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1.ほのぼの郷へようこそ

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「いらっしゃいませ。御予約はされてますか?」

「いえ、してませんが必要でしたか?」


「いえいえ、お一人様でよろしいでしょうか?」

「はい」


「御宿泊日数のご予定は如何ほどになりますか?」

「3泊でお願いします」


「かしこまりました。朝と夜の御食事はいかが致しますか?」

「えーと、朝だけは可能ですか?」


「はい。可能でございます」

「では、朝だけで。あ、あと、もしかしたら2日目の朝は食事が不要になるかもしれないんですが、お金は3日分ですよね?」


「申し訳ありません。食材の御用意などございますので、3日分頂戴致します」

「あ~、なるほど。分かりました。じゃあ、3日分朝食付きで」


「かしこまりました。3泊朝食付きでお間違えないでしょうか?」

「はい。大丈夫です」


「ありがとうございます。それでは当宿の簡単な御案内と注意事項を御説明致します。まず、一階に大浴場がございまして、魔法が使えない方の為の洗濯場も併設されておりますのでよろしければご利用下さい。大浴場は夜の9時に閉めさせて頂きますので、それまでに御利用下さい。御部屋に備え付けの備品は持ち帰らないよう御願い致します。こちら鍵として使用する札になります。取手に翳して頂ければ施錠、解錠出来ますので、戸締まりの徹底をよろしく御願い致します。貴重品等の紛失に関しては当宿では責任を取れませんので御客様におかれまして管理なさって下さい。何か御質問等ございますか?」

「大浴場を使わない場合は風呂は無しですか?桶とかあれば貸して欲しいんですけど……」


「御部屋に御用意してありますのでそちらをご利用下さい。他に何かございますか?」

「いえ、結構です。ありがとうございます」


「ごゆっくりどうぞ」

 店主バードンは一礼しながら想う。なんか疲れたし、甘いもの食べたいなと。


「ユーリ!101号室から200号室まで確認してきてくれ。これから忙しくなるぞ!」


「え〜多くない?」


「多くない。暇してんのがお前しかいないんだ!ほれ。チャキチャキ動く」


 ユーリ・オンツキー(12)は近所に友達がいないことを不満に思っている。学舎に行きたいと何度も父に願い出たが、悉く一蹴される。

 父の頑なな姿勢にもやはり不満があるのだ。


 学舎に通うのを父が拒むのは、通学と学費の問題があるからであり、そして最大の理由が冒険者を目指さないようにする為である。それ以外の理由など考えられなかった。

 不満があるなら改善すればいい。そう考えた挙句、仕事の手伝いを積極的にするようになった訳であるが、どうにも父は分かっていない気がする。本当にただのお手伝いだと思ってはいないだろうか……

 という風に彼女は悶々とした日々を送っているのだ。


「んもぉー、分かったよ……あれ?黒の木札がないよ?父さん持ってるなら貸して!」

「うん?いつものところに無いのか?」


「無いよ?あー、アゼルかなー?13号室がどうとか言ってたしー」


「13か、やっぱり。はぁ、アゼル頑張れ!」


「それでどうしたらいいの?黒の木札がないと2階まで転移できないよー」


「ほれ。これ貸すから必ずポケットに入れるんだぞ。それ無くしたら困るからな」


「はいはい。分かったー」


「はいは一回だ」



 黒の木札とはマスターキーのようなもので全室全階に転移することが出来る。一般の宿泊客に渡すのは茶色の木札で、部屋の施錠や開錠や設備の魔力供給の際に翳す為に使う。

 宿屋の従業員にとって無くてはならない、黒の木札。特にこの店は客室が異常に多い。どの店よりも必要なのだが、店主の手元になかった。     

 それを持っているのがアゼル・ボンタ(12)。おっとりした性格の少年だ。


 元々アゼルの父であるアジャイル・ボンタとは飲み仲間だったバードン。

 アジャイルは豪快な男で、酒や博打、女性関係に節操がなく傍から見れば派手で面白いやつなのだが、飲み仲間であったバードンはスーパーお節介野郎。そんなアジャイルをよく窘めてしまい、ある日大喧嘩になってしまう。

 人の生き方に口を出すな。心配して言ってんだろ。そんな口論から殴り合いに発展し、当時イケイケのバードンがボコボコにしたのだ。

 その時はパーティメンバーが止めに入ってくれたのだが、それ以来音信不通となった。


 それから時が流れ、なんの因果かアゼルが働く事になった。


 当時のアゼルはもうすぐ12という歳。この世界では就職できる年齢が15歳と一応定められている。一応というのは、安く、短期で、使い易い子供を雇いたいという事業者側の思いを汲んだ商人ギルドの反発があり、法律には罰則がつかなかった。つまり、努力してねという法律なのだ。

