S&S
ある日。
私の『前世』である美奈子さんが、缶ビールをぐいぐい飲みつつ、分厚いノートをパラパラめくって言いました。
「ねーねー、ちーちゃんヌ~」
「何よ?」
「やる気に満ち溢れてるのは凄いんだけどさー」
美奈子さんはジト~っとした目で、ノートを頭上に掲げました。ちなみに同じようなノートが他にも五冊、机の上に置いてあります。
このノート計六冊はちーちゃんさんのアイデアノート。自作RPG『剣と魔法のモンスタースレイヤーバスタードPrimeWaltz天下一品』かっこ仮について、ちーちゃんさんの中二的頭脳によって紡がれた設定が書かれまくっているのです。
「ちょっと設定やサイドストーリー多すぎな~い? ホントにコレ全部ゲームに入れるのー?」
「入れるけど?」
「無理無理無理! 時間がないYO!」
「「黙れ和田君」」
何故かラップ調のアホの和田さんに、美奈子さんとちーちゃんさんが厳しい一言。
そんないつものやり取りですが、和田さんの台詞もごもっとも。一つのストーリーを実装するだけでも、キャラを配置したり、動かしたり、フラグ処理したり、効果音や音楽を鳴らしたり、テストプレイしたり、等々様々な苦労と時間が付きまとうのです。
酔っ払い達が酔っ払わずに活動出来る時間は少ないため、あんまり凝った事は出来ないのです。
しかしせっかく考えた設定を没にするのは、ちーちゃんさんが不憫。
そこで美奈子さんはビールでボンヤリした頭を無理に働かせます。
「あー。そうだー。じゃあ、こんなアイデアはどうかなー? 真っ黒画面にキャラ顔アイコンと文章だけ乗せるの」
「なるほど。市販のゲームでも時々あるわね、そういうオマケ」
「名付けてー、手抜きモー……いやいや、SSモード!」
◇
ミィ(喜)「もぐもぐ……ところでヨシエちゃん。モデルのお仕事でトラブルがあったとか」
ヨシエ(不)「うん。他事務所だけど一応先輩のモデル達が、アタシの靴に画びょうとサソリとナマコ入れて嫌がらせしてきたんだ」
ミィ(驚)「ええ、そんな危険行動を! でもきっと、ヨシエちゃんがキレイだから嫉妬されちゃったんですね」
ヨシエ(不)「うん。そうだと思う」
マンヌ(汗)「そこは謙遜する所ですわよ!」
ヨシエ(不)「でもアタシも流石に怒って、そいつらの鼻を噛み砕いて…………アレ?」
ミィ(疑)「アレ? ってどうしたんですか?」
ヨシエ(不)「なんか……なんか変じゃない?」
ミィ(疑)「変? ですかぁ?」
マンヌ(汗)「確かにヨシエさんの言う通りですわ。わたくしもそう思っていましたの。なんだかいつもの雑談と勝手が違うというか……間がおかしいというか……わたくし達、きちんと顔を合わせてお話してますわよね?」
ミィ(疑)「はい」
マンヌ(疑)「でもどうしてだか、真っ暗な所で筆談してるような気分になっている……ような……っていうか……さっきから誰かが発言するたびに空中に浮かぶ『(喜)』とか『(汗)』って文字は、一体何ですの?」
ミィ(驚)「あっホントだ! 今気付きました、これ何ですかぁ?」
ヨシエ(不)「カッコと文字もそうだけど、喋ってる人の名前も浮かんでるんだけど。ほら、今もアタシの『ヨシエ』って名前が宙に。ミィが喋ると『ミィ』。マリアンヌが喋ると『マンヌ』って」
マンヌ(怒)「って、ぬぁんですのコレは! どうしてわたくしはマンヌなのですの!? わたくし、マリアンヌですの!」
ミィ(汗)「どうやら三文字制限があるみたいですね」
マンヌ(怒)「マリアンヌを三文字に略すなら普通マリーとかマリアとかですの! おかしいですの! おかしいですの!」
ヨシエ(不)「落ち着きなよマンヌ(笑)」
マンヌ(怒)「ぐっ……お、おほほほほ……!」
ミィ(汗)「ま、マリアンヌちゃん冷気の魔法が漏れてますよ! 二人ともケンカはダメですよぉ!」
マンヌ(冷)「……そうですわね。しかしながら察するに、この(怒)等の文字は今の精神状態を表しているようですわね。冷静沈着な今のわたくしには(冷)が出ておりますし」
ミィ(汗)「冷気魔法の冷では……いえ、なんでもないですぅ」
ヨシエ(不)「ふーん、精神状態ね。でも皆は(疑)とか(喜)とか色々な種類が出てるけど、どうしてアタシには(不)しか出てないの?」
マンヌ(喜)「それはもちろん不良ですわ! 不良の不ですわ!」
ヨシエ(不)「ふーん」
マンヌ(喜)「あっ、やっぱり違いますわ。おそらく不機嫌の不ですわね。いっつも不機嫌そうにしていますもの。仏頂面の不機嫌少女ですの。でもその実は、格好つけて不機嫌なフリしたいだけのお年頃で」
ヨシエ(不)「そんなことないけど」
マンヌ(痛)「痛い痛い痛いれすわ! ほっぺをつねらないでくだひゃいまひ!」
ミィ(汗)「だ、だからケンカはダメですよぉ……どうでも良いけど、私って(汗)が多いですね……」
~閑話~
ヨシエ(不)「えっ何、今の?」
