暴露話(おじさんでごめん)
自分が第一精鋭部隊長だ。という博士さんの暴露発言。
私はカメラが回っている事も忘れ、つい「ええー」と叫んじゃいました。
言っちゃうのかよそれ! って感じで。
いえ、叫んだのは私だけではありません。
スー様も。急に生放送で機密情報をバラしちゃった事に対する、驚きの声。
そして『第一精鋭部隊長』が何を意味するのかを知っている、鳥居アナさんをはじめとする一部のテレビスタッフさん達も、「はあっ!?」という声を。
サイサクさんも、先程までの余裕な態度から一変し、目を丸くしています。
余計な事を喋らないようにするため、中継準備中にスー様が魔法の猿ぐつわを噛ませていますが。
もし猿ぐつわが無かったら、私達と一緒に声を上げていたかもしれません。
皆が驚愕する中、博士さんはカメラの前でスピーチを続けます。
「役職名でピンと来たモンスターも多いだろうけど。つまり四天王ってヤツだね」
あらら。一般のモンスター達にも分かりやすい言葉で、言い切っちゃいました。
「世間の噂では四天王の正体について、AI説だの、パイロット説……しかもイケメン青年だの少年だの言われてますよねえ。ごめんなさいね、あのロボは自分が遠隔操作してて。正体は美少年どころかこんな中年オジサンでした」
ぼさぼさの頭をぼりぼりと掻いて、えへらえへらと笑いながら。
「つまり、自分が本当の四天王。皆、今まで黙っててゴメンね」
「えっ!? あのおじさんがホントの四天王なの~!?」
フォローさんが今更気付いたように驚き、私に聞きました。
私はどう答えたら良いものか少し迷いましたが。
まあ博士さん自身が言っちゃったものは仕方ないですよね、と思い、こくりと頷き肯定しました。
「ちなみにオジサン、巨大ロボットよりも凶悪な兵器を沢山持ってるから。うん、マジで。ここ重要だからね! 頼むよ皆、覚えといて!」
博士さんはちょっと必死に武力アピールしています。
四天王の座を狙うマッチョモンスター達に襲われないように、予防線を張っているのでしょう。
効くかどうかわかりませんが……
「そんじゃまあそう言う事で。自分からは以上。はい、軍師のスーちゃんに変わりますからね」
博士さんは、ぽかりと口を開け唖然としているスー様にマイクを渡しました。
牛カメラマンさんは、スー様にレンズを向けます。
鳥居アナさんも暫く言葉が出なかったようですが、そこはさすがプロ。すぐに気持ちを切り替えます。
「ええと……スー様。告知を……あっ、いやその前に、えっと……さ、先程のおじさ……いやえっと男性の話は本当なのでしょうか?」
まあ多少しどろもどろですが。
「…………」
何と言おうか迷っている様子のスー様。
助けを求めるように辺りをキョロキョロと見回した後、誰も助けちゃくれないって事に気付き。
数秒の沈黙後、意を決したようにおっしゃられます。
「……………………本当ッス」
その台詞を待っていたかのように、博士さんが吹き出しました。
「どうだいサイサク君。君の望んだ通りにしたけど、気は晴れた?」
「……博士は、僕をイラつかせる天才ですよ」
―――――
なんだかぎこちないまま、中継が終わりました。
言ってた通りサイサクさんをカメラの前に引っ張り出し、反モ同の幹部を捕まえた『魔王軍の手柄』をアピールしましたが。
しかしそれよりも、四天王の正体をバラシちゃったインパクトの方が残りそうで。
カメラが止まった後、スー様は引きつった笑顔で、博士さんの鳩尾にパンチを一発。
「うっ……重い拳だね……」
博士さんは体をくの字に曲げます。
ついでにスー様は、サイサクさんと侯爵さんに掛けていた魔法の猿ぐつわも外しました。
ともかく、今日の作戦は全て終了です。
コンテナ外でも、人間軍の残党が完全に逃走した模様。
後は捕虜のお二人を、お城に連れ帰るだけです。
「わしを捕虜にすると言うのならば、それなりの待遇を要求するからな! ダブルのベッドに、冷暖房、冷蔵庫、洗面所に風呂トイレ付き! 風呂とトイレは別! 食事は三食、間食付き……あ、あんまああああいいいいん!」
侯爵おじさんが興奮して色々と要求しているので、落ち着かせるためにメロン魔人チョコを口に放り込みました。
おじさんは歓喜の表情。
よほどこのチョコがお口に合うみたいですね。
「へ~、このおじさん侯爵なんだ~。人間の貴族は初めて見たよ~」
「少しインタビューしても宜しいでしょうか。人間貴族の生活様式について」
「ぐっ……わしに触るな汚らわしい狐め、寄生虫とかがうつる! 話しかけるな、マイクを向けるな鳥! インフルエンザがうつる! おい撮影するな、カメラ止めろ牛いいい! 狂牛病がうつるううう!」
テレビクルー三人組が、おじさんに興味津々のようです。
フォローさんは面白がってツンツンと触ってます。
その度におじさんは雄叫びを。
侯爵おじさんが玩具になっている隣で、サイサクさんが二人の悪魔兵士さんに両腕を抱えられ、コンテナの外へ連れ出されました。
「あの侯爵サンは貴族みたいなんで、要求通りとはいかなくともそれなりの待遇になるだろうけど。サイサク君は酷い扱いされるかも。覚悟しててね」
「ははは、一体どんな拷問を受けるのでしょうかね。今から楽しみですよ」
サイサクさんは護送用のトラックまで歩きながら、憎まれ口を叩きます。
苦し紛れの虚勢か。
それとも本当に、酷い処遇を楽しみにしているのか。
