第十三話:巨大兵器に執心
猛吹雪が吹き荒れるはずの北の雪原は、突如として現れた規格外の質量と熱量によって、異様な静寂に包まれていた。
大地をぶち抜いて這い出してきたのは、全高数十メートルに及ぶ古代ゼニス帝国の超巨大兵器。
鈍く光る重厚な装甲、城の塔よりも太い四肢、そして天空から虫ケラを見下ろすように輝く、巨大な真紅の単眼レンズ。
まさに、神話に登場する「厄災」そのものが実体化したかのような威容であった。
「最高ですわーっ! 外で見るとさらに大きく見えますわね!!」
圧倒的な死のプレッシャーの中、ただ一人、セラフィナだけが目をキラキラと輝かせて歓喜の声を上げていた。
「チッ……! バカを言うな、殺されるぞ!」
ズゴォォォォンッ!!
超巨大兵器が、挨拶代わりとばかりに巨大な腕を振り下ろした。
レオンハルトはすかさずセラフィナの腰を抱き寄せ、漆黒の魔力を足元で爆発させて後方へと跳躍する。
直前まで彼らが立っていた雪原は、巨大な拳によって粉砕され、クレーターのような大穴が穿たれた。雪と土砂が爆発のように舞い上がる。
「キャーッ! 素晴らしいトルクですわ! 関節の駆動音も——」
「黙ってろ! 舌を噛むぞ!」
レオンハルトはセラフィナを抱えたまま、連続して叩きつけられる巨人の連撃を紙一重で躱していく。
魔力による身体強化と大公の身体能力をもってしても、その風圧だけで吹き飛ばされそうになるほどの理不尽な破壊力だ。
レオンハルトは大きく距離を取り、巨大な岩陰の裏へと着地すると、セラフィナを雪の上に乱暴に下ろした。
「ここで大人しくしていろ。いいか、絶対に動くな! 隙を見て、あのバカでかい図体からできるだけ遠くへ逃げろ!」
「ええっ!? そんな、もったいないですわ! せめて装甲のサンプリングを——」
「命令だ! お前を死なせるわけにはいかん!」
レオンハルトはセラフィナの抗議を遮るように怒鳴ると、吹雪の中へと身を翻した。
「遅えぞ、大公閣下!」
「黙れ、合わせろ!」
雪原の中央で、大剣を構えたクラウスが合流する。
二人の男は並び立ち、見上げるような巨神を睨みつけた。クラウスの銀色の義手が、レオンハルトの魔力に呼応して「キュィィィン」と甲高い駆動音を上げる。
「クロス・リンク、同調完了。……行くぞ!」
「応ッ!」
二人は左右に散り、超高速で雪原を駆け抜けた。
巨大兵器が重々しい動作でクラウスへと腕を振り下ろす。その大振りな軌道を先読みしたクラウスは、義手のブースターを吹かして鋭く踏み込んだ。
「はああっ!」
大剣が、巨大な脚部の装甲を全力で斬りつける。
遅れて、死角に回り込んでいたレオンハルトが、圧縮した漆黒の魔力弾を関節部へと叩き込んだ。
地下の遺跡で中型ゴーレムを沈めた、二人の完璧な連撃。
——ガキィィィンッ!! ドガァァァァァンッ!!
だが、爆炎が晴れた後、二人は驚愕に目を見開いた。
「バカな……! 傷一つ、ついていないだと!?」
「くそっ、なんて硬さだ! ミスリルの大剣が弾かれたぞ!」
古代の超合金で覆われた巨神の脚部には、ほんのわずかな焦げ跡すらついていなかった。
物理も魔法も通じない、文字通りの「難攻不落」。
『……脅威度・低。タダチニ、面制圧ニ移行スル』
巨大兵器の真紅の単眼が点滅した。
足元の小さな羽虫どもを的確に処理するためか、巨神の背中側にある装甲板が、ガシャガシャと音を立てて無数にスライド展開していく。
「……おい、あれはなんだ」
「……嫌な予感しかしないな」
装甲の隙間から現れたのは、蜂の巣のように並んだ無数の砲門だった。
次の瞬間、青白い光を帯びた「魔導誘導弾」の群れが、暴風雨のように上空へと射出された。
「散れ、クラウス!!」
空中で弧を描いた無数の光弾が、雪原を駆ける二人の男を正確に追尾して降り注ぐ。
ズガガガガガガガッ!!!