 当然努力義務の法律を軽視して子供を雇う輩は多い。しかしバードンは邪な思いでアゼルを雇った訳ではない。

 ある日アゼルが「どうしても働きたい、家族の為に働かせて下さい」と頭を下げに来た。もちろん追い返したが、それ以来何度もやってくることになる。さすがのバードンも、魔界近くの宿屋に何度も通う少年を不思議に思った。大人気宿屋という訳でもなく、しかも魔界近くというだけで敬遠する者が多いのだから、この少年の目的が気になった。

 よくよく話を聞いていみると、昔に喧嘩別れしたアジャイル・ボンタの息子だというではないか。バードンには遠い記憶だったのだが、そのせいかどこかに強い縁を感じてしまった。ボンタ曰く、打算があったことは否定しないそうだ。どうやら、少年を気の毒に思い、雇ってくれないかと考えたらしい。

 実際のところ、バードンはそこにまで思い至っていた訳ではない。しかし家族思いで一生懸命頭を下げる少年に心動かされていたことは間違いなかった。

 結局、お節介オヤジの本領を発揮し父とその家族思いな息子の為にと雇う事にしたのだ。

 かなり器用な子で、あらゆる仕事を何でもこなす。若さは問題にならず、バードンは従業員として信頼しているし、今では雇って良かったと思っている。




『タカダさん、お疲れ様です。休憩どうぞ』


 バードン・オンツキー(36)はこの宿の最強料理人、ユリカ・タカダ(32)へ休憩に行くようにと促す。この料理人、腕は良いが加減を知らない。たくさん作れと言えば、1週間分の食材を買い込み、休憩無しで1日中厨房に立ち続け、翌日には厨房で倒れていたという。これ以来指示には気をつけようと心に誓っている。


 加減を知らない、最強の料理人タカダは、『異世界人』である。縁があってここで働くことになったのだが、この世界において『異世界人』の扱いというのは、転移した先によって雲泥の差がある。この料理人に関しては「泥」の方を体験した1人であった。

 そんな料理人ユリカ・タカダは極度の人見知りとあがり症という大きなハンディキャップを背負っている。そもそも異世界にやってくること自体奇妙であるが、そうは言っても生きなければならない。

 そうするとまず行うべきは交流である。金もない、知識もない、何もない人間が生きるには誰かの助力を必要とするものであり、そこにはコミュニケーションが必須である。

 ユリカ・タカダはそれがとても苦手であった。死の淵、殺されるかもという恐怖があって初めて喋る事が出来た程度に、苦手であった。

 なのでバードンは話し方を工夫している。普通にお話をするときは相手の顔ないしは目を見るものだが、それは控えている。それだけであがられると会話にならないからだ。なるだけ顔は見せずに『念話』という魔法を使って直接脳内で会話する。


『お、乙』


『いやー今日は忙しくなりそうです。料理の方大丈夫そうですか?』


『お、押忍』


『一人じゃやっぱり大変じゃないですか?料理人候補はいるんですが……』


『け、けけ結構です。申し訳ありません』


『いや全然、謝らないでください。どうにか負担を減らせないか考えてみます。あ!そういえばイムリュエン、えーとヌアクショット卿から伝言で、元気か?だそうです』


『げ、元気です』


『それ、手紙で伝えてあげてください。あいつも心配しているみたいなので』


『お、おお怒ってはいないでしょうか。ワイ、ありがとうも言ってません』


『挨拶の1つも送ってこないのか!なんて細いことアイツは気にしません。暗くて感情を表に出さないですけど、意外と熱血漢だし心配性だし、寧ろ申し訳なく思ってるかも。吾輩の態度が彼女を威圧しているのではなかろうか、ってね』


『そ、そそそんなことないです!』


『ええ知ってます。とにかく焦る必要はありませんよ。良きタイミングで返事をしてあげてください。人生長いですから、人と比べず自分のペースで人見知りは克服しましょう、あ、あがり症か』


