20.人は酔い、狂う
「あなたは……なぜ私に近づく? なぜ、機械の心臓を私に教えるの?」
恐る恐る尋ねた。
古森は突如現れたアリスが自分に執拗に迫り、機械の心臓に付いて話すのか理解できなかった。
アリスはその言葉を聞くと目を鋭く、今までにない真の表情となる。
「私はあなたの様な人を見たから。あなたの様に力だけを追い求めている人を見た。その人が最後にどうなったか、あなたにでも分かるでしょう?」
それは、狂い、獣と化す。
「獣……」
「そう、獣。別に本当に獣になるわけではない。理性を無くし、獣のように本能のままに動く。それは人ではないわ」
アリスは悲しそうに言った。さも、見てきたかのように。
「でも……、それは機械の心臓を施していたからでしょ?」
「ふふっ。一般的にそう考えるのが妥当でしょう。でも、違うと私は思っているわ」
古森は目を見開いた。
機械の心臓が起こした悲劇。そう、後世に伝えられている。だが、それを違うと一蹴りしたのだ。
「なら……なに?」
「……恐怖」
間を入れてアリスは重たい口を開いた。
「蒸技師の仕込みには大きく分けて2つある。それは古代遺物と呼ばれる設計図。そして、人類が開発した設計図。大方、あなたの脚は後者でしょうね」
「えぇ、確かにそうよ」
「それは科学と蒸気により解明されている。でも、古代遺物はそうでもない。設計図の意味が分からない。でも、仕込みは作れてしまう。まさにブラックボックスそのものよ」
アリスは古森のベッドに座りながら淡々と話す。
「そうね。簡単に言えば料理のレシピみたいなものかしら。初めて見る料理のレシピを渡される。でも、その通りに作れば美味しい物が食べられるわ。古代遺物とはそういうもの。中身が分からなくても設計図通りに作れば強力な仕込みが出来る」
「まさか……、その古代遺物の設計図が原因なのかしら」
「恐らく。彼の者もそう思っているはずよ。中身が分からない。つまり、どんな副作用が出るなんて知らない。でも、非常に強力。私も相対したくないわ」
その話を聞いて古森は思うことがある。
「でも、あなたは機械の心臓を施しているはず。なぜ、狂わないのかしら?」
「いい質問ね。私は古代遺物、機械の心臓の保有者。でも狂わない。そこで思い出したのよ、狂った蒸技師の仕込みをね……」
仕込み……、その言葉を強調した。それ自体が原因であるかのように。
「仕込みの……共鳴」
古森はふと頭に浮かんだ言葉が口に出てしまう。
「その通り。結合調整がされていない古代遺物の仕込みを2つ以上持つ者。だからこそ、古代遺物は禁域となり該当する蒸技師は『彼の者』ただ一人」
「いずれ……彼の者は獣となる。そう言いたいのかしら?」
「そうとも言い切れないのよ。だって、全員が狂って彼の者だけがまだ狂っていない。だから、ずっとこのままかもしれないわ」
アリスは残念そうに言葉にした。古森はどのような意図で言ったのか理解できてはいない。
「話を戻しましょう。古代遺物を2つ以上持つ者。そして恐怖こそが人を獣へと変える。古森美咲、この2つ、どちらが重要だと思うかしら?」
「あなたの言いぶり……、それだと恐怖……かしら」
「そう……根本はね。だからあなたは恐怖に勝たなくてはならない。つまり、機械の心臓を手に入れれば美咲、あなたは悩まずにすむわ」
そして……,
「さぁ、こちらにいらっしゃい」
アリスは右手を差し伸べた。
古森は戸惑いを隠せない。
自分の中にある恐怖。それは力のなさ。周りへの期待。
機械の心臓を手に入れればそれは解決する。だが、それは蒸気機構に背くことになる。それは実質、蒸技師を諦めると言う事。
「どうしたの?」
迷う古森に催促をする。
「いいわ。ゆっくり考えたいでしょう。今週末、夜に校門で待っているわ。その日に設計図を取りに行きましょう」
