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素顔(しらないしってる)

 抜け駆けして、私が勇者さんを倒す。


 そのために、勇者さんの情報を聞き出す。



 以前お喋り僧侶さんのおかげで、勇者さんパーティーは現在『経験値アンドお金稼ぎモード』で酒場の依頼をこなしている事を知りました。

 しかし、


 どの町を拠点に活動しているのか?

 いつまでその町に留まるのか?

 もしくは、もう別の事をやっているのか?

 次はどこへ行く気なのか?


 等々。不明点がいっぱい。



 魔王様は、勇者さんの動向を把握しています。

 おそらく千里眼とか、魔法の鏡とか、なんか便利な方法を使っているんでしょうね。


 しかし今は『勇者を使って、人間とエルフ間の戦争を起こす』という作戦実行中。

 作戦停滞している感はありますが、とにかく一応未だ実行中。

 それをぶち壊すように「勇者を倒しちゃおう」と考えている私達が、まさか魔王様に「勇者の居場所おーしえてっ」とは聞けません。



 という事で、お偉い人間さんである侯爵おじさんから、話を聞き出そう。と、考えたのです。





 侯爵さんは、捕虜を収容するための搭に幽閉されています。

 大地ごと空にプカプカ浮いている魔王城敷地内の、ちょうどド真ん中あたり。

 お城の広い中庭に、ドンと建っている搭です。


 その搭の最上階。

 見晴らしの良い広いお部屋に、侯爵さんがいます。

 王族なので特別待遇。スイートルームなのです。


 で、そのスイートルームに行くためには、他の捕虜が入っている檻の前を通るのですが……


「あー!? 貴様、ゴリラ娘ー!」

「ひうぅぅっ!」


 収監されている捕虜さんが大声で叫び、私はびっくりして首をすくめました。

 その捕虜さんは鉄格子を掴み、今にも折り曲げて脱獄しようという勢い。

 勢いだけで鉄格子はビクともしていませんが。


 そうだ、私はこの捕虜さんを知っています。


「ええっと、おじさんは……宇宙気功連合の」

「違う、なんだその怪しげで胡散臭い団体は! 我々は世界平和連盟だ!」


 世界平和連盟も相当胡散臭い名称だと思いますけどね。

 サイサクさんが所属する『反モンスター同盟』と協力して、テレビ局で暴れていたデモ部隊。

 そのリーダーをしていた人間さんです。


 ちょっとジメジメした牢屋に入ってます。

 情報を引き出そうと捕虜にしたのですが、あまり良質な情報を持っていなかったらしく。

 良いお部屋は貰えなかったみたいです。


「ゴリラ娘ー! そろそろ俺を檻から出せー!」

「ご、ゴリラじゃないもん!」


 相変わらずうるさい人間さんです。

 そして相変わらず私をゴリラ扱い。

 なんて失礼なんでしょう。


「無視です! 無視して行きましょう、ヴァンデ様ぁ!」

「そうだな。先を急ごう」

「あっおいゴリラゴリラゴリラ娘ー! ここ床が固くて腰がキツイんだよ! 魔王に言っとけよー!」


 喚き散らすデモリーダーさんは放って、私はヴァンデ様の背中を押して先を急ぎました。



 デモリーダーさんだけでなく、他の捕虜人間さん達も話しかけてきます。

 中には私達モンスターにキツイ暴言を吐く人もいて。

 ここは精神衛生に悪いですね。


 看守業務をやっているモンスターさん達の苦労を思い、尊敬しつつ、搭を登っていきました。



「はぁ、はぁ……げほげほっ、あひぃぃ……」


 搭にはエレベーターもエスカレーターも無いです。

 十階分の階段を、自分の足で登るしかありません。

 またその階段の一つ一つが、そりゃもう長い。なっがい。

 搭の内壁をなぞるような螺旋階段で、普通の真っ直ぐな階段に比べて、登り下りに倍以上の時間が掛かるのです。


 体力の無い私は酸欠でくらくらしてきました。

 お隣を歩いているヴァンデ様は平気なお顔で歩いています。さすが軍師です。


