声で、
「竜王とその臣である」
と言った。騎士が見るとアヤノ皇子はにこりともしないで、
「陛下には陛下の向かう先がある。正しく信者を探せぬからと言って、我らを代わりに信者に仕立てて何とする。お前の役目をまっとうに果たすならば、探している信者を探すのがお前の義務だ。ここでの時間は無用な時間だ。義務を果たすために、出て行くが良い」
そう言って、視線だけで扉を示した。
騎士はその言葉を聞きながら部屋の中央へと進む。アヤノ皇子がはっとしたように踏み出すが、それより早く腕を伸ばして、中央のサテンの脇に立つランレルに手を伸ばす。と、その腕をぐっと持ち上げながら引き上げた。途端にランレルのうめき声が上がる。
「どちらが幻覚だ?」
騎士の声に、はっとギャベットが声を上げる。
「傷がふさがったところです。幻覚じゃない。本物の怪我をしている!」
と騎士の腕に手を伸ばす。が、ランレルを振り回すようにしてランレルを挟むように立ちながらギャベットへ向かい合う。
「怪我を直す必要のある怪我人がいるはずだ。そこの血が本物なら、こんな怪我じゃない。今、立っていられない怪我人がいるはずだ。幻覚で隠さず、その姿を見せろ。今、ここに、その怪我人を出せば、王都ではなく、お前たちの信者のいる河向こうへと手配してやる!」
と声を上げた。
ランレルは顔をゆがめていたのだが、何とも言えない視線を騎士へと向けた。サテンは椅子に腰かけたままランレルの捩じ上げられた腕を見て、
「肩の傷口が、そろそろ開く」
とつぶやいて、トチ医師が顔色を変えて、
「血管に穴が開いていたのですぞ!」
と言って飛びかかるようにして騎士の腕を掴んだ。医師の動きに騎士は動じず、ランレルを動かして距離を取る。とランレルが、
「あ」
と声を上げて肩の白い布がじわっと赤く広がった。騎士はそれを見て眉をしかめて、
「血の匂いもする」
とつぶやくと、アヤノ皇子は騎士の背後に近寄って手に小さなナイフを取り、首元に刃を当てた。
「これも幻覚だと思うならそのままにするがいい。本物だと感じるならその腕を離せ」
と静かに言った。騎士はそれでも動かない。と、サテンが椅子から立ちあがって、ランレルの首の付け根に手を伸ばすと、
「手荒いがましだろう」
と言ってぐっと指を血の広がった布に押し付けた。ランレルはギュォと言う奇妙な声をのどから出して、額からどっと玉の汗を流し始めた。ふらっとしたところで、騎士が腕を外して腰を支える。その動きで、アヤノ皇子の刃が顎に当たって血が流れ、そこでやっと、
「痛みも幻覚として感じられるものなのか」
と疑うようにつぶやいた。
トチ医師は目から生気が抜けていくランレルを見て、側のソファーを見ると、ソファーの上の高価な商品を片手で払うように押してどけると、
「こちらへ。幻覚だった時には後で捕縛すればいいでしょう! 今は怪我人の手当が先だ。そのシーツの血のりが本物だと疑うなら、そのあなたがひねり上げている人間が、怪我の直後の人間かもしれないと疑うべきだ!」
と怒鳴った。と思うと、騎士の腕からいつの間にかランレルが連れだされて、ソファーに寝かされていた。ギャベットは、扉から知らない内に入って来ていた時の事をにわかに思い出していた。トチ医師はそれどころではなくて、ソファーに患者が唐突に表れたと言うのに気にした様子もなく布を手早く巻き解いて傷口を空気にさらした。そして、一言、
「なぜ、無い」
と言って動きを止めた。
「そう何度も、生気を巡らせる事はできない」
とサテンが言った。トチ医師が振り返ると、サテンはいつの間にかソファーの背の向こうに立ち、トチ医師が仕事をしやすいように場所を譲ったつもりなのだろう。背後には格子の窓ガラスがあって、その向こうにぼんやり松明の明かりや人々の行きかう影が見えるのだが、その窓ガラスの前に立って見下ろしながら、
「先ほどの生気を受けた直後である。馴染みがある気配だと感じるようなら助かるだろう」
とまるで熱の無い声で言った。
包帯を解き開かれたランレルの片口には、傷があったような気配はなく、滑らかなちょっと色黒の肌に血の筋があるだけで、トチ医師が乱暴に包帯の下にあった血を包帯で拭ってしまうと、切り傷や刺し傷はおろか、糸で縫った後も、術中に引っ張った皮膚も、全ては健康な青年の肩へと変わっていたのだった。
「治るのか」
あんなちょっとした動きで。それで治ってしまうのか、と言う声だったのだが、サテンは、
「続けて二度も手術と癒しを与える事はできない。目を覚ませば完治。覚まさなければ、それまで」
とつぶやいて、ソファーのランレルを見降ろしていた。
騎士は、今の今まで手の中にあったはずの腕が消え、一瞬戸惑っていたのだがすぐにソファーに目を向ける。と、再び顎にアヤノ皇子のナイフの刃が当たって血が流れたのだが気が付かず、
「幻覚で治ったように見せるのか」
とつぶやいた。すると、トチ医師が、
「そんな物を幾ら見せられたって、怪我が治るものか!」
と怒鳴り、目を覚まさないランレルを見降ろして、
「治療をしてもらい、手を尽くしてくれただけでありがたい。結果は別に気にしない、なんて馬鹿げが事を言っているから。そんな人の良い事を言っているから、こんな事になるんだ」
と吐き捨てるように言ったのだった。
騎士は黙ったままだった。顎から伝った血は上着の襟にかかって中に流れ込んだのだが、全く気にしていないようだった。ただ、目を覚まさない若者を見て、
「これが幻覚かどうかを、どうやって見破れば良いと言うんだ」
と言う茫然とした声を出したかと思うと、
「だから王都の長は村へ返せと言ったのか。王都へ戻して更なる混乱を招かぬように。そして警邏の上は、官僚達は、この力を使ってみたいと呼び戻すのか」
とつぶやいた。




