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最強パーティの専属荷運び人  作者: 智慧砂猫


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第10話 脅威

 とにかく、レアナは大喰らいだ。安物だろうが高級だろうが、大金を使うことに躊躇もない。酒もよく飲む。筋肉質だが些か細さを感じられる女性らしい体つきの、どこにそれほどの食べ物が入るのかが不思議だった。


 しかしながら、そう感じるシレントも負けてはいない。年齢の割には油ものも余裕の大食漢ゆえに、二人合わせてひと晩で五万は最低でも必要なのだ。


 三人は海の遺跡をさらに深部へと進んでいく。出会う魔物は討伐して、売れそうなものは全てシレントのボンサックの中へ収納する。そろそろ十万ほどに達するかといった頃合いで、撤退の話し合いは始まった。


「このまま深く潜っても、大した魔物もいそうにねえな」


「良いのは稀にしか現れないからね。シャドウゲッコーで運を使い果たしたんじゃないかなあ。今晩はそれでぱあーっとやって終わりにするかい?」


「我輩はどちらでもよいぞ。此処は陰気で嫌いだ」


 どちらかと言えばクローディアは早く出たがっている。薄暗い場所がそもそも苦手で、挙句の果てには魔物は中型から大型が跋扈する海の遺跡は、その外見さえも君の悪さ満載の魔物たちの巣窟だ。


「大体おかしいのだ……。なぜサメの体にオークのような腕がついておる。なんかもう二度と見たくない。しかもちょっとスメルが……」


「ンじゃあ帰るか。金級でも稼げないときは稼げないしな」


 ブツブツと呪詛のように不満を吐き出すクローディアを哀れに思い、レアナもさらに深部を目指すという考えはなくなった。


 帰るべきときは帰る。運がないときに必死になっても損が大きい。


「ときには諦めも肝心だね。じゃあ帰ろう、疲れていたら僕が運ぶけど」

「私は要らねえ。元気が余ってるくらいだ」

「我輩も問題はない。此処にいるのは気分が悪いが」


 特に疲れてもいないので消化不良ではあるが、それでも得るものが少ないダンジョンに根を張って狩りをする理由はない。


 さあ帰ろうかとしたところで、シレントは足が止まった。


「どうしたよ、シレント」

「……いや、なんか聞こえるなと思って。ちょっとごめん」


 話をやめて静かに耳を澄ませる。確かに遠くから聞こえるのだ、誰かの声が。それも、戦っている。もっと集中して見れば、少しだけ聞き取れた。


『こんな奴がいるなんて聞いてない!』


 そのひと言が、シレントを動かす。


「悪い、説明してる暇はなさそうだ。僕は行くから、君たちは────」

「行くに決まっているだろう。我輩たちは仲間ではないか」

「何かあったんだな? 要救助者がいるなら行こうぜ、金の匂いがする」


 いったいどんな魔物が現れたかまでは分からない。二人を危険に晒すのは本意ではなかった。だが、白金級であるのならそこまで心配する必要もないのかもしれないと思いなおして、シレントは強く頷いて先に駆けた。


(場所的には海の遺跡の中腹……金級ダンジョンだから入ってきてる冒険者もそれなりの腕のはずだけど、それでも手こずるような奴がいたのか?)


 妙な胸騒ぎがする。今までにない不安に襲われながらも駆け付けると、そこには既に手遅れになったパーティの成れの果てがあった。何人死んだかも即座に把握できないほどの惨状。赤黒い液体が足下に広がる水と混ざり、醜悪な血と臓物の臭いで一帯を満たしている。


 にも拘わらず、そこには魔物が一匹もやってこない。ただぽつんと惨劇の真ん中にいる勝者とも言える人の姿に近い何かが、ぎょろっとした目で三人を見た。


「……また、人間」


 不気味なほど長い髪が顔を隠し、隙間から見える目が見開く。


 4メートルはあろうかという巨躯ながら、その身は骨と皮ばかりにも見える。筋張った指に、爪は真っ黒に染まっていて、とても人間とは掛け離れた体はオークともまた違う。今までに見たことがない種類だ。