アリスは言い残すと煙のように消え去った。
「私は……、どうしたらいいの」
アリスに従えば自分の欲している力が手に入る。それも、苦労せずに。
だが、禁域の設計図。触れれば自分は蒸技師ではいられない。
古森美咲は月明かりを見上げ、自分の在り方に今一度問うのであった。
〇
ちょうど同じ時刻。
夜も更ける中、明かりが煌々とする一室。ガタゴトと鈍く心地よい駆動音を鳴らした一室の事。
「まずい事になりそうだ」
オーゼル学園学長、藤島雅がこぼした言葉だ。
「何がまずいんだ?」
ソファでくつろぎ、机に散乱した資料を読む葵がつまらなそうに答えた。
「機械の心臓だよ。犯人がわかった」
「一体どうやって? 俺は何も掴めてないけど」
「わざわざここに出向いてきたんだよ。アリスがな」
「はぁ? アリスだと?」
その人物を知る葵はとぼけた声を出した。
「突然現れて『ねぇ雅、機械の心臓を頂けないかしら』とね。私もたまげたよ」
「それで何と答えたんだよ」
「やれるか馬鹿とね。あと、今まで何してたんだと聞いてやったさ」
ため息交じりの言葉を聞くと今後起こる厄介ごとが増えそうな事案らしい。
「あいつのことだ。別に、そこらをうろついていたとかそんなもんだろ」
「まさしくその通り。『私? そうね、思うがままに過ごしていたわ』だそうだ。しかし、奴は何故今更設計図を欲しがるのかよくわからない」
その言葉に葵は淡々と言った。
「俺は何となくわかるけどな」
「ほぉ。確かにお前たちは仲が良かったからな」
2人の関係を知る雅。山のように積まれた資料を読む葵を見つめていた。
「でも、俺はあいつが何を考えているのか今でも分からない。今も何してんのかも知らねぇし」
「でも、奴が設計図を狙っているのは確かだ。事が大きくなる前に抑えないとな」
それはつまり、公になる前に止める事が出来れば仕事が減るという意味だ。
「私も動きたいが生憎、学園の仕事がある。葵、後は頼んだぞ。アリスを私の前に引っ張って来い」
「引っ張るも何もアリスは神出鬼没。何処にいるかも分かりゃしない」
「それでも見つけろ。あの雌ガキには喝を入れてやらんといかん」
「んな、無茶苦茶な……」
明らかに面倒な顔をする葵。雅が言う事が如何に困難であるか分かるほどだ。
しかし、葵とてアリスを野放しにしておくのは気が気でない。
「無茶でもやるしかないだろう。あいつは首輪をつけておかねばならん」
「で、誰がその手綱を引くんだよ」
雅は迷うことなく葵に指を指した。
「お前しかいないだろ」
「いやいや、待ってくれよ雅さん。相性なら俺よりも雅さんのがいいだろ」
「私がどれだけ忙しいか知らんようだな。貴様にも教職を味合わせてやろうか?」
眉間にしわを寄せる雅は美貌とかけ離れた険しい顔だ。よほど仕事が溜まっているらしい。いや、学長室に積み上げられた資料の山を見れば一目瞭然だが……。
「わ、分かった。ともかくまずはアリスを探さないと」
「気まぐれで動く奴だ。まぁ、葵の前に姿を現すのも時期だと思うけどな」
「うん? それはなんでだ?」
その言葉に雅は返答もせずため息をするだけだった。葵はどうも雅の思うことが読み取れないようだ。
「こちらも居場所が分かり次第連絡をする。もう一度言うぞ。面倒になる前に取り押さえろ。公に出たら握りつぶせんからな」
「おいおい、教職が言う言葉じゃねぇーぞ」
「こちらとて仕事はこれ以上増やしたくない。消せるものは消すさ」
半ば笑みが混じる雅を見て葵は背筋に寒気が走る。この人だけは怒らせないようにしようと心に強く誓うのであった。
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