『す、すみません、ご迷惑ばかり……』


『迷惑なんて、寧ろ助かってますよ!タカダさんには料理人として一流ですから。間違いなく世界で通用します。俺は昔世界を旅してましたから断言できますよ』


『あ、ありがとうございます』


『こちらこそ、いつもありがとうございます。じゃ、戻ります。適度に休んでくださいね』


 休憩を促す為、バードンは頻繁に調理場のあるフロアへ赴く。他の従業員とは異質だが、本当に料理は一流である。それだけに性格の難には同情していた。それさえなければもっといい所に就職できたはずだし、世界でも有名な異世界人に成れたかもしれない。ただ、嬉しい事もある。その性格のおかげでこの弱小宿に留まってくれているのだから、不憫に思いつつも感謝と手厚い保障は怠っていない。


 バードンは受付の後ろにある休憩室を抜け執務室へと入った。時計を見ると2:30、忙しくなるのは夕方頃だろう。今日は田舎のマルブリ―ツェ州アールガウでは珍しいイベントがある。それを目当てに客が来るだろうと踏み、食材の仕入れやその時間帯の従業員の人数を増やしていた。


 すると執務室のドアがノックされた。何の予定もなかったはずだがトラブルだろうか。バードンはノックの主を招き入れた。


「お疲れ様です。すみません、トイレが詰まったと……」


「え、うん。それで?ミリスでも直せるでだろ?もしかして酷いのか?」


「いえ、バードンさんをご指名でして。もちろん断りました、断ったんですが泣きつかれたんです」


「――なんかよく分からんけど、とりあえず行ってみるよ。例のやつある?」


 例のやつとはスッポン、ラバーカップである。この世界には存在しない者だったがユリカ・タカダの発案によって開発された。それを手に、悲惨なことになっていないよう祈りながら転移した。そこは235号室の前、先ほどミリス・ジャンクトが知らせてくれた部屋番号である。とりあえず廊下までは溢れていないことを確認するとドアを叩いた。


「お客様!店主のオンツキーです」


 ややあって、ガチャリとドアが開くと若い商人風の男が出てきた。


「どうも。トイレが詰まったそうですね。お邪魔しても?」


「あー、ええはい」


「――失礼します」


 どぎまぎしているのは、よっぽどのモノを詰まらせたからだろうか。モノとは汚いものではない。トイレに流れるべきもの以外の異物の事である。この世界のトイレは基本的に()()()かその辺でするのが一般的であり、この宿に備え付けの洋式便所・ウォシュレット付きというのはかなり珍しい。もちろん異世界人であるユリカ・タカダのおかげで出来たものだ。

 そしてそのモノが流れる場所は川や海や外ではない。この宿はダンジョンというだけあって、モノが流れる場所もダンジョンの中。どうやら勝手に処理してくれているらしい。トイレの形や配管についてはユリカ・タカダと協議の上設計したのだが、その施工を依頼した先はダンジョン。もちろん上下水道の知識もないし、浄化槽やら配管設備などについて何も知らない。そもそも、この世界においてそんな設備はない上に、ユリカ・タカダも業者という訳ではないから、事細かなところはバードンが決定していた。よって、モノはダンジョンが処理しているらしいと、ダンジョン本人から聞いている、そんな状態だった。

 もちろん、その辺にモノがあっただとか、汚水が溢れ出してきたなんてことは一度も起きていないから、モノの行く末など誰も気にしていない。

 異世界だから、ダンジョンが作ったから、技術知識の無い者が設計したから種々の理由はあれど、その影響でトイレは色々流せる。配管のS字カーブだとかないしそもそも配管が無いのだから、あの穴にさえ入れば流れるのだ。つまり普通に用を足せば詰まる事は絶対にない。紙を丸ごと突っ込めば詰まる事もあるだろうが、そこまで拭く奴はいないだろう。


 詰まるはずのないトイレが詰まったという事は、それだけで要注意人物であると断定できるわけである。そしてあのドギマギ具合といったら、思惑は不明ながらも警戒しつつトイレを覗いてみた。


