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プロローグ

1/18

「ねぇバードン、ジョブチェンジしなよ。魔法士(ウィザード)になれば?魔法オタクでしょ?オールラウンダーだとこうやってナメられるし、勘違いもされるよ?」


「その、じょぶちぇんじってなんだ?あー元の世界の言葉か。役職変更のことを言ってるならしないぞ?」


「ジョブチェンジは通じないわけ?そうよ役職変更の事よ。なんでそんなにオールラウンダーに拘るの?」


「ハズレだの貧乏くじだの言われてるが、パーティー内での使い方とか本人のモチベーションとかが重要だろ。それを証明するためにこの役職に拘ってるんだ」


「今のところ、バードンのS級は金で買ったとか体で手に入れたとか言われてるけど?証明どころか悪評が立ってるわよ」


「エイミよ、変革には時間が掛かるんだ。現役の奴らに分からなくても、将来の冒険者が分かってくれるさ。ていうか、体で買ったって誰が言ったんだ、そいつの眼に治癒魔法掛けてやる」


 S級2名、A級冒険者3名とランク不詳人1名で構成されるS級パーティー【ハズレボンビー】。

 そのパーティーのリーダーがS級冒険者バードン・オンツキ―(24)である。 


 彼らの活躍は目覚ましく、ワカチナ連邦王国にいくつも点在するダンジョンを次々と攻略していった。さらには、未開拓の魔界と呼ばれる魔物の生息地域を開拓、調査し生態や環境を記録したことで、魔界開拓の可能性を示した功績も大きいだろう。


 そんな【ハズレボンビー】には、人目も憚らず大声を上げるが、いやに可愛がられ、とにかく目立つ、お年寄りには大人気のメンバーがいた。


「ユーリちゃん、おねむでちゅか?うんうん、よちよち、眠りまちょうね。おいクソゴミ共!ユーリちゃんが眠いそうだ、今から物音を立てたやつは心臓の音まで鳴らないようにするからな!それが嫌なら呼吸するな!心音を鳴らすな!死ね!」


「いや、無茶苦茶だなワパック。宿に帰ってろよ」


 ワパック・ゴルク(約200)はエルフの国から出奔し冒険者になった変わり者。話し方で分かる通り、素行が悪く喧嘩っ早い。だが、ユーリには異常に甘くユーリの母であるエイミ・ウキタには気持ち悪がられている。時たま、気持ち悪すぎてユーリを取り上げられる。その度に幾人もの冒険者達が犠牲になっている。


 最近の口癖は、「おっぱい出ねぇかなー、男ってマジでクソだな」である。


 そして、ワパックがとにかく溺愛しているのが、【ハズレボンビー】の大人気メンバー、ユーリ・ウキタ(1)である。


「バードンの言うとおりですよ。先に宿に帰ってはいかがですか?」


「嫌だね。どうせこの後飯だろ?んで、バードンは1人でサキュバスの店だろ?今回はバードンに借りを返してもらうから、今日だけは帰らねぇ。バードン!分かってるよな、全部奢れよ!」


「ああ、ユーリがどっちを選んで抱き着いてくれるかって勝負をしてましたね。でもあの時は確か、ワパックの後ろにエイミが……」


「関係ねぇ。ユーリちゃんの愛を感じたんだ。それだけで勝負は決まりよ。ジナキウはまだお子ちゃまだからな」


()()()()お子ちゃまだと言われても不快感はありませんよ。ワパックは年増の割に悪口が下手なんですね」


「言うようになったじゃねぇか、ええ?よーし、やってやらあ!ユーリちゃんはママのところで待っててね、すぐに戻るからねぇ」


「はあ、勘弁してくれよ。ワパック、奢るから暴れないでくれ」


「ユーリちゃん、バードンが奢るってよー、ご飯行きまちょうね。その後サキュバスの店で……」


「ねえワパック、ユーリは私が抱くわ。返してくれる?それと娘の前でそんな話は止めて」


 この後、ギルド内の冒険者たちが一斉に退出したために被害者は1人で済んだ。


 被害者とは、立ちながら眠っているアーリマである。加減を知らないワパックの右ストレートが一発、アーリマの顔面に叩き込まれ、一度は覚醒したものの、再び眠りについた。というか瀕死だった。


 12歳の子供を殴る約200歳。そしてジナキウが珍しく怒っていた。子供なのにとか死んじゃったらとか説教をする中、リーダーのバードンは不得手な治癒魔法で12歳の少年、アーリマを治療していた。


