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大好き!魔王様!(のれんしゅう)

 痩せた。


 なんと心地よい言葉でしょうか。

 もう過剰にカロリーを気にする必要は無いのです。

 お城の食堂にて。私はミズノちゃんと一緒に、お昼ご飯を注文しています。


「ゴボウ天うどん。それに食後の甘味としてパフェに、おはぎに、アイスクリームを……」

「ふふっ。今日はたくさん食べるんだね、お姉ちゃん」

「はっ……!」


 ミズノちゃんの言葉を聞き、私は冷静さを取り戻しました。

 そうですね、油断したらまた太ってしまう……


「や、やっぱりパフェとアイスクリームだけで」

「パフェにアイス入ってるんじゃないの?」


 結局うどんとアイスクリームだけにしました。

 実際食べてみると、これだけで充分お腹が一杯です。

 たくさん頼みすぎても、無駄に残しちゃう所でしたね。危ない危ない。





「うーん……聡明なる魔王様のおいつくしみはぁ……この地のみならず世界のくまなきに知らるるぅ…………」


 私がアイスクリームを食べている間、ミズノちゃんは一枚の紙を凝視し、難しそうな顔をしていました。


 ミズノちゃんが食堂のおばさんに頼んだメニューは、魂定食ライス無し。人間さんの魂が小さな球形の器に閉じ込められているものです。

 いつも指先でちょこっと触るだけですぐに全部食べ終わります。

 その後はお茶やお菓子をつまみ、雑談などしながら、私が食べ終わるのを待ってくれるのですが。

 今日はずっと紙と睨めっこしてて、雑談する余裕が無いようです。


「ミズノちゃん、さっきから何を読んでるんです?」


 アイスを食べ終わったので、聞いてみます。

 ミズノちゃんは持っている紙を、こちらへ見せてくれました。

 紙面上部に書かれているタイトルは、『神なる魔王様へ捧ぐ言葉』。


「今週中にこれを覚えろって命令されちゃって。長くて、難しくて、意味分かんない言葉も多くて……もうヤになっちゃった」


 いつも優雅な物腰のミズノちゃんが、珍しくうんざりしている表情です。

 私は紙に書かれている文章を読んでみました。


「えーと……我らが気高き魔王様よ永久とこしえにあれ……我らに勝利を幸福を栄光を、たまは……たまわせ? 御世……みよ?の……」


 よく分かりませんが、とにかく魔王様を褒め称えまくっている文章です。

 それが長々と、ずーっと続いています。

 難しい言葉には、後から書いたと思われる振り仮名が付いています。


「上司から命令って事は、スー様がこれを?」

「ううん。振り仮名を書いてくれたのはスー様だけど、この文章……っていうかポエム? を考えたのはもっと上。お父様なの」


 ミズノちゃんがお父様と呼ぶのは、魔王軍最高幹部の一人、サンイ様の事です。

 製作が間に合わなかったのでゲーム中には出て来ないままでしたが、データ中には存在していた実質最強モンスター。

 全ての魔法を使う事が出来るという……これは比喩などでは無く、本当にゲーム中に出てくる全ての魔法を覚えているのです。

 魔術の父という異名を持つ、恐るべきモンスターです。

 よく季節の節目にテレビで演説しておられます。


「サンイ様ですか。そう言えば、私実際にお会いしたことがありません」

「ずっと出張中だものね。このポエムも、急に出張先から送られてきたらしいの」


 私が四天王になって既に三ヶ月近いのですが、サンイ様はずっと出張中。

 毎週の幹部会議も欠席で、サンイ様の補佐官でもある軍師スー様が代わりに実務をされています。


「サンイ様のお姿は、テレビでしか見た事無いんですけど。えっと……背が高くて、頭が良さそうな感じで。それに同じ立場のディーノ様とは対照的に雄弁で……」

「そうね。それに何だか面倒くさい喋り方をするの。このポエムみたいに」


 そう言われ、私は再びポエムを見ます。

 おお魔王様その強きたすけにより勝利をもたらしめむ乱を制しめむ……む、難しいです。


「この文章を覚えて、何に使うんですか?」

「わかんなぁ~い。だからますます頭に入ってこなくて、大変なの」


 ミズノちゃんは、もう投げ出してしまいたいと思っているようです。


「多分いつものように、お父様が魔王様大好きアピールするためなんだけど」

「だ、大好きアピールですかぁ……いつものようにって、サンイ様が? なんだかテレビで見るのとイメージが違いますね……」

「サンイ様の事についてですか?」


 後ろから聞き覚えのある声がしました。

 振り向くと、鳥人のお姉さんと、カメラを持った牛頭の男の人が立っていました。

 魔王軍の広報部所属。魔王軍営テレビ局にお勤めされている、アナウンサーさんとカメラマンさんです。

 牛のカメラマンさんは無言で親指をビッと立てました。私もつられて親指を立てます。鳥居アナウンサーさんも立てます。


「その親指のポーズ、なぁに?」

「さあ分かりませんがなんとなく……テレビ局で流行ってるみたいです」


 鳥居アナさんは、「おはようございます」と言って綺麗なお辞儀をし、


「お久しぶりですミィ様。それに初めまして、ミズノ様ですね。急に話しかけてしまって申し訳ございません」


 と、丁寧に挨拶されました。

 私は恐縮して、立ち上がり礼をします。


「サンイ様についてのお話をされていましたね」


 鳥居アナさんが言います。


「私もサンイ様に何度かインタビューさせて頂いた事があるのですが、いつも大半が魔王様のお話ばかり。必要な情報を聞き出して、編集で重要な部分だけを抜き出すのが、毎回大変なんですよ」


