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転生希望(せかいをわがてに)

「はいお酒没収」

「ノォォォォー」


 ちーちゃんに酒全部取られちゃった。

 そして代わりにミネラルウォーターを貰う。

 この水は、ちーちゃんがお見舞い品として用意してたものだね。

 いつも持って来てくれるんだ。ありがたい限りだ。酒は取られたけど。


「なんで脱走なんてしちゃったのよ」


 ちーちゃんが小さな子供を叱るような口調で、脱走の理由を問い詰めてきた。

 ホント、お母ちゃんみたいな娘ですなあ。


「そうそう。俺もそれを聞きたかった」


 和田君もビールを飲みながら言った。

 おい、私が飲むのやめたんだから遠慮しろよ。

 私は和田君の様子に苦笑しながらも、ちーちゃんの問いに答える。


「皆の様子が心配でさー。剣モも結局未完成で終わっちゃったしー」


 剣モとは、『剣と魔法のモンスタースレイヤーバスタードPrimeWaltz天下一品』の略。

 私達のチームが作ったRPGゲーム。製作方針は、酒でも飲みながら楽しく作りましょー。


 アホみたいに長い名前だけど、皆の意見を全部そのまま取り入れたらこうなっちゃった。

 私のアイデア部分は『スレイヤー』のトコだったかな。

 いや『一品』だったかも。忘れた。

 『マイナスイオン』だったかな。入って無いけど。


「私が入院しちゃったから、製作遅れたんでしょー? 責任感じてんだよね、これでもー」


 ヘラヘラ笑顔でそう言った私の言葉に、ちーちゃんと和田君がちょっと暗い顔になった。

 しまった。今のは余計な一言だったかな。

 重い空気にするつもりはなかったんだけどさ。


「あんたの体調なんて、関係ないわよ」


 ちーちゃんが微笑んで言った。

 私と同じく、ちーちゃんも暗い雰囲気が嫌いだ。

 ちょいと無理にでも明るくしようって、気遣ってくれたんだね。


「酒ばっか飲んでたから遅れたの。まあそういう意味ではあんたの責任も重大だけどね」

「あー、そっかー。えっへへへへへー」


 ちーちゃんのナイスフォローにより、場の空気が戻ったぞ。

 たいしたヤツだよ、感謝だ親友。


 私は酔っ払った頭を覚ますため、ちーちゃんから貰った水を一口飲む。

 そしてパソコンが複数置いてあるデスクへ顔を向けた。

 あそこで剣モを作ったんだよね。


「いい加減な要素で固められてるけどさー。私達の夢が詰まってるよねー、あのゲームの世界」


 私は立ち上がり、パソコンに近づきながら言った。

 酔っ払ったノリで作ったせいで、設定があやふやだったり、戦闘バランスが極端に悪いゲームだけど。

 やっぱ作ったものとしては、愛着が沸いちゃったね。


「私生まれ変わったら剣モの世界に行きたいなー。流行りのゲーム転生ってヤツ。あっでも勇者様に転生はヤだなあ、勇者様の国は禁酒令出てるしー」

「あんたは魔王に転生して好き勝手世界滅ぼすタイプね」

「私の事よく分かってんじゃん、ちーちゃーん」


 三人で笑い合った。


「魔王になって、フリーズの魔の手から世界を救うんだな!」

「フリーズの魔の手は、私達がどうにかするべきだったんだけどね」


 フリーズってのは、勇者様が魔王城に入ったら起きちゃうバグ。

 画面が止まって進行不可能になっちゃうんだ。

 まあでも魔王城の中は半分以上まだ作ってないから、そのまんまフリーズしたらゲーム終了って事にしちゃったんだよね。

 ダメだこのゲーム。


「フリーズと勇者様を倒して、世界は私のものになるのだー」

 

 突然、ちーちゃんと和田君の顔が赤くなる。

 頬染めたわけじゃないよ。西向きの窓から、赤い光が差してきたんだ。

 私は窓の外へ目を向けた。


「夕日だ。真っ赤だねー。綺麗だねー」


 まっかっかな夕焼けだ。

 私達三人は、しばらく無言で空を見た。


「またいつか、皆で見たいねー。こんな綺麗なお日様をさ」

 



―――――



 目覚めると、上に見える空が赤くなっていました。

 この位置からではお日様は見えないのですが、おそらく夕日が差しているのでしょう。

 立ち上がり、周りを見ました。

 私を囲んでいる土の壁が、ほんのりオレンジ色に照らされています。

 土の壁。そうだ……


「私、落とし穴にハマっちゃったんでした」


 脱出方法を考えている間に、つい眠ってしまったようです。

 私は寝ぼけた眼を腕で拭こうとして、服の袖が泥だらけな事に気付きやめました。

 手に付いた泥を払い、とりあえず指で右こめかみをぬぐいます。


 濡れています。涙です。


 覚えていませんが、泣きたくなるような夢でも見ちゃったんでしょうか。

 なんだか嬉しいような、悲しいような、複雑な気分です。

 まあこんな穴の底に閉じ込められちゃったら、変な夢も見るでしょう。


「でもどうしよう。このままじゃ夜になっちゃいますよ……」


 空の赤さを見るに、もう夕方。

 今夜はマリアンヌちゃんのお店でパーティーなのに、このままじゃ行けません。


 ミズノちゃんもお誘いしたのに。

 私がいなくなっちゃって、今頃困ってるかもしれないです。

 私の事を探してくれているかも。

 

「……探してくれる、よね……」


 私は一眠りした事で、妙に冷静になっていました。


 急に姿を消し、パーティーにも現れない私。

 きっとミズノちゃんや、お兄ちゃん、ヨシエちゃん、マリアンヌちゃん、それに大勢の人狼達が捜索してくれるでしょう。

 お兄ちゃんの鼻なら多分すぐに見つけてくれます。

 多分遅くとも、明日の朝くらいには……


「お腹は空いちゃうけど我慢して、慌てず待つしかないですね……」


 トサカさんにあげるつもりだったお菓子は、見当たりません。

 どうやら穴の上の草むらに残してきちゃったようです。

 お兄ちゃん達が探してくれるまで、体力を温存するためじっとしていた方が良さそうですね。

 まだ暖かな季節。凍死する事もないでしょう。


「真っ赤だなぁ……」


 私は仰向けに寝転がり、空を見上げました。

 穴底から見える夕焼け。

 雲が炎のように染まって、美しく。

 何故か懐かしく、切ない。


 私はふとこみ上げて来た感情に耐え切れず、目を閉じました。



「寂しいよぉ……」



「寂しいのか?」



 突然、私の身体が浮きました。

 誰かに抱きかかえられたのです。

 仰向けだった私の腰と膝の下に手を差し入れて、横向きに抱き上げてくれました。

 驚いて目を開けると、


「見つけた」


 そう言って微笑む、ヴァンデ様のお顔。

 白く綺麗な長髪が、西日で赤く染まっていました。

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