12.古森美咲は葵が気になる。
現れたのは背中まで髪を伸ばした女子生徒。腰からサーベルをぶら下げて露呈する金属光を放つ足。膝より下は生身ではない仕込みそのものだ。
無論、他人の工房に出入りする無礼者はいない。つまり現れたのはキリッとした目つきが特徴の古森美咲であった。
「あら……、新入生?」
意外にも古森が発した言葉は少しだけ驚きのある声調だった。彼女自身は工房の管理は一切手に付けていない。谷津に任せっきりだ。
別に興味が無いわけではない。天才と言われる古森だって心のある人間だ。自分と今後関わる後輩とは仲良くしたと思うだろう。
しかし、性格から、または蒸技師として対等に向き合おうとする古森はその人の為を思って口数が多くなってしまうのも事実。前科がある以上、認めざるを得ないだろう。
「あぁ、美咲。ちょうど良かった。紹介するよ。こちらが新入生の東雲葵君と翠さんだよ。仲良くしてね」
「え、えぇ、私は3年の古森美咲。蒸技師志望よ」
一瞬、戸惑いの表情を見せた。
谷津の何気ない一言……、『仲良くしてね』が胸に突き刺さった。彼が意図合って発言したわけではないが古森にとっては耳が痛い。
「どうも、東雲葵です。今日からこちらでお世話になります。俺は職人志望です」
葵は紹介を受けるが律儀に立ちあがって古森に頭を下げた。はにかんだ顔は無表情を貫く古森と対極的なものだ。
「私は妹の翠です。古森先輩の模擬戦見ました! すごくかっこよかったです」
翠もまた輝いた眼差しを古森に向ける。それは尊敬の目だ。蒸技師として才能に溢れ、実力を見せつけた古森への憧れを含んだもの。淀みのない本心から出る言葉と濁りのない純粋な目は古森も余り味わったことのない。それ故に恥ずかしさと嬉しさが混じってしまう。
「見てくれていたのね。ありがとう。でも、恥ずかしいものを見せてしまったわ」
「そんなことありません。すっごくかっこよかったですから。私も古森先輩の様になりたいです!」
「翠さんなら出来るわよ。あなたは学年主席なのでしょ? それも第3階級なのですから」
上には上がいる。そんな陰った気持ちが出てきてしまう。古森美咲でさえ入学時は第2階級だ。それでも十分騒がれるのだがそれ以上の存在、東雲翠が現れてしまった。
羨ましいとか妬ましいとかそんな感情よりもやはり自分より上の存在がいるのだという認識が強かった。天才と言われるが自分ではそうは思わない。
「そ、そうですか?」
「えぇ、もちろん鍛錬は必要ですけどね」
高みを目指すにはまだ力が足りない。圧倒的な力を手に入れるまでは天才に相応しくない。でも周りは天才だと持ち上げてしまう。だから期待に応えようと相応の努力をした結果が今だ。
「あの、古森先輩は普段どのような事をしているのですか?」
「私ですか? そう言われても答えづらいです。そうだ、今から私に付き合うというのはどうでしょうか?」
「行きます! ぜひ、お願いします!」
翠は即答であった。
「葵君だったかしら。あなたもどうかしら?」
「そうですね。せっかくなので参加させていただきます」
「うん。とてもいい返事ね」
工房職人志望だからという理由で断るだろうと予想していたが違った。意外であったことに驚きはあるが工房職人の前に蒸技師なのだから鍛えるべきと考える古森にとっては嬉しい返答なのは間違いない。現に葵の言葉を耳にした時に少しだけ微笑んでいた。
「えーっと、僕は強制なのかな」
「当たり前でしょ。何を言っているのかしら」
「あははは……、お手柔らかにお願いしますよ」
恐らく容赦のない事を要求するのだろうと苦笑いを浮かべる谷津であった。
〇
「ギブアップ!!」
最初に根を挙げたのは工房長の谷津だった。横たわり荒い呼吸をする姿を見て古森はため息を付く。
「情けないわね。まだ走って間もないじゃない。それでも工房長なのかしら」
「僕なりに頑張ったんだけどなぁ。それに結構時間は経っていると思うけど」
蒸技師たる者、基礎となる体力がなければならないと言い出した古森を先頭に走り込みを始めた一同。翠も必死に食いついて今にも倒れそうな勢いだが何とか持ちこたえていた。
「に、兄さん。少し体を貸して」
滴る汗を拭いながらよろよろと近づいていく。
「うん? いいけど」
「ふぅ……」
膝に手を付いて呼吸を整えていた翠と違って葵は特に変わった様子はない。翠に言われるがままに背中を貸すと壁にもたれるように使われた。
「葵さんは確か職人志望のはずよね?」
東雲兄妹を見て疑問を抱いた古森。何故、葵が顔をゆがめることなくついて来られるのか不思議であった。