 つまり私がテレビで見ているサンイ様は、間の魔王様トークを編集でカットした後……という事ですか。


「なんだか想像つきませんが……」

「テレビというのは、そういうものです。特に我々は軍営ですので」


 つい先月くらいに見た、サンイ様ご出演の番組を思い出しながら呆ける私。

 ふと気付くと、そんな私の顔を、いつの間にか牛さんがカメラに収めていました。

 私は慌てて顔を反らします。


「ところで牛のお兄さん、カメラ回してるけど。私取材NGって上司に言われてるの。ふふっ、怖ぁ~い女悪魔さんに見つかったら、カメラ壊されちゃうよ?」


 怖ぁい女悪魔さんとは、スー様の事でしょう。


「申し訳ございません。ミズノ様だけでなくミィ様についても、今後広報活動に起用するのはやめろと上層からお達しが来ていたのですが……」


 鳥居アナさんが牛さんの代わりに返事をしました。

 以前、幹部会議でスー様が「子供を広告塔にするな」と発言されていましたが、あの時の効果ですね。


「しかし牛尾君は、個人的趣味でいつもカメラを回しておりまして。この映像は勿論放送には使用致しません。しかしご所望なら後で映像をお二人へお送り致しますが」

「あら、プライベート映像を撮ってくれるの? なら可愛く撮ってね。ふふっ」

「ぷ、ぷぷぷぷぷらいべーとでも緊張するのでわわ私は遠慮しますぅ!」


 カメラマンさんは「任せろ」と言いたげに親指を立て、ミズノちゃんだけを撮り始めました。

 美少女はカメラ映えもしそうで羨ましいですね……私はレンズの隅っこで、手足の先だけが見切れるくらいで丁度良いです。



「ところでミィ様。実はお尋ねしたい事があるのですが」


 ミズノちゃんが可愛らしいポーズで撮られている横で、鳥居アナさんが言いました。


「あっはい。なんでしょうか、私に答えられることなら……」

「実はフォ郎君の様子が気持ち悪……いや、おかしくて。彼と幼少よりの友人であるミィ様なら、何か原因をご存知かもと思いまして」

「フォローさんが、ですか?」


 詳しく話を聞きました。

 と言っても話は単純。フォローさんの最近の口癖が、


「み~んな~最近何かスクープ見つけた~? ボクは見つけたよ、なんとあの勇~~……なーんちゃって、諸事情によりまだ秘密で~す。皆も頑張りなよ~あはは~」


 らしいです。

 

「明らかに何かを隠しています。そしてその様子が軽く不愉快で……失礼。とにかく何かスクープを掴んでいるようでして」

「なるほどぉ……『なんとあの勇~~』って事は、勇者さんに関する情報でしょうか?」

「おそらくそうだと睨んでいます。ならば手柄を一人占めさせない……もとい、我々もその情報を共有すべきだと考えています」


 フォローさんが、勇者さんについての何かを突き止めた、と。

 しかし私は別に、フォローさんからそういった話を聞いた覚えはありませんが。


「何か心当たりはお有りでしょうか、ミィ様。最近フォ郎君の様子がおかしかった等は」

「うーん、様子がおかしかった……えっと、一人称が『僕』の女吸血鬼さんに騙されたとかなんとかは言ってましたけど……お胸が大きかったらしいです」

「ホステスにでもハマってしまったのですかね……それはそれで面白そうですが、他には?」

「他ですか、うーんと、え~っと」


 私は思い出そうとしました。

 しかしやはりどう思い出そうとも、記憶に無いものは無いです。


「そもそもフォローさんと仲が良いのはお兄ちゃんで、私はたまにお話するくらいなので……分かりません。ごめんなさい」

「そうですか。いえ、急に変な質問をした私達こそ、申し訳ございませんでした。ではお兄様に話を聞いてみます」


 鳥居アナさんがそう言ってこうべを垂れた後、ミズノちゃんが言いました。


「あら、じゃあ丁度良かったみたい。ほらあそこ」


 ミズノちゃんの視線の先。

 カウンターにて、食堂のおばさんにメニューを注文している二人組がいます。


「あ、お兄ちゃん……とフォローさんまで」


 チラッと見えた、凄くどうでも良い事ですが、フォローさんは稲荷寿司を頼んでいました。

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