第9話 ハイド・アンド・シーク
甲太郎はフォーデン村の西の森に入ると、周囲を見回し人が居ないことを確認する、念のために村からも見えないように木の陰に回りこむ。
「この辺りで良いか……、EOS起動、変身!」
右手首に装備した起動ドライバを、腕時計を見るような仕草で口元に寄せ、EOSを装着するためのコマンドワードを呟く。
すると、甲太郎の身体が陽炎に包まれたように揺らぎ、何も無い空間からEOSが『滲み出すように』現れ、彼の全身を覆ってゆく。
一瞬の後、そこに立っていたのは、黒地にグレーのラインを施した異形の戦士。
フルフェイスのライダーヘルメットに似た形状の頭部。
胸部・肩部・前腕部・下腿部から爪先までを強固な装甲が、それ以外の部位は軟性のダイバースーツのような物が覆っている。
さらにEOS……、『外骨格』の名の通り、両手足の側面と脊髄に沿って、パワーアシスト用のフレームが配置されている。
そして、外見上の最も大きな特徴が腰周りだ。
上半身と下半身のパワーアシストフレームの接続部であるベルト、その左右と背部にそれぞれ大型のウェポンコンテナが取り付けられており、シルエットだけ見れば、コートを着込んでいる様に見える。
これらのコンテナは、身体の動きに合わせて自動的に最適角・最適位置を保持するように可動し、装着者の動きを妨げることは無い。
コンテナは状況に応じて仕様違いの物に換装する事が可能で、様々なオプション兵装を携行することが可能となっている。
現在は右のコンテナに試作型対物拳銃を、左にはマチェット2本とアンチマテリアルピストルの予備弾倉を格納し、EOSのメインバッテリーも収納されている背部のコンテナには、フラググレネードとナパームグレネード、計6個のハンドグレネードが格納されている。
近年、装備の近代化が著しいテロリストや第3世界の武装勢力に対し、『歩兵を重武装化し、防御力と機動力を高め、損耗を極小にした上で敵戦力を無力化する』という、およそ無茶のバーゲンセールのような要求仕様を、『緊急展開システムによって運搬コストをほぼゼロに抑える』というオマケ付で実現したモノだ。
ただし、製造及びランニングコストが莫大で、現在量産化に向けたコストダウンと、ソフトウェア・ハードウェア双方の問題の洗い出し等が行われている。
甲太郎はEOSのシステムが正常に起動していることを確認すると、老婆から聞いた情報を声に出しながら再確認する。
「行方不明者は18歳男性、中肉中背。赤髪、碧眼。服装は白のシャツにグレーのズボン。名前はマーク」
さらに、人食いラプテイルの情報を整理する。
村に逃げ帰ってきた若者の話を、別の村人を通して老婆が又聞きした物なので、情報の正確性は下がるが、無いよりはマシだろう。
「対象害獣は2足歩行タイプの肉食性爬虫類。全高は大人3人分程度、およそ5~6メートルと推定。茶と黒の斑模様、顔に傷あり」
彼は一度深呼吸をすると、戦闘サポートAIに命じる。
「EOS、探査範囲最大。成人男性と、全高5メートル以上の生物の反応をピックアップしてくれ」
<探査モード設定完了。指定された反応を優先的にHMDに表示します>
「良し、行くか!」
まずは、方角と『徒歩で一刻程度』という情報を頼りに、生還した村人がラプテイルと遭遇したという座標に向かう。
甲太郎は、森の奥へと進む。
■北部街道、フォーデン村への途上
森と草原が広がる牧歌的な風景の中、街道を100台に及ぶ竜車と20騎程の騎兵が北上している。
トーラス王国魔族討伐軍1000名は、迅速にアードラ要塞に移動するため、全ての人員を竜車によって輸送していた。
魔族は50年周期で現れるが、その出現周期には数ヶ月間の誤差があった。
そのため予算の問題や、人員を全軍から選抜するため『手薄になる』所が出てくる、といった都合上、長期間アードラ要塞に十全な戦力を配置することが難しい。
結果、平時においてアードラ要塞に常駐するのは3~400名のみ、さらに行軍訓練などの名目で、他の街の部隊などが入れ替わり立ち替わり要塞に詰めるようになっている。
そして、いざ魔族の出現が確認されると、要塞から早馬を飛ばし、その報を受けた各所の街や集落がさらに早馬を出す、そうして網の目のように情報が国中に行き渡り、魔族討伐軍が編成される。
そういった『後手に回らざるを得ない』事情から、兵力を迅速に展開するために、全ての人員を竜車で輸送するという、破格の移動手段が採られている。
そんな竜車の一団、その先頭を進む騎馬隊。
自身もその一騎であるリューカは、前を走る騎馬に並走すると、騎手に話しかけた。
「ルーカス将軍、無理を聞いて頂いてありがとうございます!」
馬に揺られながらの会話、自然と声が大きくなる。
「なに、民を守るのは軍人の本懐。礼など無用に御座います」
よく通る声で答えたのは、白髪を撫で付けた中年の偉丈夫、ゲイリー・ルーカス将軍。
この第7次魔族討伐軍の指揮官である。
コルドールを出発し、街道上2番目の集落であるトルジー村に到着したリューカ達は、軍詰め所で、これも到着したばかりのフォーデン村の若者と顔を合わせた。
そして、フォーデン村がラプテイルの脅威に晒されている事、トルジー村の駐留部隊もアードラ要塞に人員を割かれ、ラプテイル討伐の部隊編成に時間がかかる事を知り、ルーカス将軍に行軍予定を早め、フォーデン村に急ぐよう進言したのだ。
