第2話その5
『アウター?! 冗談でしょう?!』
『そんな性質の悪い冗談なんか言うか! 皮被せたアンドロイドだったらフローネが気付く!』
距離を詰められぬよう、ブラインドショットで牽制。こちらは撃たれれば致命傷は免れないが、それはあちらも同じ事。硬質化した外皮でもSWHを防ぐ事は出来ない。膠着状態になるかと思われたが、AERASと同期したフロネシスが新手に気付く。
『広域センサーに反応! 新手が来るわ! 6人! この速度だと30分以内に合流される!』
『数の差で攻め込まれる……! リロード!』
20ミリ弾による急激に削られていく壁。轟然な音が耳を打つ。ジリジリとだが後退を余儀なくされる。スキャンを駆使する事で辛うじてアウターの前進を阻止しているが、合流されれば牽制さえ困難になる。
『今のうちに手ぇ打たないとマズいっすよ!』
『分かってる! フローネ、あいつらの後ろに回り込めるルートは?!』
『戦前の地図なんて今の状態じゃ当てにならないわよ!』
穴あきチーズのようになっていた壁の一部が崩落、銃弾がセオの腕部を掠め、火花を散らす。バイザーに被弾の文字。
これは自己診断プログラムの一種で、被弾箇所と損傷度を表示する事により継戦可能か撤退か応急修理が必要かなどを判断する目的で搭載されている機能だが、専ら被弾箇所から敵の位置を探るために活用されている。敵の位置など目と鼻の先である現状では邪魔な表示でしかなく、怒鳴りPVで消す。
バッテリーも無限ではない。弾幕を張り続けていればいずれなくなる。どうにか合流を阻止しなければ、マリオネットを地上へ逃がす可能性があった。スラム街にはシェルターなどなく迎撃出来る戦力もない。スラム街の住人全てがマリオネットになれば、確実にアルカディアは陥落する。世界規模で加速度的に増加し、そして戦争が再び始まる。疲弊した人類に勝ち目はない。蹂躙され、人類は滅びる。
セオ達の脳裏に最悪の光景が走り焦りを募らせる中、コンクリートが破砕する音に竦み上がるケイタの脳裏に過るものは異なっていた。
彼の世界は狭い。日々をアキラと生きる事に精一杯な彼は、マリオネットが地上に出る事の意味など想像出来るはずがなかった。例え想像出来たとしても、彼にとって重要な事ではないのだ。
―アキラは無事なのか……!
「セ、セオさん!」
耳を晒し続ければバカになりそうな音量に負けじと声を張り上げた。戦闘に意識のほとんどを割いているセオにはそれでも届かず、何度目かの呼び掛けで口の動きに、リロードのために下がっていたイオンが気が付く。
バイザーを上げながら近付く。鼻を刺激する悪臭に表情を崩しながら何か、と問い掛ける。
「俺回り道知ってます!」
「セオさん。ケイタ・オーリックが回り道を知ってるそうです」
「本当か! イオンこっちで弾幕張れ! あまり体は出すな!」
彼女とポジションを替え駆け寄る。
「奴らの後ろに回り込めるのか?!」
「こっちからじゃ行けないけど、バートさんの方からなら行ける!」
「よし! イオン、ゴア、バート聞こえたな?! ケイタ君をそっちに連れてく。奴らのリロードに合わせて弾幕を張れ!」
『了解』
『分かったわ!』
『弾少ねーっすけど了解!』
相手からの攻撃を誘うために銃撃を止めると、一気に高密度の弾幕が展開される。一点に集中した事で壁がサメにでも食われたかのように抉れていく。撃ち尽くすまでの数十秒間に陣地はどんどん削られていく。これで回り込みに失敗し、合流されれば進行の阻止は不可能になる。
『今だ!』
ケイタを自分の背後に張り付かせながら走る。距離は約2メートル。走れば数秒で着くが、緊張と興奮と恐怖で脳内麻薬が大量に分泌されたケイタには、その2メートルが何倍にも感じられた。自分の息遣い、心臓の鼓動、服の擦過音、水の音、光弾が壁に着弾する音。
竦みそうになる足を叱咤し、懸命に走る。ここで転べば死ぬのは自分だけじゃない。妹もバート達も道連れになってしまう。バートに抱き抱えられるように止められ、漸く反対側の辿り着いていた事に気付く。勢いよく突っ込んだため体に外装が当たり、少し痛かった。
「オレとケイタ君はこのまま迂回路を行く。ゴア頼むぞ」
『オーケぃ。お父さんいなくなって寂しいかもしれないけど、頑張るわよイオンちゃん』
『? 誰の事です?』
戯れ言を聞き流し走る。
「どれぐらいで行ける?」
「普通に行くならそんなに掛からないけど、それ着てると通れないかもしれない」