 無茶苦茶な毎日、これが日常である。


 ワパックに説教をする魔人の女性、ジナキウ・ニーノ(40)。

 その見た目はまさに異形である。蛇のような顔に、太く長いトカゲのような尻尾、長袖長ズボンの下は顔と同じく、蛇かトカゲのような見た目と斑に貼り付けられた人間の皮膚がある。


 彼女は自身の事を話さない。魔人という種族はこの世界においてかなり希少であり寿命や生態の調査が全く進んでいない。人型で人の言葉を話す魔物だから魔人と呼ばれているだけで、魔物や亜人との区別は曖昧なままである。


 個体が少なく研究も進んでいないのだから、魔人についての文献など皆無であり、彼女自身生まれも育ちも記憶になく、珍しい見た目に反して、語れるほど自身の事を知らない。

 語れることといえば、奴隷として働いた事や観察素体としての人生についてである。


 そして、彼女は人間や魔物に対して過度な恐怖心がある為、パーティーメンバー以外とは話せないのだ。そんな彼女は敬語ながらもパーティーメンバーと打ち解けている。その中でもバードンとは古い付き合いであり、バードンとエイミだけは彼女の過去を知る友であった。


「じゃあ、飯行くぞ!」



【ハズレボンビー】一行は閑散としたギルドを後に、喧噪に包まれた通りへと向かった。







「エイミ、例の手引きをしてくれるって人の事なんだが」


「信頼できるわ。同じ転移者だし、何年もお世話になってる。何よりもマルブリ―ツェ卿に味方する理由がないもの」


「ああ、そうだったな。すまん何回も同じことを聞いて。順調なのか?連絡とかは来てるか?」


「連絡はないわ。イムリュエン、じゃなくてヌアクショット卿が貴族に働きかけてマルブリ―ツェを孤立させようと動いているそうよ。だからミホさんは、私たちが安全に逃げられるように1人で動かざるを得ないのよ。今は待つしかないわ」


「さっきから罠の魔法陣が作動していて残りの数が少ない。待ってる暇はなさそうだ」


「待って。ミホさんはここがマルブリ―ツェ領内で数少ない安全地帯だから、ここから出ないで待つようにって言っていたのよ?どうする気なの?」


「――ここは捨てて逃げるべきだ。さっきから罠の発動箇所がここへ迫ってきている。探し回っているというより、ここだとバレてると思う。それに、いくつか罠が発動していないから罠もバレてると考えた方がいいな。避けられた罠があるから全体像が不明だが周囲を囲みながら網を縮めているのかもしれない。ここは堅牢な城でも防衛設備の整った住居でもない。見つかった時点で安全地帯では無くなったんだ。だから今すぐ発つ」


「でも!」


「エイミ、駄目だ。薄々気付いているんだろ?力ずくでも連れていくからな。皆いいな?もし周囲を囲まれているようだったらジナキウとエイミとユーリで固まってくれ。俺とワパックとアーリマで固まる。2つに分かれて、リンからの連絡があるまで逃げ続けてくれ」


「バードン、ユーリちゃんだけでもどっかに預けた方がいいんじゃねぇか?まだ子供だし俺の故郷に転移させてもいいんだぜ?こんなに可愛いんだからエルフのジジババが育ててくれるさ」


「法律で国家間の転移は首都間でしかできないだろ?今から王都に行けるわけないだろ」


「バカ野郎、そんなもんいくらでも抜け道はあるんだよ。俺ん家の転移陣に送ればいいんだ。ここに転移用の陣紙が1枚あっからよ、これで送ればいい」


「――エイミ、ユーリはエルフの国へ送ろう。生きていればユーリを引き取りに行けばいい。身勝手な話だが、その方が安全だと思わないか?」


「それは……嫌よ」


「ちっ、エイミよぉ、母親なんだから腹括れや。寂しいとかエルフが信用できないとか考えてんじゃねぇよな?この国に残すよりよっぽどマシな選択だろうが」


「それでも、嫌よ。やっと、やっと母親に成れたと、この子が私の娘だと思えるようになったのに」


「母親だからこそ、自分の娘だからこそ腹を括るんだろ!ユーリが生き残る可能性が高いのはどっちだよ」


 突然、下階から低く大きな声が響いた。


「王国騎士団だ!マルブリ―ツェ領主ソンボイユ・ヘヌート公爵閣下より、領内に潜むバードン・オンツキ―以下5名のパーティーを捜索し捕縛する許可が出ている。只今よりこの宿を捜索する!全員動かず騎士の指示に従え!」


