児童労働(ぶらっくきぎょう)
魔王様。
私達モンスターの王。
モンスターなら誰もがその存在を知っている。
そして同時に、誰もがその正体を知らない。
謎に包まれた、王様。
まあ謎も何も、ホントに正体とか無いんです。
ゲーム制作チームは、魔王様の細かい設定について、誰も何も考えていませんでした。
あの中二設定が大好きなちーちゃんさんさえもです。
ただ概念的なラスボス。
そして結局時間切れで、ゲームに出演する事も無く。
そもそもモンスターデータを作られる事も無く。
ゲーム中にある魔王様のトピックと言えば。
『とりあえず強い』
『テレビで時々スピーチしてる』
『腰痛持ち』
そして、ゲームタイトル画面に出てくる『白い仮面をつけた謎の黒い影』が魔王様って事くらいです。
今私がいる世界でも、魔王様がテレビ出演される時は、あの白い仮面を被っています。
素顔は誰も知らないのです。
「あのー魔王様、センエツながら良いッスか」
スー様が手を挙げて発言しました。
それに対し魔王様は「どうぞ」と許可されます。
「音声は聞こえてるけど、映像が届いてないッス。多分スイッチ入って無いッスよ」
確かに、モニターは真っ暗なままです。
というか何故モニター越しなのでしょうか。
「魔王様は腰痛で、あんまりお部屋の外に出たくないらしいの。だからいつもテレビ電話で会議参加なの」
私の疑問を感じ取ったのか、ミズノちゃんが小声で教えてくれました。
「映像スイッチはわざと切っています。今日は寝坊して髪がボサボサで、今櫛を通しています。髪型が整ったらすぐに映像も送るので、とりあえず会議を始めてください」
「はぁ、了解しましたッス」
意外と庶民的な理由でした。
というか、魔王軍の幹部が集まると言う事で、もっと恐ろしい会議をイメージしていたのですが。
なんだかしょっぱなから緩いです。
しかし、途中から映像を繋げると言う事は……
もしかしてあの『白い仮面』でなく、魔王様の素顔を拝見する事ができるのでしょうか?
私はちょっと期待して、なんだかわくわくしてきました。
「では、幹部定例報告会を始めるッス」
どうやら会議は、スー様が司会進行のようです。
キャリアウーマン的な風貌に似合っている役割ですね。
「新人もいるので改めて説明。この会は通称幹部会議。四つの精鋭部隊が今何をやってるか、それと人事や経理などについて、魔王様に報告する場ッス」
丁寧に説明頂き、私はぺこりと頭を下げました。
「まず最初に幹部人事。今日から第四精鋭部隊長、対外的に言う所の四天王に、こちらのミィさんが就任するッス」
その瞬間、場にいる皆の視線が私に集まりました。
注目されて、湯気が出ちゃうくらいに赤面します。
「彼女はヴァンデ軍師の部下。人狼。以前御覧頂いた映像でご存じの通り、技の破壊力、及び身体の耐久力、瞬発力はモンスター史上でも類を見ないッス」
なんか凄い褒められてます。
私は恥ずかしいやら嬉しいやらで、変な汗をかきます。
「まだ髪型が完璧ではありませんが、新人さんが来ているなら顔を見せないといけませんね。今映像スイッチを入れます」
モニターがパッと明るくなり、映像が繋がりました。
……って、魔王様はいつもテレビで見る白い仮面のお姿です。
どうやら幹部になっても、魔王様の素顔を知ることは出来ないようですね。
「君がミィさんですね。始めまして、魔王です」
「ははははははいぃぃ! みみみミィです! よろしくお願い致しますう!」
「はい。期待していますよ、頑張ってくださいね。こんな髪型ですみません」
魔王様は全身真っ黒な影みたいで、白い仮面だけが浮かび上がっているようなお姿なので、髪型は正直よく分かりませんが。
とにかく私は、全モンスターの頂点である魔王様から激励の言葉を頂いたのです。
