直立不動でお守り宣言をする狼ちゃん(なぐられながら)
「よっ、と」
「うわぁっ!」
イローニさんは軽くジャンプしつつ身体を回転させ、右蹴りを放ってきました。
私はまた走って逃げようとしましたが……先程それでイローニさんに止められた事を思い出します。
それにもう全力疾走する体力も無いのです。
仕方なく、二歩後ろに下がるだけでの動きで、ギリギリ蹴りをかわしました。
「うん。よく、避けた、ね。大袈裟に走って、逃げるより。そうやって、ちょっとの動きで、避けた方が良い。よ」
「あっ、はい……」
まるで格闘技の先生のような台詞。
実際イローニさんは、兵士を鍛え育成している立場なので、先生に近いのでしょうが。
私もつい生徒のような返事をしてしまいました。
「ほら。これ、も」
「ひゃっ」
左手で顔を狙った素早いジャブ。私は首を傾け避けました。
続いて右拳が私のお腹に向かって放たれました。これは一歩下がって……いや、リーチの差があるので更にもう半歩下がり回避。
さらに左拳、再び右拳。胴を回してのカカト蹴り。
私は全て、言われた通りに必要最小限の動きで避けました。
そうでした。
私は素早さカンストした事で、相手の動きが見えるようになっていたのです。
怖がらずにきちんと目を向ければ、かわす事は出来るのです。
「あ、は、は、は、は。良い動きに、なっ…………あ」
イローニさんは、急に自分自身の頭を右ゲンコツで殴りました。
ガチンと痛そうな音がします。
「つい。兵士を、鍛えるように、訓練。しちゃった。てへぺろ」
そう言って右拳を頭にくっ付けたまま、首を右に軽く曲げ、舌を出しました。
ヴァンデ様に似た顔でそれをやられると、こちらも何だか調子が狂います。
「でも、狼ちゃんも。避けるばかりでなく、攻撃しても、いいんだ、ぞ」
「わ、私は避けるのと防御専門なんですぅ……」
専門ってわけでもないのですが、とりあえずそう答えておきます。
攻撃力四だから、どうせダメージを与えることは不可能です。
さっきもイローニさんの左腕に激突したけど、まったくダメージは入らなかったみたいですし。
一応クリスタルレインボーと言う攻撃技はあるのですが、あれは決まったらイローニさんを……ヴァンデ様のお姉さんを、殺してしまう事になります。
「へえ。防御、専門。そうなん、だ。じゃあ、あたしの、ぱーんち」
「ふぇえっ!?」
イローニさんは両手を合わせ握り、思いっきり振り下ろしました。
慌てて後ろに飛び退き避ける私。
イローニさんの腕はそのまま地面に当たり、音を立て大地をえぐりました。
「あれ。なんで、避ける。の?」
「避けますよ普通ぅぅ……!」
イローニさんは不思議そうな顔……だと思います多分。
相変わらず表情は何も変わっていませんが、とにかく不思議そうに聞いてきました。
「防御、専門。なんでしょ?」
「だ、だからってわざと当たるのは……怖いですよぅ!」
「なるほど。怖いから、避ける。それ、兵士には、大事。だね」
そう言って飛び跳ねながら左足を高く上げ、カカト落とし。
私は左に半歩動き、それを避けました。
この避け方にも慣れてきました。確かにこれならそこまで疲れません。
さすがイローニさんはあのマッチョな鬼さん達を鍛え上げているだけはあり、優秀な先生のようです。
しかしさっきから、そのイローニさんの行動にどうも違和感が。
腕試し。
それは、私のカチカチぶりに対し、イローニさん自身の力が通じるかどうかを試したい。という意味なのかと思っていたのですが。
どうもさっきからの台詞を聞いていると、『私ことミィの、モンスターとしての力量を確認する』という意味だったのでは?
