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バーサク

 -Celestine-




 行ってしまった。


 アリアス様が戦争に、行ってしまった。


 ああ……近くで守らせてくださいとお願いをしたのに、ダメですと言われて留守番になってしまった。


「お優しいんですよ、アリアス様は」


 エレーナも、わたしが戦いに出ることに反対だからこう言う。


「それに姫様、魔獣相手に戦うのと、人相手に戦うのは意味が違いますよ。きっと、とっても後で悩むことになります」

「どうして?」

「戦とはいえ、人を殺めるのですよ?」

「……」


 なかなか耳が痛いことを……。


 たしかに、たしかにそれはある。


 一理あるわ。


 でも、アリアス様がかまってくれていた時間がスポーンとぼっちになってしまい、暇な時間が増えてしまった。エレーナ相手に碁や将棋、すごろくをやったところですぐに飽きてしまう。


 なにか、時間をつぶせることはないか?


 花摘み……見るのは嫌いじゃないけど、摘むのはめんどくさい。


 お茶会? 相手がエレーナしかいないから結局はかわらず。


 お散歩……城下町は小さいから、もう知ってるところばかりだ。


 暇すぎるから、魔法の勉強でもしよう。


 もう領政に関わることもないし、軍事のことを考える必要もなかったので、研究をしていなかったけど、この前みたいにアリアス様が危なくなった時はすぐに対応できるようにしておかなきゃだわ。


 大魔導士アラギウスが記した書物と、大昔……とっても古い時代の古文書を翻訳した古代魔法学解説書を卓上に広げる。


 とっても昔は、この世界は人が空にも住んでいたらしく、その頃が魔法発祥の時代とされていている。魔法は一度、大きな戦争が原因で使用が禁じられて、失われた知識となった。


 しかし竜の支配する時代に、神の声を聞いたというジェラルドという人が知識を復活させ、さらに神による世界への介入が魔法を復活させている。


 魔法とは、わたしたち魔導士がその血によって、大気中にひそむとても小さな存在を操ることで発生させる現象だ。なので、そうしたいと願うだけでは発動できない。


 魔導士が、こうすればその魔法は発動するという知識を得て、発動させる過程を正しく行うことで、結果として現象がおこるのである。


 ただ、この知識と過程にはとても幅があり、個人差が大きい。また魔導士個々の血の濃さもそれぞれに違うので、誰もが同じように使うということは不可能といえる。


 かくいうわたしは、父上の血を継ぎ魔導士として生まれた。そして、この血は帝国でも非常に珍しいほどに濃いということがわかり、魔導士としての訓練を少ししただけで、家中において並ぶ者がいないほどになった。


 そして、やめておけばいいのに、子供だった頃のわたしはこれにいい気になり、一生懸命に勉強し、訓練をつみ、気づけば呪文の詠唱など必要とせずに強力な魔法を発動できるようになってしまったのである。


 これで、結婚生活のひとつが破綻したといっても過言じゃない。


 得意なことを、頑張れば好かれると思い込んだ過去の失敗だ。


 でも、今回は違う。


 愛しく思う人を守るために、鍛えるのだ。


 一瞬で、魔王級でも倒せるようになろう。


 今度こそ、幸せになるんだ。




 -Celestine-




 魔法は知識ばかり詰め込んでもダメ、ということで魔獣相手にちょっと練習しようと思って出かけようとしたら、オルネスト殿に全力で止められた。


「奥様! なりません! 私がお館様に叱られます」

「ちょっとパパっと倒してくるだけだから」

「いけません! エレーナどの、絶対に奥様を城から出してはいけませんよ」

「はい、オルネスト様。完全に同意いたします」


 エレーナの裏切りもあり、わたしの外出は禁止されてしまったけど、こっそりと抜け出す。


 甘いあまい!


 お茶をお願いって頼んだら、信じて部屋を出て行くんだもの。


 ふふふ……少しお散歩して帰るって置き手紙をした。そして、こそこそと厩舎に行き、厩務官のグレンに声をかけた。


「グレン、馬、借りたいの」

「奥様、お一人でここに来られた時は、貸さないように仰せつかっております」


 ぐ!


 なんてこと!


 ……わたしのやりそうなことは、ばれているのか!


「そこをなんとかお願い……ちょっと出かけたいのよ。こもっていると、アリアス様のことを考えてばかりで気分が落ち込んでしまって……」


 グレンは困った顔をしたが、周囲を見て、小さく頷いた。


「では、お早く。適当に、誤魔化しておきます」

「ありがとう!」


 馬に乗り、城から出る直前、後方からエレーナの声が聞こえた。


「あー! いたー! いましたー!」

「奥様! お戻りください!」


 兵士たちの声も。


 わたしは馬の腹を蹴り、加速する。


 ちょっと、そこまで行くだけだから!




 -Celestine-




 ベルグの城下町を出て、西のほうへと適当に馬を駆けた。天候は晴れで、風も穏やかだ。丘陵地帯を駆けていると、遠くから大きな犬たちが接近してくる。彼らはどうやら、近くの牧場の警護役らしく、わたしが方向を転じると離れていった。


 製鉄所まで続く街道に出て、丘の上へと登った。高所から、アリアス様のご領地が一望できる。西には山脈がそびえ、豊かな森が東方向へと続く。そして山脈から流れ出たと思われる水が川となり、領地の中を通っていた。そこから幾本も水路が枝分かれし、町の近くは広大な農場だ。


 ベルグの城下町からは、煙が幾本もあがっている。


 視界の奥には、ベルグ湖があり、漁をしていると思われる舟が幾艘も出ていた。


 製鉄所の方を見ると、煙が三本、空へとあがっている。


 耳をすますと、鉄を打つ音が聞こえてきそうだと思えた。


 馬の首を撫で、ゆるやかに進む。


 森と丘陵地帯の境界あたりで、黒いこんもりとしたものを見つけたのだ。


 大きさは、さきほどの犬よりも小さい。


 魔獣であれば、倒しておこうと思った……決して、腕自慢をしたいわけじゃないし、練習でもないのです!