「詰まってないですね」


 詰まっていなかった。綺麗なトイレのままで、試しに流してみるが問題ない。

 若い商人風の男へ振り返ると、彼はバツが悪そうな顔で答えた。


「も、申し訳ありません。私、丁稚奉公の身でごさいまして、親方の命令に逆らえず」


「どういうことですか?」


「要するにトイレの件は嘘でして。親方があなたに会いたいそうなのです。ですが、お忙しい身であるからと、何か緊急の用事で呼び出せと言われまして」


「――はあ、そうですか。ちなみに、商人ですよね?何を扱ってるんですか?」


「えーっと、魔石を主に扱う鉱石商です」


「ほおー、なるほど。うちは独占契約で取引してくれる商人がいるんですが、それも知った上でってことですよね?」


「え、ええ。それも知っています。有名なので……」


「一旦受付へ戻ります。どうしても会いたいと言うなら直接受付へお越しください。それと、次こんな真似したら出入り禁止ですので、ご理解ください」


「あ、あの、今すぐに会って頂く訳にはいきませんか?」


「それはないでしょう。こんな非礼なやり方しなくても事前に話をしてくれれば会いますよ」


「そうなんですか。では、後ほど伺います。申し訳ありませんでした」


 バードンは部屋から出ると執務室へと転移した。時たま魔石狙いの商人や強盗が押しかけることがある。大体は簡単に追い返せるのだが、商人は厄介だ。横の繋がりによっては嫌がらせを受ける場合があるからだ。

 また面倒なやつに目をつけられたかと嘆息しつつ、気持ちを切り替える。今日は忙しくなるのだ、店主がこれしきでへこたれていたら、従業員たちも頑張りようがない。パチンと頬を叩くと同時に扉が叩かれた。


「はーい」


「来たわよー!おはようございます!」


「おお、悪いな2人とも」


 やって来たのは2人の夜勤組だった。


「バードンさん人使い荒すぎよ!私達今日の9時まで働いてたんだからね?給料弾んでくれなきゃ怒っちゃうわよ!?ねえ?クーちゃんも怒ってるじゃない」


「も、もちろん!金は期待してくれ!ホント悪いな」


 バードンにずけずけと時間外労働分の給料を請求するのはケリー・スカーレット・バーク(22)、通称スカーレットである。見た目は中性的で線の細い青年である。スカーレットという名前は母親が後になって付けてくれたそうで、彼が名乗るのはこの名前だ。

 彼は天才達が集う「国立工具道具製作庁」に勤めていた研究者で、彼はその中でも逸材と名高い人物であった。


 しかし、話し方となよなよした態度を気に入らない上司が、研究予算を別の研究者に流したり、挙句の果ては研究成果を横取りしたことに嫌気が差し製作庁を退職。その際その手の部署に訴え出たが、予算の配分は上司の権限であり、成果の横取りについてはそもそもチームでの研究なので、横取りも何もチームでの成果として発表されているから貴方の認識が間違っていると言われたそうだ。


 これを聞かされたバードンに真実が分かるはずもなかったが、少なくともケリーは過去の職場に悪感情を持っている事を理解した。

 バードンにとっては幸いなことに、そのおかげで最高の人材を手に入れたわけである。スカーレットは退職後、一時実家に帰る為帰途に就いていた。首都にある国立工具道具製作庁から実家までは遠い為、途中で宿に泊まる予定だった。そこで立ち寄ったのが【ほのぼの郷】だったのである。夜勤求人の張り紙を見て、その日に面接となり、その日に採用となった。


 何で畑違いの宿屋へ就職したいのか?面接の際にバードンは訪ねた。


「うーん、私がしたいのは人の役に立つ事なの。とってもありきたりで、子供じみてるけど、それこそ子供の時から変わらない目標なのよね。研究は好きだし、機械作りも好き。だけど人の役に立つ物を考えたり作れるから仕事にしただけで、人の役に立てるなら仕事内容は拘らないのよねー」


「なるほど。うーむ、どんな仕事も大体は人の役に立つ事じゃないか?いや、面接受けてくれたのは嬉しいんだが、君の経歴なら引く手数多だろうに。こんなとこで腐らせるのも気が引けるな。一度実家に帰って、気が変わらないならウチで働いてもらうというのはどうかな?」


「それは、採用ってこと?実家には一度帰るわよ。一応、仕事辞めたことを伝えなきゃいけないし。それと、私はここがいいから面接を受けたのよ。そして確信したわ。やっぱりここで働くべきだって」


「自分で言うのもなんだけど、ここの何がいいんだ?」


「人の役に立てる!今困ってるんでしょ?そして何より、バードンさんの人の良さが心に染みたわ。ここで働きたい!どうかしら」


「――どうって、そりゃありがたいけど、マジかよ。本気?簡単に辞められても困るよ?」


「舐めないでバードンさん。本気も本気よ」


 ということで、採用となった。



 ケリーが働き始めて幾日か過ぎたある日、バードンはポツリと呟いた。


「魔石は問題ないと。でも魔力が足りねぇよなー。はあ、お上も市民の生活を体験しろってんだよ。ったく」


 その呟きをケリーは耳にし、行動を起こす。彼を突き動かした理由は「困っている人がいる」からだった。

 ケリーはひっそりと研究開発を行い、その費用には自身の貯金を惜しみなく充て、何とか形にした。そしてその試作機をバードンへと格安で貸し出すことにした。

 メンテナンス時の状態や聞き取った使用感から改良を行い、完成品を造れるのだから、ケリーは格安で構わなかった。本当はタダでも良かったが、プロとして対価は頂く事にした。