「頑張れミィ。もう少しで最上階だ」

「ふぁぁいぃぃ……」


 なんとか最上階に辿り着いた時は、もうボロボロ。

 仰向けに寝転んでしまいたい欲求に駆られましたが、ヴァンデ様の前ではしたない真似は出来ないので、それは我慢します。

 気を利かせた看守さんがお水をくれて、なんとか息を整えました。



 そんなこんなでやっとたどり着いた、侯爵さんのお部屋。


 入口は鉄格子になっていますが、そこから覗ける部屋内はまさにホテルそのもの。

 広いベッドに、エアコン、小型冷蔵庫、テレビにラジオ。

 更にシャワールームまで備え付け。ガラス張りで、シャワーを浴びている姿が鉄格子の外からでも丸見えになる設計ですが……まあそこは収容所なので。


 やはり人間の王族ともなれば、捕虜でも扱いが違いますね。


 それでその王族サマは、今、


「王手じゃ」

「おおい、爺さん待った! 待った待った!」

「またか。若いもんは仕方ないのう」


 何故か将棋を指しています。

 鉄格子の隙間から腕を出し、盤上に駒を打ち付けています。

 お相手は、元悪魔部隊隊長で軍古株のお爺ちゃん。悪魔老師さんです。


「……先客がいたか」

「な、何故老師さんがここに?」


 そんな私の呟きに気付いた悪魔老師さんは、振り返り「おはよう。今日も良い天気じゃのう」とご挨拶されました。


「ワシも現役退いて暇じゃからのう。よくこうやって人間達の様子を見て回っておるのじゃよ。するとこの人間が将棋を指せると言うから、暇潰しに毎日相手してやってるのじゃ」




―――――



「勇者? 知らんよ。会った事も無い。あの若造はある時急に現れてだな、手前勝手に魔物を討伐しているだけだ」


 侯爵さんから勇者の情報を聞き出そうと、遥々こんな高い搭を登って来たのですけど。

 無情にも無駄足になっちゃいました。


 悪魔老師さんのおかげで警戒心が薄れたのか、意外とべらべら喋ってくれる侯爵さん。

 初めて会った頃はモンスターに対して凄く警戒していたのが、今は慣れて平気になっちゃったみたいです。

 しかし、勇者さんの事はご存じ無いようで。知らないものはどうしようもなく。


「反モンスター同盟の奴らはよく会っているみたいだったが、国王軍はノータッチだ。知らん知らん」


 侯爵さんは将棋の一手を考えながら、半分上の空な様子で言いました。

 スー様に燃やされてハゲちゃってた頭も、少しずつ再生しつつあります。


 考えてみれば、ゲーム中でも勇者さんと国王軍が絡む事は特にありませんでした。

 当然支援を受けるといった事もありません。


 国王軍。

 美奈子さんやちーちゃんさん、アホの和田さん達がお酒を飲みながら「魔王軍がいるなら人間軍もいるよねー」って具合に、とりあえず設定だけ作った軍。

 国王の! 軍! って仰々しいお名前のワリに、ゲーム的にはどうでもいい適当な存在なのです。


 いえ、魔王軍も結構適当に設定作られてましたけどね……


「魔王現れる所に、勇者も現れる」


 侯爵さんは盤上を見たまま、そう言いました。


「これは民の間に広がっている根拠不明の噂話だがな。むしろあんたら魔王軍の方が、我々国王軍より勇者には詳しいと思っておったのだがね。あ、爺さん待った!」

「もう待ったは無しじゃよ」


 悪魔老師さんは、侯爵さんの駒をかっさらっていきました。

 唸る侯爵さん。笑う悪魔老師さん。

 ヴァンデ様は「本当に、勇者の居所さえも知らないのか?」と聞きます。


「知らんと言ったら知らん。そもそも王国の認識としては、勇者はただ腕が立つだけの一国民。そんな者の素性など興味が無いし覚える気も無かった。そうだ、それに……」


 侯爵さんは顔を上げ、ふと思い出したような表情で言いました。


「反モ同のサイサク部長に聞いたぞ。お前たちモンスターの方こそ、自分達のあるじである魔王の事をよく知らないらしいじゃないか! あ、だから待てだってば爺さん待って!」

