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終章

 頭の先から爪先まで砂にまみれて砂漠からやってきた私が、打ち捨てられた廃屋に住み着いても、町の住人たちは私を追い払うことすら恐れたようだった。

 風に吹かれた砂漠の砂が人の形に吹きだまっているのだと、そう思い込もうとしたのかも知れない。

 実際、衣服の裾からも袖口からも、絶えず私は砂をこぼし続けていて、床の上で一晩眠れば小山のように砂が積もり、私の体の形をくっきりとその場に残した。


 だが、それではまるで足りなかった。


 私の胸の中も、咽喉のどの奥も、頭蓋の中までもが砂でいっぱいで、息をするだけでも内側でざわめいて、身体の中で絶えずざらざらと音を立てた。

 けれど、そうして私の中に押し込められた聲は、砂で詰まった私の口から出てくることができなかった。

 だから、書いた。

 廃屋の隅で、古びたペンとたくさんの封の切られていないインク壺が見つけられたのは、本当に幸いだった。

 まるで、今でも私の中にどこからか途切れることなくそそぎ込まれる砂を絶えず吐き出し続けなければ生きられないかのように、私は書いた。

 目の前の現実と、内側で吹きすさぶ想念との隙間に挟まれて、引き裂かれる苦悶の叫びを私は書いた。

 寝ても、覚めても。夢とうつつの境でも。

 砂とともにほとばしるように、流れる声を私は書いた。

 ひっきりなしにきしみ続ける声を絞りあげるように、ただ書いた。

 ふるえるほどに。

 それが自分の声なのか、それとも、あの無名都市の地下で聞いた無数の名も無き聲たちなのか、もうわからなかった。

 わかるはずも、なかった。

 だが、そうしている間だけは、あたかも自分の胸を切り裂いて、詰め込まれていた砂がこぼれ出ていって、わずかに軽くなった肺でようやく少し楽に吐息がつけるようになった気がした。

 やがて葦のペンが折れ、すべてのインク壺が空になり、逆さに振っても一滴も中身が残らなくなった頃には、がらくたに紛れた紙切れやぼろきれは全て隙間なく書き尽くされ、廃屋の床も壁までもが青いインクの文字ですっかり埋め尽くされてしまっていた。


ーーそうしてついに、砂の奥底に埋もれていたその聲に、たどり着いた。


 だが、インクも、ペンも、書き記すわずかな余白すらも廃屋の中には尽きていて、転がるように私は真昼の町の往来へとまろび出た。

 道行く人々にぶつかり、よろけて倒れ込む。

 中天から照りつける眩しい太陽の下、地べたに這いつくばった私は道端に転がっていた手近な石を掴み取り、自分の内側に耳をすませてようやく聞き取ったその聲を刻み込むように地面に書きつけた。

 

ーーそは……


 

「そは永久とこしえに横たわる死者にあらねど

測り知れざる永劫の元に死を越ゆるもの」



 私の背後に立った誰かの聲が、静かに、それを読み上げた。

 振り返る。

 握りしめていた石が、滑り落ちる。


 その、こえーー


「でも、僕には横たわる体すらなかった……ついこの間まではね」



 瞳は黒く、髪も黒い。

「そうか。君か」

 だが、ひと目で私にはそれがあの『仔』だと、わかった。

「君だったのだな」



ーーもうどこにも青い色を宿してなどいなかったのに……



「君は……」

 答える自分の言葉すら、私には、既にどこかで読んだような気がした。

 あるいは、どこかに私が書いたのか。

 あとはそれを読み上げるだけ。

 彼の名前を、私は呼んだ。

 そうしてついに、私自身も名前を無くした。

 後には、ただ聲だけが残った。



「君はちっとも変わっていないなーー」



 私の消失を見届けた者たちによると、私のそばには誰もおらず、まるで見えざる何者かがコンパスで円を描いたかのように、白昼の往来の真ん中から私の体は空間ごとまるく切り取られ、忽然と消えた、という。



 (完)


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