第十七話:緊急脱出はいつでもダクト
「あつっ! 鉄板が焼け焦げる温度だぞ! セラフィナ、急いで戻るか、俺の魔力で壁ごと凍らせるかしないと、本気で蒸し焼きになる!」
超巨大兵器の機内。古代語のアラートが鳴り響き、真紅の警告灯が明滅する中、レオンハルトは展開した漆黒の魔力障壁の中で苦鳴を上げた。
通路の通気口から絶え間なく吹き込む超高温の熱風は、瞬く間に周囲の金属を赤熱させていく。大公の規格外の魔力をもってしても、密閉空間での急激な温度上昇を完全に遮断することは不可能だった。
しかし、当のセラフィナはというと、額の汗を拭いもせずに周囲の壁をペタペタと触り回っていた。
「凍らせるなんてとんでもない! 急激な温度変化を与えたら、千年前の金属疲労で機体にクラック(ひび割れ)が入ってしまいますわ!」
「命と機体、どっちが大事だと言っているんだ!」
怒鳴るレオンハルトをよそに、セラフィナは何かを思いついたようにポンと手を打った。
「閣下、落ち着いてくださいな。よく考えてみてください。これだけの巨大なブロックを瞬時に加熱できるほどの熱量……それを生み出すには、膨大なエネルギーの燃焼が伴いますわ。そして、これだけの熱を機体内部に留めておけば、いずれ制御系自体が熱暴走でメルトダウンしてしまいます」
「だから何だ! 俺たちは今、その熱で死にかけているんだぞ!」
「つまり!」
セラフィナは目を輝かせ、壁の一角をビシッと指差した。
「この熱を外部、あるいは上部の『排熱ダクト』へ逃がすための、巨大なヒートシンクと排気口が必ずすぐ近くに隣接しているはずなんですの!」
セラフィナは工具リュックからハンマーを取り出すと、カンッ、カンッと壁を叩き始めた。
「音の反響……壁の厚み……熱伝導率の偏り……ありましたわ! 閣下、ここです! この壁の向こうに、機体の熱を頭部にあるメイン排気口へ逃がすための、巨大な縦穴が通っています!」
「本当か!?」
「ええ! ですから閣下、貴方の力でこの壁をぶち破ってくださいまし!」
レオンハルトは深くため息をつき、右手に漆黒の魔力を限界まで圧縮した。
「……機体に傷をつけるなと怒ったのはお前だろうが」
「緊急時の少々の破壊は『仕様』の範囲内ですわ! さあ、遠慮なくどうぞ!」
「ええい、知らんぞ!」
レオンハルトが拳を突き出すと、漆黒の魔力が分厚い装甲板を融解・粉砕し、大人が数人並んで入れるほどの大穴を開けた。
ドォォォォォォンッ!!
壁が破れた瞬間、機内に充満していた超高温の熱風が、凄まじい勢いでその穴へと吸い込まれていく。
「ほら、やはり巨大な排気シャフトですわ! 凄まじい上昇気流が発生していますのよ!」
セラフィナが穴の縁から身を乗り出して下から吹き上げる熱風を浴びる。
「……おい、セラフィナ。まさかとは思うが」
レオンハルトの顔が引きつった。彼は、この令嬢が次に何を言い出すか、嫌というほど予想がついてしまったのだ。
「ええ、その『まさか』ですわ!」
セラフィナは満面の笑みで振り返った。
「せっかく防衛システムが、頭部まで直通の『特急エレベーター』を作ってくれたんです! これに乗らない手はありませんわ!」
「正気か!? あの熱風の吹き荒れる縦穴に飛び込めと言うのか!?」
「閣下の魔力で熱を防ぎつつ、風に乗って姿勢制御すればいけますわ! さあ、行きますわよ!」
「やめろ、俺は——うわぁぁぁぁっ!?」
セラフィナはレオンハルトの腕をガシッと掴むと、躊躇なく排気シャフトの中へとダイブした。
「セラフィナァァァッ!!」
レオンハルトの悲痛な絶叫がシャフト内に木霊する。
下から突き上げる爆発的な熱風と上昇気流に巻き込まれ、二人の身体はまるで煙突の中の落ち葉のように、猛スピードで上へと吹き飛ばされていった。
「きゃははははっ! 凄いですわ、凄いですわーっ! 一気に階層をスキップできますのよ!」
「ふざ、ける、な! ぐるぐる回って、吐きそうだ!」
「閣下、魔力障壁と姿勢制御をお願いしますね! 壁にぶつかると痛いですから!」
「お前がやったんだろうがああああ!!」
レオンハルトは必死に魔力を展開し、高温の熱風から二人を守りつつ、シャフトの壁面に激突しないよう絶妙なバランスで空力制御を行った。
本来なら国を滅ぼすほどの力を持つ大公の魔力が、今は単なる「パラシュート代わり」として消費されている。
「ほら、見えてきましたわ! あの上の光の漏れているハッチが、頭部ブロックの排気口です!」
セラフィナが指差す先、縦穴の頂上付近に、巨大なファンが回転する排気口が見えた。
「あそこの隙間を抜けますわよ! 閣下、出力全開です!」
「ええい、もうどうにでもなれ!」
レオンハルトが最後の力を振り絞り、魔力を爆発させて急上昇する。
二人は回転する巨大なファンの隙間を紙一重ですり抜け、ポンッ! と勢いよくシャフトから吐き出された。
「とぉっ!」
セラフィナは華麗に宙返りをして、金属の床に着地した。
一方のレオンハルトは、ズシャーッと無様に床を滑り、壁に背中を打ち付けてようやく止まった。
「……おえぇぇ……」
青ざめた顔で口元を押さえ、大公閣下がその場にうずくまる。
「ふぅ、到着ですわ! 古代の換気システム、最高のエレベーターでしたわね!」
セラフィナは服の煤を払いながら、すっかりご満悦の様子だ。
「……二度と……二度とお前の思いつきには乗らんぞ……」
レオンハルトが涙目で睨みつけるが、セラフィナの視線はすでに別のものに向けられていた。
そこは、先ほどまでの無骨な通路とは打って変わり、幾何学的な魔導回路が壁一面に張り巡らされた、円形の広大な空間だった。
空間の中央には、複雑なコンソールと、操縦席らしき巨大なシートが鎮座している。
「ビンゴですわ! ここがこの超巨大兵器の『頭脳』、コントロールルームです!」
セラフィナは歓喜に震えながら、コンソールへと駆け寄った。
「さあ、緊急停止ボタンはどこかしら? そして、私の自作OSをインストールするためのポートは……ふふふっ!」
息も絶え絶えのレオンハルトが、フラフラと立ち上がりながらツッコミを入れる。
「おい、目的が変わっているぞ……。さっさとその緊急停止ボタンとやらを押せ……!」
古代の超巨大兵器の中枢に、ついに到達したマッドエンジニア。
果たして彼女は素直に兵器を停止させるのか、それとも更なる狂気の魔改造を施してしまうのか。
雪原で囮となっているクラウスの命運は、今、一人のオタク令嬢の指先に委ねられていた。




