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天より落ちし君へ 第一部 宿屋の四季  作者: puni0023


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17/23

第17話 架の弱音

夏の終わりだった。


川に入り無理をした後、

羽琉は見事に風邪をひいた。


「ごほっ……」


布団の中で丸くなる。


額には濡れた布。


おかみさんがため息を吐いた。


「だから言ったんだよ。」


「ごめんなさい……」


全然反省していない顔だった。


その隣では。


架が椅子に座っている。


いつも通り看病していた。


朝から。


昼も。


夜も。


ずっと。


「架も休みな。」


おかみさんが言った。


「大丈夫です。」


架は即答する。


だが。


三秒後。


ぼーっとしていた。

明らかに普段より頬も赤くなっている。


「大丈夫じゃないね。」


おかみさんは額に手を当てる。


熱かった。


「はい、寝る!」


「ですが――」


「寝る!」


その結果。


羽琉は客室。


架は隣の部屋へ強制収容された。


――


「架まで風邪ひいたの?私のせいだ…」


布団の中で羽琉が落ち込む。


ルカが椅子に座りながら笑った。


「お前らいつも一緒だからなあ。」


「そうかな?」


「そうだろ。」


羽琉はけろっとしている。


熱はあるが軽症だった。


「暇。」


「寝ろ。」


「寝た。」


「じゃあ寝ろ。」


「寝たから起きた。」


「意味わかんねぇ。」


ルカは笑った。


羽琉も笑う。


二人とも全然緊張感がない。


――


一方その頃。


隣の部屋。


架は布団に横になっていた。


零が窓際でお茶を飲んでいる。


静かだった。


しばらく沈黙。


やがて零が口を開く。


「言わなくていいのか。」


架は目を閉じたまま答える。


「何をですか。」


「わかっているだろう。」


静かな声だった。


架は答えない。


零は続ける。


「羽琉のことだ。」


部屋が静かになる。


熱のせいだろうか。


普段なら流せた言葉が。


妙に胸へ刺さった。


「……言う必要はありません。」


零は少しだけ笑った。


「そうか。」


再び沈黙。


窓の外では蝉が鳴いている。


「羽琉は王になる。」


架がぽつりと言った。


「それは理由ではないな。」


架は黙る。


しばらくして。


「……今のままでいいんです。」


ただ聞いていた。


小さな声。普段より多くの言葉が架の口から溢れ出る。


「断られるのがではありません。」


「今の関係が壊れるのが。」


「隣にいられなくなるのが。」


「だから言わないだけです。」


「そのうち俺より羽琉に相応しい人が現れるかもしれない。」


零は湯呑みを置いた。


小さな音が鳴る。


零は何も言わなかった。


お前以上に羽琉を支えられる者などいない。


そう思ったが、口にはしなかった。


本人が気付いていないことに、少しだけ驚いていた。


「譲れるのか。」


架は答えなかった。


答えられなかった。


熱で頭が重い。


けれど。


その問いだけは。


はっきりしていた。


譲れるか。


譲れないか。


架は目を閉じる。


胸が痛かった。


考えるだけで。


苦しかった。


熱でうなされているからか本来なら飲み込んだ本音が零れ落ちる。


「……譲れません。」


「なぜだ。」


「……」


答えられない。


でも。


胸が苦しい。


羽琉が誰かと並ぶ姿。


笑う姿。


遠くへ行く姿。


それを想像した瞬間。


「……ああ。」


そこで初めて気付く。


「俺は。」


「…失いたくなかったんですね。」


「そうか。」

零は笑った。

その一言だけだった。


否定もしない。


励ましもしない。


ただ。


当たり前のことを確認するように。


零は小さく息を吐いた。


思った以上に話させてしまった。


熱のある日にする話ではなかったかもしれない。


「すまん…もう寝ろ。」


零は言った。


「熱で余計なことを考えるな。」


架は返事をしなかった。


少しだけ。


安心したような顔で眠りについた。


――


その頃。


羽琉の部屋。


「ルカー。」


「なんだ。」


「架怒ってた?」


「怒ってた。」


「やっぱり。」


羽琉は毛布に潜る。


「でも優しいよね。」


「まあな。」


「かっこいいし。」


「そうだな。」


「働き者だし。」


「そうだな。」


ルカはニヤニヤしていた。


羽琉は全く気付いていない。


「私、架いてくれてよかった。」


ルカが笑う。


「知ってる。」


羽琉は首を傾げた。


「なんで?」


「見てればわかる。」


「ルカいてくれるけどやっぱり架いないと寂しいなあ。」


「そうかそうか。」

ルカが面白そうに笑う。


本当は。


宿の誰もが知っていた。


気付いていないのは。


本人たちだけだった。


外では夏の夜風が吹いていた。


宿の灯りは今日も温かかった。

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