着弾地点で次々と連鎖爆発が起こり、雪原が業火に包まれる。
「くそっ、どこまで追ってくる気だ!」
「俺の魔力障壁でも、三発受ければ割れるぞ!」
爆発をすんでのところで躱し続け、雪原を右へ左へと泥臭く逃げ回る二人。
その最中、クラウスの直上に、一発の誘導弾が迫った。
(避けきれない——なら!)
クラウスは瞬時に判断し、右腕の義手へ大公から供給される魔力を限界まで集中させた。
義手のスリットから黒い蒸気が噴き出し、大剣の刀身が暗黒に染まる。
「うおおおおおぉぉッ!!」
クラウスは、野球のバットでも振るうかのような渾身の力で、迫り来る誘導弾の側面に大剣の腹を叩きつけた。
ガァァァァンッ!!
義手の爆発的なパワーによって軌道を逸らされた誘導弾は、そのまま空を切り裂き——巨大兵器の顔面、真紅の単眼レンズの中央へと文字通り「撃ち返され」た。
——ドッガァァァァァァンッ!!!
見事な直撃。
巨神の顔面で大爆発が起こり、濃密な白煙が頭部を完全に覆い隠した。
「……やったか!?」
クラウスが大剣を構えたまま、息を呑んで叫ぶ。
戦場でその言葉は禁句。
レオンハルトが血相を変えた、その時。
白煙の奥底から、太陽を凝縮したかのような、凶悪な『赤い光』が輝いた。
『——メイン光学兵装、チャージ完了。排熱開始』
直後、周囲の音が消え失せた。
巨神の単眼レンズから放たれた極太の「超高熱レーザー」が、雪原を横薙ぎに薙ぎ払ったのだ。
「伏せろッ!!」
二人は反射的に雪の中へとダイブした。
頭上数センチを、赤い光の奔流が通過していく。
カァァァァァァッ!という熱線が通過した後には、一面の雪が蒸発し、露出していた分厚い岩盤すらもドロドロのマグマのように溶かされ、一直線の巨大な溝が刻まれていた。
「……嘘だろ。あんなもの、かすっただけで骨も残らないぞ……」
起伏のなくなった焼け野原を見つめ、歴戦の天才騎士であるクラウスすらも絶望に声を震わせた。
レオンハルトも、ギリリと奥歯を噛み締める。
勝てない。自分の暴走魔力を解放したところで、あの化け物の装甲と火力の前では無意味だ。
「……クラウス。俺が全魔力を使って、奴の注意を引く」
「閣下?」
レオンハルトは立ち上がり、巨大兵器を見据えたまま、決死の覚悟で口を開いた。
「俺がここで死のうが、どうでもいい。だが、あのふざけた令嬢だけは死なせるわけにはいかん。……俺が囮になっている間に、一先ずセラフィナが逃げるための時間を稼ぐ」
「……」
「クラウス?」
背中を預けているはずのクラウスから、返事がない。
何に怯えているのか、クラウスは剣を下ろし、どこか遠くを見るような、完全に虚無の世界へとトリップしたような表情で固まっていた。
「……ちなみに、大公閣下」
「なんだ。何か作戦に不安でもあるのか」
クラウスは、瞬きもせずに静かに問いかけた。
「セラフィナ様は、どちらに置いてきたのでしたっけ?」
「あそこの、安全な岩陰だ。絶対に動くなと命令してあるから、あいつのことだ、きっと上手く逃げて……」
レオンハルトが背後を振り返る。
そこには、ビームで半分溶けかかった岩があるだけで、セラフィナの姿はどこにもなかった。
「……いない、だと?」
「……では、大公閣下。あれは、俺が見ている幻覚でしょうか」
クラウスが、震える義手で『空』を指差した。
レオンハルトが視線を上げる。
猛吹雪が晴れつつある空。全高数十メートルの超巨大兵器の、その巨大な右脚部。
装甲のわずかな隙間にピッケルを突き立て、登山家のような見事な手際で、巨大兵器の表面をスルスルとよじ登っていく小さな影があった。
『ウフフフフッ! この装甲の重なり具合、整備用ハッチが近いですわね! 待っててねベイビー、内部構造を隅々まで見てあげますからねーっ!!』
死の恐怖など微塵も感じていない、マッドエンジニアの極彩色の歓喜の声が、雪原の冷たい空気に虚しく響き渡っていた。
「……あいつ、殺戮兵器によじ登ってやがる……」
レオンハルトの呟きは、完全に魂が抜けていた。