頭の中身が全部ふわふわと舞いながら、どこかへ飛んで行っちゃいそうな。
嬉しさと緊張でいっぱいいっぱいになりました。
「これでやっと四天王が四人揃いました……ところでスーさんは、ミィさんの四天王就任に反対していましたが。もう良いのですか?」
という魔王様のお言葉に、スー様が「うぅーん……」と唸りました。
っていうか私の就任に反対だったのですか。
「ホントはまだ反対なんスけど、魔王様もサンイ様も賛成しちゃいましたし……」
まあでも良く考えると、私はディーノ様派閥で、スー様はサンイ様派閥。
派閥対立の関係で反対していたのでしょうね。
と、思ったのですが。
お話の続きを聞くと、そんな単純な理由ではありませんでした。
「でも言わせてもらえるなら、ミィさんだけじゃなく、そもそもミズノさんも。っていうかヴァンデ君……いや、ヴァンデ軍師も! まだ未成年の子供を幹部として働かせるのは、コンプライアンス的にダメダメだと思ってるッス!」
何というか……派閥争いとか以前の、もっと根本的な理由でした。
話題の矛先が向いて、ヴァンデ様が心なしかギクリとしたような表情に。
お父様であるディーノ様も、ちょっと気まずい顔をされました。
未成年が働いている事に、実は罪悪感があったのでしょうか。
「確かにウチらモンスターには、未成年を働かせたらダメって決まり事は無いッス。とは言え幹部は管理職待遇なので、残業代無しのまま自分で働く時間まで決めないといけない。でも、子供にそこまでの自己管理を求めるのはおかしいッスよ!」
スー様が熱く語ります。
というか、モンスターなのにマトモで真っ当なご意見です。
このお姉さん、凄い真面目な人なのですね……
「まあまあ。スーさんの意見もごもっともですが、我々にはこの三人の並外れた力が必要です」
魔王様が、優しく諭すような口調で言われました。
その言葉にスー様も我に返り、落ち着きます。
「はっ……し、失礼したッス。まあとにかくミィさん、それにミズノさんにヴァンデ君にも改めて言いますケド、労働等について何か困り事が発生したらすぐにウチに相談!」
「は、はい」
「それと、決まった事にこれ以上文句を言うつもりもないので、精鋭部隊長のお仕事頑張って欲しいッス」
「わ、分かりました。頑張ります」
なんとなく場が収まった所で、スー様が軽く咳払いをされました。
「ね。厳しい人でしょ、スー様って」
ミズノちゃんが、私にしか聞こえないような小声で呟きました。
でも笑顔だし、別にスー様の事を嫌っている様子ではありません。
口うるさいお姉ちゃんって感じなのでしょうか。
「では次の議題ッス。第一精鋭部隊長兼兵器開発局長の業務報告」
「だから、そんな長い肩書いちいち言わなくていいのに」
博士さんは文句を言いつつ立ち上がりました。
「まず、巨大ロボットの妨害電波対策について、報告お願いするッス」
「あー、へい。妨害電波っていうか、ロボのコントロールを乗っ取られちゃう事についての対策は、まあ結論から言うと二年は必要だね」
「二年ッスか!?」
スー様が驚きの声を上げました。
事前に知っていたのか、ディーノ様とヴァンデ様は落ち着いています。
魔王様は……仮面でよく分かりません。
「だって仕方ないじゃない。魔力と電波混ぜる技術作るのにも三年は掛かったんだし、サイサク君はそれをそっくり知ってるんだもん。中途半端に対策してもまたすぐ操られちゃうよ」
「あの緑人間野郎スか。ウチもちょっとは目を掛けてボーナスの査定も上げてやったのに、ボーナス支給日の翌日に逃げやがったッス。それに企業スパイなんてコンプラ違反ッス」
「あの緑肌はただの絵の具だけどね。それにスーちゃんもさっき、人間の機密文書をデジタル万引きしてなかったっけ」
「ウチらはモンスターだからいいんス」
