第10話 ジャイアント・キリング
■フォーデン村、魔族討伐軍本陣前
「黒髪黒目で灰と白の斑模様の服、ですか……。まず間違いなく、ベッカー殿が推挙すると仰っていた人物でしょうね」
森に踏み入る準備をしながら、フランシスカ・ギャレットが話し始めると、アーベル・クルスがそれに答える。
「しかし、『英雄』が認めた人物とはいえ、一人でラプテイルが潜む森に立ち入るとは……、死に急いでいるとしか思えん。全く!」
既に、二つの太陽は地平線に隠れつつある。
魔族討伐軍1番隊を始め森に入る部隊は、ラプテイルとの戦闘や、夜闇で活動するための松明やランタン、そして携行糧食の準備に追われていた。
「まあそう言うな、アーベル。私が同じ立場なら、やはり同じ事をしたと思うぞ」
リューカがそう言うと、アーベルは顔をしかめる。
「姫様……。常々申し上げておりますが、姫様はもっと王族としての自覚を持ち、御身を――」
「あぁもう! すぐにクドクド言い始めるのはお前の悪い癖だ! フランもそう思うだろう?」
アーベルのお小言を遮って、リューカは栗色の髪の女兵士に同意を求めるが、返ってきたのは素気無い答えだった。
「この件に関しては、アーベルが正しいかと」
「ぬあぁぁ……、敵が増えたッ!」
そんなやり取りをしていると、一人の兵士が近づいてきてリューカに敬礼する。
その背後には、14名の兵士が整列していた。
「お待たせしました。我ら20番隊、将軍の命により1番隊の指揮下に入ります!」
「おお、来たか! よろしく頼むぞ」
「こちらこそ。殿下を始め、剣技大会上位者の方々とご一緒できて光栄です」
リューカ率いる1番隊は、勇者選定の剣技大会において、上位の成績を残した者達で編成されている。
勇者であるリューカは、その聖剣で『魔界の門』を封印する……、つまり、敵陣の最深部まで切り込む必要がある。
そのため、勇者の直掩として腕利きが集められているのだ。
「これより探索を開始する! 行動の刻限は夜明けまでだが、不測の事態に遭遇した場合、探索の続行・中断の判断は各部隊長に一任するッ! では、行動開始ッ!!」
ルーカス将軍の号令が響く。
「よしッ! 総員、明かりを絶やすな! 互いの位置を常に把握し、単独行動は慎めッ! 1番隊及び20番隊、前進ッ!」
将軍の号令に続き、各部隊長が『前進!』と命令を発する。
リューカも、自身が指揮する1番隊・20番隊の混成部隊、計29名に前進を命じる。
空は夕闇……、しかし、日の光を遮る森の中は、一足先に夜の帳が下りていた。
■フォーデンの西の森、詳細位置不明(GPS測位不可)
甲太郎は巨木の陰に身を隠しながら『それ』を観察していた。
未だ行方不明の村人は見つかっていない……、だが。
(2足歩行、全高約6メートル、茶と黒の斑模様、とどめに顔の傷……。間違いないな)
200メートル先、EOSのセンサーが捉えた大型生物、それは、老婆から聞いた人食いラプテイルの特徴に、見事に合致していた。
その姿は、誰が見ても『肉食恐竜だ』と答えるだろう恐ろしげな物だ。
ティラノサウルスのような胴体に、ワニの様な頭、ズラリと生え揃った牙に大きな爪。
(強いて言えば、背ビレの無いスピノサウルスって感じか)
EOSの望遠、及び暗視モードによって克明に映し出される対象の姿に、甲太郎はそんな感想を抱いた。
現在、対象は食事の最中だ。
地に倒れるサウラスと思われる恐竜に、一心不乱に食い付いている。
サウラスから未だ血が流れ出ているところを見るに、自身で狩った『新鮮な』獲物であるらしい。
(腐肉食いじゃなくて捕食者か、危険極まるな……。それにしても……)
既に日は没している、探索を始めて10時間近くが経過しているが、マークと言う村人は発見できていない。
EOSのセンサーにも引っかからないような、そんな場所に隠れているのだろうか、それとも……。
甲太郎の脳裏を、最悪の可能性が過ぎる。
彼は頭を振り、嫌な予感を払った。
(……あいつを倒して、腹を掻っ捌けばわかる事だ。何れにせよ、安全確保の為に、害獣は駆除しなきゃならない)
左腰のコンテナからマチェットを抜刀する。
(幸いあいつは食事中。隠密接敵して……、って!?)
甲太郎が行動しようとした矢先、ラプテイルが急に周囲を伺い始め、そして『東』に向かって歩き出した。
(ちょっと待てッ! なんで『フォーデン村の方』に向かってるッ!?)