そんな気がしてきたのです。
「あ。あの、イローニさん!」
「なぁに。狼、ちゃん? あっ。あたし、イローニちゃんじゃ、ないけど。一応」
イローニさんの水平チョップをしゃがんで避け、私は喋りました。
「さっき言ってた腕試しってのは、どういう意味ですかぁ!」
貫手。私はすかさず二歩後ろに下がります。
「最初に、言った、でしょ。魔王軍の、実力を見る。弱かったら、弟を、連れ戻す」
そうでした。
今回の試験において、イローニさんの本当の目的はそれです。
私は、イローニさんの審査対象として選ばれたと言う事なのでしょうか。
面接官として来たはずなのに、いつの間にか評価される側になっていたみたいです。
「き、昨日の試験だけでは不十分だったんですかぁ!?」
「うん。あのニワトリちゃんや、魔族っ子ちゃんは、中々、だけど。多分、あたしの方が強い、し」
会話中も絶え間なく攻撃が続き、そして私は避け続けます。
「それに、狼ちゃん。君がヴァンデちゃんの、直接の、部下。だってね。つまり、一番、一緒にいる」
なるほど、だから私一人をターゲットにしたのですね。
「部下が、弱かったら。ヴァンデちゃんも、危険。だから、ね」
イローニさんが地面を蹴りました。
地盤が剥げ、私ごと上空へ飛んで行きそうになり……私は五歩分くらい左に飛び跳ね、回避します。
さっきまで私が立っていた地面はどこかへ飛んで行ってしまい、後には直径一メートル程の大穴が残ります。
そしてイローニさんは間髪入れず私の傍に寄り、攻撃を続けました。
「でも、でも……ヴァンデ様はお強いモンスターですよぉ。お城にはディーノ様もいるし……」
「とーさんはきっと、ヴァンデちゃんが、危険な目にあっても。見捨てる、だろうから」
イローニさんの瞳が、ぼやりと赤く光りました。
「かーさんの時、みたいに」
真紅の光が強くなります。
ずっと無表情ですが……
きっとこの赤い光には、悲しみと、怒りと、そして弟への気持ちが込められているのでしょうか。
「わ、私が……」
私は動くのをやめ、直立不動になりました。
イローニさんは左手で掌底を放とうとしていましたが、私の様子を見て、左手を前に突き出したままピタリと静止。
そして、両足を肩幅程に広げ、軽く腰を降ろしました。
力を込めるように右手を引き、「コォォォ」とゆっくり息を吐き出します。
『……!? おい姉上、よせ、やめろ!』
マイクを通して、ヴァンデ様の声が聞こえました。
椅子が倒れる音も。
試験官用テント内で、慌てて立ちあがったようです。
「私が!」
イローニさんは私の顔面めがけ、右拳を突き出しました。
全力の突き。
空気を引き裂く激しい衝撃波。山が一つ砕けたかのような爆音。
「私が、ヴァンデ様をお守りしますから!」
私は、イローニさんの突きを正面から受け止めました。
地面に亀裂が入ります。
小石が舞い、霰のように周囲へ降り注ぎました。
『わあーお。ねえ、今の聞いた? 聞いたスーちゃん? こんな公の場でお熱いよねえ』
『茶化しちゃダメッスよ!』
スピーカーから、テント内の会話が聞こえます。
さらに遠くでは、鬼さん達の悲鳴。きっとトサカさんやミズノちゃん達の戦いです。
騒がしい周囲に比べ、私とイローニさんは静かに対峙しています。
「……痛、い。ぞ」
イローニさんが口を開きました。
そして腕……イローニさんの右手首が、だらりと垂れています。
骨が折れているようです。
「うん。なるほ、ど」
イローニさんは折れた腕と私の顔を交互に見比べ、頷きます。
「わかっ、た。狼ちゃんなら、任せられる。かな」
そう言って右腕を降ろしました。
瞳の赤い光は、既に消えています。
「ヴァンデちゃんの事。よろしく、頼む。ぞ」
「は……はいぃ」
私が返事をすると、イローニさんは試験官テントの方を向いて、少し大きめの声で言いました。
「受験番号、二十四番ちゃん。お腹、空いたので、棄権。するぞ」




