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シャイでも忘れたくない謝意。

 峡谷に辿り着くまでは足並みを揃える約束だ。自分達だけで先行はできない。私達もカスコの召喚士達が用意してくれている灯りは頼りにしていた。

 それに今回戦えるのは私達のインヴィタドだけではない。カスコの召喚士達も積極的な援護も相まって戦闘時間はそこまでかからなかった。

 「……来ない、な」

 フジタカはレブに渡されたステュムパリデスの死体を消した松明の先に縄で括り付けて持ち運んでいた。闇に浮かぶ赤い眼はまだ幾つかあるけど、明らかにこちらを警戒して近寄ろうとしない。ほれ、とフジタカがぶらぶらと揺らしながら差し出すと一羽はどこかへ飛び去った。

 「インヴィタドにも知能はある。力関係は十分に見せ付けられただろう」

 レブはすっかり拳も下ろして堂々と前へ歩き出した。周りの怪鳥の戦意は完全に削げたと思っているみたい。だけど、彼の一言でやっぱり確信してしまう。

 相手はビアへロじゃなくて、インヴィタド。だったら私達を狙わせた誰かが召喚したんだ。

 逃げた個体も含めると、少なく見積もっても三十羽から四十羽はいた。カスコの召喚士二十人と私達に対して、と考えれば手ごたえを感じるにも至らない。でも、もしもトロノから出立した私達だけだったとしたら、レブに魔法を使ってもらわないともう少し苦戦していたと思う。

 「…………」

 「ウーゴさん?どうかしましたか?」

 ビアへロでは無さそう、だとすればこの先もきっと襲撃されるだろう。それでも進まない事には事態も好転しない。皆が最低限、怪我を確認したところで再び歩を進める中でウーゴさんが遅れていた。

 「もしかして、どこか具合でも?」

 「え?あぁ、違うんです。そういうわけでは」

 声を掛けるとぼんやりしていた目がこちらを向いた。眠そうとか、怪我で苦しそうとは見えないけどライさんの魔法で消耗したとかは有り得る。さっきはついレブばかり見ていたからどんどん前に出たライさんの突撃までは把握できていなかった。

 「おい、遅れるな」

 「ごめん」

 そこに、こちらへ気付いたトーロがのしのしと引き返してきた。親指で合流を促してくれるけど、その前にウーゴさんが前に出る。

 「……すみません、先程はライを庇って頂いて」

 下ろしかけたトーロの手が止まる。私もウーゴさんの前へ回り込むことはできなかった。

 「俺は……別に」

 「カルディナさんの命令でしたか?では、それともザナさんですか?」

 一度私の方を振り返ったウーゴさんの表情は戦闘後とは言え、松明の灯りにぼんやりと照らされているだけでも分かるくらいとても穏やかに口元が緩んでいる。私は日中に話していた事を見抜かれて息を詰めたけど、杞憂だった。

 「トーロが自発的に、です」

 「ザナ。止してくれ」

 歩を進めて私は二人を追い抜く。トーロもすぐに続いたし、ウーゴさんも改めて歩を進めた。

 「ウーゴさんはよく見ているんですね」

 「そりゃあ、トーロさんはいつもニクス様とカルディナさんの護衛が最優先だったのを、あれだけ派手に動きたがるライの横に今回はずっといてくれましたから」

 ライさん本人は今も私達の前を固まるカスコ支所の召喚士達から見ても前の方を歩いている。知り合いもいないから居辛そうだけど。

 「迷惑にはならない様にしたのだが」

 だから多分、必要以上に近寄らない様にこっちに来たのかな。でもウーゴさんはきちんとトーロの事も見ていた。

 「迷惑だなんて。……俺ではできませんから、ライと一緒に剣を振るうなんて」

 ウーゴさんが腰に提げた剣の柄を確かめる様に握る。私達召喚士が持っている剣はあくまでも護身用であって、率先して相手を仕留める為に持っている人は少ない。

 「だから、貴方みたいな人がライの横に居る姿を見て、やっと少し気持ちが落ち着いたんです。……いえ、それだけじゃない。きっと、ピエドゥラで俺達がこの旅に抱えていた目的を知られてから随分助けられています」

 炎が揺れ、幾つもの足音が鳴り、あちこちで話し声は絶えてない。ライさんには聞こえていないと思うけどウーゴさんは声を潜める。

 「俺は皆さんのおかげで、少しですがまた周りを見られる様になりました。あとはライが……」

 「……えぇ。俺も、そう思ってもらえる様に努力します。これまで一緒に来た仲間ですから」

 押し付けてはいけない。だからその言葉をウーゴさんではなく、ライさんに面と向かって告げられる日は少しだけ先になるだろう。

 「ありがとう」

 だけどウーゴさんは歩きながら、一度深々とトーロへと頭を下げた。

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