 しかし、バードンがお節介野郎であることを、ケリーは理解していなかった。


 バードンは問い詰め、スカーレットは製作費用を軽く答える。


 バードンは絶句。


 絶句したが、全額を支払うと約束したのだ。誰も願っていないのに。

 バードンは、借金をしてまでスカーレットへ支払いをした。理由は簡単である。若くて己の道を真っ直ぐに行く青年が、バカな大人のやっかみで立ち往生を余儀なくされた。

 そんな彼が、頼んでもいないのに店の為にと機械を造ってくれた。もちろん、子供の工作ではなく、プロの製作者が造ったのだ。面接で彼は「人の役に立つ」と言った事を思い出し、バードンは胸が熱くなった。

 真の大人の立ち居振る舞いを見せよう。真心には真心を、礼には礼を。まともな大人はいるんだと知ってもらおうじゃないか。


 ハッキリ言ってそんな大金は無かったが、借りるアテは何故かあった。青年のカッコ良さにバードン自身もカッコを付けたかっただけなのかもしれないが、心の熱さと想いは本物だった。

 それと、まだ若いのに金遣いが荒いのはダメだろう、将来の為に貯金するなりしなさい。とクギを刺しておくのも、大人の努めだろうな。とバードンはそう考えて小言を言いつつ全額支払った。


 国立工具道具制作庁は国の肝いり政策である【魔法使用困難者への配慮を】をスローガンに掲げる行政機関である。その期待の若手であったケリーは稼いでいた。


 さらに研究一筋なだけあって金もほとんど使わなかった。だからこそ、バードンが絶句した金額は彼の貯金の4分の1程度だった。まあ、払ってくれるなら有り難くと思いつつ受け取った金は、次の研究への資金源となった。

 現在は宿で使用しているのは試作機であって、完成品を造らなければいけないとケリーは考えているが、次の研究への欲望も抑え難かった。


 そんな次期研究の内容は未定である。その研究内容を探す事も、未来の研究を支える貴重な情報だろう考え、現在色んなものを買い集めている。

 ちなみに、バードンの小言をケリーは密かに喜んだ。親からの小言のようでほっこりしたのであった。


 そんなスカーレットがクーちゃんと呼ぶのは、ククルーザ・スパワ(35)である。無精ひげの丸眼鏡、口数が少ない仕事人だとバードンは考えている。

 趣味は殺人術だと、面接ではびっくり仰天の返答が返ってきた。殺人術がどんなもので、誰に師事しているのか聞いてみたが、何ひとつ答えてくれなかった。殺人術以外に知っている事はほとんどない。というより、聞き取れなかったのだ。面接で色々質問してみたものの、声があまりにも小さく、何度も聞き返すのを躊躇ったため、バードンの中では殺人術の男として確立している。バードン自身冒険者として名を馳せた時期もあるから、怯えなど皆無、それどころか面白いなと思っていた。


 そんなククルーザ・スパワの魅力的だったところは、住み込みがいい、金が欲しいので仕事なら何でもする、との言だった。

 どうやらこの国の東側から越してきたようで、何かあって心機一転新しい人生をやり直そうとしているのだろうと、バードンは自分なりにストーリーを組み立てていた。何故なら、金が欲しいという言葉に彼の本気が窺えたからだ。血走った目とはきはきとした声には必死さが滲んでいた。若くない年で越州してまでこの宿で働きたいというのだ。後ろ暗い過去があるかもしれない。人気のない宿、しかも魔界の側にある宿だ。普通の感性なら近づかないのに、こうしてやって来た。

 とはいえ、忌避感はなかった。誰しも大変な時期というのはあるもので、そんな中で頼ってくれたのが自分だと思えば、お節介の血が疼かないはずもなく……

 こうしてククルーザ・スパワを採用したのだ。


 彼の働きぶりは想像以上だった。細身だが力仕事も楽々とこなし、問題を起こしたことは無く、病欠や遅刻もない。優秀そのものな人物であった。

 最近ではバードン自身も夜勤に入るのだが、バードンは困っていた。

 何と呼べばいいのだろうかと。


 言わずもがな、名前はククルーザ・スパワである。スパワさんでもククルーザ君でも、呼び方は色々あったのだが、バードンには信条があった。仲良くなるには下の名前で、もしくはあだ名で呼ぶのが一番いいという経験則から導いた鉄則である。そして導いたのが「クーさん」。