 何よりも理解が及ばないのが、人間の言語を介すること。あまつさえズボンだけと言えども衣服まで纏う、過去に例を見ない新種とひと目で断定できた。


「喋ってやがる。しかも真似してるわけじゃねえ」

「ああ、我輩も分かる。これは危険だ、普通ではない」


 巨躯の魔物は、足元の血だまりを片手ですくい、ごくごくと飲んだ。彼らを意に介さないかのように。けれども、しっかりと目は離していない。


「人間は全部変わらないな……」


 魔物の強い敵意に打たれながら、シレントは目を凝らす。倒れている冒険者のひとりが、まだ息があることに気付いた。


 ほとんどが、どう殺されたのかも分からないほどバラバラにされている中、たったひとりが。シレントは、その冒険者を見たことがある。


「レアナ、彼のこと知ってるよな?」


「ああ、白金級さ。獅子のゴルドっつう、いつも首にゴツい襟巻きつけた奴だ。とんでもなく強いってウワサは聞いてたが、マジかよ」


 白金級が倒せない魔物が金級ダンジョンにいる。それは本来、有り得ない。ギルドが事前に何度も腕利きを連れて調査を行った結果が金級なのだ。


「我輩たちでも勝てるか分からぬということだな。しかし、生存者を置いて背を向けるなど騎士道に反する。命を賭す覚悟であるが、貴殿らは?」


 問われるまでもない。シレントとレアナはやる気に満ちている。

 魔物は彼らを観察して、へえ、と笑った。


「人間って気持ち悪いな、やっぱり」


 大きな足がべたんと地面を踏む。殺気が、びりびりと全身にぶつかった。


 思わず後退りしてしまいたくなる威圧感を前にして、三人はむしろにじり寄った。歴戦の猛者たちを前に、魔物はにたっと笑みを浮かべる。


「一匹残らず磨り潰そう、それがいい!」


 その魔物は足下に転がっていた冒険者の男、ゴルドを掴んだ。わざと見せびらかすように持ち上げ、拳にゆっくりと力を込めていく。


 行動の意図に誰よりも素早く気付いたシレントが、咄嗟に突っ込んだ。ボンサックの口を広げて、後は触れさえできれば救助できる。────はずだった。


「ウスノロめ、小さいくせに」


 ぐしゃり、と。さながら柔らかな果実を握り潰すが如く容易さで、人間の体は脆く崩れた。深紅の飛び散った瞬間を目の当たりにして、シレントは初めて自分に失望する。まだ生きていた人間が、目の前で殺されたのは初めてだった。 


 後に続いたレアナとクローディアのサポートが、間一髪で魔物の奇襲を防ぎ、飛び込んだシレントに態勢を立て直す猶予を与える。だが、距離取ってからの彼の表情は失意に満ちていた。


「……くそっ、間に合わなかった……!」


 今まで、多くの冒険者の遺体は見てきた。さぞ凄絶な死を遂げたのだろうと思うこともあった。それは、あくまで遠い距離から観測した現実に過ぎない。伸ばした手が届かない苦痛に胸を押えた。


「後悔は後にしやがれ、まだ来るぞ!」


 魔物の動きは、その巨躯からは想像もつかないほどの身軽さで迫った。大きな手で叩き潰そうと振り上げた瞬間、クローディアが素早く跳んで指を切った。だが、落とすまではいかない。


「────痛いな」

「ムッ……!? なんという硬さ……!」


 天井を蹴ってかく乱に切り替えようとしたが、それは正確にクローディアを捉えて叩き飛ばす。壁にめりこんだクローディアは、そのままぴくりとも動かない。魔物は自分の手からぼたぼたと垂れる血を見て、ニィッと笑う。


「なんだ、骨のある人間もいるな」


 怒り任せに背後から飛び込んで斧を薙ぐレアナの一撃を片手で掴んで止めた。ぎょろりとした目が向かったのは、彼女ではなく手に握られた斧だ。


「見事な武器だ、竜の牙で造ったのか。欲しいな、それ」


 斧ごとレアナを持ち上げ、地面に向かって叩きつけた。洞窟内に響き渡った振動と、割れた地面が、その破壊力を物語っている。


 そこには、レアナの姿がない。振り上げられた瞬間にはシレントが彼女を回収しており、当然のようにクローディアの傍に降りて、安全を確保した。


「おい、お前……大丈夫かよ?」

「こっちのセリフだ。無茶をしちゃ駄目だろ、武器の方がそんなに大事か!?」

「億は出してんだぞ、大切にして悪いか」

「あのね。命がいくつあっても足りないよ、そんなことしてたら……」


 ボンサックの中から、シレントは一振りの槍を取り出す。漆でも塗ってあるのかと言うほど黒く光沢のある槍は素材も分からない。ただ、ひと目で業物であると分かるような、ほんの微々たる装飾の中に込められた意志を感じた。


「ごめん。良い歳したおじさんが何言うんだって思うかもしれないが、僕は戦うのがあまり好きじゃなくてさ。だから荷運び人をしてるところもあるんだが────今は甘えを捨てるよ。力を合わせてあいつを倒そう」

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