 治安のため!


 領民のため!


 自分に言い訳をしながら近づくと、その黒いものがくるんと転がる。


 わたしは馬を降りて、その黒いものと距離をとった。


 狂獣バーサクの子供……それでも、犬ほどの大きさ……三つ目だが、一つが潰れて痛々しい……左手を怪我……手首から先を欠損していた。


「キュウゥウウウ」


 狂獣バーサクの子供は、失った左手の傷口を舐めながら鳴いた。


「お前……もしかして?」


 わたしは先日、製鉄所を襲撃した狂獣バーサクを連想していた。というのも、子供を放置しないのが、彼らの習性なのだ。


「キュウウゥウウ……クーン」


 痛いらしく、ペロペロと舐めては鳴く。


 近づいて見れば、わたしを見上げて怯えた。逃げようとしても、痛む手のせいで走れず、転がるようにして離れようとする。


 わたしの理性が、殺すべきだと訴える。


 わたしの感情は、助けたいと主張した。


 わたしは、膝をおり両手を広げてみた。


 狂獣バーサクの子供は、離れた場所でわたしを見ている。


 わたしのほうに、来たなら助けよう。


 逃げたなら、楽にしてあげよう。あの手では、生きていけるはずがない。幸い、狂獣バーサクを襲う獣がいないらしいのが幸いだが、他の……狂獣バーサクの成獣に見つかれば、食われるだろう。


 馬が、わたしの横に立ち、狂獣バーサクの子供を見た。


 その子は、ころころと転がって来て、わたしの目の前で止まると、伏せをしてわたしを見上げる。


 わたしは、腹ばいとなり視線をあわせた。すると、その子がわたしのほうに、右手を伸ばしてくる。


 爪はあるが、まだ鋭くない。


 わたしが、そっと手を出して、その子の手に触れた。


「クーン」


 狂獣バーサクの子供が、鳴いた。


 わたしは、膝立ちとなりその子へと両手を伸ばす。


 逃げない。


 抱き上げた……重い。だけど、なんとか抱えられる。


 わたしは、鞍に狂獣バーサクの子供を乗せて、城下町の方向へと歩き出した。




 -Celestine-




「奥様! それは魔獣ですよ!」

「姫様! ダメです! ダメですよ!」


 オルネスト殿とエレーナに全力で拒否られるも、わたしは狂獣バーサクの子供を抱えたまま、城の中、居住館に入った。そして、医薬品や包帯を持って、クウ――クウと名付けた――の前に座る。


 クウは、わたしの身体にくっつこうとする。どうやら、温もりがあれば安心できるらしい。恐ろしい魔獣も、子供の時は甘えん坊なのだ。


「奥様……しかしこの子が大きくなって人を襲うようなことがあれば」


 オルネスト殿の正論に、わたしは逃げずに答える。


「その時は、わたしが責任をもってこの子を処分します」

「奥様……」

「この子の親を、殺したのはおそらくわたしです。製鉄所のこと、聞いていますね?」

「ええ……それはもう」

「その魔獣の子と思われるこの子が、わたしの前に現れた……何かの縁を感じますから」


 クウは、消毒液で手首の傷口を拭くと痛がったけど、わたしから離れるほうが嫌らしく、逃げはしなかった。


 傷口を消毒し、軟膏を塗り……痛いよね? ごめんね? 包帯を巻いた。


 そして、芋やキャベツを与えてみるも食べない。


 何を食べる? ……人……はやめてね!


 エレーナが、水を運んで来てくれた。すると、喉が渇いていたらしく、桶に顔を突っ込むようにしてゴクゴクと飲む。


 餌……何がいいのか?


「奥様、これはいかがでしょう?」


 オルネスト殿が用意してくれたのは、脱穀後の保存されていた麦だった。袋ごと兵士が二人がかりで運んでくれたそれを、クウに近づけると、ガブガブと食べ始めた。


「やった!」

「食べた!」


 わたしとエレーナが同時に声を出し、オルネスト殿が笑みを浮かべるもすぐに苦笑へと変える。


 わたしは、慌てて食べて咽たクウの背中を撫でて、袋へと手を突っ込み、麦を掴んでクウの前に差し出す。するとクウは、わたしの手から麦だけを舐めるようにして取ると、ぐしゃぐしゃと食べた。


 その頬を撫でると、クウはわたしへとすり寄ってきて、わたしの手をペロペロと舐める。


 エレーナが、袋から麦をつかみ取り、クウの前に差し出した。


 クウが、彼女の手から麦を食べる。


「この子、人を襲わないように育てましょう、姫様」


 エレーナに麦を食べさせてもらうクウは、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らす。


「包帯を取らないように、口輪をしたほうがいいですね」

「大型犬用のものを、取ってまいります」


 兵士二人がそう言って、離れていく。


「奥様、アリアス様がお戻りになった時は、一緒に怒られてくださいよ」


 オルネスト殿の言いように、笑顔を返した。


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― 新着の感想 ―
ニヤリとする良いお話でした。 クウ、かわいい!
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