走り出すと間もなく通路を完全に塞ぐ瓦礫に出くわす。ケイタに促され左側の壁に空いた穴を潜る。通路を右に曲がり更に進むと、またも巨大な瓦礫が塞いでいた。先程の瓦礫とは違い天井にまで届いている訳ではなく、向こう側で何かが支えになっているのか斜めになっていた。ケイタは凸凹した表面に手と足を掛け、慣れた様子でスルスルと登っていった。セオも軽く手を掛けてみる。予想以上に不安定でとてもAERASの重量に耐えられるとは思えなかった。排除する装備はなく、持っていたとしてもこんないつ崩落が起きても可笑しくない所で強い衝撃を出せる訳もなかった。
「ここを越えればもうすぐなんだけど」
「ケイタ君そこから離れてくれ」
SWHを瓦礫の向こう側へと放り投げる。音で下水に落ちた事を確認し、体を屈める。
アンダースーツに組み込まれているPSFは文字通り着用者の負担を軽減する役割を持っている。重装備で兵士が体を壊さないために体に掛かる負荷をセンサーが認識し、適切なサポートを行うのだ。そして熟練者はそれを戦闘行動に利用している。自身の身体能力をトップアスリート以上にまで引き上げるのだ。
脚部に力を込め、全身をフルに使い飛び上がる。3メートル近い垂直跳び。ケイタからすればゆっくりと顔を出すべき場所で、突然巨大な人影が現れたのだから仰天するだろう。
盛大な水飛沫を上げ着地。沈んだSWHを拾い上げ、ケイタに案内を促す。すぐ傍にある壁に立て掛けられたを瓦礫どかし、向こう側へ出る。水路を飛び越え側道に着地。床と接している部分に向こう側へと貫通している穴がある。
「この穴を抜ければあいつらの横に出られるんだけど……」
しかし穴の大きさは成人男性がギリギリ通る事の出来る程度の大きさしかなく、AERASで潜り抜ける事は不可能だった。壁は厚く殴った程度では破壊不可能、よしんば出来たとしても、音で気付かれ出て行けばハチの巣にされるだけだ。
「スタンバイモードに移行……。脱衣シークエンス開始」
頸部装甲収納、背部装甲結合部の解除。壁に手を付き、少し傾いた状態で全ての関節をロック。完全に外に抜け出すと素早くうつ伏せになる。SWHを手で保持し匍匐前進を開始。両肘を交互に支点にし前に出し体を押し進めていく。慣れた動きで反対側へと這い出る。顔を動かしアウターを確認。暗闇の中、マズルフラッシュが醜悪な姿を浮かび上がらせる。光による影の濃淡がより一層不気味にさせていた。
周囲に遮蔽物はなく、一度でもミスを犯せば血の霧と成り果てる。その事に対する恐怖はもちろんある。しかしそれは指や足を鈍らせるものではない。一歩間違えれば死ぬ局面など何度も味わった。
腰を落とし膝立ちに。残弾は十分。距離は50メートル程。外す可能性は皆無。泰然とSWHを構える。軽い感触と共にトリガーを引く。セル化を解かれたエネルギーが加速器に従いセミオートで吐き出される。アウターの頭部目掛け猛然と襲い掛かり、肉片を撒き散らす事なく貫通。脳を完全に破壊されたアウターは壁に体を打ち付けながら倒れ込む。側面からの奇襲に気付いたアウターは振り向こうするが、セオの射撃速度に勝てる訳がなく頭部に大穴を開けられる。
驚異の20ミリも集団が瓦解すれば恐ろしくはない。セオの援護を受け、ゴア達も射撃を行い残りを殲滅。
『セオ、早くAERASを着て! 増援がもうじきこっちに来るわ』
「この子達がいれば少しは楽になるわね。んふ、太くて大きくて立派じゃない。銃ってのはこうじゃなくっちゃ。SWHは軽過ぎて響かないのよね」
20ミリを手で愛でながら気色悪い声音で言うゴア。ゴツい中年の恍惚の表情など見たくないセオは早々に立ち去った。
*
ケイタをその場に残しゴア達と合流。先程と同じような迎撃ではまた追い込まれるだけ。ならば打つ手は1つ。自ら打って出る事。しかし一本道で待ち受けていても、遮蔽物なしの撃ちあいになり双方共に大きな被害を受ける。
「光学迷彩を使う。フローネ、このAERASのは何秒使える?」
『90秒よ。でもそれは理論上だから。フルで使ったらバッテリー交換しなくちゃならなくなるから』
背部に収納されているバッテリーは、現行の型が容量と物理的なサイズを兼ね備えており、これ以上の容量を確保しようとすると活動に支障が出てしまうのだ。
「つまり稼働時間に余裕を持たせたいなら1分以内の決着が望ましいか……」
いざ待ち構えて時間が足りませんでした、では何の意味もない。アウター達の行動をこちらである程度操作出来るような策を取る必要があった。
壁に目を走らせる。
「フローネ、近くに生きてる操作盤はないか?」
『……コード自体は生きてるのがあるけど、電気が来てないから何にも出来ないわ』
「バッテリーは使えないか?」
『やってみなきゃ分かんないわ。ともかくそこの操作盤の所に行って』
黒く煤けた蓋を開け、操作盤を強引に外しコードを剥き出しにする。再びAERASを脱ぐ。背部のバッテリーを抜き出し、フロネシスの指示の下コードを繋いでいく。
『出力を調整すれば……良し通ったわ。それでどうするの?』
