第12話 魔族と王国軍
■トーラス王国、北部街道
フォーデンを発った翌日、街道を北上する魔族討伐軍の竜車に揺られながら、芹沢甲太郎は頭を抱えていた。
リューカ・アルゼー・ウィクトーリア……、このトーラス王国の末姫であり、同時に勇者でもあると言う銀髪の少女の申し出が原因だ。
ラプテイルを討伐し、フォーデン村民……、延いては王国民が直面する脅威を取り除いた功績を称え、褒賞を授与したい。
ついては、魔族討伐戦後に王都まで同道願いたい。
しかし甲太郎は、今後の方針として魔族との戦場になるヘレネア山、その場に口を開けていると言う『魔界の門』を調べ、日本に帰還できるならば良し、もし帰還が叶わずとも『魔界の門』に飛び込み、魔界に渡るつもりでいた。
少なくとも、魔界側には空間に穴を開け、世界と世界を繋ぐ術があるのだから。
つまり、ヘレネア山から引き返して、王都に立ち寄るという予定は無かったのだが、リューカはそんな甲太郎の都合など知る由もなく、褒賞の受け取りを渋る甲太郎に、『功に報いねば、王族の沽券に関わる!』と、王都への同道を押し通したのである。
押しに弱い気性が仇になった甲太郎、しかし、魔族との戦いが終われば『魔界の門』も封印されてしまう以上、王都に立ち寄るという選択肢は無く、結果的にリューカに『共に王都に行く』という嘘をついてしまった事に、少なからず罪悪感を覚えるのだった。
さらに、竜車内の状況も頭を抱える原因の一つだ。
リューカが指揮しているという、1番隊の竜車。
1番隊の物に限らず竜車は全て大型の物で、1部隊15名程度の人員が乗り組んでいるのだが、1番隊はリューカ、アーベル、フランの3名が騎馬として移動しているため、『空き』があると言う理由で、甲太郎は1番隊の竜車に相乗りしていた。
フォーデンを出発してからというもの、同乗している1番隊の兵士達の視線が険しい。
皆が甲太郎に胡散臭げな視線を向けており、車内の雰囲気はお世辞にも良いとは言えない状態だ。
甲太郎がそれとなく車内の様子を見ていると、兵士の一人と目が合う。
『どうも』と軽くお辞儀をしたものの、その兵士は目を逸らしてしまう。
(そりゃまぁ、どこの馬の骨とも知れない輩と一緒になれば、こうなるのも当然だよなぁ……)
竜車の最後尾に座る甲太郎は、後続の車列や流れてゆく景色を眺めながら、深いため息をついた。
そして夜、街道脇で野営する魔族討伐軍の面々。
談笑したり何やら遊戯に興じる者、テントや竜車の中で休息する者、自主的に鍛錬する者、それぞれが思い思いに過ごす中、甲太郎はリューカ、アーベル、フランの3人と焚き火を囲んでいた。
小休止や大休止のたびに、リューカが甲太郎に話しかけるのだが、そうすると当然、彼女の護衛であるアーベルとフランが付いて来る。
自然と、4人で一緒に過ごす時間が増えるのだが、それがまた他の兵士達の反感を買う原因になっているようだ。
このリューカという少女は、兵士達が仕えるべき王族であり、そして『アイドル』のようなものなんだろう……、と甲太郎は思う。
『崇拝の対象』、そして『憧れの対象』、双方の意味において。
なにしろ、王族にして勇者なのだ。
心酔する者、懸想する者、そういった者が多々居るのだろう。
もっとも、彼女自身はそういった事に気付いていないのか、或いは頓着しない性質なのか、さも当然と言った体で甲太郎に話しかけてくるのだ。
そして、甲太郎は甲太郎で兵士達の反応を察してはいるものの、『王族』を無視する度胸も、『女の子』を上手くあしらう甲斐性も無い。
結論から言えば、状況は泥沼だ。
そこで甲太郎は、『もう二進も三進もいかないのなら』と開き直り、あくまで事務的に、帰還のための情報収集に徹することにした。
魔族討伐に向かう彼女達から、魔族や魔界、そして魔界の門に関して更に情報が得られないかと考えたのだ。
「魔族や魔界の門について詳しく知りたい?」
甲太郎の申し出に、リューカは首を傾げた。
「はい、書物で読んだ事しか知りませんので……」
「書物というと、何の書だ?」
「ええと、『トーラス王国史』という本の魔族侵攻関連の項目です」
本のタイトルを聞いたリューカは、あからさまに顔を顰める。
「あれか……、メイヤーに暗記しろと言われて、もう見るのも嫌になったわ」
「『メイヤー』?」
