温存か大損か。
第四十八章
日暮れにカスコを出立した私達の道程は、カスコに着くまでと同じ様な平坦なものではなかった。ガラン大陸では北方と南方でそれぞれ強固な結界が張られているが、どうしても大陸の内でも覆い切れていない部分がある。その盲点、隙間の一つがムエルテ峡谷近辺だった。当然、結界がなければビアへロと遭遇する可能性は高くなる。しかし、そこで私達は一つ疑問を抱く。
本当にビアへロなのか、と。私達が追っているフエンテが差し向けたインヴィタドなのではないかと疑う者も多かった。
だけど、飛び掛かる火の粉であれば払わねばならない。それがビアへロだろうと、カスコの召喚士が制御できなくなったインヴィタドだったとしても。検証している時間は無かった。
「ニクス様、お下がりを!」
「俺も出る!」
カスコの召喚士やインヴィタドよりも一段早く率先して飛び出すライさん、その後ろを補う様にトーロが続く。飛ばし過ぎていないかな、と私がレブを見ると彼も二人の取りこぼしを弾く為に翼を広げて夜空に飛んでいく。
カスコを離れて街道を包む様に樹の姿が目立つ様になってきた頃、鳥の声が聞こえた。すると私達を囲んでいたのは幾つもの影。一羽はそれぞれ男の人なら両腕で抱えられる程度だが、それでもただの鳥にしては大きい。
「剣が効かない!」
「落ち着け!一部が硬質化しているだけだ!」
松明に照らされて姿を見せたのは白い羽毛と、翼の先と嘴から額にかけて鈍い青銅色に包まれた鳥だった。どこからか聞こえた召喚士の悲鳴に私はカルディナさんの姿を探す。
「今のってもしかして……!」
「ステュムパリデスね……。たぶん、まだまだ出てくるでしょうね」
体の一部が青銅と化した怪鳥、ステュムパリデス。実際に見るのは初めてだったけど、じっくり眺める時間もない。
「ライさん!まずは羽の付け根です!」
「トーロ!あとは首を狙って!折っても動く様な類じゃない!」
私とカルディナさんの指示に二人の獣人は返事の代わりとして一声吠えて飛び出した。続いてステュムパリデス達が次々に蹴散らされて短く空を舞い、落ちる。
「……彼はどうしたというのでしょう」
ライさんとトーロ、二人がムエルテ峡谷への道を切り開く様に駆ける姿を、どこか呆然として見ていたのはウーゴさんだった。有事に備えてフジタカやチコと一緒にニクス様のお傍で待機しているから、ライさんにすぐ指示を出せないにしても半ば棒立ちだった。それ程に、あの二人の姿から目を離せなかったらしい。
だけど、ウーゴさんが見ていたのはライさんではない。彼、と言ってずっと背中を見ていたのはトーロの方だった。
「レブ!魔法も使って良いよ!」
「不要だ!」
ステュムパリデスの脅威は走って青銅で覆われた嘴で突撃するだけではない。青銅の翼を使った打撃や、空から急降下しての刺突も人間にとっては受け切れる攻撃ではなかった。だから私はレブへは魔法の使用も許可したけど、本人は一声返すと一気に速度を上げてステュムパリデスの群れへ飛び込んでいく。
「おいおい、アイツ言う事聞いてないんじゃね……」
「聞いてはくれてるよ。本当に要らないだけ」
暗くて良く見えないけど、私達の火を反射して光る赤い眼の中に金色が二つ見えた。途端に黒い影から赤い光が消えてぼとぼとと落ちていく。ご丁寧にカスコの召喚士達の上は避けてくれていた。レブが蹴落とした鳥は全て再び起き上がる事もない。物言わなくなった鳥を見てフジタカもそれ以上は何も言ってこなかった。
「雑魚を相手に気負うな。多少非効率でも、後を考えればこの温存が活きる事もあろう」
しばらくしてからレブが戻ると、空を飛んでいたステュムパリデスの姿は粗方消えていた。その手には一羽だけ死体を握っている。
「吊るしておけば寄ってきまい」
「うわっと!げぇ……マジかよ」
しかもそれをフジタカにぐい、と押し付けるものだから彼も嫌そうに足首を持ち上げ顔を引く。
「もっとも、いい加減に学習して撤退しそうなものだがな」
レブの顔が前を向く。私とフジタカはレブの言葉に周りを見回した。確かに、数は減っているみたいだ。
「これでまだ襲ってくるなら命令されてるインヴィタドって事か?」
「ううん、ビアへロの方が何が何でも魔力を確保したいだろうから突撃してくる方がビアへロだと思うよ」
「あぁ、そっか」
どちらにしてもこの足止めはフエンテにとっては好都合だろう。気付けば私達は少しずつでも進んでいた筈が足を止めてしまっていた。