 しっと指を口に当て、階下の音に耳を傾ける。


「お、お待ちを。私、この宿の店主でございます。まずは許可状を拝見させて頂きたく」


「ふんっ、国王陛下とこの国の守護者たる騎士すら信用できんか商人よ。お前たちのような人間は誰ならば信用する?ん?」


「信用していますとも。ですが、許可が出たという事は領主様の署名が入った許可状があるのでしょう?私のような下民では滅多に見られませんから、是非とも」


「うまい言い訳が出来たと内心ほくそ笑んでいるのか?品性の下劣さがその汚い顔から滲み出ているぞ。おい!」


 複数人の足音が聞こえる。『動作補助』の魔法で鋭敏になった聴力で、その足音の違いがはっきりする。ブーツ、鉄靴、一人はゴム底の靴……

 数は20人強。恐らく外にも人が居る。

 

「店主は許可状を見るまで我々に協力しないそうだ。店主がこの態度だ、店員もここに泊まる客の態度も容易に推測できる。致し方ないだろう」


 鉄靴の者、恐らく騎士だろう。ガチャガチャと動く度に鎧が音を立てている。その者が外へ出たようだ。複数人の足をする音、道を開けた?この騎士が頭かもしれない。


「よっしゃ!お前ら!()()()家探ししていいそうだ。やるぞ!」


 ガラの悪い声が合図すると、乱暴な音が響いた。受付け嬢の悲鳴に店主が必死に静止する声。客だろうか、反抗的な態度を咎められている。もちろん、暴力を使って。何人もが引き摺られ、一階の受付前辺りに集められているようだ。


「バードン・オンツキ―だ、どこに泊まってる?台帳を引っ張り出して探してもいいんだが、偽名かもしれないしな。一部屋ずつ探すのもめんどくせぇだろ?教えてくれたら解放するぜ?」


「騎士様!あまりにも横暴ではありませんか?私たちは何もしていないではないですか」


「おいおい、おっさんよ。今、アンタと話してるのは俺だぜ?バードンはどこにいるんだ?頼むから答えてくれよ」


「――あなたの言う通り、偽名で泊っているのでしょう。そんな人は台帳に載っていませんし泊めた覚えもありません」


「そうかあんがとよ。適当に縛って行けばアタリが出るはずだ!S級らしいが全員役職がゴミ、どうせ金で買ったもんだ、ビビるんじゃねえぞ!ただし、1人だけ女の転移者がいるらしい。しかも王都で()()と呼ばれた貴族御用達の女だ。そいつだけは一応気をつけろ!誘惑されるかもしれねぇからな。まあ一番に見つけたら、多少の()()()はしてやるぜ」


 下卑た命令が下ると、階下の者たちは階段を駆け上がったようだ。あちらこちらでドアを破り、剣がぶつかり、絶叫、怒号、気が狂ったような笑い声が耳に痛い。


「き、騎士様!どうかお慈悲を。私たちは何も知らなかったのです。どうか、お願いします。家族がいるんです」


「おっさん、さっきも言ったぜ?アンタと話すのは俺なの!ったく仕方のねぇ奴だ。『造成、拳銃』」


 乾いた音が5発。そしてドタドタと倒れる音がした。今しがた、5人の無関係な人が俺たちのせいで死んでしまった……


「おいバードン、感知魔法はどうした!」


 ここに来るのは時間の問題だ。ワパックが意識を引き戻してくれた。


「抜けられた。罠の発動もなかったからまだ遠いとばかり。くそっ、この感じは転移者だと思う。最悪だ」


「エイミ、ユーリを渡せ。さっさと向こうに送るぞ!」


「――――駄目よ。一緒に行く」


「お前いい加減にしとけよ。さっさと渡せ、殺すぞバカが」


 ワパックが怒るのはいつもの事だ。しかし、仲間には寛容で冗談の通じる気のいい男であった。当然、殺すと言われたパーティーメンバーはこれまで誰もいなかった。強い言葉で交流を図る男だからこそ、軽々しく脅しは使わない。つまり本気だという事……


