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精鋭部隊(きんにく)

 執務室の扉を開けると、怖い顔のおじさんがいました。

 鷹のように鋭い目付きで、真っ黒なローブに身を包む。

 何か即死魔法とかどんどん使ってきそうなおじさんです。


「ひぅっ、ごめんなさい……」


 私は反射的に扉を閉めました。

 掛けてあるプレートを確認すると、やっぱりここはヴァンデ様のお部屋です。

 再びノックして扉を開けると、怖い顔のおじさんが近くまで移動して来ていました。

 目前に立っています。

 一瞬目が合ったので、すぐに顔を逸らしちゃいました。今のは失礼だったでしょうか。


「あ、あのぉ……」

「入りなさい」


 おじさんに言われ、私は怯えながらも入室します。

 勧められるまま応接用のソファに腰を降ろしました。

 知らない人と二人きりで座るのは怖いし緊張するので、どうかおじさんはソファには座らないでください。

 と、心の中で念じます。

 お願いします。お願いします。お願いしますぅぅ!


 座っちゃいました。


 しかも私の対面に。

 必然的にお互いの顔を見合わせる事になりました。

 知らないおじさんが私の顔を見てます。


「君がミィか」


 おじさんが不意に尋ねました。

 私は慌てて「はい」と返事をします。


「うむ。飴をあげよう」

「あっ、はい。ありがとうございます……」


 知らない人からお菓子を貰って大丈夫なのでしょうか。

 何か変なものが入ってたりしませんか。

 でもちゃんと包装してある市販品だし、美味しそうだし……


 口に入れようかどうか決めかねながら、おじさんをちらりと見て、そこで初めて気付きました。

 このおじさんの顔、見た事があります。

 毎年お正月、テレビで魔王様が今年の抱負を語る時に、隣にいる……


 その時、扉を開ける音がしました。


「もう来ていたのですか。待たせてしまって申し訳ない、父上」


 現れたヴァンデ様が、おじさんを見てそう言いました。


「うむ」


 おじさんは軽く頷きます。

 そうでした。

 この方は、ヴァンデ様のお父様。

 魔王軍最高幹部の一人、ディーノ様です。




「いよいよ明日、正式に四天王へ就任してもらう」


 ヴァンデ様が、手にしていた冊子の束を私の前に置きながら、そう言われました。

 冊子のタイトルは『魔王軍・給与手引き~四天王編~』や『福利厚生について(幹部用)』『住宅ローンマニュアル』等。

 今日は、今後の私の待遇について説明を受けるために、ヴァンデ様のお部屋に呼ばれたのです。


「明日の会議で辞令が交付される」

「は、はいぃ!」


 四天王や最高幹部達を集めた会議を行い、そこで魔王様から直に辞令文書を頂く事になるそうです。

 しかも朝イチの会議。寝坊しないようにしないと。

 今から緊張してきました。


「それに先駆け、父上……ディーノ様が、お前と一度会っておきたいとの事だ」


 なるほど、それでディーノ様がここにいらっしゃったのですね。

 先に言っててもらわないと、ビックリします。


「あ、あの。ミィです。よろしくお願いしま……いたします」

「うむ。チョコをあげよう」


 改めて自己紹介すると、またお菓子を頂きました。

 一口サイズで、中にビスケットが入っているチョコレートです。


「あ、ありがとうございます……」

「うむ。もう一つあげよう」


 どんどんお菓子をくれます。

 ディーノ様は怖い顔ですが、意外と優しいお方なのでしょうか。

 しかし……頂けるのはありがたいのですが、チョコレートですか……何故か抵抗があります。

 覚えていないのですが、昨夜、チョコレートで何か大変な事があったような……?

