最終話 辿り着いた先
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背負って帰ったゼロの身体は小さく、そして軽かった。魔物討伐の共闘を経て既に多くの信頼を勝ち得ており、ゼロやドルハダスに救われた者たちは魔族との共存が可能だったのではないかと考えを改めて、シレントたちを信じた。
議会派の貴族たちは、その場で捕縛された。窮地を救ってくれたゼロの命を奪った蛮行に対して支持した者も。憎しみがこれで消えるわけではないが、それでも救われた命が彼らに機会を与えるべきだという気持ちにさせたのだ。
なにをいまさら。邪な気持ちが胸の中にぽつりと湧いて、握り潰す。シレントにとっては、ゼロたちの生存こそが目指した場所だったのだから。
しかし、結果としては最高のものを残してくれた。最初から魔物が湧くのも計算のうちで、状況を見て彼らに信用させるだけの用意があった。
「見えるか、ゼロ。君がやったんだ」
背中に背負った少女の寝顔は穏やかなまま。二度と目を覚ますことのない彼女の美しいままの姿が、胸にちくりと刺さった。
それから町に帰った後、皇宮前の大広場で全てを話した。証明してくれる人たちも大勢いた。大魔族・ゼロの活躍は人々の知れ渡るところとなり、過去の歴史が人間の手によって改竄されたものであったことも事実として広まった。
もちろん、未だに復讐心を持つ者もいる。そうしたければそうすればいい、と伝えた。たとえどれほど憎かろうと、前に進まなければならないときはくる。それを決めるまでは自由でいるべきだ。でなければ心が壊れてしまう。
大勢が亡くなった戦争において最悪の被害を残しながら、最高の戦果を挙げて人々を殺し、そして救ったドルハダスには罪を問わないが、かといって守りもしないという方針で話は纏まった。どのみち殺せる相手でもないのだから、と。
やがて人々の中には魔族に対する憎しみの感情は薄れ、記憶の中からゼロの存在は薄れていった。今は彼女の墓が建っているだけで、毎日のようにシレントは掃除をしている。大切な家族を失った気分だった。
「────あれから随分経ったね」
一年も経てば、町の復興は見る間に進んで活気を取り戻していた。まだ塞ぎ込んでいる人々もいるが、ほとんどは前に進み始めた。
「君にも見せてやりたかったよ。良い世の中になったもんさ。相変わらず皆、冒険者としてダンジョンに潜ってるけど……不思議だよね。魔族はドルハダスしかいないのに、各地のダンジョンは崩壊するどころか以前よりもより強い魔物が増えた。外に出てくることがないからまだいいんだけどさ」
墓の前にはお供えの小包みがある。中身はシレントの作った弁当だ。
「そろそろ帰るよ。今日はダンジョンじゃないんだけどね、近くの山でドラゴンが出没したかもしれないって、僕たちのパーティが行くことになったんだ。君たちと違って魔物は本能的だからね。はやく駆除しないと被害が大きくなる」
よっこいせ、と立ちあがってぐぐっと体を伸ばす。
青い空の下を、一羽のカラスが飛び去って行くのを見た。
「なんだよ、もう帰っちまうのか」
「……? ドルハダスじゃないか。ずっと行方知れずだったのに」
シレントがぱあっと顔を明るくする。ドルハダスは片手に酒の入った瓶を持っていて、コルク栓を指でつまんで軽く引き抜いた。
「別に行方知れずだったわけじゃねえよ。あっちこっちのダンジョン言って、クリスタルが壊れねえように調整して回ってんのさ。人間ってのは、ああいう場所がある方が生きていけるんだろ?」
「まあ、否定はしないよ。刺激が欲しい人も、できるだけ稼ぎたいのに職がない人も、ダンジョンがあれば少なからず飯の種にはなる」
彼のおかげでダンジョンが維持されていたのだと分かると同時に、クリスタルが魔力の影響を受けて強い魔物を生み出すようになったのも納得だ。
「だけどなあ、シレント。俺にも限度ってもんがあるんだ」
「……? ああ、そうだね。その前に代替になる稼ぎ口が────」
「ちげえよ。のんびり屋なのは相変わらずで良いとは思うがよ」
瓶の酒を一口煽ってから、ゼロの墓にどぼどぼとぶちまけながら。
「ゼロが生まれる前にも魔族ってのはいた。そいつらは全員、自分たちの立場を脅かすっつう理由でゼロに挑んで死んだ。と来たら、次の魔族が生まれないとも限らねえ。そしてそいつが、俺たちのようにマシな性格とは限らない」
ゼロの強さは常軌を逸したものだ。勝てたのも奇跡。ゼロの心の扉をこじ開けたからこそ生まれた勝機。だが、その頂点に君臨した魔族が消えた今、ドルハダスは自分以外の魔族が生まれたときに制御できる可能性は低いと見ていた。
「そんときのお前は、俺たちと戦ったときみたいに動けるのか?」
真剣に問われて、シレントは考え込む。