「待たぬよ」


 侯爵さんは再び将棋盤に顔を向けました。


「……ぐっ」


 ヴァンデ様の目付きがちょっとだけ悪くなりました。

 ああこれ怒ってます。

 ムッとしてます。


 でもそれは同時に、図星でもあるという事。

 悔しいですが確かに、私達は魔王様の事を何も知りません。

 ただ強く、カリスマ性に溢れている。我々モンスターの王様。



 っていうか、前世がこのゲームの製作者である私でさえも知りません。

 だって魔王様は概念的なラスボス。しかも時間の都合で未実装。

 設定なんて作って無かったんですからね。

 もう知る知らないのレベルじゃないです。



「魔王様のう……そうじゃな、あのお方はテレビやラジオ、新聞でも自分の素性を明かされない。今の若いもん達は素顔さえも知らんじゃろうなあ」


 奪った将棋駒をジャラジャラと鳴らしながら、悪魔老師さんがポツリと呟きました。


「ほお? 爺さんは知ってるみたいな口ぶりだな」


 侯爵さんが盤上を食い入るように見つめながら、相槌を打ちました。

 私はその言葉に驚き、


「……えっ、知ってるんですかぁ!?」


 と言って、悪魔老師さんの顔を見ます。


 製作者である美奈子さん達でさえも知らなかった、というか考えていなかった魔王様の素性。素顔。

 それをこのお爺ちゃんは知っていると?

 

「ワシも魔王様がいつどこで生誕されたか、などといった素性は知らんよ。五百年近く前、急にワシの前に現れた。その時から白い仮面を愛用されて、白面のお方などと呼ばれておったが……今のように常に被っておられるわけでは無かった」

「はーなるほど、爺さんは少なくとも魔王の素顔ってヤツだけは知ってるって事か」

「うむ。そういう事じゃ」

「そ、それで。どういうお顔なんですか?」


 私の質問に、老師さんは遠い記憶を探るように目を閉じ、顔を上げました。


「仮面の下。精悍で、とても美しい……当時のワシは魔物界で三本の指と言われておった。サンイ殿に打ち負かされた後も、配下になれとの申し出を断固拒否しておったが……魔王様の素顔を見た瞬間、反抗する気持ちが嘘のように消えたのじゃよ」

「ほお、爺さん昔はそんなに凄かったのか。将棋上手いだけはあるな」

「そうじゃよ。あの頃のワシはまさに益荒男ますらおと言った所か。イケメン悪魔騎士として名を馳せておったのじゃ」


 その後、悪魔老師さんの長い昔話が続きました。

 この話は、以前バリア作戦の実地テスト中にお菓子を食べながら聞いた話と同じです。

 長い。長いです。

 檻の前にいる看守さんなんかは、何度も聞かされているのか、露骨にウンザリした表情を浮かべています。


 ただ侯爵さんはモンスターのこういったお話が珍しいのか、ワクワク顔で真剣に聞いています。

 気が合うみたいですね……





 …………





「よし。爺さん、もう一回勝負だ!」


 長いお話が終わった後、侯爵さん達は再び将棋を始めました。


 結局たいした情報も得られないままですが。

 私とヴァンデ様は、もう帰る事にしました。


「老師殿。今日私とミィがここに来た事は、出来れば父やサンイ様にはご内密に……」

「うむ。ワシも今更、幹部同士の政治に口は出さんわい」


 悪魔老師さんは笑いながら盤上を見ます。

 ヴァンデ様は深々と礼をしました。

 私も真似して礼。

 そして回れ右して、入口へ向かいます。


「あ、おい人狼の子供」


 侯爵さんに呼ばれ、私は足を止め振り返りました。


「あれ、あの……あのメロンチョコレート。今度持って来てくれよ」


 ちょっと照れくさそうに言いました。

 なんだ、やっぱりあのチョコレート、気に入ってたんじゃないですか。


「分かりました。でもメロン『魔人』チョコレートですよ!」


 私はそう言いって、先を歩くヴァンデ様の後を追いました。

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