26.天才の境地
更新が遅くてすみません。
古森美咲に注目した話はそろそろ終わります。
古森美咲にとって葵の言葉は非常に重たいものだった。後輩として、いや、偉大な蒸技師に言われたことだからだ。
まさしくその通りだった。力が欲しい。古森が発した言葉に嘘偽りはない。心の底から出した言葉だ。
天才と呼ばれるには、天才と言われる境地に立つにはもっと力が必要だ。誰にも負けない圧倒的何かが欲しい。
まだ高校3年の古森。蒸技師第4階級を取得したことは大きく胸を張れるものだ。しかし、高校生という枠組みが無くなった途端、第4階級を持つ蒸技師は溢れている。
一人前の蒸技師として、その中でも天才と言われるのだろうか。不安で不安で仕方がない。
「……葵さん。あなたにはそう見えるのね」
「えぇ、同じような顔をした人を見たことがありますので」
「その方はどのような顔をしていましたか?」
鏡が無ければ自分の表情は分からない。でも、何となく想像は付いていることだろう。
葵の言葉を聞けば古森は自分を知ることが出来るのではと考えていた。
「いつも笑顔が絶えない人でしたが徐々に思いつめた表情になりました」
古森はどちらかというと笑みを浮かべることは少ない。言い換えれば凛とした姿をすることが少なくなったと、葵は言いたいのだ。
「その方は今、どうしていますか?」
葵は一呼吸を付いて首を振る。
「もういません。彼の者に討たれました」
つまり第7階級に座していた者。そして狂い、彼の者の手により果てた。
葵は昔を思い出しているのか空を見上げていた。その目は遠くを見つめていた。
「あなたにとって大切な人だったのね」
「はい。僕の尊敬する人であり武術の師でした」
「そう……、残念ね」
葵はまたいつもの笑顔だ。先ほどの感情は何処かへと閉まったのだろう。一切、表に出そうとはしない。
「その人が言った最後の言葉を今でも覚えています」
「……聞かせてもらえるかしら」
「はい。自分らしさを見失っていた、と。彼女もまた強さを追い求めていた人でした。まるで先輩のような方です」
「……あなたは私の心を見ているのかしら?」
自分も知らない自分を見られているような感覚。気が付けない所を葵は見透かしているようだった。
自分らしさ……。
古森にとっては悩ます言葉だ。だから考える。自分らしさは何だろうと。
常に周りからの評価を気にし、応えてきた古森は自分という者がない。自分が成りたい姿というものが思い浮かばないのだ。
誰かが理想とする古森、憧れを抱かれる美咲。では、自分のあるべき姿は何だろうか。
力を追い求め、蒸技師の世界で生き抜く天才。誰しもが古森を特別視する世界。だが道を突き進んだ結果に訪れる蒸気への狂いと恐怖はあることだろう。
古代の設計図に手を出せば蒸気機構に逆らうことになる悩み。現状のままではこの先、天才から没落する可能性だって出てくる。求めるほど、立ちはだかる壁は大きかった。
「自分がどうあるべきか。どうなりたいか。それを考えることが大切だと思います」
「そうね。私には自分という者がないのかもしれないわ」
肯定するしかなかった。
古森は今までの自分を振り返っていた。蒸技師になった理由、天才を追い求める理由、そして、決断をする際に自分で決めたことはあったのかと。
(……何一つない)
全ては古森美咲という作られた理想の人物像を必死に追い求めたものだった。自分が何をやりたくて蒸技師になったのか分からない。
何のために今の自分があるのか。答えが出ることはなかった。
思いつめた様子を見せる古森は周りが見えていなかった。隣で見守るように見つめる葵の姿がある事もだ。
「先輩、なければ作ればいいのですよ。自分が何をしたいのかなんて今分かるものではありません。だから全部を決めなくてもいいです。少しだけ、一個だけ作ればいいのですよ」
「一個だけ……ね」
したい事、やらなければならない事。古森の思考をめぐらす。自分が何を目指し蒸技師になったのかはどうでもいい。だが、今やるべきことは何かと。
「……あった」
自分が蒸技師としての振る舞うべき姿。それは周りが求める古森そのものかもしれない。しかし、今は自分という者を探すための一歩だ。自らが決断した道だ。
古森は立ち上がった。
「葵さん、ありがとう。私はやるべきことを見つけたわ」
「それはよかったです」
「私が蒸技師になる理由が見つかりそうなの」
「お役に立てて光栄です。休み時間もそろそろ終わりそうですね」
「えぇ、私も授業があるから行くわ。また会いましょう」
はい、と返事を返した。古森は足早に何処かへと去っていく。
葵は後姿を眺めていた。一人の蒸技師がこれ以上迷うことがないと願って。天才と呼ばれた少女の行く末を見透かすような雰囲気を出していた。
「さぁ、俺もやることやりますか」
東雲葵は次に自分がやるべきことを分かっている。自分の理想とする世界を作るための一歩として為すべきこと。
ポケットに手を突っ込み一人残った中庭を後にするのだった。
「そいや、次の講義室はどこだ?」
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