第17話 将軍のメソッド
トーラス王国北部街道。
その終着点に、ヘレネア山を封じるために建造された軍事拠点、『アードラ要塞』が存在する。
歴史を紐解けば北部街道そのものが、アードラ要塞建設用の物資運搬のため、そして魔族の出現に際し、迅速に軍を展開するために整備されたものであるし、街道上の集落も、進軍する軍勢の中継拠点として機能することを期待されて開拓されたものであった。
アードラ要塞は第2次魔族侵攻後に建造が開始され、第3次侵攻前に完成したものの、その後も修復や拡張工事を繰り返し、『難攻不落』の言葉に相応しい威容を誇る。
そんな巨大な要塞に殆ど寄り添うように、北部街道上最後の街が栄えていた。
元々、要塞建設に従事する労働者のキャンプ、そして建設資材の集積地であった場所が、工期の長期化に伴い建設労働者目当ての商人を呼び寄せ、徐々に集落として成長していった。
対魔族の最前線と言えど、事が起こるのは50年に一度、さらには強固極まりない要塞のお膝元とあって、建設労働者の縁者や駐留する軍人の縁者が集まり、それら目当ての商人が店を出し、さらには『歓楽街』まで出来上がり、小さいながらも一つの街として機能するようになっている。
トーラス王国の人々は、この街を『アードラの街』と呼び、この街とアードラ要塞を併せてこう呼んでいた。
要塞都市、と。
■アードラの街、メインストリート
大軍が通過することを考慮し、かなり広く幅が取られたメインストリートを、第7次魔族討伐軍の車列が通過して行く。
沿道は『勇者』を一目見ようとする街の人々がひしめき合っていた。
今代の勇者が王国の末姫である事が伝わっているため、『戦時』とは思えないほどの喧騒だ。
先頭を行く騎兵の一団、その中に見事な銀髪を靡かせ、王家の紋章である『打っ違いの剣』の意匠を施した銀鎧を纏う少女を見出した街の住人たちは、一際大きな歓声を上げる。
『王女殿下万歳! トーラス王国万歳!』
万雷の歓声と拍手の中……、勇者であるリューカはただ正面を見つめ、何かに耐えるように、唇を引き結んでいた。
第7次魔族討伐軍は、そのまま街を通り抜け、アードラ要塞に入城する。
■アードラ要塞、指揮官執務室
「将軍、いつまで彼を拘束するおつもりですか?」
要塞に到着し、自室兼仕事部屋に移ったルーカス将軍を訪ねたリューカ姫。
彼女の第一声は、甲太郎の処遇に関するものだった。
将軍は顎に手を当てると、少し思案した後に答える。
「そうですね……。強いて言えば、あの若者への『疑い』が晴れるまで、でしょうか」
「『疑い』とは何ですか!? 確かにコータローはベッカー殿の紹介があるとはいえ、身元不確かな人物です、あの話も突拍子も無いものだと思います。ですが、彼は我々を助けてくれたではありませんか!」
自覚しているのか、或いは無自覚なのか、語気が強くなるリューカ。
対してルーカス将軍は、全く変わらぬ調子で淀みなく会話を続ける。
「ええ、彼のおかげで2人の部下が救われました」
クリーチャー化した3体の魔族との戦闘。
あの最中にアーベルが助けた1名と、甲太郎が魔族と戦闘している隙に救助した2名の王国軍人は、治療の甲斐もあり回復に向かっている。
「私は、自分の目で見たものを疑うほど、耄碌してはおりません。通常の魔族も身体能力に優れていますが、あの異常な魔族は明らかにそれ以上の脅威。彼の話の真偽はともかく、異常な魔族があの3体以外に存在する可能性は否定できない、であれば、彼の『力』はこの戦いに必要となります」
「そこまでお考えであれば、何故コータローを拘束するのですか!?」
「その問いにお答えする前に、一つ確認させて頂きます。姫様は彼の若者を全面的に信頼しているご様子ですが、何故そこまで信じる事が出来るのですか?」
思わぬ将軍の問い掛けに、リューカは即答できなかった。
逡巡の後、何とか答えを口にする。
「それは……、面と向かって話をして、信用の置ける人物だと……」
「恐れながら、それは姫様の主観に過ぎません。多くの者達は、クルス十士長同様にあの若者に疑念を抱き、中には『魔族以上の脅威』と考えている者も居るはずです」
「……ッ」
リューカは反論できない。
他者の考えを慮る事ができなかった己の未熟さに、両手をきつく握り締めた。
「その点に関しては、クルス十士長の決闘の申し出を断り、敵対の意思が無いことを証明した事で、ある程度は払拭されたでしょう。ですが、それだけでは足りぬのです」
ルーカス将軍は、リューカを諭すように話を続ける。
「皆の疑念を払拭した上で、『共に肩を並べて戦うことが出来る人物なのか?』、それを見極める必要があるのです。彼は無頼の者ではなく、『国防軍』という組織に所属している……、つまり、王国軍とは指揮命令系統が違います」
ここに来て、ようやくリューカにも将軍の意図が理解できた。
「……コータローが戦場を好き勝手に引っ掻き回すような輩ではなく、我々の指揮命令を尊重してくれる人物だと確認し、証明するために拘束した、と?」
「仰るとおりです」
首肯する将軍。
リューカは堪らず反駁した。
「将軍の意図は理解できました、しかし強引に過ぎます! こんな強硬手段を採らずとも、皆と行動を共にしていれば――――」
将軍はその言葉を否定する。
「強引であること承知しております。ですが、此度の戦いは過去に例の無いものとなるでしょう……。何が起こるかわからない以上、悠長に信頼関係の醸成を待っている時間は無いのです」
「それは……ッ! そう、ですが……」
リューカは決して愚昧ではない。
将軍の判断が理に適っているものだと理解できてしまい、彼女は言葉を飲み込み俯いた。
きつく握った白い手が、血の気を失いさらに白くなっていた。
二人の会話が途切れたその時、執務室のドアをノックする音が響いた。
「入れ」
将軍の返答を受け、『失礼します』とドアを開けて入ってきたのは、ダリル・ダストン千士長。
平時よりこのアードラ要塞に常駐する要塞守備隊の隊長だ。
要塞守備隊は第7次魔族討伐軍に組み込まれ、リューカ達と共に戦うことになる。
階級的にはリューカの上官であり、過去に何度か訓練でアードラ要塞を訪れた事があるリューカ、ルーカス将軍共に顔馴染みの人物である。
軍人よりも文官が似合いそうな容姿のダストンは、将軍とリューカの姿を見ると恐縮した様子で口を開いた。
「これは、姫様も御出ででしたか。幾つかご報告があるのですが……、改めた方が良いでしょうか?」
「いえ、私の要件はもう終わりましたので。……では、失礼しました」
居たたまれなくなっていたリューカは、早々に退室する。
執務室に残された二人。
ダストンは気まずい空気を感じ取ったのか、将軍に尋ねる。
「何かありましたか?」
「時に憎まれ役を買って出るのも、指揮官の務めだ……、ということだよ。さあ、報告を聞こう」
ルーカス将軍は苦笑しながら肩を竦めた。