「やってみなさいよ」


「待て!こんな時に勘弁してくれ。とにかく逃げるぞ、逃げてからユーリの事は考える。それとアーリマだ。お前もやばくなったら転移しろ。お前の国に転移陣は置いてきた。ほらこれ、絶対に無くすなよ」


 バードンは丁寧に丸められた、たばこサイズの紙をアーリマに手渡した。


「俺も逃げるんすか?嫌っすよ!」


「うるさい!リーダーとして決めたんだ、お前が逃げなかったら俺が送る。ワパックも文句ないな?」


「――確かに逃げるのが先だな」


「ジナキウ、催眠(チプノスル)を!この階全体に出来るだけ長く掛けて欲しい」


「分かりました。皆さん準備を、ユーリさんにも忘れずに飲ませてください。葉の汁は苦いですけど無理やりにでもお願いします。『造成、薬箱』」


 突如ジナキウの前に出現した白いボールは、床で小さな円を描きながら転がると、ブクブクと膨らみ、細部の装飾まで造形を凝らし、古い木箱となった。


 ジナキウは床に座り、古箱の金具をパチリと外した。そして、自身の手に嵌めてあった黒い革手袋を外し、開いた箱の裏蓋へと置く。


 その手は彼女の容姿に似つかわしくない綺麗な人間の手であった。袖を捲くった彼女の前腕はゴツゴツした岩場ように黒っぽく、まさにトカゲである。手首は人間の皮膚とトカゲの皮膚とが混じり合い生物とは思えない色彩をしている。


 なだらかな傾斜を作り、取り出しやすく設計されている古箱。計4段の収納のうち一番上の段から真っ黒でツヤツヤした丸薬を一粒取る。少し思案し、もう一つ丸薬を追加で取ると薬箱の最下段から白磁の乳鉢と乳棒を取り2つの丸薬をカランと投げ入れた。


 丸薬をゴリゴリと小気味良く粉砕し、3段目に敷き詰められたタバコのような紙束の中から1枚取り出し、ペリペリと糊付けを剥がす。巻き戻らないよう紙を逆向きに巻きある程度真っ直ぐになるようにした。


「キャー!」

「動くな!領主軍だ!」


階下の音が先程よりも近づいていた。


「おらぁ!動くな!」

「お前!バードン・オンツキーか?」


 バードン達を探す声が2階から聞こえてくる。最終階は3階。バードン達の部屋へ押し入られるまであと少し。


「ジナキウ、急かして悪いが……」


「出来てます。皆さん催眠(チプノスル)の葉の汁は飲みましたか?……問題ないようなので始めます」


 床の上に、真っ直ぐになった魔法陣の紙を置き、その上に乳鉢を置く。

 すると、乳鉢から柔らかいピンクの煙が立ち昇り部屋の中を満たす。2秒ほど視界がその色で埋まると、煙は扉の隙間から逃げていった。


「このまま放置すれば、1分以内にこの階全室に行き渡ります。5分すればこの宿全体に行き渡る筈です」


「もし下に異世界人がいたら浮遊魔力を()()かもしれないが問題ないか?」


「大丈夫です。小規模の風の魔法なら、異世界人相手に有効だと私が証明済みです。隙間から逃げる煙は催眠(チプノスル)の特性ですから浮遊魔力を使いません。要するに問題ありません」


「催眠が掛かってる人間に追加で暗示を掛けられるか?」


「魔法を掛けろと?この階だけなら可能でしょう、しかし下は異世界人がいるので……」


「それでもやって欲しい。全員が時間を稼ぐように暗示してくれ。今すぐだ」


「分かりました。『催眠付加、暗示』」


 ジナキウは乳鉢の下に敷かれている陣紙の角に触れブツブツと唱えた。

 どうもしっくりこないのか首を捻り再び唱えたが、また首を捻る。


「ジナキウ、もしかして暗示は出来なかった?」


「はい……」


 ドタドタと何人もが階段を上がってきている。


「エイミ、ユーリはワパックへ預けてくれ。俺とエイミとで前を張る。アーリマはいつも通り付かず離れずで、ジナキウはケツで敵の足を引っ張ってくれ。ワパックは俺たちの間でユーリを守ってほしい。最悪俺達は捨てて逃げろ。エイミ、悪いがこれが最善だと思う」


