木柵の前の死闘
走るアレクに、横から鋭い声が飛んだ。
「アレク!」
横を見ると、エリシアが剣を二本手にしている。
彼女は走りながら、そのままアレクへ剣を差し出す。
「見張り台の村人から借りてきた」
「ありがとうございます!」
アレクは受け取ると同時に速度を上げ、エリシアと並んでフォレストゲイターへ向かって駆けた。
すでに戦場では、村人とミリィが魔物と交戦していた。
ミリィが切り落としたはずの尻尾は――
再生し、元通りになっている。
「えっ、戻ってる……!」
村人たちは攻撃を避けるのに必死で、反撃する余裕がない。
ミリィは剣を打ち込むが、硬い鱗に弾かれてしまう。
ガンッ! ガンッ!
「くっ……硬いっ!」
ミリィは跳躍し、勢いをつけて剣を振り下ろす。
しかし――
ガンッ!
まったく歯が立たない。
「むぅ……!」
さっき尻尾は斬れたのに、なぜ本体は斬れないのか。
ミリィは一瞬だけ距離を取り、フォレストゲイターを観察した。
(尻尾だけ硬くない? いや、見た目は変わらない……)
フォレストゲイターが前足を高く上げ、大きく体勢を変えた。
その瞬間――ミリィの目が鋭く光る。
(背中は硬そうだけど……腹側は柔らかい!)
尻尾を斬った時も、下から斬り上げていたことを思い出す。
ミリィはにやっと笑った。
「ミリィ、気付いちゃったもんね!」
彼女は地を蹴り、フォレストゲイターの正面へ突っ込む。
魔物もミリィに気づき、口を大きく開けて噛みつこうとする。
ミリィはその噛みつきを紙一重で避け――
そのまま地面を滑るように腹の下へ潜り込んだ。
「そこっ!」
剣を突き立てる。
ザシュッ!
柔らかい腹部に剣は見事に刺さり、ミリィはそのまま尾の方向へ向かって切り裂いた。
フォレストゲイターは断末魔の叫びを上げ、巨体をよじらせる。
切り裂かれた部分から魔物の体は霧散し、緑の魔石がポトリと落ちた。
ミリィはフォレストゲイターが霧散したのを見て、ほっと息を吐いた。
その姿を見た村人たちは――
目を見開き、言葉を失ったまま固まっていた。
「……あ、あの子はいったい……?」
誰もが信じられないという顔で、ミリィを見つめていた。
ミリィは地面に落ちた緑の魔石を拾い上げると、
村人たちの方へ向き直り、胸の前で高く掲げた。
「魔石ゲットだもんね!」
誇らしげに笑ったその瞬間――
背後から、低く重い咆哮が響いた。
「えっ……?」
振り返ると、エリシアとアレクが三匹のフォレストゲイターと交戦していた。
巨体が三つ、木柵の前で暴れ回り、地面が揺れる。
ミリィの目がまん丸になる。
「魔物ふえとるやんけ!」
慌てて駆けだすミリィ。
その間にもエリシアは、フォレストゲイターの噛みつきを紙一重でかわしながら、
わずかな隙を探っていた。
(喉元……そこに刺し込める瞬間を待つ)
フォレストゲイターが大きく首を振り、噛みつき攻撃を繰り出す。
エリシアはその動きを読み切り、横へ滑り込むように回り込んだ。
「今だ!」
剣を喉元へ突き立て――
そのまま斬り上げる。
ザシュッ!
背中側からは硬くて斬れなかった鱗も、
腹側からならあっさりと切り裂けた。
フォレストゲイターは断面から霧散し、魔石を残して消える。
エリシアはすぐにアレクへ声を飛ばした。
「アレク、こいつは腹側からなら難なく切れるぞ!」
「了解です!」
アレクは剣を構え直し、下から斬り上げるチャンスを狙う。
しかし――残りの二匹は警戒したのか、
体勢を低くして腹部を地面に近づけ、急所を隠してしまった。
アレクはその様子を見て、苦笑まじりに言う。
「団長殿、どうやら悟られてしまったようです」
フォレストゲイター二匹は低い姿勢のまま、
鋭い目でエリシアとアレクをにらみつけていた。
戦場の空気が、さらに張り詰めていく。
フォレストゲイターは腹部を守るように体勢を低くしたまま、
アレクへ向かって突っ込んできた。
不自然な姿勢のせいで俊敏さは落ちている。
だが――攻撃の威力はまったく衰えていない。
一撃でも当たれば致命傷だ。
「くっ……!」
アレクは噛みつきをかわし、
続けざまに振るわれる尻尾攻撃を紙一重で避ける。
攻撃を返す余裕などない。
もう一匹はエリシアへ襲いかかっていた。
エリシアも下から斬り上げる隙を探すが、
フォレストゲイターは腹部を地面に近づけて守り、
まったくチャンスを与えない。
ただ攻撃をかわすばかり――
状況はじりじりと悪化していく。
そこへミリィが駆けつけ、
勢いのまま剣を叩き込む。
ガンッ!
