第11話 騒ぎの始末
■フォーデンの西の森
自らを王族であると言い、リューカと名乗った銀髪の少女は、甲太郎の驚愕の叫びを聞くと、『ニヤリ』と唇の端を吊り上げて笑った。
「そこまで驚かれるとはな、名乗った甲斐もあると言うものだ」
そう言うと、ラプテイルの死体と甲太郎を交互に見比べる。
顎に手を当て、何事か考える素振りを見せると、金髪の兵士と同じ事を甲太郎に問いかけた。
「このラプテイルを仕留めたのは、貴方か?」
すると、そのアーベルと呼ばれていた金髪の兵士が声を上げる。
「お待ち下さい! 状況に不審な点が多過ぎます!」
アーベルはラプテイルの右足を指し示し、さらに続ける。
「右足には2本の傷が平行に刻まれていますが、この者が帯剣しているのはショートソード1本です。実戦で、最初の切り口に沿って、これほど正確に2撃目を入れるなど不可能です! さらに、この者は明かりを持っていません! 暗闇でこれ程の大物を相手に立ち回ったなどと、荒唐無稽にも程があります!」
アーベルが言う通り、不審な点が多すぎるこの状況……、他の兵士達がざわつき始める中、銀髪の少女は変わらず、泰然自若とした様子で甲太郎を見据える。
「彼はこう言っているが……。コータロー殿、如何に?」
リューカの視線を真っ向から受けて、思わず気圧されそうになる甲太郎。
彼は少しの間逡巡した後、搾り出すように答えた。
「その……、自分が……、やりました。はい」
後頭部を掻きながら、申し訳なさそうに答える甲太郎を見て、リューカは目を丸くすると、急に笑い出した。
「ぷっ! あははははッ! そ、そんな、取調べを受ける罪人じゃああるまいにッ! くくくッ。自身の手柄だと言うのなら、もっと胸を張っていれば良いだろう!」
「そんなッ! 姫様、これはどう考えても――――」
アーベルが尚も意見しようとするが、リューカは目尻を擦りながら(笑い過ぎて涙が出たようだ)遮るように語りかける。
「そうは言うがな、ここに居るのは我々以外には彼だけなのだぞ?」
「しかし、この有様は……」
「『そのような能力』なのだろうよ。軍に属さぬ傭兵の類は、自身の能力を切り札として隠すと聞く、それが稀有なものであれば尚更だろう?」
「…………」
完全に納得したわけではないだろうが、アーベルは説き伏せられ、一礼するとリューカの背後に下がる。
それを確認すると、リューカは甲太郎に向き直り、軽く頭を下げた。
「笑ってしまってすまない。だが、決して侮蔑の意図があった訳ではないのだ」
「いえ! 全く気にしておりません! はいッ!!」
直立不動で答える甲太郎に、再度吹き出しそうになりながらリューカが答える。
「王族と言ったが、あくまで今は一介の軍人だ。そう硬くならないでくれ」
「はぁ、……努力します」
彼女は肩を竦めると、ラプテイルの骸に目を向ける。
「貴方のおかげで問題の一つは片付いた訳だが……、村人は見ていないか?」
「いえ、残念ながら」
「そうか……。そうなると、村人の捜索は他の部隊に任せるとして、この死体をどうにかしなければならんな」
ここで、甲太郎は戦闘前に考えていたことを提案する。
「あの、このラプテイルをフォーデンまで運ぶ事は可能ですか? 少なくとも、首と胃袋だけでも」
「首は分かるが、胃袋? ……ああ、そういう事か」
リューカは疑問を口にするが、すぐさま甲太郎の意図を理解し、眉を顰めた。
そんな少女に、酷い提案をする事を申し訳なく思いながら、甲太郎は続ける。
「行方の知れないマークという村人が『何処に居るのか』は分かりませんが、少なくともこの個体は、既に一人食害しています。村に運んで、村人立会いの下で、胃の内容物を確認する必要があるかと……」
「そうだな、その通りだ……。フラン! フォーデンに残っている部隊に、念動の使い手が何人か居たな?」
リューカに呼ばれたフランという栗毛の女兵士が答える。
「はい、居りますが……、丸ごと運ぶおつもりですか?」
「無茶は承知だが、残滓を放置して別の獣が釣られて来るなんて事は避けたい。部位ごとに解体して運搬するつもりだが、解体するにも我々の装備では心許ない。骨なぞ伐採用の斧か鋸でもなければ断てんだろう」
