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またもや、鬼道丸は牛車の後について走ることになった。
だが、今回はさほど遠くへ行かずに済んだ。
牛車は小少将の君の屋敷を出て、元の一条戻橋の方向へ戻る。
そして、とある豪壮な大邸宅の前で止まった。
どこまでも続く高い築地塀、桧皮葺の立派な屋根を乗せた巨大な門構え。
門前には弓を構えた多くの侍たちの姿も見え、何だかひどく物々しい雰囲気だ。
だが、騎馬で牛車を先導してきた橘次が、小少将の君の牛車である旨を告げると、門はあっけなく開き、侍たちも道を開けた。
牛車は何の支障もなく中門をくぐり、豪華な車寄せへとつけられる。
牛がはずされると、牛車の前簾がするりと上がり、中から小少将の君が降りてきた。
先ほどまではぐったりとしていたのに、今はなぜかすっきりと背筋を伸ばして立っている。
牛車の中で、老人が何かしたのだろうか。
以前見た小少将の君には、春風にも耐えぬような儚い風情があったが、今はどことなく堂々として気品高く見える。
小少将の君が車寄せに降り立つと、出迎えの女官らしき女がにこやかに語りかけた。
「お加減はいかがでございますか。中宮様はいたくご心配なされて、こちらの内裏へ戻られたらすぐに顔を見せるようにとのことでございました」
げっ、だ、内裏?
急に震え出した鬼道丸に、牛車から降りようとしていた老人が声をかけた。
「そう怖れ慄くでない。ここは一条院。本物の内裏はこの間火事にあっての。ここは間に合わせの仮御所じゃ。わしの家の四倍はあろうが、中の造りは大して変わらんよ」
出迎えの女官は、老人のことは見知っているようで、黙って頭を下げた。
まあ、きちんと黒の束帯を身につけているくらいだから、この老人も御所に出入りできるような、それ相応の身分なのだろう。
老人に続いて、月季も中へ入っていく。
出迎えの女官は、牛車の傍らに立つ橘次の端正な横顔をうっとりと見上げていたが、すぐ脇を通る月季には目もくれない。
もしかしたら、目が良くないのか?
鬼道丸は試しに女官の側に行って、目の前で手を振ってみた。
女官は鬼道丸の汚い身なりに怖れをなしたのか、手で鼻を押さえて露骨に嫌な顔をする。そして、犬でも追いやるかのように、しっしと手を振り払った。
それを見た老人は、頭を掻きながら戻ってきて言った。
「おお、忘れておった。この者はわしが寄りまし(注)に使っておる小僧でな。ちょっと小汚いが連れて入るぞ」
老人は女官にそう言い、鬼道丸を手招きする。
鬼道丸はちらりと橘次の顔を見やりながら御殿へ上がった。
どうやら、橘次は御所に自由に出入りできるほどの身分ではないらしい。
橘次は悔しそうな面持ちで、鬼道丸を睨みつけた。
そして、御所の奥へ消えていこうとしている小少将の君の後ろ姿を、どこか悲壮な眼差しで見送っていた。
*注「寄りまし」=僧や修験者が生霊や死霊を祈り伏せる時、一時的に霊を乗り移らせるもの。子供がなることが多い。