マンヌ(怒)「閑話? 閑話って単語が突然現れましたの。そして無理矢理話の流れを変えられたような気分になって、ちょっとだけイラッとしましたわ」
ミィ(汗)「確かにちょっとイラッと……って、閑話……? そ、そうだ! お、思い出しましたぁ! 多分」
ヨシエ(不)「突然何を思い出したの? もしかして、この浮かんでる文字とかについて?」
ミィ(汗)「は、はいそうです。多分ですけど。真っ暗な画面上で顔アイコンだけで話してるようなこの感覚。唐突に挟まる『閑話』。このノリは、ちーちゃんさんのSSモード……」
ヨシエ(不)「ちーちゃー?」
マンヌ(疑)「エスエス?」
ミィ(焦)「あっ、えっと……アレです! あの……アレ」
マンヌ(考)「アレじゃ分かりませんの。でも四天王であるミィさんが知っているという事は、また古代アイテムや人間の呪いって所ですの?」
ミィ(汗)「そ、そうです! 呪い……じゃないと思いますけど。まあ人間さんの仕掛けではあると言えなくもないかも」
ヨシエ(不)「で、この呪いは解けるの? いい加減鬱陶しいんだよねコレ。アタシも本当に不機嫌になるかも」
マンヌ(疑)「もうなってますの」
ミィ(汗)「えっとぉ……そうだ、SSモードの目的を達せば多分終わると思います。今いるこの場所、人狼の里に仕込まれたSSモード……つまり設定披露をすれば……どんな設定かは忘れちゃったんですけど……でもきっと、ここに関する豆知識みたいなのを言えば解決するかもです!」
マンヌ(考)「前半の説明はよく分かりませんでしたが、とにかく豆知識を披露すれば良いんですの? なんとも目的が分からない呪いですわね」
ヨシエ(不)「里についての豆知識か。そうだね例えば、マリアンヌの店についての豆知識ならあるよ。クッキーさんが来た時だけ、店長の化粧が濃くなる」
ミィ(驚)「えっそうなんですか? でも店長ってマリアンヌちゃ」
マンヌ(焦)「あー! あああーー! ああ”ああ”あ”あーーーー! 違いますの! 違いますの! ただ里のボスキャラであるクッキー様に、無様なお姿は見せられないと言うか、そういうのですわ! それよりそれより今は豆知識!」
ミィ(汗)「は、はい。変な文字は浮かんだままだし、ヨシエちゃんの豆知識は違ったみたいですね」
ヨシエ(不)「そっか。他にはそうだね……マリアンヌの店の店長はクッキ」
マンヌ(怒)「ああああー! もー! そういうのはやめてくださいまし! 里の! 里の豆知識ですわ! ……コホン。そうですわ、例えば人狼の里には……ええと……あの……狼が多いとか」
ヨシエ(不)「当たり前すぎるでしょソレ」
ミィ(汗)「それにやっぱり文字は出たままですし、違う豆知識みたいですね」
マンヌ(焦)「ぐぬ……そ、それならえっと……そ、そうですわ! お爺様から聞いたばかりの最新豆知識がありましたの! 実は最近のお肉たっぷり焼きそばブームのせいで、人狼の里の平均体重が三キロもお増えになられたのですわ!」
ミィ(驚)「さんキロもぉ!?」
ヨシエ(不)「そうなの? でも確かに最近、皆お腹に贅肉付いたみたいだね。アタシはむしろ痩せたけど」
マンヌ(怒)「何ですのその余裕ぶった態度は! 自分お一人だけスタイルを保ってるような言い方……ああ、実際保ってますわね……不愉快ですわ! ああもう、言わなければ良かったですの!」
ミィ(汗)「あぅぅ……贅肉の話は私にも刺さります…………贅肉……ぜい……ぜい……? ああ! また思い出しましたぁ!」
ヨシエ(不)「思い出したって、正解の豆知識を?」
ミィ(想)「はい、豆知識をです。完全に想い出しました。(想)になってますし。それでその豆知識とは……『人狼の里は……』」
ヨシエ(不)「人狼の……」
マンヌ(汗)「里は……?」
ミィ(想)「税金が安い」
マンヌ(納)「……確かにそうですわね」
「安いの? アタシはバイトの給料から税金取られるだけでムカムカするけど」
ヨシエちゃんはピンと来ていないようですが、実は私もピンと来ていません。税金の計算したことありませんし。お店を経営しているマリアンヌちゃんは納得して頷いていますが。
……っていうか、
「元に戻ってますぅ! やっぱり税金で合ってたみたいですね!」
「流石ミィさん、魔王城の幹部なだけはありますわね!」
「うん、助かったよミィ。ありがとう」
「えへへへぇうへぇ~」
私は褒められ、照れて頬を染めました。
頭をかきかきして、そしてふと思いついた台詞を、なんとなく口にしちゃいます。
「えっへへへひ……深刻な事態になる前に片付いて良かったです。税金なだけに深刻! 申告!」
渾身のギャグが決まりました。
どうです! どうです!?
…………でもヨシエちゃんとマリアンヌちゃんは、微妙な顔になりました。
「えっ今のダメですかぁ?」
「いや別にダメではありませんことよ……ねえ? お、オホホホホホ……」
「そうだね……でもとりあえず『閑話』って言っとく? 無理矢理話の流れを変えて、無かった事に出来るかもよ」
「……は、はいぃ」
~閑話~