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蒸気世界のロストランカー  作者: 稚葉サキヒロ
第1章・古森美咲編
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13.兄さんの変態!

 谷津工房は非常に小さい工房なのだが古森美咲の実績のより割り当てられる訓練場は比較的大きな面積を保有していた。工房から少しだけ離れた場所。四人は準備を進めていた。



「さてさて、葵君。二人が用意している間に周辺に注意板でも立てに行こうか」

「注意板? あぁ、実戦をするから気を付けろってことですか」

「そうそう。ここで仕込みの試運転をする人たちもいるからね」



 男二人が場を整えている間に女性陣は各々、装備を整えていた。

 古森は元々の恰好が戦闘に備えているため翠を待っていた。翠は何所からと持ってきた皮製の鞄の中から拳銃を二丁取りだす。

 金属光沢を無くした回転式拳銃。威力、反動を制御する為に蒸気を利用する。細い管が巻き付くように設計された銃身が長い長銃だ。名を『蒸気を喰らう長銃(スチーム・イーター)



 一方は『蒸気を喰らう長銃』よりも銃身が僅かに長い回転式拳銃。しかし通常の銃と違うところは銃口が横向き、放射状に形作られている。広範囲に使用できるために作られた散弾銃だ。名を『獣を狩る散弾銃(ビースト・ハント)