 何故ククルーザ君ではないのかといえば、名前が長くて億劫だから。

 怠慢が過ぎる上に、人の名前を面倒だから短縮するなど失礼の極みだが、もちろんそんな事を本人には話していない。暗殺術に怯えたわけではない。バードンも常識というものの片鱗ぐらいは教育を受けたからである。


 ある日、「クーさんおはよう!」と呼んでみたバードン。一瞬たじろいだクーさんは、何故かケリーを怪訝そうな表情で見て、バードンへと挨拶をした。その後は通常通り仕事へと向かっていった為、なんだ意外と簡単だったなと思っていた。

 だが「クー()()はやめたほうがいいわよ。私がクーさんて呼んだら、恐い目で首を振られたもの。だからクーちゃんなのよ」と言われた。


 バードンは何も言われなかったから良いのだろうと、1人納得しクーさんと呼び続けている。

 内心では暗殺術もちょっとだけ気が気ではないし、いまさら通称を変更なんてできないし、何よりも「クーちゃん」とは呼べない。オッサン同士の「ちゃん」は流石に客足が遠退きそうだとの店主としての考えがあったからだ。いや、普通に恥ずかしかったからだ。


 そんな彼らは【ほのぼの郷】の夜勤組である。2人しかいない、この宿にとっての生命線ともいうべき貴重な人材である。バードンが夜勤に入るぐらいにこの宿は人材が不足していた。特に夜勤はヒドイものであった。

 夜9時から働き朝9時に日勤組と交代。そして今日は一大イベントが近隣で開催されるため、昼の3時に出勤している訳である。

 バードンも悪いとは思いつつ、懇願した。もちろん金は払うからとめちゃくちゃ頼み込んで、スカーレットは渋々了承してくれた。クーさんは特に嫌そうな顔をせずに頷いてくれた。

 そんな彼らが働いてからというもの、ずっと願っている事がある。それは当然の願いであって、バードンもどうにかしてあげたいと思っている事だった。


「流石におやすみがほしいわ。いくら鉄人のクーちゃんでもそうでしょう?」


「……まあ」


「求人頑張ってるんだが、これがなかなか。もう少し耐えてくれ。必要なら俺が夜勤に入って休みを作るからさ」


「まあ、頑張ってるならいいけど。バードンさん、誰でもいいならアテはあるわよ?家は無いけど仕事が欲しいって人」


「それは、アレか。ご近所で野宿してる方々か?」


「うん。悪くないんじゃない?バードンさんて炊き出しはするのに雇わないのは何でかなって気になってたのよ」


「それはちょっとな。偏見かもしれないが、家がないって事はたぶん家族とは疎遠だろ?責任とかそういうのが気になってな。小銭が入ったからやーめたは困るし」


「おお。やっぱりー?そういう事が気になるなら、ひとりいい子がいるのよー。仕事はきっちりこなすと私が保証するわ。でも、条件があるのよー」


「じょ、条件か。ちょっと怖いな。一応聞かせてくれ」


 カクカクシカジカ。

「というわけなの。腕も保証するわ。どうかしら?」


「……まあ、アリなのかな。ちょっと考えさせてくれ」


「分かったわ。一応言っておくけど、返事は早めにした方がいいわよ、優秀だからね」


「そうだな。確かに、スカーレットと同じで引く手数多だろうな。よし、明日には返事をする。今日は頼むな!」


 はーいと言いながらスカーレットは颯爽と部屋から出ていき、クーさんは律義に頭を下げ、静かに扉を閉めた。バードンは背もたれに体を預け、天上を仰ぎ見る。雇う雇うと言いつつ、現状では候補すらいない。夜勤組には大きな負担をかけているのだから、これ以上えり好みできる状況ではなかった。スカーレットの紹介ならばきっといい子だろう、条件も簡単なものだしと考えていると、またもや扉が叩かれた。今度は控えめなノック。


「はいよ」


 扉の先にはしょぼくれた表情のアゼルがいた。


「どした?」


「すみませんバードンさん。13号室のお客さんを怒らせてしまいました」


「――13かあ。了解!」


 13号室、現在泊っているのは異世界人であった。

今後とも宜しくお願いします。

睡眠は取りましょう。

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