(ちなみに、このフォーデンから早馬を飛ばして来た若者と甲太郎は、雨の中、道中ですれ違っているが、甲太郎は街道脇の木陰で雨宿りをしていたため気付いていない)
リューカは、王国の末姫であると同時に勇者でもあるという特異な立場ではあるものの、軍内部では十士長……、一個小隊の指揮官クラスでしかなく、もちろん全軍の指揮権など持たない。
そんな彼女の進言を、ルーカス将軍は聞き入れた。
それは、王族に取り入ろうと言う打算からではなく、先程の彼自身の台詞にもあった『民を守るのは軍人の本懐』という信念に基づく判断だ。
そして、それを疑う者は居ない。
将軍職に在りながら常に前線に身を置き、幾多の手柄を挙げた『猛将』。
ゲイリー・ルーカスとは、そのように評価される人物であった。
ルーカス将軍は言葉を続ける。
「しかし、我ら本来の任務は魔族の討伐。我らが村人の捜索とラプテイルの討伐を行うのは、トルジーの部隊が陣容を整え、フォーデンに到着するまでです。良いですね?」
「了解しました!」
リューカは答えると、馬を下がらせ隊列に戻る。
そして、空を見上げ太陽の位置を確認する。
この調子なら、もう少しでフォーデンに到着出来るだろう。
■フォーデン村の西、森の中
甲太郎は巨木に登り、EOSのセンサーで周囲を探査していた。
行方不明者も、人食いラプテイルも、まだ見つかっていない。
「またハズレか……」
眼下で枝の葉を食むサウラスの群れを見て、彼は落胆した。
森に踏み入り、人食いラプテイルの出現ポイントから捜査範囲を広げている甲太郎。
しかし、全高5メートル以上の生物の反応が多数あり、それをしらみ潰しにしているのだが、全て空振りだった。
「動きが制限される森の中だし、大型の生物は少ないと思ったんだけど……、アテが外れたな」
甲太郎は空を……、太陽を見る。
すでに太陽は西に傾き、その光は赤味を帯び始めている。
日が沈めば、夜行性の生物が活動を始め、森は様相をガラリと変えるだろう。
(急がないとな)
甲太郎はEOSが示す次の反応に向かって、木から木へと飛び移る。
葉を食んでいたサウラスが、その音を聞き付けて『何事か』と上空を見上げた。
■フォーデン村
フォーデンに到着した魔族討伐軍は、慌しく竜車から降り、一箇所に集合しつつあった。
「各部隊長は本陣前に集合ッ! 繰り返すッ! 部隊長は本陣前に集合せよッ!!」
兵士達の中を、伝令が声を上げながら走り抜け、それを聞いた部隊長達は本陣……、指揮官用の一回り大きなテントの前に集まる。
集まった部隊長達を見渡すと、ルーカス将軍が命令を下す。
「これより、ラプテイルの討伐と行方不明者の捜索を開始するッ! 2番隊から4番隊、8番隊から11番隊、15番隊から17番隊は森に踏み入るッ! あとの部隊はフォーデンの守りを固めろッ! 遅れている部隊が到着したら、交代で食事をとっておくように!!」
将軍の命令を聞き、リューカは一歩前に出て発言する。
「将軍、我ら1番隊にも是非、捜索・討伐の任をお与え下さい!」
「なりません。間もなく日没、森の中の危険度は跳ね上がります。殿下は勇者でもあらせられる、ここは他の者達にお任せ下さい」
ルーカス将軍は首を横に振るが、リューカは引き下がらない。
「無論、皆の力量を疑ってはおりません。しかし、王族であるからこそ、民の窮状を指をくわえて見ている訳にはいかぬのです!」
食い下がるリューカの顔を見据え、『これは梃子でも動かないだろう』と判断したルーカス将軍は、条件付で許可を出す。
「……わかりました。ただし、1番隊は20番隊と共に行動して頂きます」
「ありがとう御座います!」
リューカは胸に掌を当て敬礼すると一歩下がる。
その時、軍議の場に、兵士に先導された2人の村人が現れる。
1人は禿げ上がった頭の中年男性、もう1人は高齢の女性……、甲太郎に行方不明者の捜索を依頼した、あの老婆だ。
先導していた兵士が、『村長ともう御一方をお連れしました』と報告し、引き下がる。
「お待ちしておりました、魔族討伐軍指揮官のゲイリー・ルーカスです」
ルーカス将軍の自己紹介に、恐縮しながらも中年男性が答える。
「お目にかかれて光栄でごぜぇます。私は村長のジグ、こっちはマギノと申します。来て下さって、本当に感謝しとります」
「日没まで時間がありません、すぐに仕事に掛かります。トルジーで状況は聞いていますが、その後何か変わったことは?」
村長はマギノ婆さんを見ると、申し訳なさそうに答えた。
「へえ、それが……。このマギノ婆さんが、たまたま村に立ち寄った旅の人に、マークを探して欲しいと依頼したそうで……」
周囲の部隊長達、さらにその周りの兵士達がざわめく。
ルーカス将軍も驚いた表情を浮かべ、さらに村長に尋ねる。
「まさか、その旅人とやらは……」
「へえ、1人で森に入って行ったそうです」
ざわめきは更に大きくなり、将軍は苦々しく呟く。
探す対象が増えたのだ、頭を抱えたくなるのは道理だった。
「何てことだ……。その旅人はどのような人物でしたか?」
村長に促され、マギノ婆さんが答える。
「はい……、名は聞いとりませんが、黒髪黒目の青年で、奇妙な出で立ちをしとりました」
マギノ婆さんの言葉に、驚きの声が響いた。
「なんだってッ!?」
その場に居る全ての人の視線が、リューカに注がれた。