 両手にぶら下げる拳銃は物々しい。翠の可愛らしい顔つきには似合わない代物だ。



「準備は出来たかしら?」

「はい。お待たせしました。あっ、先輩。弾は模擬戦用を使いますけど当たったら痛いのでご容赦を」

「ふふっ。当てられるといいわね」



 美咲の返答は何処か皮肉気味だ。絶対に翠の弾丸に当たらない自信があるのだ。

 一方、戻って来た男性陣はと言うと、



「ねぇ、葵君。やっぱり妹さんが勝つと思うかい?」

 葵は首を振って「いいえ」と答えた。



「このままでは古森先輩の圧勝だと思いますよ」

「へぇー、葵君は翠ちゃんが勝つと言うと思っていたよ」

「確かに俺は妹にはひいきをしますよ。でも、戦闘となれば経験のある古森先輩が有利です。それに今回は2丁拳銃だけでやり合うと思いますから」

「今回は?」

「えぇ、あいつの仕込みは少々、周りに被害を及ぼす物でして下手に使うのを禁止しているのですよ」

「翠ちゃんはそんな仕込みを持っているのか。何だか気になるなぁ」



 仕込みに興味が湧いているのか谷津も翠に目をやった。その場でどのような仕込みかと尋ねる無礼な人間ではなかった。



「さぁ、始めるとしようか。美咲、翠ちゃん。準備はいいね」



 二人の間に入った谷津は双方の頷きを確認した後に続ける。



「ルールは模擬戦と一緒。危険行為を確認したら止めに入るからよろしくね。では、はじめ!」



「はぁ……、くっ……、はぁはぁ……」

「これまでのようね」



 しりもちをつき上を見上げる翠の首元にはサーベルが掲げられていた。拳銃に弾は残っておらず今すぐに反撃をすることが出来ない。



「うん。勝者、古森美咲」



 谷津の言葉により決着がついた。

 古森はゆっくりとサーベルを鞘に戻し倒れ込んだ翠に手を差し伸べた。



「筋は良いけど詰めは甘いわね。でも、この時期にそれだけの動きが出来るのは本当にすごいと思いますよ」



 古森に世辞はない。才能を見込んでの言葉だ。仕込みを使うことなく勝利を収めたがそれは翠も言える事。両者とも武器のみでの戦闘だ。奥の手を使ってはいない。



「あ、ありがとうございます」



 少しばかり照れを隠しながら古森の手を取る翠は勢いよく引き上げられる。ただ、強すぎたせいか翠は古森に胸にドン……とぶつかる形となってしまった。



「す、すみません! 私ったらっ!」

「い、いいの。私こそ悪かったわ」



 いくら女性同士だからと言っても恥ずかしいのだろうか。恥ずかしそうに目線を泳がせていた。



「さ、さぁ、次は葵さん。あなたの番よ」

「分かりました。俺も男です。覚悟を決めましょう」



 清々しいほど潔い返事だった。職人であるから以上、枠組みは蒸技師。戦闘経験はあって損はしない。



「兄さん。頑張って!」

「おう! 何とかしてくる!」



 妹の声援に応えるべく古森美咲の前に立った。



「あれ? 葵さんは素手なのかしら?」

「えぇ、俺は何も持ちません。身体があれば十分です」

「なるほど……、そう言う事ね」

 つまり、仕込み武器は必要ない。既に武器は体の中にある。そのような意味だ。

「兄さん……」



 二人を見守る谷津とは違い、兄である葵に心配の目を向ける翠。

 谷津は両者の間に入り、ルールを再び声に出した。



「では、準備は出来ているね。始めっ!」



 しかし、両者動かない。葵は腰を低く、拳を握り反撃が出来る構えを取ったままであった。

 一方、古森は柄に手を掛けたまま静止。相手の出方を伺っている。



(一体、何を考えているのかしら)



 古森の脳裏には葵が何を仕掛けてくるかだ。はっきりと蒸技師第1級であれば余裕をもって対処が出来る。だが、葵は違う。第1級にも満たないのか、または別なのか。



(様子を見てみましょう)



 あいさつ代わりに切り込み素早く退避をして相手の出方を伺うことにする。



「葵さん。行きます!!」

 サーベルを抜き、自慢の足で勢いよく地面を蹴り上げた時だった。

 ガキンッ!!

 異様な金属音。



「きゃっ!!」

「危ないっ!」



 葵は素早く走り、体制を崩した古森を庇うように滑り込む。

 古森は何が起きたのか分からなかった。突如、足の力が抜け、気が付いた時には前転姿勢。受け身を取ることもままならなかった。



「先輩? 大丈夫ですか?」



 目の前には葵の姿。それも首を痛めないように頭を抑えて滑り込んでくれた。おかげで怪我を一つも追っていない。



「え、えぇ、大丈夫よ。それよりも……」

「へっ?」



 葵と古森の体はゼロ距離。つまり古森の胸が……。



「に、兄さんの変態!!」



 いち早く飛んできたのは葵の妹、翠。葵は勢いよく古森から離れると慌てふためくが翠の渾身の蹴りを喰らい数メートル吹っ飛んだ。



「いってぇー。何すんだよ!」

「兄さんのハレンチ! なんでずっと抱きついていたの!」

「んなこと言っても仕方ねぇだろ……。古森先輩、良い匂いだったし」

「ほら変態! もうっ! もうっ!」



 兄妹漫才をしている二人はさておき谷津は古森の様子を見ていた。

 足の様子がおかしいと訴えるから仕込みの調子が狂ったのだろうと見てみると。



「あぁ、ネジが外れているね。でも、メンテナンスはしているよね」

「もちろん。今朝も調整はしてきたわ」

「不思議だな。なら外れることはないと思うけど……。って葵君その顔どうしたの?」



 何やら顔を腫らして戻って来た葵は涙目で

「そんなの聞かなくても分かりますよね?」

「……うん。はっきりと」

「何だかごめんなさいね」

「いやいや、古森先輩が悪いわけではありません。あと、ありがとうございました!」

「えーっと、どういたしまして……とでもいえばいいかしら」



 くすりとほほ笑む古森は葵が抱きついた形となってしまったことは気にしていないようだ。



(男の人の身体って案外大きいのね)

 違うことに関心を持っていた。



「それよりも足は大丈夫ですか?」

「分からないわ。葵さん。あなたは分かるから?」



 身体仕込みの職人を目指している葵なら何かしら分かるだろうと尋ねる。



「どれどれ……、あー、ネジだけじゃないですね。色々緩んでいます。これぐらいなら治せますよ」

「お願いできるかしら?」

「もちろんです! それでは失礼しますよ」



 葵はそう言って古森の足と背中に腕を回して持ち上げた。



「ちょ、ちょっと! 葵さん?」

「はい? あっ! 背中の方が良かったですか?」

「い、いえ、そういう意味ではなくて……」



 本当にいいのかしらと尋ねたかったのだろう。後ろで物凄い形相で見つめる翠の姿に気が付いていない葵の思っての言葉であった。

 後々に葵がまた大目玉を喰らうだろう。



(でも、こういったことは初めてね……)



 今まで一人で生きてきた古森にとってこういった体験は初めてだった。だから、少しだけ満喫した気分もある。黙って体を葵に預けるのであった。



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