「謝る必要なんかないわ。離れ離れになるわけじゃないのよ。捕まらず生きて逃げ切ればいいだけじゃない」


「そうだな、今来てる奴らは噛ませだ。催眠でぶっ倒れるから階下の異世界人と騎士団がヤバい。とにかく腹くくって突っ切るぞ」


 バードンは扉とは反対、部屋の壁へと手を当てた。


『融解、硬化』


 手を当てたところから、ぶよぶよとした縦長の長方形を形取り、そして重力に逆らえず、老いた皮膚のように壁が垂れ下がる。

 さらにそこからポタポタと液体が床に落ち、その勢いは増す。手を当てた壁はバケツをひっくり返したように外や室内に()()()()、綺麗な出口が出来上がった。


「これ、宿は崩れたりしねぇのか?」


「出口の周囲を硬化したから大丈夫だろ。ここから逃げるぞ!俺が魔法を掛けるからそのまま飛び降りろ。『範囲指定、強硬化』」


 バードンを先頭に、パーティーメンバー達は3階から飛び降りた。






「人間よ良くやった。これが我等の求めていた物だ!まさか人間が自ら供物を捧げるとは思わなんだ」


「して、此奴等はどうする?」


「ふむ。探し求めていた供物が手に入り、新たな魔人が誕生し、人間と生きる()()に出会えたのだ。それも此奴等の働きあってのこと。人間よ、ここで()()()の餌にしてもいいが、それではつまらぬとは思わんか?そこでだ、望みがあるなら聞いてやろう」


「はぁ、はぁ、エイミをエイミを返してくれ。頼む」


「エイミとは誰だ?」


「――そこで、ね、眠ってるだろう。魔物が、魔物、が」


「ああ、この供物はエイミというのか。それはできぬ相談というやつだ。それに供物を美味しそうに喰っておるのは()()()とは違ってな、魔人と言われておる。人間もそう呼ぶのだろう?いわば()()()()()の弟だぞ?それを魔物などと」


「頼む、返してくれ」


「――もう死んでるのが分からんか?いや、理解したくないのか。面白い。それ故に我等が同胞も共に過ごすのか。して、望みは他に無いか?」


「…………」


「逃してくれ、それが望みだ。いいなバードン」


「……」


「ふむ、その男がアタマかと思ったがお前がアタマだったか。人間、名は?」


「リーンピム・ホロトコだ」


「ただで逃がすのも面白くないな。何かないか?」


「――何かとは?」


「この供物は異世界人というのだろう?お前達が異世界人かどうか()()()()確かめてもいいのだが、こうやって供物を捧げる人間は貴重だと思ってな」


「異世界人の居場所を教えろと?」


「いやいや、連れて来い。一人連れてこれば一人逃がそう」


「結局、興じゃなく打算で逃がすのかよ」


「食って寝るだけの下等な魔物ならば、打算無く逃していたかもしれんな」


「連れて来るのは無理だ。そして、こいつ等には治療が必要だ。今すぐ帰らなきゃ全員くたばっちまう」


「ふむ、このまま死なれては困るな。しかし、ただで帰すのはもったいない。では、この国から離れられないよう誓約でもするか。どうだ?」


「――さっきもバードンが話していたが」


「ああ、分かっている。この国の人間に追われているのだろう?ならばここへ連れてこればいい。我等の手足となるならば悪いようにはしない。追手を()()()の餌にでもすればいい。どうだ?良い提案であろう?」