周囲の兵士が持つのは、剣やショートスピア、枝払い用の鉈や弓だ、確かに、こんな大物の解体には役不足だろう。
「と、いう訳だ。数人見繕ってフォーデンへ伝令を出してくれ。解体用の道具と、可能であれば竜車も何台か寄越してもらって、協同で運ぼう」
「了解しました」
フランに指示を出し終えたリューカは、今度は甲太郎に向き直る。
「幾つか話したいことがある。暫くの間、行動を共にしてもらえるとありがたいのだが……」
「……わかりました」
特に断る理由も無く、そしてもし断れば『怪しい奴め!』からの『身柄拘束、連行、取調べ』という展開が予想できたため、甲太郎はリューカの提案を了承した。
■フォーデン村
あの後、解体した人食いラプテイルを、念動の能力者とサウラスの力でフォーデンまで運搬し終える頃には、空は白み始めていた。
現在、村の広場では村長をはじめ数人の立会いの下、ラプテイルの腹が開かれている。
そんな中、甲太郎は待機を命じられたリューカ、アーベル、フランの3人と、村人の捜索に関する情報交換をしていた。
だが、その話の最中、フォーデンに居る部隊の規模が大き過ぎる、と不審に思った甲太郎がその事を聞くと、思わぬ答えが返ってきた。
「ん? いや、我々は魔族討伐軍だが?」
「魔族討伐軍!? ラプテイルの討伐隊じゃないんですか!?」
「ええ、トルジーの駐屯部隊が準備に時間が掛かるため、我々が急行してきたのです」
「元々アードラへ向かっている最中だったからな。編成に時間がかかるトルジーの部隊より、我等の方が早いさ」
リューカの返答に驚く甲太郎、フランとアーベルがそれぞれ状況を補足する。
甲太郎は、目の前の彼らが魔族討伐軍であることを知ったことで、更に生じた疑問を口にする。
「……そうなると、『聖剣を持つ勇者』が同行しているんですよね?」
「貴様は本当に何も知らんのだな……、目の前にいらっしゃるだろうが。姫様が今代の勇者であらせられる!」
アーベルが心底呆れたという表情で、甲太郎に答える。
「ええぇぇッ! 姫様が勇者ぁッ!?」
「何だその反応は! 何か文句でもあるのか!?」
「アーベル、いちいち絡まないで下さい。話が進みません」
驚く甲太郎、その反応が癪に障ったのか、アーベルが甲太郎に突っかかるも、フランがそれを宥める。
「全く……」
アーベルは引き下がったものの、納得はしていないようだった。
そこへ、フランが追撃する。
「気にしないで下さい。アーベルは貴方が『英雄であるベッカー殿のお気に入り』なので、嫉妬しているだけです」
「お、おい! フランッ!?」
「へ? 『ベッカー』って、コルドール村のバルド・ベッカー先生ですか?」
慌てるアーベルと、思わぬ人名が飛び出し、間の抜けた返事をしてしまう甲太郎。
「ああ、そうだぞ。……その様子だと、貴方は彼が何者か知らずに師事していたのか?」
「ええ、まあ」
リューカの答え、そして問いに首を縦に振る甲太郎。
すると、またぞろアーベルが攻撃的な視線を甲太郎に向ける。
「本当に、貴様は……」
「だからやめんか、アーベル! ベッカー殿も仰っていただろう、コータロー殿は『変わり者だ』と」
アーベルを嗜め、リューカは甲太郎に事情を説明する。
「ベッカー殿は若かりし頃、幾多の勲功を挙げ、その大剣を自在に振るう戦いぶりから『剛剣』と謳われる英雄なのだ」
人差し指を立て、得意げに語る銀髪の少女。
その様子から、英雄や、その活躍譚が好きなのだろう、という事が伺える。
「コルドールを通過した際に、ベッカー殿にお会いしたのだがな。その時にコータロー殿を魔族討伐軍に推挙したいと言われたのだ」
リューカの話を聞き、甲太郎は思わず頭を抱えた。
(先生そんな凄い人だったのかよ! 確かに所々只者じゃない感じはしてたけども! っていうか、そういや討伐軍に推挙するとか言ってたッ! 俺のことを心配してくれての事なんだろうけどッ! すんません先生ッ! ちょっと余計なお世話って言うか、事態がややこしくなったって言うかーッ!!)
