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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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21.葵とアリスのお食事会

「早く帰らないとな……」



 学園を出れば眠らない町、オーゼル街へと繰り出す。

 あちらこちらの出店で仕事を終えた大人たちがジョッキを片手に陽気な宴を開く。ともかく、静粛の要素は一欠けらもなく騒がしいが第一印象だ。

 ここらに越してきて間もない葵はその空間に入ることは嫌いではない。皆が楽しそうに笑い、一日の疲れを癒す場所だ。成人であるならば自分も混ざりたいと思っている。



「……腹減った。翠は飯を食っている事だしここらで食っていくか」



 たった一人での帰路。翠は先に自宅へと帰り兄を待っていることだろう。今から帰って料理をするという気にもなれない葵は近くの手ごろな店を探す。



「うーん、何にしようか……」



 今晩のメニューに悩む葵は結局目の前にある店に決めた。

 暖簾をくぐり、古ぼけた木製の丸椅子に座る。



「おっちゃん。焼肉定食を一つ」

「あと、追加で野菜炒め定食を頂けるかしら?」

「あいよ」



 聞き覚えのある声。葵はとっさ、声の主を見る。



「アリス……、何してんだ」

 半ば、怒り混じりの声。

「注文をしているの。だって、お腹が空いたのですもの」



 アリスの表情は意図が読めない。いつも通り、企みのあるものだった。



「俺が言ってんのはそうじゃない。今、どこで何をしているかだ」

「簡単でしょ。葵の前に座って料理を注文する。そして、一緒に食べるの」



 力づくで雅の前に引っ張り出してもいい。だが、ここはオーゼル街。多くの人の目に晒すことになる。

 葵はため息を付いた。



「ふふっ、冗談よ。私はね、今、機械の心臓を手に入れようとしているの」

「手に入れてどうすんだよ」

「解読するの」

「お前は設計図が読めないだろ」

「えぇ、読めないわ。だから葵、あなたが解読するの」



 葵は頬杖を付く。出された水を飲み心を落ち着かせる。



「俺はやらない。もう、機械の心臓は禁域指定だ。蒸気機構に歯向かうことになる」


 アリスは微笑んだ。


「いいじゃない。歯向かったって。どうせ、私たちなんかいないも同然。それに裏切りをしたのは蒸気機構じゃない」

「…………」



 葵は何も言わなかった。それはアリスの言葉は間違っていないからだ。

 蒸技師になるには蒸気機構に従わなくてはならない。だが、蒸技師になれなくなったのは蒸気機構が原因だからだ。



「階級が高くなればそれだけ設計図にしろ歴史にしろ包み隠す情報を手に入れることができる。何よりも権力が手に入る。最高位の発言で世論が変わるほどにね」



 料理が出てくる。アリスは店主にありがとうというと食べ始める。



「じゃあ、何故あの一件以来、最高位であった蒸技師第7階級は消えたのかしら。両手で数えるほどしかいないにも関わらずよ。ねぇ、葵、どう思う?」

「俺が知ったことではない。もう、必要がないと言う事だろう」

「それもそうね。機械の心臓を扱えない。禁域中の禁域ですもの。第7階級は必要ないわね」



 葵も出てきた料理を食べながら尋ねた。



「お前は何がしたいんだ?」

「……狂いたくないの」



 その言葉は短く重たいものだった。

 普段から何を考えているか分からないと言う葵でさえその時のアリスの顔が引きつっているように見えた。



「だから強行手段か。機械の心臓を調べればわかる……と」

「他にも色々考えたわ。機械の心臓はその考えの一つでしかないの。だって、どれが正しいかなんて知らないもの」



 古森に向かい恐怖が人を狂わせると言った。それも一つの要因にしか過ぎない。



「お前が何をしようと勝手だ。だけどな、蒸気機構に逆らうのはやめてくれ」

「葵……、私も殺すのかしら?」

「そうしたくないからだ」



 葵は至って平然を装っている。



「……私を助けてくれるのかしら? 私をずっと守ってくれるかしら?」

「あぁ……、俺が狂うかもしれないその日まで約束する」



 半ば冗談で言ったつもりのアリスはその言葉に一瞬、目を見開いた。直ぐに元の企みのありそうな顔をして、



「その言葉、信じるわ。でも、私は自分の出来ることはやるわ。どんな手を使ってもね」

「なら俺は間違った馬鹿の道を叩き直すことにするか」

「私の事を言いたいのかしら?」

 葵は何も言わなかったが当たり前だと言わんばかりの態度を取る。

「侵害だわ。私は正しいことをしているのに」



 そうつぶやいたアリスはため息をついた。



「私はずっとあなたとこうして居たいだけなのに」

「……それは俺もだ」

「私と葵ではニュアンスが違うわ。鈍感って言われたりしないかしら?」

「言われねぇーよ」

「本当にそうかしら?」



 首を傾げるアリスに葵は不満のようだ。



「まぁ、いいわ。今日はありがとう葵。また、会いましょう」

「って、おい、待て!」



 食べ終えたアリスは煙のように消えた。



「あいつ、金を置いて行かなかったな……」

 それよりも葵はアリスの言葉が頭に残っていた。



 ――狂いたくない。



 それは、高位の蒸技師が誰しも思う事。そして過去の第7階級の蒸技師の暴走の原因。

 葵には狂う理由を知っていた。アリスはまだ知らないだけ。誰しもが獣から逃げられないと言う事を伝えるか否か……。

 葵は席を立つ。アリスは機械の心臓を狙う。今は、その阻止が最優先であることは変わりなかった。


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