第71話 婚約破棄からの未来への祝福
「あなたをこの惑星に送った事は、あなたの力を奪う陰謀だった可能性があります」
わたしの動きが止まる。
「な、何を言っているの?」
時を越えて、宇宙の全てを見通している神様のような存在が陰謀なんて。
「ウィルは宇宙で起こる事を自分の体内のようにしか認識できない。
そのはずなのにマリー様の事を知り過ぎている、そういう可能性があります」
そう言われても、それが正しいかどうかなんて確かめ様がない。
「それに、どうしてそんな事をあなたが知っているの?」
シャラーナがウィルについてそんなに事情通とは思えない。
「それについては協力者がいます。
宇宙艇は彼が用意したものです。
高次元因果律時空間干渉シークエンスも彼の協力で習得しました。
彼とは通信が可能です」
家の外には高速艇があった。
中の通信機から声が聞こえてきた。
「久し振りだ、ローズマリー=マリーゴールド」
「ゴーディク?」
「ああ、わたしだ」
銀河帝国中将ゴーディク。
何度も戦った相手ではあるけど、惑星グランドへの隕石兵器での攻撃には反対し、情報をくれた。
「あなたがわたしにどうしろって言うの?」
全知全能に等しいウィルと戦えと?
勝ち目があるとは思えない
「敵はウィル全体ではない。
全体としては本当にお前を隔離するつもりなのだ。
意識体の一つが独自の行動をとっていると考えられる」
ウィル全体ではない?
わたしに話し掛けたウィルが何かを企んでいるのではないという事?
「ぶしつけで済まないが、決断の時間は限られている。
奴がこの惑星への侵入に、何も対策を施していないとは考えにくい」
「どういう事?」
「お前と何者かが接触すればそれを察知できるようにしているはずだ。
ここに乗り込んでくる可能性もある」
「…………!
ここは宇宙環境の要塞なんでしょ?」
そんなに簡単に来れるだろうか。
シャラーナ達が2166年掛かったのに。
「奴が決めた事だ。どうにでもできる」
それが本当なら見過ごせないとは思う。
でも、60年間誰も来なかったのに、今日に限ってシャラーナ達に加えて、さらに訪問者が来るなんて。
そんな事が本当にあるのだろうか。
「奴の思い通りにはさせん。
共に戦って欲しい」
「戦う…………」
再び戦う。そう考えた瞬間だった。
最後の戦いが思い出された。
銀河帝国艦隊を壊滅させ、工廠惑星を破壊したあの戦いが。
「やっぱりだめ……!」
自分の肩を抱いて震えてしまう。
「どうした、ローズマリー=マリーゴールド?」
「あなた達は分かってない。
わたしは本当に魔女だったのよ」
あの時、怒りと同時に湧き上がって来た万能感を思い出し、寒気がしてきた。
怒りに任せてたくさんの人間を殺めた。
目の前の殺戮の光景も何とも思わなかった。
それどころか銀河帝国を滅ぼそうとすら考えた。
「降伏の申し出がなかったら、わたしはもっと恐ろしい事をしていた。
あれが理性を失わないギリギリのタイミングだった。
わたしはここで死ぬべきなのは間違いないの」
「何を言っている?
本当の魔女なら降伏勧告になど耳を貸さない」
「でも戦うならまたあの力を使う事になるんでしょ」
宇宙を消滅させ兼ねない力を。
「お前はわたしの息子を助けた。
そのお前が理性を失う魔女と、わたしは思わない」
「あ、あれはユウちゃんのやった事よ」
「それはお前の本心が望んだ事だ。そうだろう?」
返す言葉は、見つからなかった。
「わたしは息子の命を救われた借りを返さずにいられるほど薄情ではない」
「マリー様、聞いて下さい。
ゴーディクがわたしに、高次元因果律時空間干渉シークエンスを習得させたのも、危険を伴う行為だったのです」
「それにあの無意味な戦いにわたしの息子を巻き込んだ借りも返さなければな」
何者かがわたしの力を奪うために、宇宙戦争の起こる状況を利用した。
その陰謀は確かに阻止しなければならない。
「わたしはまた故郷に住める?」
「もちろんだ。
生活も困らないように便宜を図るつもりだ」
「そんな事はいいの。
自分で何か人の役に立てる仕事を見つけるわ」
故郷に帰れるならそれで十分。
大統領でも何でも、喜んで引き受ける。
エプロンを外し、包丁を置くとわたしはシャラーナの前に立った。
「さあ、わたしに呪いを掛けて」
何者かの陰謀を未然に防ぐ、という事は未然の状態まで戻らなければならないはず。
そして、今のシャラーナにはそれができる。
「これは呪いではありませんよ」
わたしの頭上に両手をかざすシャラーナ。
「あなたの未来への祝福です」
「うん、そうだね……」
わたしは暖かい光に包まれた。
わたしの運命が再び動き出す。
破棄してしまった、わたし自身の運命を、取り戻すための最後の戦いが始まる。
因果時空決戦編前編終了です。後編をお待ち下さい。
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