「う~ん……。まあ、君の言葉も一理あるけどさ。そのときは、そのときの世代に任せるしかないよ。僕ら人間は寿命が短いから、今できることを精いっぱいやるしかないんだ。僕も、もう良い歳だからねえ」
やれることはやってきた。次の世代に託すために背負ってきたものを、今はすっかり降ろして過ごしている。ただの冒険者として、ただの荷運び人として。
「きっとエゴもあったんだ。全部が本心ではあったけど、僕はきっと、この問題が解決できれば、荷運び人なんて底辺の職業だって言われるような今が変わると思ったんだよ。だからもう、他人の想いを背負うのは此処まででいい」
十分走った。走り切った、それだけで気分は爽快で、シレントはお供えに置いていた弁当を持つと、ドルハダスに渡す。
「きっとゼロも食べたと思うから、君が持っていけ」
「おお、悪いな。お前さんのメシは気に入ってるんだ」
「それはどうも。……そう言えば、聞いてくれよ」
「あん? どうせ大した話じゃあねえんだろ?」
興味もなさげに包みを開いて弁当を手で食べ始める。シレントは苦笑いしたものの、否定できなかった。
「君たちとの一件以来、僕らも最強パーティとして呼び声高くて、おかげさまで冒険者の数も増えつつある。荷運び人を選ぶ子も多くてね。さっきは此処までなんて言ったけど、後進はちゃんと育てるつもりだ」
「そりゃいいや。お前さんもちゃっかりしてやがるぜ」
空になった弁当箱をシレントに返して、ドルハダスは踵を返す。
「どこへ行くんだ? もっとゆっくりしていけばいいのに……」
「なあに、俺の居場所は此処じゃねえんでな」
廃都インサニア。誰も踏み入らない、絶対不可侵のダンジョン。ドルハダスの拠点である。彼はそこでゼロを弔い続ける。自らが討たれるその日まで。
「ああ、それと煙草は辞めといた方が良いぜ。幼体は影響を受ける」
「……なにさ、どこまで知ってるんだよ?」
「本人に聞けよ。レアナの奴も元気そうでよかったぜ、がっはっは!」
ご機嫌に去っていくドルハダスの背中を見送ってため息を吐く。色々と世話になったのだから、たまには一緒に酒でも酌み交わしたかったな、と。
「あら、シレント様。こちらにいらっしゃったのですね」
「探したわよ。お墓参り?」
入れ替わるようにシャーロットとルルに声を掛けられて振り返った。
「やあ、二人とも。これから合流する予定だったんだよ」
「しっかり頼みますよ。ドラゴン討伐にはレアナ様がいませんから」
「そうよ。アタシたちも強くなったけど……」
レアナは今、身ごもっていて動けない。インサニアでの激闘の後、繋いだ腕の動きも鈍く、魔物討伐の際に片足を失っていた。幸いにも死に直面するほどの怪我ではなかったので今は義足生活だが、大きな仕事には顔を出せなかった。
その後はシレントとの距離を半ば無理やり詰める形で結ばれた。新しい家族を作るというレアナの夢も、一歩ずつ前に進んでいる。あと三ヶ月ほどでシレントもパパになると思うと、いっそう気合が入った。
「じゃあ行こうか。実はバッグも新調したんだよね。ちゃんと背負う奴」
「あら、アタシの手作りの方が絶対効果があるのに」
「新しい奴にも魔法を掛けてよ。古い奴はなんというか、思い出になってさ」
「ふふ~ん、任せなさい。お師匠様たちのおかげで腕をあげたんだから!」
ルルは魔法使いとして知らない者がいないほど有名になった。レオの魔力は戻らなかったが、その指導力は抜群だ。ヴァーリーが都市の家を引き払ったあとに師の役割を継いで、今やルルが最強の魔法使いだった。
「そういえばシャーロットは実家に帰ったのかい?」
「ええ。すっかり父の実力も越えて、今や自由の身です!」
シャーロットの夢は家を出て行くこと。そのためには家門の長よりもずっと強くなければならなかった。与えられた期間は二年。それで芽が出なければ長女として、他の貴族へ嫁ぐことが決まっていた。
今は自由の身を手に入れて冒険者を続けている。メリー・バンチが解散するときまでずっと一緒に続けていく、と自信たっぷりだ。
良い仲間に恵まれたことを振り返って、シレントは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そういえばさっきなんだけどさ……」
一瞬、遠くに見知った顔がいた気がして驚き、自然と笑みが零れた。
ただの幻影だったのか、あるいは────。
「どうしたの、シレントさん」
「いや、なんでもない。何か見間違えたみたいだ」
今も何かを背負って、冒険者としての日々は続いていく。何かを得て何かを失っての繰り返しを生きながら、いつか老いて動けなくなる、その日まで。
幸せだったかどうかは重要じゃない。過ごしてきた時間が、積み重なって来たものが、自分にとって良いものだったのなら、それはまあ。
(────悪くない人生だったなって言えるよな、君みたいにさ)