そう言えばヨシエちゃんが言ってました。
世の中には殴られたり、蹴られたり、悪口言われたり、高温に熱した鉄の棒を押し付けられたりする事で、逆に喜んじゃうって特殊な方々もいると……
なるほどなるほど。
オトナな私としては、そういうのにも一定の理解を示さないといけませんね。
私は生暖かい見守るような目で、サイサクさんをお見送りする事にしました。
「余裕だねえサイサク君。もしやキミこの状況でも、ま~だ奥の手を隠してたりする?」
「ふっ、いいえ。さすがにもう奥の手なんて持っていませんよ。僕はね」
博士さんに問いに、サイサクさんが面白そうに答えます。
「今日の化かし合いは久々に楽しめました。奥の手……そう、奥の手ですか。あはは。僕は奥の手として破邪マシンを作ったが、魔王軍は更にそれを上回る奥の手を用意してきた。そこにいる赤毛の人狼の子供……博士の言った通り、とても優秀な四天王のようだ」
「え? ゆ、優秀ですかぁ私? えへへへへへ。優秀だそうです、私」
「わ~。褒められて良かったね~妹ちゃん」
照れる私に、テレビクルー三人組がパチパチと拍手をくれました。
ちょっと遅れて、つられたように悪魔老師のお爺ちゃんも「おお、なんか知らんがめでたいのう」と拍手。
サイサクさんはその様子を見て、笑っています。
「僕が用意した奥の手は封じられた。負けを認めざる得ないでしょうね……しかし博士。僕個人でなく、人間という種族が持っている奥の手はどうでしょうか?」
「……何言ってんのよ、サイサク君?」
その時、大地が震えました。
まるで大砲を撃ったような巨大な音と揺れ。
地震? いえ、違いました。
空から人間さんが降って来たのです。
これは瞬間移動の魔法……
「人間の奥の手。それは勇者ですよ」
空から現れたのは、勇者さん。
まばたきするより短い時間で、サイサクさんの両側にいる兵士さん二人が倒されました。
あれ? なんか以前より強くなってます……
「アイツが噂の勇者ッスか!」
スー様が両手を合わせ、魔力を込めます。
しかしどんな魔法が繰り出されるのかを見届ける間も無く、勇者さんはサイサクさんを抱え、再び空へと消えていきました。
勇者さんが飛び立つ直前。ほんの一瞬。
私と目が合いました。
そして背中を走る、ぞわりとした悪寒。
勇者さんの姿が完全に消え、スー様は魔法を撃つのを止めます。
突然の出来事でした。
この場にいる大半が、未だ何が起こったのか把握出来ずにいます。
「あーあ……逃げられちゃった」
という博士さんの呟きで、皆何が起こったのかやっと理解出来ました。
「……ちくしょー! あの緑人間、また逃げやがったッス!」
「生中継でサイサク君の捕獲姿を流したのは早計だったかもねえ。もしかしたら勇者君がテレビ見て、慌ててやって来たのかも……サイサク君が余裕な顔してカメラに映ってたのも、これが目的だったのね」
モンスターのテレビ放送は、基本的に人間さんは見る事が出来ない事になっています。
でも実際は、テレビを奪い取ったり、電波を傍受したりで、結構な数の人間さんも見ているようです。
勇者さんが先程の放送を見ていたとしても、不思議は無いでしょう。
「………………わしはーぁぁあああ!?」
やっと状況に気付いたかのように、侯爵おじさんが叫びます。
ああ、このおじさんは置いて行かれちゃいました。貴族なのに。
「おい! おいおいおいおいいいい! わしも助けろよ勇者ああああ!」
「ま~ま~。落ち着きなよおじさ~ん。何とかなるって~」
「そうじゃぞ人間のお若いの。人生焦っても仕方ないのじゃよ」
「えっとぉ……チョコ食べますぅ?」
私は再度チョコをあげました。
侯爵さんは半泣きでチョコを食べます。
甘くて美味しいですよね。このチョコレート。
「どうしようかねえ。結局サイサク君逃がしちゃったよ。ただでさえさっきの独断でやっちゃった暴露放送で、巨大ロボットの広告塔としての価値を下げちゃったし……ディーノ様親子に怒られちゃうよ」
博士さんが、今更のように嘆き始めました。
急に情けない顔をします。
さっきまでのあのヘラヘラした態度は、サイサクさんの前だから実はちょっと強がってたのでしょうかね。
「調子に乗ってぺらぺら喋っちゃったけどさあ。本当にマッチョマン達がオジサンを襲ってきたらどうしよう。オジサンはミィちゃん達みたいにゴリラパワー持ってないしさあ。あーあ、あーあ、あーあ! どうしようホントどうしよう。もう辞めちゃいたい気分」
博士さんはグチグチ言いながら、椅子に座りました。
目が死んじゃってます。
こんなに後悔するなら最初から大口叩かなければ良かったのに……
一時のテンションに身を任せちゃったらダメですね。
「男が一度やっちまった事に、ウダウダ言ってんじゃねーッスよ」
「いてっ」
椅子をガタガタ揺らしながら愚痴る博士さんの頭に、スー様がチョップを喰らわせました。
「でもさあ、実際問題として。急に強いモンスターに襲われたらオジサン死んじゃうよ……いてっ」
スー様が再びチョップ。
結構鈍い音がしました。
「ま、そん時はウチが守ってあげても良いッスよ。もちろん用心棒代は給料から差し引いとくッスけど」
そう言って笑うスー様を、博士さんは意外そうな表情で見ます。
「……その差し引き分って、税金から控除される?」
博士さんは頭を掻きながら言葉を返します。
その口元が軽くほころんでいるのを、私は見逃しませんでした。