甲太郎が聞き返すと、フランが答える。
「姫様の教育係です」
「ああ、成る程。……とにかく、その本で得た知識しかないので、もう少し詳しく知りたいと思いまして」
「確かに、あの本はあくまで歴史書ですので、魔族の生態などは記されていませんからね」
そう言うと、フランはリューカに水を向ける。
「と、いうわけです。姫様、勉学の成果を披露する絶好の機会ですよ?」
「フラン、お前はたまにメイヤーより厳しくなるな……。まあ良い、武であろうと知であろうと、『力』を示せと言うならば応えようではないか」
そう言いながら、リューカは『コホン』と咳払いし、癖なのか人差し指を立てて話し始める。
「先程フランが言っていたように、『トーラス王国史』は歴史書であり、魔族に関しても、その歴史的意義しか記載されておらん。魔族の生態や魔界の門については、別の書……、例えば『魔族生態学』や『魔族と魔界』といった物が詳しいな」
リューカは一旦言葉を切ると、『とはいえ』と補足する。
「『詳しい』と言っても、魔族や魔界の門については大したことは分かっていなくてな、魔族の死体を調べて得た情報以外は仮説や推論が殆どだ」
「しかし、ファーストコンタクト……、いや、最初の接触から300年です。その間、殆ど研究が進んでいないというのは、なにか事情があるんですか?」
甲太郎の質問に、リューカは『ウム』と頷いて答える。
「無論、歴代の王も『侵略者』たる魔族の研究を奨励した。今まで多くの識者や賢人が魔族の研究に挑んだが、彼らが口を揃えて言うには『とっかかりが無い』んだそうだ」
「『とっかかり』ですか」
「うむ、魔族も魔界の門も50年に一度しか現れん。そして何より、魔族は『言葉を持たぬ連中』だからな、過去には生け捕りにした事もあったそうだが、結局大したことは分からぬまま死んだそうだ」
『言葉を持たぬ連中』という言葉に、甲太郎は引っかかる物を感じた。
「ベッカー先生も『魔族は言葉を持たない』と言っていました、何かの比喩だと思っていたんですが……」
「私も第6次侵攻で戦った先達に聞いた話なのだがな、比喩でもなんでもなく、本当に言葉を発さないんだそうだ」
「声を出さない、という事ですか?」
甲太郎の質問に、リューカは首を横に振る。
「いや、雄叫びや悲鳴は口にするが、互いの意思疎通の手段としての言葉は持たないそうだ。ただ、魔族は役割分担し、部隊を組織して行動する『知性』を持つ種だという事は分かっているから、我々の知らない、何らかの手段で意思疎通を行っているのだろう……、というのが大勢の意見だ」
「『発声』は出来るのに『言葉』を使わないと言うのは……、妙な種族ですね」
リューカの話を聞き、甲太郎はしきりに首を傾げる。
流石は異界という事か、奇妙な生き物も居るものだと彼は思う。
まあ、正確に言えば、魔族は更に別の世界の住人なのだが。
「それから、魔界と魔界の門については魔族以上に謎が多くてな。過去、何度か魔界に偵察隊を送ったが、一人として戻らん。そのことも含めて『ある程度の知性を持つ魔族が粗末な武器や道具しか持っていないこと。解剖の結果、歯や消化器官の特徴から、魔界は酷く危険で荒廃した『厳しい』世界なのではないか』という仮説が有る程度だ。事実、魔族の持ち物で、まともに『武器』と言えるのはこの聖剣だけだそうだ」
リューカは、鞘の上から聖剣を軽く叩く。
「この聖剣も謎の塊でな、恐ろしく強度が高いのだが、何の金属で出来ているのかわからん。それに、まともな剣術を使わない魔族が何故これを持っていたのか? 何故魔界の門に反応し、門を閉じることが出来るのか? そもそも何者が作ったのか? 一切不明なのだ」
「……つまり、魔界の門を閉じることが出来るから、よく分からないけど使用している、と言う事ですか?」
リューカは苦笑しつつ答える。
「そんな所だ。……さて、魔族関連で私が話せるのはこんなものだな。より詳しく知りたければ、アードラにも魔族の研究を生業にしている者が居る、会ってみると良い」
「はい、そうしてみます。ありがとうございました」
甲太郎が礼を言うと、フランがリューカに話しかけた。
「姫様、よく出来ました。メイヤー様の授業はちゃんと身についているようですね」
「……まあ、あれだけしごかれればな」
リューカはげんなりとした表情で、フランに答えた。