EOSのセンサーにも、東には特に何の反応も無い。
しかし、ラプテイルは何か嗅ぎ付けたのか、真っ直ぐに東を目指している。
「ああもうッ!」
甲太郎は木陰から飛び出すと、ラプテイルに向かって走り出す、200メートルの距離を数秒で、それこそ飛ぶ様に駆け抜ける。
ラプテイルも自身に近づく存在に気付き、歩みを止める。
「グオォォォォ――――ッ!!」
威嚇の咆哮が響くが甲太郎は構わず突撃し、すれ違いざまに首めがけてマチェットを振るう、しかし――――。
「ッ!?」
手応えはあったが、浅い。
すれ違い、十数メートルの距離を空けて身を翻し、ラプテイルと相対する。
ラプテイルは首を反らすと同時、サイドステップで致命傷を避けたのだ。
マチェットは皮膚を切り裂いたのみ、その傷口は浅く、血が滲む程度……、大きな血管を断つまでには至っていない。
「オォォォォォ――――――ンッ!!!」
今度は怒りからの物だろう、再度の咆哮が響き渡る。
「クソッ! 図体の割りにすばしっこいッ! なら――」
甲太郎はラプテイルの足に狙いを定める。
「まずは機動力を殺ぐッ!」
■フォーデンの西の森、魔族討伐軍1番隊・20番隊
リューカ率いる混成部隊は小休止を挟み、探索を続けていた。
20番隊に狩人出身の兵士が居たこともあり、森の中での行動はスムーズに進んでいる。
「我々は王国軍だ! 助けに来たぞ!」
一人が声を上げ、それ以外の兵士は耳を澄ませて返答が無いか周囲を探る。
しかし、聞こえて来るのは木々のざわめきと、暗闇に潜む虫や動物が蠢く音のみ。
「見つかりませんね……。他の部隊が首尾よく救出していれば良いのですが」
「随分と弱気じゃないか、フラン。これだけの人員で捜索しているんだ、村人は必ず見つかるし、もしラプテイルが出ても、俺が切り伏せてやるさ」
「アーベル、貴方の剣の腕と能力ならそれも可能でしょうが、姫様もいらっしゃるのです。村人はともかく、ラプテイルとの遭遇は避けたいのですが」
「……そうだったな、失言だった」
アーベルとフランがそんなやり取りをしていると、耳聡いリューカが会話に割り込む。
「む……、私の能力も、相手を倒すことは出来ずとも、相手に倒されることも無いのだぞ。後は私の剣の腕次第! ラプテイルとの遭遇、望む所だ!」
「姫様、能力はその行使にエーテルと体力を消耗します。万能ではないのです、あまり過信されませんように」
フランがリューカに釘を刺す、すると……。
「ォォォォ――――――……」
どこか遠くから、獣の咆哮が聞こえてきた。
「待てッ! 全員静かにッ!!」
リューカが命じ、全員が動きを止め、息を潜める。
すると、再度『オォォォ――――――……』という咆哮と、僅かに『ズンッ、ズシンッ』という、巨大な生物が大地を蹴る様な音が響いてくる。
「こっちかッ! 総員抜剣ッ、行くぞッ!!」
「姫様ッ! お待ち下さい!」
咆哮が聴こえた方角を見定め、駆け出そうとするリューカをフランが止める。
しかし、リューカは逆にフランを諭す。
「わからんか!? あれはかなり大型のラプテイルの鳴き声だ。それが暴れていると言うことは、獲物を追っている……、今まさに件の村人が食われようとしているのかも知れんのだッ!!」
「……わかっています。しかし、姫様はお下がり下さい。アーベル、貴方が先行して下さい」
「了解ッ! 皆、続けッ!!」
アーベルが号令を発すると、皆その後に続く。
「……ッ!」
リューカも、皆の背を追う。
皆の先頭に立つ『勇者』と、皆に守られる『王族』という、二つの立場の背反性に、忸怩たる思いを抱えながら。
■フォーデンの西の森、芹沢甲太郎
「まずは機動力を殺ぐッ!」
甲太郎がラプテイルの足に狙いを定め、駆け出そうとした矢先、今度は戦闘サポートAIが警告を発する。
<警告! 12時方向より所属不明固体多数接近中>
「何だッ!? こんな時にッ!」
HMDの戦術マップに、多数の光点が表示される。
<走行音より、所属不明固体は重武装の歩兵と推定。総数30、接触まで後2分>
「……こいつがいきなり動き出したのはコレが原因か。討伐に来た王国軍か? 随分と到着が早いが……。何にせよ、このまま接触すれば被害が出かねない」