戦時中、この下水道にはアウターの侵攻阻止を目的とした遮蔽物などが追加されている。上手く使えば侵攻ルートを操作する事が出来、装備が整った状態ならば一網打尽も可能なのだ。
「全体図を出してくれ」
『さっきも言ったけど戦前のものしかないわよ?』
「それでいい。ゴアとバートは光学迷彩使って奴らの偵察をして来てくれ。どの位置にいるのか正確に把握しなきゃ誘導出来ない。時間はそんなにない、迅速に頼む」
「奴ら見ると古傷が疼いちゃってイヤなのよね」
「お勤め果たして来ます!」
振り返り走り出すや否や姿が闇に溶け込む。
「イオン、20ミリは扱えるか?」
「扱った事はありませんが、問題はないかと思います」
「SWHと違って反動があるからな、そこには気を付けておけ」
拾った20ミリの重量に少し驚きつつも、手許のライフルと落ちているものの残弾を確認し、少ないもの同士を纏めていく。
『見つけたわ。体に引っ付いてる衣服の残骸を見ると、こいつらは浮浪者っぽいわ』
「子供はいるか?」
『いないわ。位置は把握出来てるわよね? 早くやっちゃってよ』
自身の網膜に下水道の全体図を映す。ゴアとバート、そしてアウターを示す光点が移動している。
「武装は? それとそっちの崩落具合を知りたい。バート、映像をこっちに回してくれ」
『超幸いな事に普通の火器よ』それならばシャッターを破壊される事はないだろう。しかしアウター自身の力も相当に強力であるため長時間閉じ込めておける訳ではない。
『こっちは結構瓦礫が多いっすね。シャッターがどこから出て来るのか分からないっすけど、場所によっちゃ出せない場合もありそうっす』
全体図とバートからの映像を見ながらどこを塞ぐべきかを頭の中で纏めていく。
「さて、追い込み漁の時間だ」
*
アウターとなった男達は1つの指令を受け、それを実行すべく暗闇と汚染の回廊を歩いていた。殲滅課を殲滅し、スラム街に潜伏し仲間を増やせ。何を目的に命じたのかなど、アウターにはどうでもいい事。ただ自分達より上位の存在からの命令であれば遂行するまで。障害の排除に向かった先遣からの応答はなく、排除されたと想定。最後の通信によれば敵はAERASを装備しているとの事。現状の装備での対処は困難。優先命令であるマリオネット増加のため、地上へと向かう。
そう判断したこのグループ内のリーダーは、記憶に従い地上への階段を目指し歩き始めた。乗っ取られた男はここの構造を完全には把握しておらず、そのため途中で降りていたシャッターにも違和感を覚えなかった。シャッターの手前のT字路を左に折れる。右は瓦礫で埋まっているからだ。
水底の小さな瓦礫を蹴飛ばしながら歩く。左右のシャッターが下りた十字路を幾つか通り過ぎると、今度は通路一杯にまで敷き詰められた瓦礫が一行を出迎えた。2度も行き止まりにあたっても、アウターが苛立ちを覚える事はない。アウターに感情はないからだ。ただ記憶を基に演じているだけ。
来た道を戻ろうと振り返ると、突然シャッターが下り通路を塞ぐ。男の記憶によればここに電気は通っていない。戻ろうとしたタイミングで下りて来た事を考えれば、殲滅課による妨害だと断定出来る。しかし当然焦る事などなく、シャッターを破壊するために無警戒に接近する。
突然体に強い衝撃を受ける。1つ2つではなく何十もの衝撃。体が抉られ千切れていく。反撃しようとした時には既に銃を保持出来ない程にまでズタズタになっていた。
20ミリとSWHによる一斉射。我武者羅のように見える正確無比な射撃は、アウターを容易く蹴散らしていく。
アウターと言う存在は確かに脅威だ。堅牢な外皮、アンダースーツと同レベルの身体能力、圧倒的な怪力。まず生身で戦えば勝てる存在ではない。しかしそれらを全てのアウターが完璧に扱っている訳ではない。能力を効果的に扱えるかどうかは、乗っ取った人間に依存するのだ。つまりアスリートや軍人ならば体の動かし方は熟知しており、その記憶を読み取る事で学ぶ事が出来る。反対に日がな一日家に籠もっているような人間を乗っ取っても体を上手く動かせるはずもなく、振り回さられるだけ。
流浪の難民の末に浮浪者になった男達の中に、このような局面で役立つ知識を持っている者がいるはずがなかった。だからこそ誘導されている事にも、シャッターの向こうでゴア達が構えている事にも気付かず一掃されたのだ。
弾痕から腕を捻じ込み、ゴアがシャッターを引き裂く。
「えーい!」
素早くバートとイオンが突入し、一体ずつ頭部を撃ち抜いていく。
「殲滅を確認しました」
『よくやってくれた。ケイタ君と合流してそちらに向かう。動体反応はないみたいだが、警戒は怠るな。アウターを一体でも外に出せばまた戦争になる。そしたら今度は確実に負ける』