「もちろん。俺は職人を目指していますよ」
「失礼だと思うけどあなた、蒸技師に向いているのじゃないかしら。それだけの基礎体力を持っているのに職人は勿体ない」
「確かに体力には自信はあります。でも、俺は職人になってやりたいことがありますから」
笑顔で答えた。
「……そう、ならこれ以上言うのは失礼ね」
少しばかり残念に思う。恵まれた能力がありながらそれを捨てるとは愚かな選択だ。でも、それを一方的に主張するのは筋が違う。誰しもが自分の意志で選択をする。他人がでしゃばる所ではない。
本当ならもっと押し通すだろう。なぜ、どうして。素質があるのに無駄にするのは愚かな選択だって。
古森は自分の中に溢れる思いをぐっとしまい込んだ。もしかすると口からこぼれ出てしまいそうになるからだ。葵について考えるのを止めねば思考し続けてしまう。
「翠さん。あなたは葵さんを見習わないとダメよ」
ようやく呼吸が落ち着いた翠は職人志望の葵よりも劣っていると指摘をされる。いくら1年だからと甘やかしたりはしない。
「は、はい! 体力だけは見習います」
「おい、お兄ちゃんを何だと思ってんだ」
「あいたっ!」
コツンと頭を叩いた。
「もう兄さん。叩くことないでしょ」
頭をさする翠のよそにクスクスと笑い声が漏れていた。東雲兄妹は声の主を見ると口元を指で隠す古森の姿があった。
「ごめんなさい。とても仲が良さそうなものだからつい。兄妹ってこんな感じなのね」
普段は不愛想な古森だが仲睦まじい二人の姿を見れば笑みもこぼれることだ。
「美咲……、この兄妹は特別仲がいいと思うけどなぁ。何せ葵君が心配で付いてくる妹だからね」
先ほどまで地に伏せていた谷津は身体を起こしながらそう言った。
「先輩! 違いますから! 確かに心配ですけども……」
あからさまな同様を見せる翠は顔を赤らめる。だが、強くは否定できなかった。あながち谷津の言う事は間違っていない。翠は口を噤むしかなできなかった。
「良かったわね葵さん。お兄さん思いの妹がいて」
少しだけいたずら心がある言葉だ。もちろん対象は翠他ならない。
「もちろんです。俺の妹ですから」
「もう兄さん!!」
「ふふっ、怒られてばかりね」
別に怒っている訳ではない。古森が冗談を言っているに過ぎないが翠は「むーー」と頬を膨らませるかのような顔であった。公然と妹自慢されるのが気恥ずかしいからだ。
古森は二人の姿を笑みの後ろに冷静に眺めていた。
自分はこのように誰かと楽しく話せる間がいるのだろうか……と。自分の性格は他人に受け入れられるかと言われると難しいと自身でも答えるだろう。高みを目指す者、蒸技師たる者は常に向上心を。
自分だけならともかく他人にも要求してしまう。
先ほどもそうだ。葵が職人志望だと知っているのに蒸技師になった方がいいと言いそうになる。まるで蒸技師の全てを知っているかのような思考だ。
いや、でも、もし葵が蒸技師を目指したならばどのようになるのだろうか。
谷津はともかく翠が息を荒げるほどの走り込みでも平気そうだ。現に古森は涼しい顔をしているが息は上がってしまう。でも、周りに掛けられる期待に答えなくてはならない。
この程度、古森美咲にとっては朝飯前だ。
東雲葵は一体どんな奴だ。
聞いたこともない無階級の存在。これだけでは計り知れない未知の存在。
知りたい。葵は一体どのような人間なのか、と古森は思った。
「先輩?」
思い耽ける古森の目の前で手を振る葵。二往復ぐらいの時にはっと我を取り戻した。
「どうかしましたか?」
「い、いいえ。何でもないわ。さぁ、休憩もすんだことですから次は戦闘訓練でもしましょう」
二人の実力を測りたいと同時に葵の無階級とは何かを突き止めたい。一戦を交えれば何か分かるだろうと踏んでいる。
「それ、俺もやらないとダメですか?」
何やら気まずそうに葵が口にした。やはり何かあるのだろうか。
「もちろんです。二人の実力を確かめたいものですからね」
古森は反論することので出来ない返答をする。こう言われた以上、新入生である二人が断ることはないだろう。何やら洗礼を受けさせるようでばつが悪いが実力を確かめたいのは本心だ。
「それでは帰りも張り切って走りましょう」
とはいえ古森は自身の向上が優先だ。それに付き合う東雲兄妹はともかく谷津が顔色を変えながら心臓を抑えている姿を想像するのは容易いだろう。
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