 そう思いながらも口に入れると、甘くてどうでもよくなりましたが。


「うむ。では明日頼むぞ」

「はい、が、がんばります」


 結局追加のチョコ三つと飴五つをくださった後、ディーノ様は退室されました。

 ホントに私の顔を見るだけの用事だったんですね。

 扉が閉まった後、ヴァンデ様は軽く咳払いをして、私の方へ顔を向けました。


「父は、子供には妙に甘い。事あるごとに菓子などを渡してくるだろうが、相手をしてやってくれ」

「えっと……はい、わかりました」


 しばらくお菓子には困らないようですね。




―――――



「これからのお前の待遇について、概要をざっと話す」

「は、はい。お願いします」


 ヴァンデ様の説明が始まりました。

 私はメモの準備をします。


「まず役職についてだ。四天王、つまり魔王軍精鋭部隊長。ミィ、お前の正式な肩書は『第四精鋭部隊・部隊長』という事になる」

「えっ、だいよん……えっとぉ……す、すみませんもう一度」

「ノートを貸せ」


 ヴァンデ様が、私の代わりにメモをとってくれました。

 意外なような、イメージ通りのような、綺麗で整った達筆です。


「あぅ……ありがとうございます。えっと、第四……せいえい部隊長ですね」

「名前の通り、精鋭部隊を率いる隊長という事になる」


 精鋭部隊。

 それって映画とかでよく出てくる、マッチョな軍人さん達ですね。

 軍人さんってだけでマッチョなのに、精鋭部隊は他のマッチョさんよりも更なるマッチョさんなのです。

 まあマッチョかどうかはともかく、そんな部隊がいたのですね。

 魔王軍に就職して一ヶ月くらいですが、見た事も聞いた事もありませんでした。


「じゃあミズノちゃん達も、精鋭部隊のリーダーだったんですね」

「いや。ミズノは一人の方が良いと言って、自分の部隊を持っていない。たまに臨時で一般部隊を借りているが、基本は一人で任務をこなしている」


 そう言えば、エルフの里でも一人行動をしていました。


「でも、ってことは……部隊長って名前だけど、必ずしも部隊を持つ必要は無いって事ですか?」

「その通り、ただの肩書という事だ。私としては自分専用の部隊を持っていた方が便利だと考えるが」


 私も出来れば、ミズノちゃんのように、一人の方がいいかもしれません。

 マッチョ……かどうかはともかく、大人のモンスターさん達の隊長になるなんて、荷が重いし、恥ずかしいし。

 上手くコミュニケーションを取れるかどうかも心配ですし。

 あ、でも大人の人達がいた方が、私も危ない目に遭わずに済むのでしょうか?

 うーん。他の四天王の皆さんはどうなんでしょう。


「巨大ロボット……博士さんの部隊はどうなんですか?」

「博士は主に機械を使って任務を遂行するからと……そしてこちらの方が本音だろうが、人員管理するのが面倒だからと言って、部隊を持っていない」


 面倒だから。

 あの博士さんがいかにも言いそうな事です。


「トサカさんは……」

「あいつが部隊を持つと思えるか?」


 思えません。


 ……って、結局誰も精鋭部隊持って無いって事ですか?


「あのぉ、私の精鋭部隊は」

「お前には明日より人事権が与えられる。これと言った人材を自分の部隊員にすると良い。軍内外は問わない」


 なるほど、既に存在する精鋭部隊を与えられるのではなく、今から自分で部隊を作れって事ですね。

 ヴァンデ様が私をスカウトした時のように、私も外部のモンスターをスカウトして良いそうです。

 もちろん既に魔王軍内で働いているモンスターも。

 ……人見知りな私にスカウトなんて出来るのでしょうか。


「部隊編成はさしあたっての業務の一つとなるだろう。別に一人で働いても良いが……」


 なるほど、業務の一つ……と。

 スカウトできるかどうかは置いておくとして、とりあえず私はヴァンデ様の言葉を大きくメモしました。


『やること① 部隊編成する(一人でもいいよ)』




「次に給与体系だが」


 お給料は管理職扱い。今までの月給制から年俸制へ変更。

 残業代や休日出勤代は出なくなるそうです。

 ただ、好きな時間を選んで好きに勤務や休みを取って良いとの事。

 ヴァンデ様の部下になってから今までも、そんな感じだった気がしますが。


 その後、扶養手当だったり住宅ローンだったり、今の私にはあまり関係なさそうな話題が続きました。


「以上が大まかな概要だ。保険や組合、社内イベントは今までのものをそのまま継続する事になるので説明は省く。細かい部分については、時間が空いた時に各冊子を読んで理解してくれ。何か質問は?」