彼は、コンテナからマチェットをもう一本引き抜くと、二刀流の構えをとる。
「次で仕留めないとな」
そう言うと、甲太郎はフルパワーで地を蹴り、文字通り一瞬でラプテイルとの距離を詰める。
今度は相手の脇を通り抜けるのではなく、限界まで姿勢を低くして股の間を潜り抜ける。
そして、両手のマチェットで、ラプテイルの右足を切り付けた。
両手に確かに伝わる手応え、ラプテイルの右足に深く刻まれる二筋の刀傷。
血を垂れ流しながら、獰猛な捕食者は咆哮と共に地に倒れ伏す。
起き上がろうともがくラプテイル、しかし、甲太郎は隙を逃さず、即座に追撃を行う。
倒れ暴れるラプテイルの背中側から近づくと、その首を切り付ける。
骨が露出するまで深く切りつけられ、血が噴水のように吹き上がった。
『ギャッ!』という短い鳴き声を最後に、ラプテイルは手足の動きを急速に弱め、そして、完全に動きを止めた。
「ふう……」
戦いが終わり、甲太郎が一息つくと、AIが再度警告を発する。
<警告! 間もなく所属不明固体と接触します>
「うわッ! やっべぇ!」
見れば、木々の間を小さな火が揺らめいている。
「EOS解除!」
甲太郎が起動ドライバにコマンドワードを呟くと、変身時の映像を逆再生したように、EOSが何も無い空間に溶ける様に消えてゆく。
そして、『ガサリ』と下草を掻き分けながら、複数の人間が姿を現した。
彼らが持つ松明やランタンの明かりが、彼等自身と周囲を照らし出す……、トルジーで見た軍人と同じ鎧を身に付けた人々、間違いなく王国軍の討伐隊だろう。
「何だ……、これは……!?」
討伐隊の先頭に居る金髪の男が、絶命したラプテイルを見て呟く、その顔には驚きの感情がありありと浮かんでいた。
いや、金髪の男だけではなく、その場の全員が驚きの表情を浮かべている。
「……おい、お前がやったのか?」
金髪の男が甲太郎に問いかける。
「は? ……あの、えーっと」
(やばい……、言い訳全く考えてない! YESと答えていいのかこれ? いや、どう答えても絶対怪しまれる!)
元々、甲太郎はラプテイルを駆除した後、村人に『ラプテイルが死んでました』と虚偽の報告をしようと考えていた、こんな状況は想定していない。
彼が答えに窮していると、またも草を掻き分けて、別の人物が姿を現した。
「どうしたアーベル! 何があ……った!?」
現れたのは、長く美しい銀髪をポニーテールにした女性、いや、少女といった年頃の人物。
彼女もラプテイルの死体を見て驚きの表情を浮かべているが、それでも恐ろしく顔立ちの整った……、『美女・美少女』と呼ぶのも憚られる容姿の少女だ。
甲太郎は思わず見惚れるが、すぐに違和感に気付く。
(この娘も軍人なのか? なんというか、場にそぐわないし、一人だけ装備が違う……)
「姫様! 危険です、お下がり下さい」
「危険も何も、ラプテイルはもう死んでいるように見えるが?」
金髪の男が、ポニーテール少女に注意を促すが、少女はそれをあしらう。
(……は? ひめさま?)
甲太郎の頭は一気に混乱する。
(え? 王族がこんな最前線に出て来るの? そりゃぁ、日本でも昔、やんごとなき血筋の方々が戦争に出てたって聞いたことはあるけどさ……。ああ! ガチ王族じゃなくて、どこかの貴族のお姫様ってことか?)
彼がそんなことを考えていると、当の少女が、甲太郎に話しかけた。
「君、君だ! 黒髪の君! コータロー殿で間違いないな?」
「あっハイ!」
思わず答えてから、甲太郎はいよいよ混乱の極みに達する。
「いや、あの……、何故自分の名を? 貴女は一体……?」
眼前の美しい少女は姿勢を正し、名乗りを上げる。
「失礼した、私はリューカ・アルゼー・ウィクトーリア。王国軍人にして、このトーラス王国を統べる、ウィクトーリア家の末姫である!」
リューカは名乗り終えると、『ニカッ』と笑みを浮かべる。
名乗りの時の凛々しい所作も、今の歳相応の表情も、卑怯なくらいに様になっていた。
「……う」
甲太郎は引きつった様に言葉を搾り出す。
「う?」
リューカが首を傾げる。
「うっそおおぉぉぉ――――――――ッ!!?」
甲太郎の叫びが、夜の森に木霊する。
まん丸の月、そこに住まう鳥は、何時もの様に、夜空にその翼を広げていた。