いきなり懊悩し始めた甲太郎を、不思議なものを見る目で見つめるリューカ、アーベル、フランの3人。
すると、そこにフォーデンの村長が現れる、表情は暗い。
「村長殿、どうでしたか?」
フランが話しかけると、村長は深く頭を下げた。
「姫様、皆さん、私どものためにご尽力頂き、まっことありがとうごぜぇます。食われた2人も、湖の畔で感謝しとるでしょう」
甲太郎、そしてリューカ達3人は、村長の言葉で状況を察する。
皆、揃って肩を落とした。
「特にコータローさん、あなたがヤツを倒してくれたそうですね……。マギノ婆さんも『孫を見つけてくれてありがとう』と……」
「孫?」
甲太郎が村長に問う。
「へぇ、マークはマギノの孫でして……」
「……そうでしたか」
甲太郎は、深く息を吐く。
思えば不審な点はあった、老婆……、マギノ婆さんが村長に相談もせずに捜索依頼を持ちかけて来た事、そしてマギノ婆さんが行方不明者の服装まで知っていた事だ。
同じ村の住人で『顔見知り』であれば、『村の誰某が~』と言えば、その人物の顔を思い浮かべることが出来る、それだけで情報伝達としては事足りる。
ラプテイルに襲われて逃げ帰ってきた村人の話を、別の村人から又聞きしただけなのに、マギノ婆さんは行方不明者……、マークの服装まで知っていた。
つまり、マギノ婆さんは狩りに出掛ける前のマークと顔を合わせており、心配のあまり村長に断り無く、独断専行で甲太郎にマークの捜索を依頼した事になる。
家族であるという可能性は、十分に考えられたのだ。
(何というか……、帰還に拘るあまり、色々と迂闊になってる気がするな。……もっとシッカリしていれば、マークさんも救えたんだろうか?)
自問自答する甲太郎に、村長は再度頭を下げる。
「重ね重ね、本当にありがとうごぜぇます」
甲太郎も頭を下げ、すまなそうに答えた。
「いえ。人が食い殺されるのはあんまりだ、と思っただけですし。結局、間に合いませんでしたから、そんなに畏まらないで下さい」
「いや、そんな! 問題のラプテイルを退治してくれたんです、本当にありがたい事ですし、なにかお礼をせんと!」
村長が『お礼』と言ったその時、唐突にリューカの声が響いた。
「村長殿! その件だが、私に任せてもらえないだろうか? 王国から褒賞を出すよう、王都に掛け合おう!」
自身の胸を、銀鎧の上から『ドン』と叩くリューカ。
「「へ!?」」
唐突な提案に驚く村長と甲太郎。
アーベルとフランも目を丸くしている。
「功あらば報いる、罪あらば罰する。それが、人を……、国を統べるために肝要な事だからな!」
王族らしい自信に溢れた様子で、銀髪の少女は、そう言い切った。