 質問は特に無いですと答えると、ヴァンデ様は福利厚生についての冊子を閉じられました。

 しかしこんなオトナな説明をスラスラとされるヴァンデ様。

 私より五、六歳くらい年上なだけなのに、凄いです。




「四天王の業務についても、軽く説明しておく」


 私は再びメモの用意をします。


「まず大きな目的は、我々モンスターの繁栄である。そのために、人間の社会を魔王様が掌握することだ」


 モンスターの繁栄、人間社会の掌握……と。

 なんだか一番大事な根本目的みたいなので、ノートの最初のページに戻り、中表紙に大きく書きました。


「そして精鋭部隊、四天王の業務はシンプルだ。幹部会議で決まった任務の中で、一般モンスターには困難なものが割り振られる」

「こ、困難……」


 その言葉を聞いて不安になってきました。

 他の大人達に出来ないような任務を、私が達成出来るのでしょうか。

 防御力と素早さしか取り柄が無い私です。力や頭を使うような任務が来たらどうしましょう。


「心配するな、適正に応じて振り分けられる。お前の場合はその異常な体質と、時間はかかるが高い破壊力の技を活かせる任務になるだろう」


 異常な体質という言い方が気になりましたが、とりあえず頭を使うような任務は来ないみたいです。

 まあそういうのは博士さん向けですよね多分。

 あ、でも博士さんと言えば……


「巨大ロボットさんがやっているショーとかも、割り振られた任務なんですか?」

「あれは博士の作った機械のインパクトを考え、特別に広報活動もしているだけだ。ショーやテレビ出演中の操縦者は博士では無く、広報部が雇ったアルバイトやパート。つまり四天王の活動というより、広報部に機械を貸し出している状況だ」


 バイトを雇っている事は、博士さんも言っていました。


「まあ広報活動については父の意向も強いのだが……おそらくお前にはあまり広報の仕事は割り振られない……いや、父の考え次第では……」


 ヴァンデ様が珍しく悩まれています。

 私としては、人前に出るお仕事はもうやりたくないのですが、この様子では嫌な予感がします。

 そんな事を考えつつ、メモを取りました。


『やること② 幹部会議で決まった任務をこなす(広報はいやだ)』




「では最後に部屋へ案内する。付いて来い」

「部屋?」


 ヴァンデ様は立ち上がり、廊下へと歩き出されました。

 私は慌てて後を追います。


「各精鋭部隊には、それぞれの業務室を与えられる。四天王はその部屋の管理を任せられる。お前の部屋のようなものだな」

「えっ、自分のお部屋!」


 なんと贅沢な事でしょう。

 魔王様のお城に、私の部屋が出来るらしいです。

 部屋さえあれば……えっと、特に何をするかは思い浮かびませんけど、とにかく凄いです。


 しかし……前を歩くヴァンデ様の姿を見て、ふと思いました。


「あの、すみません。わざわざヴァンデ様に説明や案内までしてもらちゃって……」


 そう言うと、ヴァンデ様は私の方を振り向く事もなく、淡々とした口調でお話されます。


「構わない。そもそも業務説明などは上司である私にしか出来ないだろう。待遇や給与も私が一番把握している。それに四天王に道案内するなど、多くモンスターは怖がってやりたがらない」


 そう言えば、初めてこのお城に来た時に比べて今は、すれ違う大人達からの視線が変わりました。

 最初は「何故子供がいるんだ」と言いたげな怪訝な目だったり、今にも襲われそうな危険な視線を向けられたりしていたのですが。

 というか実際変なおじさんに声を掛けられたりしたのですが。

 今も好奇の目で見られるという点では変わりませんが、その好奇の方向性が変わって来たように思います。

 慌てて目を逸らすモンスターさんもいれば、私を見てひそひそ話するモンスターさん達もいて。


 今日なんかは城門近くで「サインくださいカチカチ少女さん!」とねだられちゃいました。

 カチカチ少女という通称が定着しつつある事に恐怖しながらも、緊張でしどろもどろになっていると、不機嫌になったのだと勘違いされたみたいで。

「あっ……も、申し訳ございませんカチカチ少女様!」

 と言って、逃げて行っちゃいました。なんだか悪い事をしました。


「こんな十歳の少女を、皆が恐れている」


 ヴァンデ様は廊下の角を曲がりました。

 その時一瞬チラっと見えた横顔が、何故か楽しそうに見え……

 いや、私の見間違えでしょうか。ヴァンデ様はいつも冷静で無表情なお人です。

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