第50話 オーバー・ザ・ホライゾン
「何だ、随分と辛気臭い空気が流れとるな。作戦前からそんな調子でどうする?」
多目的ルームに姿を現した長道博士は、器用に方眉を吊り上げながらリューカ達を叱責する。
「いっくら入念に準備しようと、絶大な力を誇ろうと、当人達がそんな調子じゃぁ成功するモンも成功せんぞ」
「あの、長道博士……。一体何の用件で?」
京子が問う。
すると、老化学者は『おお、スマンスマン』と頭を掻きながら、懐から手の平大の金属ケースを取り出した。
「こいつをアズー君に渡そうと思ってな……。餞別だ、持って行け」
そう言うと、長道博士はアズーの手に半ば押し付けるようにして、その金属ケースを握らせた。
「ドクター長道……、これは?」
アズーが疑問の声を上げた。
文字通りの鉄面皮、表情は読めないものの、言葉の『間』から彼が困惑しているのが聞き取れる。
「過酷な環境に耐え得る品種を何種類かまとめて入れておいた。一度に使うなよ? 経過を見ながら少しづつ、慎重にやれ」
「ッ……!? しかし、貴方はコレを拒否したはず! 何故……?」
いよいよ混乱したのか、いつもの落ち着いた口調から一転し、言葉に感情が籠るアズー。
対する長道博士はいつもと変わらず、飄々とその疑問に答えた。
「土産の一つも持たせてやろうと思ったのさ。お前さんとはもう会う事は無いのだからな」
アズーは手の中の金属ケースを見、そして長道博士に視線を移す。
「…………感謝します」
「礼などいらん、何も言うな。言っただろう? 『主義に反する』とな。後はお前さんがここで得た知識と、そこから導く創意工夫次第だ。上手くいくことを祈っとるよ」
そう言うと、長道博士はリューカに向き直る。
銀髪の少女は『ビクリ』と体を震わせた。
「あー、何もせんから安心してくれ。ウィクトーリアさんにはコレを……」
長道博士は懐からお守りを取り出し、リューカに手渡す。
「諸願成就のお守り、『物事が上手くいきますように』という願いを込めた……アミュレットやタリスマンと言った方が分かりやすいか? まあ、そんなような物だ。宗教上の問題が無ければ持って行きなさい」
「あの、ありがとうございます」
頭を下げるリューカ。
長道博士は照れくさそうに3人に背を向けると、『ではな』と手を振りながら多目的ルームから出て行った。
リューカは自分の手の中のお守りを興味深そうに眺めた後、今度はアズーが持つ金属ケースを覗き込んだ。
「それは……、何をもらったんだ?」
アズーは少し考え、一言だけ答える。
「希望さ」
その返答に、リューカはニヤリと笑う。
「そうか……。お互い良いモノをもらったな。ここまで良くしてもらったんだ、今度は我らが力を尽くす番だ」
「理解している」
リューカがお守りをポケットに仕舞い込み、アズーが金属ケースを胸部のメンテナンスハッチに放り込むと、警備班の隊員が入室してきた。
「作戦開始時刻です。貨物用エレベーターは応急修理してありますので、それを使って地下5階ゲートルーム前までおいでください」
「わかりました。すぐに向かいます」
京子の返答を聞いた隊員は、回れ右をして退室する。
それを見送った京子は、リューカとアズーの顔を交互に見て口を開いた。
「最後に、本作戦に関して何か質問は? 尤も『魔界に行って、甲太郎を見つけて、アズー君とは現地解散してリューカちゃんと甲太郎の2人で日本に帰還する』っていう、作戦と呼ぶのも烏滸がましい単純明快な内容なんだけど……」
その問いに、リューカとアズーは揃って首を横に振った。
「いえ、ありません」
「逆に、複雑な計画はそれだけ失敗する可能性が高まる。単純であることは良い事だろう」
「おーけぃ。それじゃ、行きましょうか!」
京子は大きく頷くと、白衣を翻して歩き出した。
■研究棟地下5階
応急修理と呼ぶのは些か無理のある、床面に鋼板を敷いただけの(時間が無かったのだから致し方ない事だが)貨物用エレベーターで地下5階に降り、ゲートルームに繋がる通路に出たリューカ達は目を見張って驚いた。
数十メートルはある通路の両脇に、ずらりとCTRaSの隊員達が整列していたのだ。
一番奥、ゲートルームへの入口の所には渡良瀬中佐の姿も見える。
リューカとアズーを見送るために集った者達だ。
中には、先程の戦闘で負傷した者の姿もある。