「むぅぅ……やっぱり硬いもんね!」
ダメもとでの攻撃も、やはり鱗に弾かれてしまう。
その時――
後方から駆けてくる影があった。
「ソラト!」
エリシアが叫ぶ。
ソラトは息を切らしながら駆け寄り、
エリシアの問いにすぐ答えた。
「負傷者の方は大丈夫なのか」
「はい、完治しました」
エリシアは驚きに目を見開く。
あれほどの重傷を、この短時間で治したというのか。
「でも……あんなに治癒魔術を使ったのは初めてで……
魔力がほとんど無くなりました」
「そうなのか。ではソラトは休んでくれていいぞ」
エリシアは戦場の状況を見ながら言う。
ミリィとアレクは二匹のフォレストゲイターと必死に渡り合っている。
だがソラトは、戦場を見つめたまま口を開いた。
「あの魔物をひっくり返したらいいんですよね」
エリシアは思わず振り返る。
「なぜそれを!」
「さっき向こうで治癒しながら見てましたから」
どんな状況でも観察を欠かさないソラトに、
エリシアは驚きを隠せない。
「できそうなのか」
「横から大きな衝撃を与えたら、
その勢いでひっくり返せないかなと思っただけなんですけどね」
ソラトは魔力がほとんど残っていないと言いながらも、
目は戦況を冷静に分析していた。
エリシアは短く決断した。
「ではソラト、一度やってみてくれ」
「はい!」
ソラトはすぐに戦場へ声を張った。
「アレクさん、ミリィ! 魔法撃つからちょっと離れてくださーい!」
その声に、二人は即座に反応し、フォレストゲイターから距離を取る。
ソラトは大きめの水の槍を形成し、
そのまま氷魔術で一気に凍結させた。
鋭い氷の槍が完成する。
「いきます!」
勢いよく放たれた槍は、フォレストゲイターの側面へ直撃した。
ドゴォォォンッ!!
衝突の瞬間、轟音が響き、地面が震える。
フォレストゲイターは横へ大きくスライドしたが――
ひっくり返ることはなかった。
そして、あれほどの衝撃にもかかわらず、
鱗には傷一つついていない。
ソラトは肩をすくめた。
「あちゃ、うまくいかないですね……」
だがエリシアは首を振る。
「いや、そんなことはないぞ。今度はもっと下――脇腹のすぐ下に打ち込んでみろ」
ソラトはすぐに理解した。
(衝撃でフォレストゲイターを“浮かせる”ってことか)
「やってみます!」
再び氷の槍を形成し、
フォレストゲイターの脇腹の下――地面へ向けて放つ。
ドガァァァンッ!!
槍が地面に突き刺さった瞬間、
地面が吹き飛び、衝撃がフォレストゲイターの体を持ち上げた。
その一瞬――
ミリィは見逃さなかった。
「もらったぁっ!」
電光石火の勢いで駆け込み、
持ち上がった首元へ剣を振り上げる。
ザシュッ!
フォレストゲイターは首を落とされ、霧散した。
ソラトは嬉しそうに声を上げる。
「やったー! ミリィ、もう一匹もいくよ!」
すぐに氷の槍を形成し、
残りの一匹の脇腹下へ同じ攻撃を放つ。
ドゴォォンッ!!
フォレストゲイターの体が持ち上がる。
「これで終わりっ!」
ミリィがすかさず首を落とし、
最後のフォレストゲイターも霧散した。
ソラトは肩で息をしながら、戦場を見渡した。
「なんとか片付きましたね」
「――ああ」
エリシアは短く答え、ソラトの顔を見て眉を寄せた。
「どうした、ずいぶん疲れた顔をしてるぞ」
ソラトは苦笑しながら頬をかいた。
「魔力が無くなるとすごく疲れるみたいで……
ぼくも知らなかったんですけどね」
そこへアレクが駆け寄ってくる。
「もうこれで魔物はいないようですね」
エリシアは周囲の気配を探り、静かに頷いた。
「ああ。気配がまったくないから、もう大丈夫だろう」
その時、ミリィが駆けてきた。
両手には緑色の魔石が四つ、きらきらと光っている。
「戦利品!」
胸の前で魔石を掲げるミリィに、
アレクもソラトも思わず笑みをこぼした。
森の静けさが戻り、
戦いの緊張がゆっくりとほどけていく。
こうして――
森のドワーフ村を襲った魔物討伐は、完全に終わりを迎えた。