「それは、クソっ。分かった。誓約するから逃してくれ。手足とは私達に何をして欲しいんだ?異世界人を連れてくるのは骨が折れるんだが」


「我等の為に骨を折るがよい。お前達は異世界人の居場所を報告すること、異世界人を連れてくること。これを守れ」


「――分かった」


 6体の人型の魔物、つまり魔人は銘々が好きな場所に座っている。

 人間が好むようなフカフカの一人がけのソファー。巨大な石でできた台座。折れた巨木の幹。湿った土の上。魔物の上。人間や魔物の骨で作られた椅子。


 その中でもリーダーと思しき魔人は、スラッとした体躯で頭髪は黒く皮膚は血の気が無く白い。見た目は美しい壮年の男性である。


 骨の椅子から立ち上がり、最早座ることもままならないパーティーの前に立った。


『我等、六魔角(ろくまかく)へ誓約せよ』


 その言葉をきっかけに、魔人達とバードン達の周囲を青白い糸が包囲し始める。その糸は何重にも撚り合い太い縄へと変貌した。


『一つ、私達は異世界人の居場所を報告する。

 一つ、私達は異世界人をここへ連れてくる。

 一つ、私達はこの国に留まる』


『誓約は成る』


 周囲の縄はバラバラに解け、細い糸となってバードン達へと優しく絡みつき、果ては溶けていった。


「では、次会える日を楽しみにしているぞ」


 リーンピム・ホロトコを見下ろす目は愉快だと語っていた。






「頑固すぎるんだよバカ野郎が!」


 ワパックの右ストレートはバードンの鼻にクリーンヒット。鈍い音が、ダンジョン内に響いた。


「ユーリちゃんをここに一生閉じ込める気か?バカなのか?いやバカだな。全員で守ってやればいいだろうが、俺達はもう家族だろ?何で1人でどうにかしようとか思ってんだよ。糞バカが!」


 鼻を抑えていたバードンは苦悶の表情を浮かべているが、意志は固そうだ。


「『止血』いきなり殴るなよ。鼻が、クソっ折れてるじゃねぇか。ジナキウ治してくれ」


「いや、治さなくていい。バカはそのバカ面で一生いろ。ヌアクショットに行くぞ!バカも一緒にだ。やっと出られるってのに引きこもろうなんざ許さねぇからな」


「しつこいぞワパック。俺はユーリと残る!お前達だけで行ってくれ」


「納得出来るわけがねぇ。ユーリが魔物やダンジョンの()()()だって事は分かった。だからなんだ?今まで通り皆でいれば問題ないよな?」


「リスクは外に出れば上がる。ここにいればリスクはかなり低い。誰だって答えは分かるだろ」


「生きてりゃリスクはどこにでもある。俺達が全員いればそのリスクもリスクでは無くなる。そんな事も分かんねぇのか?それに、ここに閉じこもってユーリがまともな人間に育つ訳ないだろ!」


「たまに外に出て人と交流するし、戦いも教える。魔物の解体もそれを売る方法も、まともに育てるさ」


「お前らもなんとか言えよ!」


 リーンピムやジナキウ、アーリマへ水を向けるワパック。


「バードン、セーフハウスなら用意できる。盾が必要ならいくらでも用意できる。マフィアにタダ飯食らいのゴミが沢山いるし、冒険者ギルドから高ランクの暇人を引っ張って来ることも出来る。それなら問題無いだろ?」


「リン、人間を盾に使えってか?必要とあらばその考えもアリだと思うが、その盾が裏切らない保証は無い。唯一分かってる敵はマルブリーツェ卿だけで、他の勢力については未だに不明じゃないか」


「必要なら私が奴隷にでもするさ。お前が気に病む事もなく外で安全に過ごせる。これでも嫌だって言うんなら、何か別の理由があるんだろ?たぶんエイミ絡みの理由が」


「――なんだそれ女の勘ってやつか?」


「てめぇと何年つるんでると思ってるんだ。全部話せ」


「――まあ、ユーリが危険だと言ったのは嘘じゃない。あの妖精族風の魔物が言ってたんだが、ダンジョンや魔物というのは異世界人の魔力で出来ていて、本能的に異世界人の魔力を好むらしい。そして、死んだエイミの魔力まさにそれ。だからこの世界の浮遊魔力へ還ることが出来ず、新たなダンジョンや魔物を作り出しているかもしれない。というか、その可能性が非常に高い。それを解放してやりたい。アイツは、ここに来てから俺たちに出会うまではクソみたいに扱われ、閉じ込められてきた。だから、最後の手向けとしてな」


「つまり、1人で新しいダンジョンを潰して、魔界にいるあの、()()()()()()()()()()()を殺して、新しく生まれた魔物達も駆逐していくと、そういうことか?」


「全部できるとは思わないが、やれることはやる。だから、それが達成されるまではここに残る。ここも、エイミの魔力からできたダンジョンだからな」


「なるほどな。はあ、そういうことなら、もう何も言わない」


「おい!何で納得してんだよ。ダンジョン攻略も俺らでここに来てすればいいし、魔界で魔物やら魔人やらを殺すのも同じだ。まずはヌアクショットに行ってまともな生活始めてからでいいだろ」