博士さんはそう呟きながら、手に持っている手帳を一枚めくりました。
「それで巨大ロボットを二年間使えない事で発生する問題と、それについての対策はありますか?」
モニター上の魔王様が言われました。
問題と対策。
おお、なんだかオトナのお仕事っぽい会議になって来ました。
「ロボのメイン業務、つまり『大規模戦場で人間を一気に殲滅する』事が出来ないのが、さしあたって一番の問題です」
魔王様の質問に、ヴァンデ様が答えました。
その間に博士さんは、モニター横のホワイトボードまで歩き、大きな文字で、
『対策① ロボを有人操作に改造する』
『対策② 普通の高火力兵器を開発。ロボは諦める』
と、書きました。
おそらくホワイトボードの映像も、魔王様側に届いているのだと思います。
「対策①はちょっと問題有りですかね。巨大ロボが二足歩行で飛んだり跳ねたりミサイルを撃ったりすると、パイロットの骨が折れたり、内蔵破裂したり、兵器の熱で脱水したり溶けたり酷い事に」
ちょっと所じゃなく、山盛り問題が有るようですが……
「だから①をやるなら、パイロットはミィちゃん」
「……えっ!?」
急に話を振られて、狼狽します。
「な、な、なんで私が」
「だって、そんなの耐えられるのはカチカチ少女だけでしょ?」
「で、でもぉ……怖いし」
泣きそうな顔になる私を見て、博士さんは楽しそうに言葉を続けました。
「まあミィちゃんには他の任務あるから、この案は没って事なんだけどね」
……もしかして、私の事からかいましたか。
「だから消去法で対策②を採用ってトコですかね。今までロボに掛けてた開発費を、一般兵士用の兵器開発に回せば、すぐにでもロボ以上の殲滅力が出せますよ……なんで今までやらなかったのって話にもなるけど」
「巨大ロボットは一般モンスター、いや人間にさえもウケが良いので、プロパガンダ利用を優先していました」
ヴァンデ様のお言葉に、魔王様含む、大人の皆さんが頷きました。
兵器開発より、対外向け広報の方を優先すべきって事でしょうか。
強い兵器を作って、さっさと人間さん達を侵略した方が早いような気もしますが、それは子供の浅知恵なのかもしれません。
うーん、オトナの世界はフクザツです。
「しかしそうなると、二年間は巨大ロボットの宣伝効果が無くなってしまいますが」
「だからオジサン……いえ、自分としてはロボの代わりにミィちゃん」
「子供を利用するのはダメッス!」
またしても名前が挙がりましたが、私よりも前に、スー様が抗議の声を上げました。
「ウチらのやってる事は戦争なんだから、子供を宣伝に使ったらむしろ逆効果。それに倫理的にダメッス」
スー様はディーノ様とヴァンデ様の方を向きました。
「広報部はディーノ様の管轄だから、ウチもうるさい事は言わないケド。就任記者会見だけならともかく、ミィさんに広報活動までさせるのは、ディーノ様のお考えッスか?」
「う、うむ……考え直そう」
ディーノ様が気押されています。
おかげでメディア出演の危機から逃れることが出来ました。
スー様、なんて頼りになるお方でしょうか。
っていうかディーノ様は、私に広報活動させる気満々だったのですね。
「まあまあ。今後の広報活動については、やはりプロである広報部員達にアイデアを出してもらうのが良いでしょう」
魔王様が、場を収めるように発言されました。
「では、広報部と話し合いながら決めていきます」
というヴァンデ様のご返事で、この議題は終わりのようです。
その後は、博士さんが新兵器として、例の偏頭痛ガンを紹介。
ドライヤー、音楽プレイヤー、ラジオ、懐中電灯、水を綺麗にろ過、発煙筒、ガスバーナーと、昨日よりも更に多くの機能が追加されています。
しかし案の定、頭痛要素の必要性をスー様からツッコまれていました。