渡良瀬中佐は自身の統合情報端末を使い、5階の司令室に指示を出す。
「HQ及び研究班はホライゾンゲートの観測を開始しろ。どんな些細な事でも、異常があれば即時報告するように」
『HQ了解』
指示を出し終えた渡良瀬中佐は、一歩前に出るとリューカとアズーを見て、唐突に大音声で号令をかけた。
「総員気をつけッ! リューカ・アルゼー・ウィクトーリア、及びアズー両名に対し、敬礼ッ!!」
『ザンッ』と、その場の隊員たち全員が姿勢を正し、右手を目の前に掲げる。
その所作は、甲太郎がヘレネア山で見せたものと同じ、この世界の敬礼だ。
リューカの胸の中に熱いものがこみ上げてくる。
僅かに頬を紅潮させながら、銀髪の少女は敬礼する隊員たちの間を進む。
背筋を伸ばし胸を張り、真っ直ぐ前を見つめて確かな足取りで進むその姿は、正に威風堂々という言葉が相応しい。
そして、その後にアズーが続く。
3メートル近い全高とそれに匹敵する横幅の彼は、両脇の隊員達にぶつからないよう注意しながら、なるたけ身を縮めて慎重に歩いてゆく。
そんな2人の対比がコミカルで、その場に和やかな空気が流れる。
リューカとアズーはゲートルームの手前に辿り着くと、クルリと身を翻し、見送りに集った人達と向き合う。
先程とは逆に、一番手前に渡良瀬中佐、続いて通路両脇の隊員達、そして一番奥に京子の姿がある。
リューカは胸に掌を当てる王国軍式の敬礼で応えると、謡うように声を張り上げた。
「皆の力添えに感謝を。期待に応え、必ずやコータローを連れて戻ります!」
その言葉が終わるやいなや、敬礼していた隊員達は口々に激励の言葉を叫ぶ。
『頑張れよ!』、『気をつけて!!』といった励ましの言葉が乱れ飛ぶ中、最奥の京子が拳を前に突き出し、親指を天に向かって突き立てた。
リューカは同じゼスチャーでそれに応えると、アズーを伴いゲートルームへ進む。
ゲートルームへの入口……クリーンルームに入り背後の扉が閉まると、隊員たちの励ましの声、その喧騒も遮られ一気に静かになる。
『シュー』という空気洗浄の音を聞きながら、リューカはポツリと呟いた。
「……良いものだな」
「何か?」
その声を聞いたアズーが問う。
しかし、リューカは首を横に振った。
「いや、何でもない」
そう答えながらも、彼女の表情は晴れやかだった。
リューカは今、かつてない充足感に包まれていた。
自身の願いと周囲の思惑が合致し、何の憂いも無く前に進むことが出来る……。
かつて、王国軍に入隊すると言った時、周囲の人間は皆反対した。
今でこそ理解を示し、共に軍務に服するフランとアーベルも当初は強硬に反対したものだ。
まあ、当たり前の事ではある。
守るべき相手が、進んで危険に身を晒すことを是とする護衛など居ない。
そして、聖剣を担う勇者の任を拝命した時は、周囲の人間は皆祝福したが、その役目は彼女が望んだものではなかった。
父王によって勇者選定が歪められ、その結果として勇者になる事は本意ではなかったのだ。
だが今……、彼女は自分自身で使命を見定め、そしてそれを応援してくれる人たちに送り出され、危地へと赴く。
『ブルッ』と体が震える。
『戦士の歓喜』……、日本語で言えば武者震いだ。
クリーンルームを抜け、ゲートルームを進み、ホライゾンゲートの前に立つ。
すると、室内のスピーカーから声が聞こえて来た。
『こちらHQ。ゲートジェネレイター正常稼働中。停電によるシステムへの影響は認められず』
『流入エーテル量、及び周波数スペクトル放射パターン、共に安定しています』
『お2人とも、お気をつけて!』
その声を聞き、リューカとアズーは顔を見合わせた。
リューカは唇の端を吊り上げ笑うと、左手首の起動ドライバを口元に寄せる。
「EOS起動! 変身!!」
一瞬で白い鎧を身に纏ったリューカは、アズーの背中……京子から渡され背部マウントラッチに取り付けられたコンテナの上に飛び乗った。
「よし! このままゲートに飛び込んでくれ。世界の狭間をBSブースターを使って最短で突っ切るぞ!!」
「了解した」
そして2人はホライゾンゲートにその身を躍らせる。
ゲートはその表面を波打たせ、一際強い光を放ち2人を飲み込む。
その後、光は収まり……ホライゾンゲートはその身に無人の室内を写し出した。