「ここを放置する事もできない。全部終わった後にここを出る。それまでは()()にいるつもりだ」


「――はぁ。バカだ。あり得ねぇよ」


 ワパックは大袈裟にため息をつき、大きく項垂れた。


「バードンさん!一緒に行きましょう!……ぐすっ、うぅ、一緒に行きましょうよー」


 アーリマは堪えきれず泣いてしまう。バードンもこれは予想していなかったのだろう。おろおろと戸惑い、嗚咽を漏らすアーリマをぎこちなく抱きしめた。


 静観していたジナキウは手を繋いでいるユーリを淋しげに見下ろし、バードンの前へと進み出た。


「ユーリさん、お元気で」


「うん!ニーノもね!」


 ユーリは手を離し、バードンの腰へと抱きついた。


「バードンもお元気で。私の寿命が来るまでには会いたいですね」


「俺より長生きかもしれないだろ?また会えるさ」


「何だよ、全員賛成って感じだが、俺は反対だぞ?引っ張ってでも連れて行くからな」


 ワパックはバードンの肩を掴み、引っ張ろうと力む。

 すると、ユーリがワパックのズボンを握った。


「ワーちゃん、パパをイジメたらメーよ。メー」


「うぅ、ユ、ユーリちゃーんこれはイジメじゃないよー。遊んでるだけだよー」


「パパが変な顔してるー、イヤな顔ー。だからメーよ」


「う、うう、バ、ババードンのバカ!俺もパパって呼ばれたかったのにー!!!」


「悪いな。じゃあ、元気でな」


「うるせぇ、たまに会いに来るからな。ユーリちゃーん、大きくなるんだよー、ワーちゃんの事忘れないでねぇ。転移陣置いとくからね。すぐ会いに来るからね」


「うん!バイバイ!」


 バードンをパパと呼ぶユーリちゃんの手前、無理に連れて行けば嫌われてしまうのではないか?さっき勢いで殴ったけど、もう嫌われたのだろうか。あーーー、これ以上無茶は出来ない。ユーリちゃんに嫌われたくないから!

 

 そんな思いをおくびにも出さず、ワパックはユーリと長めのハグをした後、バードンを睨み顎しゃくってみせた。ワパックなりの別れの挨拶だ。








「リン!頼むから怒るなよ。何を怒ることがあるんだ」


「あのなぁ、てめぇ、バードン!こんな設備どうやって造ったんだ?ああ?お前造成魔法ゲボ下手だよな?こんな建築物、一人じゃ造れねぇよなぁ?てことは?いくら、どこに支払った?この街の金の流れは殆ど把握してるが、こんな大規模の発注があれば私のところに情報が上がらない訳が無いんだ」


「それは、説明が難しいんだが」


「ほらみろ!安く抑えようとして変なとこに依頼したんだろ?建築関係は裏の人間が入りやすい分野なんだよ。大金が動くし適当な仕事しても素人には分かりづらいからな!新興マフィアが動いてるからその辺に金が流れてるかもしれねぇな」


「リン、聞いてくれ。これはだな」


「何で私に相談しなかったんだ?え?ホロトコ商会はな建築事業もやってんだよ!手広くやってるから相談しろって言ったよな?ていうか、宿を始めるなんて聞いてねぇぞ?どういうつもりだバードン!」


「リン!落ち着けよ。まず宿の事は話したぞ。この前、朝に連絡しただろ」


「だーかーらー、朝は連絡すんなっつっただろ!連絡は夕方か夜中!朝昼は寝てるんだよ!寝起きはダメだって知ってるよな?おお?」


「だって忙しかったし。朝しか時間がなかったし」


「ちっ、で?この設備はどこに依頼した?」


「これはダンジョンが造ったんだ!だからタダなんだよ」


「お前の毛根壊滅させてやろうか?クソみたいな言い訳してんじゃねぇ!」


「いや、マジなんだって。なあーユーリ?」


「パパー喧嘩してるの?」


「違うよー、コイツが勝手に怒ってるだけだよー」


「ほぉ、しばく!クソデブめ!ぶくぶく太りやがって」


 ユーリが5歳目前の年に、世界初のダンジョン宿【ほのぼの郷】が誕生した。






 バードン・オンツキー(36)はマルブリーツェ州の魔界の端、街との境目にあるダンジョンにて宿を営んでいる。かつては「死のダンジョン」と呼ばれた不落のダンジョンである。

 バードンの一人娘、ユーリ・()()()()()(12)はその宿の看板娘として働いている。


 エイミ・ウキタ(享年26)が死んだ年から10年経った現在、ワカチナ連邦王国とこの世界は、異世界人の強さとその余波に影響されながらも歴史を刻んでいる。


 そんな時代でもバードンは、娘とダンジョンの宿を胸に日々生きる。


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